番外編 〜邪竜さんは、召使いを追い出したい37(ごめんの前に)〜
〈ラディー視点〉
「下段がガラ空きだ」
「っ……ハァッ!!」
ローレンの指摘の声に、僕は瞬時にモーニングスターの鎖を引き戻す。だけど当然ながら間に合わず、ローレンの持つレイピアの先が、僕の膝の皿に充てがわれた。……寸止めってやつだ。
「実践なら今ので足を砕かれている。モーニングスターの鎖は長く、射程範囲が広いが、懐に入られた時は弱みになる。入られる事を見越して、鎖の筋に罠を張れ。……あと三センチ軌道が下なら、私とて今の踏み込みは出来なかった」
「っわかった! もう一回、頼むよっ!」
僕は頷き、再び柄を強く握り直した。
ーーーファーブニル様に黄金の卵を任されて、僕の足枷はローレンに解かれた。
解かれたからと言って、当然逃げるなんてことはしない。寧ろ守る為、僕もローレンにこうして、戦いの指導をして貰っているんだ。
初めは三メートル程度しか鎖を張ることはできなかったけど、今では10メートル最長まで伸ばし、その鎖でほぼ思った通りの軌道を描ける様になった。
今はその軌道の精密さを上げ、予測イメージを高める事と、空中戦も視野に入れた、立体機動の訓練を積んでいる所だ。
予測イメージに関しては、ご飯時にローレンを捕まえようとしていた経験も有り、聴覚と視覚をフルに使っての状況把握が、大いに役立った。
周囲の状況がわかれば、予測もし易い。……とは言え、あの時とは違い、油断も隙も無いローレンを捉えられたことは、まだ一度もないんだけど。
僕がまた鎖を回し始めた時、ふとローレンの動きが止まった。
ーーー……今だ。
もう、卑怯とか関係ない。
隙があればやる。それでも届かない。容赦も情けも一切捨てろ。
それが、僕とローレンの普通のやり取りとなっていた。
ーーーーーギィン……
モーニングスターの蒼い鉄球が、ローレンのレイピアで弾かれた。
……弾かれたけど、当たった。何時もなら、かすりもせず避けられるのに。
ーーー……行ける!
僕は柄で軌道を描き、一気に柄を引き、鎖を張る。
鉄球はローレンを打ち砕かんと唸り、鎖は同時にその足を絡め取ろうとしなる。
ローレンは鉄球を蹴り上げると、鎖の上を走り、僕との距離を詰めながら、電気の魔法弾を撃ってくる。
電気の弾は致命傷にはならないが、当たると激痛が走り、三秒ほど痺れる。……三秒。結構致命的だ。
初めの頃は、雷弾がモーニングスターにあたって、僕も一緒に感電したなんて事もあった。以来、当然グリップには樹脂ラバーのテープを巻き付けてある。
僕は鎖からローレンを振り落とす様にしならせると、そのまま風を起こし、高速で空中に飛び上がった。
そして一気に鎖を引き、ローレンの背後へと鉄球を迫らせる。
「待て、ラディー」
「っ」
ローレンの一言に、僕は瞬間グリップを振り、鎖を弛ませてそのエネルギーの全てを殺した。
「どうかしたの? ローレン」
僕が首を傾げると、ローレンは小さな溜息を吐いた。
「ラディー。集中する事はいい事だ。だが、周りが見えなくなるのも致命的だ」
「ーーー……え?」
言われた意味が分からず、取り敢えず辺りを見回した。
「……え……?」
そしてこの古都への入り口付近に立ち尽くす者を見て、僕は目をうたがった。
「……ポ……ム?」
そこに居たのは、何故か金の竪琴を小脇に携え、目を剥きながらコチラを見つめる僕の弟ポムだった。
僕がそちらに気付いた事を受けてか、ポムが僕に声を飛ばして来た。
『ーーー……ラディー、お前迄いつの間に人外に足突っ込んでんだよ!?』
……迄? ……人外?
ポムの言う事が、……そして、ポムが何故またここに居るのか、僕は理解することが出来なかった。
◇
『いやいや、ホントにお前ら何なんだよ!?』
「何だとはコチラが聞きたい! ラディーに続いてポム迄ファーブニル様をデレさすとは! 本当に……二人は一体何なのだ!?」
「いや、僕は自分の心に従って、出来る事を必死でこなしてるだけだよ。ローレンは元より、ポムにそんな凄い才能があったなんて!」
『ふざけんなよ。必死でこなすだけで、魔王幹部と手合わせできるわけ無いだろ』
「そんな、……僕なんてまだまだローレンに掠らせる事も出来ないよ」
「いや、ラディーは筋がいい。何より奢らず向上心がある。それに比べ私等、400年お側にいたのに……っ」
ポムから事のあらましを聞いた僕らは、何故か例の部屋で、テーブルを囲んで互いを褒め合っていた。
久々に見た、ポムの晴れやかな笑顔に、僕の気持ちは随分弾んで、とうとう僕は笑い出した。
『何笑ってるんだよ、ラディー』
「あははっ、いや、ごめん。まだあの時のこと謝ってもないのに、こうやって皆でテーブル囲んでるなって思って」
僕がそう言うと、ローレンは俯き、ポムは目を泳がせた。
『あーー……、その節は、ホントにごめん。ってかホントは二人の顔見たらまず謝ろうと思ってたのに、何か人外決戦やってたんだモン。吹っ飛んだわ』
「……私も、二人に改めて謝りたい。無理やり頼んで申し訳無かった。その上こちらの事情を押し付けて」
「あはは、もういいよ。ねえ、それより僕等、これからも友達でいていい?」
『ーーーローレンが許してくれるなら……オレは……、その』
「私は、二人の友達で居たい」
『オレ等なんかでいいのか?』
「あ、確かにね。ローレンは魔王軍幹部だし……」
僕とポムが顔を見合わせていると、ローレンはそれは綺麗な笑顔を浮かべながら言った。
「それは私のセリフだ。二人はとても凄い者達だ。もし二人が私の友人で居てくれるなら、私は生涯それを誇りとする」
『っ大袈裟だなぁっ! ローレンは!』
「そうか?」
「そうだよ」
僕等はそうしてまた笑ってた。
僕らが力を合わせれば、きっと何だって出来る。
どんな事だって乗り越えられる。
ーーー……この時、僕はそう確信していた。
信じていたんだ。
◇◇◇
ーーー約束の刻迄、後7日。
その日ローレンは、崖の上に腰掛けて金の竪琴を奏でるポムに、声を掛けた。
「しかし、ポムの声はまだ戻らないのか?」
『ああ。精神的なもんだってドワーフ達は言ってたな。でもまあ語りは出来るし、ラディーとローレンには話せるし、別に問題ないんだよな』
「しかし……」
『いや、寧ろ冒険者達と余計な口利かなくて済んで、いいんじゃないか? この設定。そだ、この件終わってもオレ、喋らない吟遊詩人として行こう。良いんじゃね? キャラ立ちもしてるし!』
ポムの楽観的な考えに困惑するローレン。僕は一応忠告しておいた。
「いや、喋らないで一人旅とか無理だろ。よく考えなよ」
『え……、一人旅……? ラディー来てくれるんじゃないのか?』
「え?」
不安げに目を泳がせるポムに、僕は驚いた。
……え? だって、ポムは僕の事を迷惑に思ってるんじゃ……?
『あのさ、ラディーこそよく考えろよ。オレ弱いんだぜ? しかもなんか、張り切ったディルバム爺さんに“金の竪琴”なんか貰っちまったんだぞ? それで一人旅とか、鴨がネギ背負ってるどころじゃないだろ?』
……確かに。
僕は笑って頷いた。
「そうだね。ポムが良いなら僕も行くよ」
『あー、良かった。ローレンと良い雰囲気みたいだし、ローレンとここに留まるとか言われたら、どうしようかと思ったぜ』
……え?
ーーー……ッロ!? っな!?!? っ……!!
僕が思いもよらぬポムの見解に、目を白黒させていると、ローレンが優しげにポムに言った。
「ポム。それは勘違いだ。私も“男女間に友情は無い”という言葉を聞いたことはある。だがそれはあくまでも低知能な動物達や、本能に忠実な者達だけ。私達は間違いなく“友人”同士だ」
……うん。
そう。その通りだよ。
「……」
……ってポム!
何でそんな、不憫そうな眼差しを僕に向けてるんだよ!?
っいいからあっち向け! ……早くっ……向こう向いてよ……ホントに……。
……僕は何故か、ちょっと泣きそうになった。
その時、古都の入り口からのっそりとファーブニル様が入って来た。
「おーい、ローレン。オイラは寝る。20分見張りを頼む」
「はい! お任せください!」
最近ファーブニル様は、結構気楽にこういう事をローレンに頼んでくる。
心を許してくれてるみたいで、なんだか嬉しい。
ローレンも同じ事を考えてるみたいで、返事にやる気が漲っている。
僕は、颯爽と出ていこうとするローレンに声を掛ける。
「僕も行くよ」
「ありがとう。ラディーが居ると頼もしい」
『行ってら〜。オレじゃ役に立たないから、旦那に子守唄でも歌っとくな』
……子守唄とか……、聴こえたら多分ファーブニル様怒るんじゃないかな?
「おいポム、この前のアレ、……“木漏れ日の森”だったか? あれをまた歌えよ」
『ハイハイー』
ポムは頷き曲を奏で歌い始めた。……まあ、ファーブニル様も満更でもなさそうだし、いいか。
「行こう、ラディー」
僕はローレンに促され、モーニングスターをしっかりと握りしめ、歩き出した。
背後から響く、美しい竪琴の調べを聞きながら。
(孵化まで後7日)




