神は風を創り、命に終わりを与え賜うた
小さな小さな大地を切ない程に愛しく思いながら、俺は根を張った。
守るように、縋るように、俺はレイスのくれた大地に根を巡らせる。
レイスは無口だが、とても優しい少女だった。
自分の身を千切り、どんどん大地を大きくしてくれた。
「痛くはないの? どうか無理をしないで」
「……」
俺はレイスに懇願するがいつも返事はなく、肉が再生するとレイスはまた、それを千切り土に変えた。
ゼロスはと言うと、レイスとは逆にとても口の達者な少年になった。
俺の話で覚えた言葉を巧みに使い、俺に意思を伝えてくれる。
レイスの意思もゼロスが代弁してくれる事がある為、2人には何かしらの伝心スキルがあるのかもしれない。
かく言う俺も、口も無いのに何故か二人に言葉を伝えられているからね。
「レイス、は肉を千切っても痛くない。だけど再セイするのに時間かかる。もっと早く再セイしたい、と思ってる」
ゼロスがまた、無口なレイスの代弁をしてくれている。
「そうか。だけど俺は、レイスばかりが身を裂いているのを見ていられないんだ。悲しくて辛い気持ちになる」
「アインスが悲しむとレイス、が悲しむ。僕も悲しい」
ゼロスの言葉に、俺はキュンと幹が締め付けられる思いになる。
ああ、そうだ。“アインス”とは俺の事だ。
可愛いからと言って、俺の事を“お父さん”と呼ばせておくには、流石に樹が引けた。
それに俺はもう、かつての自分の名前など覚えてはいないしね。
だから俺は、新しい名前を自分につける事にした。
2人が0だから、俺は1。1だ。
0と1で世界を創れたらいいな、なんて思ったんだ。
「僕の肉はレイスに貰ったものだから、千切ると再生しないみたい。僕も身を裂ければいいのに、ちギル事ができ、なくてごめんなさい」
「違うよ、ゼロス。ごめんね、俺の言い方が悪かった。ゼロスの身を裂いて欲しい訳では決して無いんだ。ただ大好きな二人に、傷ついて欲しく無かっただけなんだ」
「アインスは難しい、事を言う。僕たちは、アインスに大きくなって欲しくて土を創る。アインスは喜んでくれた。だけど今は、アインスはそれを悲しいと言う」
「そうだね。心とは、とても難しいものなんだ。大切に思うからこそ悲しくなったり、辛くなったりする。悲しくて辛くても、それでも離れたくないとも思う」
「良くわからない」
「いつか分かるよ。俺が悲しくなったら、ゼロスもレイスも悲しくなってくれるんだろ? ちゃんと心がある証拠だ。もっと学べば心も成長して、いずれ分かるようになるよ」
まだ心の幼いゼロスには、これ以上の説明をしてもきっと理解出来無いだろう。
もっと、心の成長が必要なのだ。
泣いて、笑って、怒って、遊んで、いろんな体験が心を成熟させるんだ。
「そうだ」
俺はふと一つの考えを思いついた。
「植物を植えよう。植物を創るんだ」
「植物? アインス以外に?」
「……」
「そう、俺以外に。そうだな。出来れば成長が早くて多くの種を残し、すぐに枯れてしまう。そんな植物がいい」
俺とゼロスの会話に、離れたところで聞き耳を立てていたレイスが近づいて来た。
「植物が成長し、枯れるとやがて“塵”という土になる。だけど枯れる前に種を残しているから、枯れた土を苗床に、より多くの植物が育つんだ。それを繰り返せば、レイスが身を裂かなくても土が出来るんだよ!」
そして生長と枯死、つまり生と死の様子を見ることで、二人の心の成長が促される可能性がある。
「アインスが悲しまなくてすむなら、創ろう。いい? レイス?」
俺の提案にゼロスは頷き、レイスを見る。
レイスもこくりと頷き、小さな声でボソリといった。
「創ル」
「僕に考えがある。植物はハ―トの形がいい。ハ―トは“大好き”の形なんでしょ? だからハ―トの形の植物を創ろう」
「とても素敵な考えだね。そうしよう」
俺はゼロスの可愛らしい提案に、幹がほっこりと暖かくなるのを感じた。
ゼロスはレイスの肉を捏ね、小さなハ―トの形をした葉を持つ植物を創り始める。
ゼロスは自分の肉こそ千切れ無いが、レイスの肉を成型するにあたって、素晴らしい器用さを見せた。
ゼロス曰く『大好きの形』が三つ。
ゼロスと、レイスと、そして俺。三つの“大好き”が集まって、可愛らしいクローバーが出来た。
俺はその小さな、クローバーの苗を見て思う。
この先この愛らしい植物は、これから何億万回と枯れ、俺達を悲しませるだろう。
しかし何億万回と小さな種から再生を繰り返し、この大地を成長させるのだ。
かつて俺は“死”について、残酷の象徴として捉えたことがある。
だけど、今はそうは思わない。
死とはとても貴く、愛おしいものなのだ。
再生の為の希望、心を成長させる為の足掛かりとなる事象。
「コノ植物、アインスト違う。周リ、特殊ナ風デ包ムヲスル。サモナイト、ダメ」
レイスがクローバーを見て、珍しく口を開いた。
そして両手を広げると、舞を舞うようにクルクルと回りながら、指先に水を集め大地の上空に霧の膜を張った。
そして幕の内側の空気成分を調整していく。
俺の周りの空気が水気を含み、何だかお肌……いや、お皮がしっとりしてきた。
それに空気の質も変わリ、密度が高くなったようだ。
「コレデ良い。そのハ―トの植物が育テルヨウ、大地の周り調整シタ。植エテイイ」
俺にはレイスが何をどう調整したのかわからないけど、自分の肉の欠片のことだから、何かしら感じ取って最適な状態にしたのだろう。
空気の密度の高くなった事で、それらが擦れ合う。
そして俺の皮は、流動する“風”を感じた。
俺のその風に葉を揺らした。そして幹を撫でる優しい風に、くすぐったいような、こそばいゆいような懐かしい愛しさを覚えたのだった。
―――かくしてクローバーは、ゼロスの案で“ハーティ”と名付けられた。ハートだからだろう。
今後この草は“ハーティ草”として、この世界に蔓延り始める。
別に“クローバー”なんて名前でなくていいんだ。
だってここは、ゼロスとレイスの世界なんだから。
俺達はハーティ草を大地に植え、その様子を眺めた。
ハーティ草はあっという間に茎を伸ばし、花火のように大きな円形の株を作った。そして、白い花を2度咲かせ枯れていった。
ゼロスは茶色く萎びたハーティ草を見下ろしながら、悲しげに言う。
「ねえ、アインス。ハーティが枯れてしまった。悲しいよ。僕の創ったハーティが」
「そうだね、とても悲しい。ゼロスとレイスと俺の“大好き”が集まったハーティが枯れると、とても悲しいね。だけど見て。花からこぼれた種が、新しい苗を作ってる。いくつの苗が出来たか数えてごらん」
「いち、に、さん……17だ。小さな苗が17もできてる!」
「嬉しいかい?」
「うん!」
「悲しいかい?」
「うん……」
「そうだね。どちらも大切な気持ちだよ。その思いが“心”なんだ」
「……難しいね」
「そうだね。だけどいつかわかる。ゆっくり、だけど立ち止まらないで考え続ければ、いつかわかるよ」
それから俺達はまた、17株の小さなハーティ達を見つめた。
さっきのハーティはもう無いけど、さっきのハーティも、ここに在る17株の小さなハーティも、俺は全てが愛しい。
ありがとう。たとえ消えても、俺はいつまでも忘れないよ。
ありがとう。
次回、いきなり3万年後になります。
だって、あの3人‥いえ、2人と1本は3万年間、殆どハーティ草を見つめてるだけだったから(´・ω・`)