番外編 〜邪竜さんは、召使いを追い出したい42(出陣)〜
十歳を過ぎた頃には、村の奴等は俺を認め、よく笑いかけるようになって来ていた。
かつて俺が負けたガルーラとは、あれ以来手合わせはしていないが、気の合う友となった。
『……なぁ、ガルーラ。また手合わせしようぜ』
『やめてくれ、折角あの時勝てたんだ。勝ち星のまま、一生の思い出とさせてくれ』
『何だよそれ。ずるいな』
『お前は勇者だろ。俺にこだわらなくても、これから色んな強敵に勝てるさ。……それに、さっきから背後から感じる気配、気付いているんだろ?』
『……(勇者、いつでも言うてな! あたしスタンバイオッケーやさかいに!)』
『……』
……ライラは四六時中俺を付け回し、俺たち三人は、ある意味いつも一緒に過ごしていた。
ーーー12歳の頃、初めてS級の魔物を一人で倒したとき、ライラが手を叩いて言ってきた。
『凄いなぁ! まだ線もこんな細いのに、強なったなぁアイル! 黄昏の勇者みたいやったで!』
ーーー黄昏の……。
その時、その姿に少しでも追いつけたのだと思い、俺は心からホッとして笑った。
その呑気な俺の笑い顔を見て、ライラは何故か驚いた様に言葉を詰まらせ、また嬉しそうに笑っていた。
もっと強くなりたい。
もっと強くなって、ライラに俺を認めさせてやる。
でもそれから、ライラは事ある毎に俺に“黄昏の勇者みたい”だと言うようになった。
ーーー凄いなぁ、黄昏みたいや。
ーーーカッコええわ、黄昏みたい。
ーーーあんたと一緒におると、黄昏を思い出す……。
違う、そうじゃない。
ライラに俺を認めさせたかった。だから“黄昏”のようになりたいと思った。
でも、……俺は“黄昏”じゃない。俺は俺だ。俺を、見てほしいんだ。
そして俺は気付いた。
黄昏を目標にするんじゃ駄目だ。
黄昏を、超えなければーーー……。
俺は修羅の如く自分を鍛えた。
15歳を迎えた時、俺は再び天洞山に登り、風神に一太刀入れることに成功した。……流石に倒す事は、とてもじゃねーが出来なかったけどよ。
それと同時期に、海を越え世界の彼方此方へ凶悪な魔物の討伐に出掛けるようになった。
あれ程くっついて来ていたライラだが、案外さっぱりと出向する俺を見送ってきた。
『勇者とは“西に困っている街があれば駆けつけ、東に凶暴な化物が出れば行って退治しないといけない”……せやろ?』
『まぁ、……そうだな。うん』
『行ってらっしゃい。待ってるね』
『……』
俺を引き止める素振りも見せずそう言ったライラ。……俺の方が後ろ髪をひかれる想いだったが、それを口にする事はとうとう無かった。
◆
ある年、ガルーラが旅に出ると言ってきた。
詳しくはわからなかったが、巨匠ディルバム師の一族に伝わる、伝説に纏わる要件だそうだ。
『邪竜の住む山なんかに、何の用だよ?』
『知らんが、あのじじ様と二人の子供連れだ。流石にディグマだけじゃ首が回ら無さそうで、俺も付いていくことになった』
『なら俺も行く。邪竜ファーブニルと言えば、魔王軍にすら属さない、唯我独尊の強欲の邪竜。その実力はSS級とも言われている』
『流石に強い魔物の事は良く調べているな。だが心配無い。今回は踏み込む訳じゃないからな』
『しかし……』
『それよりアイルには、すべき事があるだろ』
『……何だ?』
『何だではない。来月はライラの誕生日だろう。十年前俺に調べさせてから、お前一度も何も贈ってないだろう。今年くらい、何か気の利いたものの一つでも贈れよ』
『っなぁッ……!?』
あまりの事に、俺の喉から妙な声が漏れた。
ガルーラはそんな俺を可笑しそうに笑いながら、手の平ほどの小箱を投げて来た。
『餞別だ。俺が打った、桜を模した女物の髪飾りだ。じじ様程うまくは打てんが、まぁ、業物程度の価値はあるだろ。俺達の今回の旅は、危険なものではない。だからアイルはライラと居てやれ』
『ーーー……っ』
顔が熱くなるのを感じた。
それでも俺はその小箱を、大切に握りしめていた。
◇
『誕生日なんだってな。……これ』
俺はその日、何でもない風にそう言った。
正確には、十年前から毎年この日をソワソワと気にしながら、何も出来ずに過ごしていた。
そしてとうとう今年、俺がそれをライラに差し出すと、ライラは大きく目を見開いた。それからふっと笑いながら、信じられない事を言ったんだ。
『あかん。こんなキレイなもん、アタシなんかにもったいないわ。アイルは今年で18歳やろ。こんなんはこれから先会う、ええ人に上げた方がええ』
てっきり喜んでくれると思ってた。
だけどそれは、贈り物を受け取る事を拒否する言葉と、……俺自身を否定する言葉。
火照った顔は一気に冷め、代わりに頭にカッと血が登る。
『はぁ? ……何言ってるんだよ』
『あたしな、今日で999歳やねん』
『っだから何だよ!?』
俺が苛立たしげに尋ねると、ライラは何かはぐらかすように無言で笑い、すぐに話を変えた。
『それより、……手ぇ握っても構わへんかな?』
『何を、言ってんだよ。……それよりって……もう……もう、いいよ』
『アイル? どないしたん?』
……いつも勝手に抱きつきに来てるだろ。なんで今更そんな事聞く? ……そんなに、俺からの贈り物はいらねぇってか。
……黄昏だったら、……何されても喜ぶんだろうな……。
『俺は……、俺はガルーラ達の護衛に行ってくる。ディウェルボ火山だ。……半月は戻らない』
『な……え!? ちょ、アイル待って! 何怒ってんのや? ホンマに……ホンマに行ってまうん!? アイル!!』
結局、俺はその手を握ることなくライラの前から去り、髪飾りは海へ投げ捨てた。
そして、逃げるようにガルーラ達の後を追ったんだ。
◇
山の麓でやっとガルーラ達に追い付き、俺は鬱々と日々を過ごしていた。
子供達のせいで随分長閑な日々に感じるが、時たま山から俺達を監視する為か、ダークエルフが近付いて来たりもする。
俺がガルーラに目配せると、ディルバム師達を恐れさせないためか、黙っておけとただ目を伏した。
そして言う。
『アイル、お前はもう帰れ。ライラが待ってる』
『あいつが待ってるのは“黄昏”だ』
もう“黄昏”として、ライラに笑いかけられるのが辛かった。
『アイル、頼むから帰ってやってくれ。俺達は心配無い』
『お前達の護衛をするって、ライラにも言ってきた。俺は勇者だ。魔を滅ぼす者。お前等が山に手を出すなと言うからここで燻ってるが、本来は……』
『アイルっ!!』
普段温厚なガルーラが、突然俺の話を遮って、怒鳴り声を上げた。
『ーーー……何だよ?』
『下らない誇示のために、逃げるな。……もう、時間が無い。後悔したくなければ帰れ』
『何の事だ?』
『……ライラ達の種の寿命は、最長1000年。俺達から見れば長くはあるが、それ以上は生きられん生き物だ。……本人だって、その事を分かってたはずだ』
ーーー……え?
あいつ前、誕生日で何歳って言ってた?
“999歳やねん”
……背筋が、寒くなった。
“アイルは今年で18歳やろ。こんなんはこれから先会う、ええ人に上げた方がええ”
ーーー……あれは、俺を拒絶する言葉……じゃ、……無い?
『……ガルーラ、俺……』
帰ろう。
今すぐに。
俺はそう心に決めた。だけどその時、子供の声が上がった。
『勇者様、助けて!! オレの兄弟が、……邪竜に捕まってるんだ……っ、助けて!!』
『っ』
っなんで……このタイミングで来る?
俺が言葉をつまらせていると、ガルーラが子供の仲間であろう冒険者達に言った。
『すまないが、勇者は取り込み中だ。……それに、ファーブニルに囚われるなど“金の卵”でも、狙ったのだろう。悪いが自業自得だ』
『っなんだよ取り込み中って、勇者の癖にっ……!』
『……』
『行こうポム、時間が惜しい。俺達だけで助け出すんだ』
ライラの声が、脳裏に響く。
ーーー勇者とは“西に困っている街があれば駆けつけ、東に凶暴な化物が出れば行って退治しないといけない”
……勇者じゃなければ、ライラに会えなかった。……だけど、この時心底、勇者の使命って奴を呪った。
勇者として、邪な取引など無く邪竜を討ち滅ぼす。
そして、俺は國に帰る。
ーーー勝ったぞ。当たり前だけどな
ーーーアイルはほんま強いなぁ。黄昏みたいやわ
もう“黄昏みたい”でいい。
ただ、勇者として当たり前の事をして、胸を張って帰りたい。ライラが好きなのは“勇者”なんだから。
『ーーー俺を強くしてくれ』
冒険者のその言葉に、俺は思わず内心舌打ちした。
人は一朝一夕で強くなれるはずが無い。何より、俺自身が震えるほどに焦ってた。
だが“勇者”ならどう答えるべきだ? 見捨てる? “俺”は見捨てて、とっとと邪竜のところに行きたい。
……ライラの所に行きたい。
だけど“勇者”なら、こう答えるべきだ。
『付き合ってやる』
それにかつては俺も、誰かの為に力を求めた。
……その気持ちはよく分かった。
そんな俺の決断に、ガルーラは眉をひそめ、ボソリと悔しげに呟いた。
『……時間は、有限だ』
分かってるさ。
『分かってる……』
◇
ふと、浅い眠りから意識を浮上させると、空に浮かぶ月の位置が随分と動いていた。
間もなく、日付は変わる。
俺は立ち上がり、冒険者達のキャンプに戻り声を掛けた。
「行くぞ、ディウェルボ火山へ」
(孵化まで後3日)
アイル回、ブクマが剥がれ心が折れそうになります。щ(゜д゜щ)でも、書きます! やっとあと3日まで来たのですから! 長かった!




