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番外編 〜邪竜さんは、召使いを追い出したい39(預かり知らぬ所で色ボケ呼ばわり)〜

 ポムは言った。

 あの日から10日後、つまり明後日には再び勇者がやって来るのだ。

 まあ、来ることは分かってた。今更ポムを責める気はない。

 オイラはここ二週間、普段通りの筋トレをしながら、夢の中でナイトメアが作り出した勇者と、ずっと戦ってきた。

 ナイトメアの夢は完璧で、不可能な事が無い。勇者アイルだって当然出せる。

 と言うか前に『一番強い勇者と戦わせてくれ』って言ってしまったら、伝説の覚醒勇者を出されて、完膚無きまでにボコられた事もある。

 まあ、言い方さえ適切であれば、完璧って事だな。


 で、夢の中のアイルと戦った結果、大体力は五分五分だった。

 少しでも油断すればやられたし、オイラだって何度か倒せた事もある。

 まあ殆どが、勝負がつかなかったってけっかだったんだけどな。


 ただオイラにとって勝負がつかないとは、即ち負けだ。

 なんせ、24時間の内()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。十分の空白なんて、勇者どころか冒険者相手にだってまずいに決まってる。


 そう。長期戦に持ち込まれた場合、オイラの負けは確定するんだ。


 ーーー絶望的な状況。唯一その窮地を打開する鍵なんだが、……未だに信じられんことだけど、何とこのポムだ。


『旦那、今なんか失礼な事言わなかったすか?』


 このポムがドワーフの一団から、勇者アイルの弱みを握ってきたらしいという事だ。


『あ、そうか。旦那には聞こえてないんだった。旦那のチクワ大明神!』

「……通訳していいの? ポム」


 ふとポツリと漏らしたラディーの言葉に、オイラは頷いた。


「あぁ、やってくれ」

『今のは駄目だかんな!? 空気読めよ!?』

「う、……うん。あ、いえ、はい。……分かりマシタ……」


 ローレンがクスクスと笑い、ラディーは何処か煮え切らないようにうなずいた。

 オイラは気にせず、さっきポムから聞いた歌からの推測を話した。


「卵を移動させるにしても、あの厄介な勇者を抑えない事には何も始まらない。そこでポムが言うに、勇者がオイラに固執する理由は“強さを誇示したい”からだ。しかも聞く所によれば、“女へのカッコつけ”なんて下んねえ理由からだそうだ」

「っ確かに、勇者アイルは強さを求め、宝に興味はないなどと言っておりましたが……。それではあまりにも……」


 言葉を濁らせるローレン。

 そうだ。勇者にあるまじき稚拙さ。己の本分を忘れ、我欲に走っている。

 だが勇者の厄介なところは如何なる理由であろうと、“愛”って名分が立てば、信じられないほどに強くなる生き物だってことだ。


 だが、馬鹿にすんなよ? オイラは邪竜だ。それが分かったなら、当然そこにつけ込んでやる。


アイル(あれ)が歴代最強となれたのも、言ってしまえばその愚かさからだ。なら、その心を折ってしまえばいい。そうすりゃ奴はその心と剣を折る。……そうだよな? ポム、コイツらにも、“新作”を聞かせてやれ」


 オイラがそう言うと、ふとラディーが言葉を濁した。


「……新作? ファーブニル様、何気にポムのファンになってませんか? あ、因みにファンクラブ1号は巨匠ディルバム氏ですので……」

「なって無いし、因まんでいい! 早く始めろ!!」

『へーい』


 ラディーの意味不明な注釈に、オイラは怒鳴りながらポムを促した。

 ポムは一拍置き、竪琴を弾き息を吸い込んだ。






 ーーーーー暁と黄昏


 決して相見えぬ筈の 二つの光が交わった時 全てが始まった


 それは遥か遥か昔の話

 闇の迫るその黄昏時 明日を運ぶ希望の暁が産声を上げた

 闇に掻き消されそうなその産声を 拾い上げたは黄昏の光

 暁は……その瞬間黄昏の光に恋をした


 けれど黄昏は消え行く定め

 己の定めを知りつつ黄昏は


 求めた 愛しい暁の光を


 そのライラックの輝きを胸に掻き抱き 残照を振りまきながら

 共に黄昏は空へと舞い上がる


 やがて消え行くその瞬間

 遠い遠い小さな島の桜の木の下で二人は誓った



 千年の恋を



 互いに焦がれ 惹かれ それでも叶わぬ現実を前に

 これからもその胸を焦がし続けると


 ーーーたとえ記憶が消えようとも ずっと()は貴女と共に


 ーーーたとえ全て忘れられようと きっとその()を探し続ける


 黄昏が消えても、桜は枯れない

 黄昏が消えても、心はなお求め続ける


 光を   光を     光を      光を





 ーーー……ポムが歌うその歌は、熱いラバーズ。

 思わず「ほぅ……」と溜息を吐きたくなるような愛の唄だが、ぶっちゃけオイラにゃ共感は生まれん。

 なんせオイラの知ってる愛だの恋だのは、至って平凡。幸せだったが、燃え上がる様なもんじゃ無かった。

 ……ま、現実なんてそんなもんさ。

 ってか、これに共感できる勇者の方が非凡なんだと言っておく。

 まぁ勇者だし、オイラ達下々の者には及びもつかない英雄譚を、その身にしまってらっさるんだろう。


 オイラがそんな下らない事を考えてる間にも、歌は進む。





 ーーーーー暁は遙かなる時の中

 黄昏の残照の鱗粉を彷徨い求める


 辿り着いたのは 約束の桜の木

 そこに零れ落ち花開いたのは 一輪の黒水晶(モリオン)


 全ての魔を跳ね除けるその小さな輝きに 暁は再び全てを捧げることを誓った




 ーーーねえ聞いて あなたを守る


 ーーーねえ聞いて あなたを待っていた


 ーーーねえ聞いて あなたが愛しい


 ーーーねえ聞いて あなたの望みを叶えてあげる


 ーーーねえ聞いて 私は何も要らない


 ーーーだから1つだけきいて




 側にいさせて







 ◆




 後は延々と、女が“ねえ聞いて”と尽くす想いが続く。


 ……ってか、黒水晶(モリオン)て、勇者(アイル)の事だろ? ……この歌が事実(ノンフィクション)なら、アイルのヤツどんだけベタぼれされて尽くされてんだよ?

 見ろよ。恋愛関連に耐性のないラディーなんて、心拍数だいぶ上がってるぞ。多分顔真っ赤にしてるんだろうなぁ……。純情かよ。


『ま、こんな感じだ。あ、ラディー心配すんなよ。この程度でタコってるお前には、絶対この歌にあるような恋愛は出来ねえから』

「……。うん」

『じゃ、ここから通訳頼む。あの分からず屋の短足邪竜に、一言言ってやんねぇと気が済まねえ!』

「じゃ、ここから通訳頼む。あの分からず屋の短足邪竜に、一言言ってやんねぇと気が済まねえ!」

「ポムテメェこのやろう!」

『な、ちょっ、旦那っ今のはっ……って、そこはすんなよ!?』

「“な、ちょっ、旦那っ今のはっ……って、そこはすんなよ!?”……だって、ここからって自分で言ったじゃない」

「へぇ? 言うねえ」

「お陰様でね」


 ラディーが何故か静かにキレ出し、ポムと睨み合いを始めた。

 ……にしてもポムのやつ、静かだと思ってたけど、やっぱ相変わらず減らず口叩いてやがったのか……。

 うん。こいつ、喋んないほうが大成するわ。

 ローレンもそんな二人のやり取りに、最早突っ込む事も声を押し殺す事もせず、可笑しそうに声を立てて笑っていた。



 ーーー……ふん、いい友達じゃねぇかよ。



 おっといけない。なんだかオイラまでほっこりしてしまった。


 二人はひとしきり睨み合っていたが、スンと互いに視線をそらせると、またコチラに向き直って来た。

 そしてラディーがポムの、通訳として話し始めた。


「とにかく、旦那に一言物申したいってのは本当す。旦那は歌詞を変えろとか言って来ましたけど絶対駄目すからね!」

「何でだよ。だってその“ライラ”って子に、アイルも惚れてるんだろ? ならライラがアイルを、呼んでるってふうに歌えばいいじゃん。したらアイルは、すぐ女の所に帰るだろ」

「……分かってない。わかってないすよ旦那!」


 いや、わかんねーよ。


 ポムは拳を握り、大きく頭を振る。喋ってんのはラディーだから、なんか妙な感じだ。

 まるでビシリとオイラに指を突き出してでもいるかのような、気迫ある声で言った。


「ライラはそんな事言わない。ライラは健気で尽くす女ナンスよ。そんな女が“来て欲しい”なんて口にするか? いいや無いね。いいすか? ライラって奴は、健気が健気着て、健気に生きてるような女なんです」


 ……そりゃ、……健気な女だな。


「オレはここに後2日早く来られた。だけど、そのライラを知るためにオレはガルーラ達の所に2日残った。オレはもうライラのすべてを知っている。何も知らないぽっと出の旦那に、ライラの事をとやかく言わないで頂きやしょうか」


 ……いや、知らねぇよ。

 誰だよ、ライラって。


 そこでふと、ラディーの……いや、ポムの声のトーンが下がり、若干嫌悪感すら滲ませながら言った。


「なにより、歌にこっち都合の抱負や誘導なんて入れたら、途端にそれは意味を無くす。オレはガルーラと約束したんす。ライラの思いを、馬鹿勇者に伝えてやるって。それがたまたま旦那の目的に利害が一致したから、こうやって話を持ってきただけ」


 ーーー……オイラはついでか。


「……たかが歌だろう」


 苛立ち紛れにそう言うと、ポムは一瞬寂しそうな顔をして、困ったように笑った。


「……それを言っちゃ元も子もないすけどね? 旦那は知ってるはずす。他の何者にも意味のない歌でも、……たった一人には、心を震わせる力を持ってる。そしてオレはこの歌を、勇者アイルだけの為に歌う」


 ーーー……それを言われちゃ……、言い返せない。


 オイラが沈黙していると、ポムは今度は悪戯げに笑う。


「それに一応旦那の事も考慮したんすよ? 気づいてました? この歌を語るのに必要な時間は“20分13秒”」

「おぅ。……20分寝ても、まだ13秒寝過ごせるとでも言いたいのか?」

「そっす。ーーー旦那はゆっくり寝てればいいす」



 ポムは得意げに竪琴を掻き鳴らし、にししと笑った。



「いざって時はオレがキッチリ、勇者を足止めするすから。……信じてやってくださいすっ」




 ーーー何だか、……ポムの奴が少し頼もしく思えた。



 けど、それは間違いなく気のせいだな。うん。




孵化まで後5日

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[一言] チャラい吟遊詩人みたいなキャラクターめっちゃ好き(アルス〇ーンの[自重]とか)
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