番外編 〜邪竜さんは、召使いを追い出したい38(前兆)〜
長くなってきたので、メモのためこの番外編の後ろにサブタイトルをつけました。あと、後書きに日数カウントダウンメモも入れました。
覚えてられるのは10話くらいまでだったので、キャパを超えました!
ーーー約束の日まであと5日。
僕達は今日も平和に、テーブルを囲んで昼食を食べていた。
そして別れていた時間を埋めるかのように、お互いの話をしていたんだ。
「しかし……本当に信じられないな。ドワーフのディルバムと言えば、この今の世代の最高の職人と呼ばれている者。……同時に、何者をも受け入れない頑固者とも……」
ローレンが唖然とした顔でポムを見た。ポムもウンザリとしながらローレンの意見に頷いた。
『なー。初めはその通りだったんだぜ? なのに、あのなんちゃって頑固爺さん、最後にはオレを“ポミー”とか呼び出すんだぜ。気持ちわりーったら……』
けっこう酷い話ではあるはずなのに、その悲愴さを感じさせないポムの話に、僕はガマンできずに吹き出した。
「ぷ、ぷぷ……ポミー……。母さんでもそんな呼び方しなかったのにね……。僕も呼んでいい?」
途端ポムが、僕を白い目で睨む。そしてめちゃくちゃ真顔で言ってきた。
『いいわけあるか。もし呼んでみろ。お前の恥ずかしい昔話を、軽快な歌に乗せて歌うぞ?』
「え?」
……いや、待って。どの話の事?
もしかして2歳のときのあの事? あれは駄目だよ。……いや、5歳のアレの方か……?
『勿論大声でな』
極悪!?
「ちょ……、じ、冗談に決まってるだろ!?」
『……まあ、冗談なら許してやる。だが後でおやつを半分、献上しろ』
「……ハイ」
歌い人として覚醒したポムを、僕は心底恐ろしいと思った。
そう。……僕はこの瞬間、もうおそらく一生ポムには逆らえないだろうと、悟ったのだった。
その時ふと、ローレンが可愛らしく小首を傾げながら、ポムに言った。
「……気になる」
「っ気にしなくていいから!!」
僕は間髪入れずに叫ぶ。
焦りまくる僕を横目に、ポムはニヤニヤと嗤いながら、ローレンに返した。
『おぉっと、ローレン。そろそろ訓練の時間じゃね?』
!? 敢えてはぐらかす方向……だとっ!?
「え? まだ少し時間がある……」
訝しげに言うローレンに、僕は立ち上がって全力でポムの意見に乗った。
「っ今日は早目に始めよう!」
「……そうか? まあ、ラディーがそう言うなら行こう」
……そして、僕はその日、ポムにおやつの全てを献上することになったのだった。
◆
外に出た僕とローレンは、またいつもの様に、距離をとって身を隠した。そして合図もなく、実践訓練を始める。
この訓練は、始める前に身体を伸ばすなんてことはしない。
敵はいつ来るか分からないんだ。常に動けるよう、何をする時も万全の状態を維持しておく事は基本だった。
それに実践訓練と言っても、もう何か小技を教えてもらったりなんて事はしない。
僕とローレンが、交互に“卵を襲う役”と“卵を守る役”になって、せめぎ合う。
この実践訓練は、ただ守るだけじゃ無く、襲う役になることによって、敵の心理を読みやすくなると言う利点もあった。
そして今回は、僕が“卵を奪う役”だった。
ローレンは地の利を活かし、八方に罠を仕掛けてくる。しかも、触れれば一瞬で意識が飛ぶ、本当の戦いの中に於いては即死を意味する罠だ。
罠にかかるか、ローレンに急所に寸止めを入れられれば、僕の負け。
一方こちらは卵を安置してある家屋の扉を僕が開ければ、僕の勝ち。……まあ、まだ罠のせいで、1歩も近付けない訳ではあるんだけど。
罠があることは分かってる。
ローレンが強いことも分かってる。
なら、両方を振り切る為には、何をすればいいか?
「っうらぁぁあぁぁあぁあぁぁーーーーーっっっ!!!」
僕は潜んでいた物陰から、気合と共に踊り出した。
そして、手当たり次第に市街を破壊する。
荘厳な歴史的価値の高い市街は、モーニングスターの鉄球で崩れ、凹み、ネジ曲がる。
一撃では破壊出来なくも、数度打ち込めば、岩壁の一部は崩れ、ローレンの仕掛けた凶悪な罠の数々を台無しにしていく。
僕はあまりパワータイプではないから、進んでやりたい作戦では無いけど、自分が罠によるダメージを喰らい、一発KOするよか全然ましだ。
僕は目の前を瓦解させ、土埃と八方からの轟音に身を隠しながら突き進む。
更にマナでコチラの動きを読んでくるローレンの目を眩ませるため、僕は渾身の力を込め、マナをたっぷり込めた風で竜巻を起こした。
僕の中のマナが一気に消費され希釈になり、代わりに辺りに僕のマナが蔓延する。
ーーー……マナの使い過ぎで、頭痛と目眩がするけど、こうしてしまえば、より耳の良い僕に、多少の優位性が生まれる……。
ーーー……あれ?
妙な違和感に気付き、僕は耳を澄ませた。
ローレンの気配が、完全に消えた。
さっき迄、ローレンの足音は疎か、筋肉の軋みや心音まで捉えてたのに……。
ーーー……消えた……。
僕は一瞬思索する。
行く? 引く?
ーーー引いたところで道は無い。なら道は決まってる。
ローレンの気配は無く、僕は真っ直ぐ家屋の扉に舞い降りた。
ーーー不気味な程、何もない。
ドアノブに、手を伸ばしたその時……。
「っ!?」
扉が勝手に開き、気づいた時には僕の胸に、レイピアの先が押し当てられていた。
「悪くは無かった。相手の索敵や感覚を撹乱し、素早い判断も出来ていた」
淡々とそう言うローレンに、僕は脱力した。
「……そんなのって……あり? 僕が扉を開けたら、僕の勝ちって……」
「正確には、ラディーは扉にはまだ触れてない。開けたのは私だ。相手の目的がハッキリしている以上、必ず踏まなければいけない道がある。そこを押さえていれば、今のように相手を見失ったり、見えなくなっていても、焦る必要はない」
「……なるほど」
ローレンに勝ちたい気持ちはある。
だけどローレンは敵じゃない。僕たちの敵は“卵を奪う者”だ。
僕は悔しいと思うことも無く、その言葉に頷いた。
その時、部屋の中から、ふと小さな音が響いた。
ーーーーーピシ……。
ポムは今ファーブニル様の所に行っている。
ここはダンジョンだ。家の軋み音なんかしない。
……なら、一体……?
「下がれ! ラディーっ!!」
僕が不思議に思い小首を傾げていると、突然ローレンの叫びと共に、強く、強く突き飛ばされた。
咄嗟のことと勢いのあまり、僕は紙屑のように吹き飛び、崖を越え、崖の遥か下へと落とされた。
落下の最中、慌てて翼を広げようと僕が空中でもがいていると、さっき迄僕らが立っていたその断崖が、凄まじい爆発音と共に弾け飛んた。
「!!? ろ、ローレン!?」
僕はやっとの思いで風を掴むと、渾身の力で羽ばたき、えぐれた頭上の崖だった場所を目指し飛んた。
◆
〈ファーブニル視点〉
「ヒビ?」
何処か焦げ臭い匂いを漂わせながら、膝を突くローレンとラディーに、オイラは訝しげに尋ねた。
ローレンは焦げ臭い匂いを漂わせながらも、いつも通り淡々とした口調でオイラに告げてきた。
「はい。黄金の卵にヒビが入りました。孵化の前兆なのか、はたまたファーブニル様ではなく、私達が卵を持っていたせいによるものなのか。どう言う事でしょうか?」
……なるほど。ローレンの差し出す卵は、高濃度のマナ障壁につつまれている。
「知らね」
オイラは即答した。
「知らないのですか!?」
「そんなっ」
「知るわけ無いだろ。オイラを何だと思ってんだ?」
『……まあ、旦那だしなぁ』
「……」
「……」
……。
……今一瞬、ポムのやつなんか失礼な事言わなかったか? こいつ歌う以外、喋んなくなったんだよな……。余計な事言わなくていいっちゃいいんだが。
オイラがジトリと無言でいると、ポムは不意に口笛を吹き出した。……誰もが聞き惚れる上手さで。
……癒やされた。まあいいか。
オイラがため息を漏らすと、ローレンがクスクスと口元をほころばせながら、話を戻す。
「今は継続的に私の7割のマナを送り、卵のヒビから洩れるフレアを押し留めております。ただこれ以上ヒビが広がれば、とても私の力では賄えないエネルギー量です」
「当たり前だ。黄金の炎の卵だ。神獣様2体により生み出された炎を、その格下に何とかできるはずないだろ。あるべき場所で孵さねぇと、オイラの体だって一瞬で燃やし尽くされるだろう」
ローレンは頷いた。
「であれば、卵を里に置くのは危険では? いくらダンジョンの修復があるとはいえ、孵ってしまえば動かすことも出来なくなります」
「その通りだ。だからその事で今、ポムと少し話をしてたんだ。ただこいつ、歌でしか喋れねぇだろ? 丁度いい。お前らちょっと通訳しろ」
オイラはそう言って、ラディーとローレンを近くに呼び寄せた。
(孵化まで後5日)




