番外編 〜邪竜さんは、召使いを追い出したい40(邪竜の浅知恵)〜
「……にしてもポム、ラブソングなんか歌えたの……? そんな……恋愛なんてしたことないくせに……」
ふとラディーが、信じられないとでも言うように、ポムを見ながら呆然と呟いた。
ポムはふふんと、得意げに鼻を鳴らす。
「男が女の歌を、女が男の歌を歌えるように、未体験の感情を歌にするなんて余裕さ。……そもそも、ルフルの遺した歌の八割は、ラブソングだぞ。年上年下、貴族に農民、学者に職人。ありとあらゆる層へ向けた歌が遺ってるんだ。その歌は今でも、プロポーズや告白なんかに定番として使われてるんだぜ」
「……へえ」
……そうだな。
アイツはとにかく、色恋沙汰の話の絶えないやつだった。
美形で優しく、情熱的で誠実。しかも歌も上手い。これで溶けない女はないだろ。
てわけで、旅先で様々な女の人と仲良くなり、結果まあ……何だ。熱と水のエルフが、世界中で1番多い、一般的なエルフになったって訳だ。
オイラは嬉々として語るポム達の様子を見ながら、奴の名誉のために、その事を目の前の三人には話さない事に決めた。
オイラは鼻を鳴らし、ラディーとローレンに言う。
「ま、そういう訳だ。戦闘力皆無のポムはオイラが貰った」
ラディーはその言葉に、不安げにポムを見やる。
「……ポムはそれでいいの?」
『ああ、旦那が言うに“勇者”は例え【チャーム】にかかっても、“仲間”は攻撃しないんだそうだ。だからオレがそこに居ると、大技で巻き込まないよう、牽制にもなるらしい。使えるものは、なんだって使うんだとさ』
「そうなんだ……『ーーー……何ていうか……せこいね』」
『ぶってるだけの邪竜に出来る事なんて、そんなもんさ』
「……ポム」
何処か残念そうな目でラディーはじっとポムを見詰めた後、それでも覚悟を決めたように深く頷き、オイラに言った。
「ポムがそう決めたのなら、僕は何も言いません。ファーブニル様、ポムをよろしくお願いします」
「ああ。まぁ、よろしく頼んでんのはオイラの方だけどな」
オイラはそう言ってニヤリと笑うと、一拍置いてまた話を続けた。
「ま、それで勇者の方はなんとかする。それで、卵の安置についてだが、オイラが置く。オイラの役目だからな」
ローレンが深く頷いた。
「黄金の宝の本来あるべき場所は、火山の火口の“マグマと大気の境界線”だ。つまり時が来れば、卵を火口に投げ込めばいい。……とはいえ、5日前でその状況じゃ、ギリギリに移動させるのは多分無理だな。様子を見ながらではあるが、前日には勇者の方は片をつけて動かにゃならん。イビルアイが居たろ。あれをステルスモードにして、タイマーをセットしとけ。時間が来れば、オイラは卵を回収に行く」
ローレンはまた頷いた。
イビルアイには特殊な性質がある。所定の相手に取り付き、視覚や聴覚、生命器官まで融合させてしまうのだ。
敵として相手をするにはかなり厄介な技ではあるが、道具として使う分にはかなり役立つ通信道具である。なんせオイラが死ぬまで、絶対に壊れないんだからな。
「イビルアイよ。ファーブニル様へ触手を繋げよ」
「……」
流石魔王軍幹部と言いたくなる、威厳たっぷりの声でローレンがそう言うと、小さなイビルアイがオイラの額にくっつき、ピリッとした痛みとともに、そこに取り付いた。
ローレン達から見たら、オイラの額にもう一つの瞳が開いてるような状態だ。
……イビルアイを創ったあの御方は『開け、第三の瞳!』とか言いたいがため、取り付く場所をイビルアイ自身にとってリスキーな“額”なんかに固定させたのだと、オイラは確信に近い予想をしている。……まぁ、余談だ。
これで勇者の件、卵の運びについては大体決まった。
ただ、懸念材料があと一つ。
「おいローレン、お前卵を包む保護シールドを張るのに、7割のマナを使うって言ってたか?」
「はい。最早一度でも破られれば、再びシールドを張ることは不可能でしょうね。瞬間的なエネルギー放射では無く、尽きぬエネルギーによるフレアですから」
……つまり、ローレンは通常の3割程度の力しか出せない。
オイラは勇者で手が一杯になるだろうから、冒険者共の相手は出来ない。
オイラが黙り込んでいると、明るい声が上がった。
「大丈夫です」
その声はローレンでは無く、ラディー。
「大丈夫です。ローレンは強いし、僕も卵を守るのを手伝いますから」
……爽やかにそう言い切ったラディー。相変わらずフレッシュなやつだ。
オイラはため息混じりにラディーに言う。
「でもよ、お前らの仲間だろ? しかも、勘違いがあるとはいえ、お前を助けようとここを目指して来る。……いい仲間なんだろ」
「ええ、ブリスさん達は本当にいい人達です。以前勘違いしてしまってた事は、折を見て謝らないといけないと思ってます。……だけど、それとこれとは別ですよね?」
……ねっ、て言われても……。
「ブリスさん達は仲間です。そしてローレンは友達だ。仲間っていうのは、同じ目的のために協力をする人達のこと。だからブリスさんに一度だけ尋ねるつもりです。『卵を手に入れたいのか?』って。もし卵が欲しいって言ったら、目的が違うわけですから、仲間ではないと言う事ですよね?」
……ねっ、て言われても……。
何この子、フレッシュだとは思ってたけど、サッパリし過ぎじゃない? パリッパリの、バッサリ過ぎるよ。
オイラが唖然としていると、ローレンの嬉しそうな声が響いた。
「ありがとう、ラディー。ラディーがいてくれると本当に心強い。ともに卵を守り抜こう」
「あ、っう、うん……」
ラディーの慌てたような返事と、ポムの口笛がヒューっと響いた。
オイラはその和やかな空気に、ため息を吐きつつ、一言付け加えた。
「分かったよ。任せる。ただ、もし本当にやばくなったらイビルアイからオイラに合図を送れ」
「しかし、ファーブニル様。勇者との相対中では流石に……」
「ああ。手放せんだろうな。ま、ちょっとした罠みたいなもんさ」
「?」
そして首を傾げる3人に、オイラはぽつりぽつりと話をした。
◆◆◆
〈勇者アイル視点〉
「今、なにか爆発のようなものが、山の中で起こりませんでしたか?」
手合わせをしていた、森のエルフが剣を構えたまま、ふとそう尋ねてきた。
俺は特に、剣を降ろすこともなく頷いた。
「感じたか。そうだな。何か凄まじい爆発エネルギーが、一瞬山の中で起こったようだ。すぐに消えたがな」
俺はそう言いながら、ボルスターの隙になっている箇所へ打ち込みをする。
ボルスターは慌ててその隙を繕いながら、眉を寄せた。
その表情から、俺は特に興味はないが尋ねてやる。
「あのエネルギー波、何か心当たりがあるのか?」
「ええ。我らに語り継がれる言い伝えです。“急げよ。金の卵を奪い取りし時、呪いは解かれこの世から邪竜は消える。その時ディウェルボ火山は諸共に消え去るであろう。解放せよ”……おそらく、何か、ディウェルボ火山を消し飛ばすほどの、何かしらの力が動いているのかと……」
そう言いながら、三本のナイフを投擲してくるボルスター。
俺は一歩の踏み込みでそれらを避け、ボルスターの懐に入る。
そのまま、巨匠ディルバムの鍛えた黒刀を、ボルスターの、喉に押し当てた。
「なら急げよ。とっとと強くなって、山でも邪竜でも消し飛ばして来い」
知らねーよ。誰の為に、ここで二の足踏んでると思ってんだよ。
(孵化まで後5日)




