番外編 〜邪竜さんは、召使いを追い出したい33(隠し歌)〜
歩くこと五分程度の距離にある、岩の窪みを利用した、石と泥で組まれた小屋。それがディルバム爺さんの鍛冶場だった。
防音の為の、気持ち程度に張られた2枚重ねの木の板の扉を潜れば、そこは鉄を打つ轟音と、ムッとした熱気が溢れていた。
ガルーラは特に大声を出すわけでも無く、炉の調整をするディグマさんと鎚を打ち続けるディルバム爺さんに声をかけた。
「おい、ちょっとルフルの石版を借りるぞ」
『軽っ!? てか絶対聴こえてないだろ!』
オレが思わず突っ込むと、ガルーラは若干機嫌悪そうに答えた。
「大声を出してもどうせ聴こえん。万一聞こえたところで、奴らは手を止めん。だから言ったという事実だけあればそれで良い。……もし聞かれたら証言してくれよ?」
『う、うん』
いいのか? それで。
そして小屋の片隅の、荷物が雑多にまとめ置かれているところで、ガルーラはそれらをあさり始めた。
途端鉄を打つ音が止まり、代わりに怒声が飛んできた。
「何をやっとる! ガルーラ!! それに触るんじゃない!!」
やっぱり駄目じゃん……。
だけどガルーラは慣れた様子でイケシャアシャアと返す。
「貸してくれと言ったぞ。返事は鉄を打つ音で聞こえなかったが、頷いたように見えた。な? ポム」
『……え? う、うん。言ったよ』
「……何で黙り込む?」
……あ、しまった。勇者の親友補正の無い人には聞こえないんだ。
オレは慌てて、頷きガルーラを肯定した。
その様子を見て、ガルーラが訳を説明してくれた。
「ポムがストレスで、声を無くして喋れなくなったようなんだ。俺は“勇者の親友補正”で、ポムの第二の声が聞こえるんだがな」
「しんゆうほ……、なんじゃいそれは」
いや、オレも知らないけど。
その時、炉の方からディグマさんが、滴る汗を拭いながらやって来た。
「親父、何やってんだよ。仕上げまだだろ? あんなトコで打ちを止めたら……」
「良いんじゃよ。ありゃ失敗作じゃ! もう一回最初っからやるぞ!」
「……親父ぃ、マジかよ」
ディグマさんは、げんなりした顔でそう呟いた。
ディルバム爺さんは気にする様子も無く、ガルーラに怒鳴る。
「兎に角、それに触るな! いいな、言ったぞ!」
そして踵を返して三歩進んだ所で、ふと何かが抜けたように倒れた。
……え!?
「っ親父!」
慌てて駆け寄るディグマさん。オレとガルーラも反射的に駆け寄った。
「っこの、バカ親父! だから言ったろ、俺でさえもう腕があがんねんだよ。耄碌してる上、腰をいわしてるアンタに、耐えられるはずねぇだろ!?」
「っ、ふ、耄碌はしとらんわ! この小娘が! ええい、放せ!自分で立てるわ!」
「無理だっつってんだろ!」
「だまらっしゃい! わしゃ誇り高きドワーフじゃ! 鍛冶の為に生き、鍛冶の為に死ぬ! ここで死ぬなら本望じゃ! どけ!」
「バカ言え! 約束の為にここまで来たんだろ!? 誇りを失ってないって証明すんだろ!? ここで死んだらっ」
「は、死など怖くないわ腰抜けめ。わしは……」
ディルバム爺さんは、もうもがく事しかできないのに、荒い息をつきながら、必死でディグマさんを払い除けようとしている。
何を言おうが、耳を傾ける事などあり得無さそうだった。それこそ、死ぬ迄だ。
「いい加減にしろ!」
「じゃかぁしい!!」
「ーーー……じじ様」
喚きあう二人に、突然ガルーラが寒気のするオーラを放った。
……これ、……知ってる。……勇者とローレンが向かい合ったときに感じた寒気だ。
「……っ」
「……なんじゃい、ガルーラ。脅しのつもりか?」
喚き合ってた二人が、こちらに目を向けた。
……ってか、なんでドワーフにこんな力があるの? 今更だけど、この人達、本当に何者なんだろう? ……これもやっぱり勇者の親友補正? って、だから勇者の親友補正ってなんだよ!?
オレが身体をこわばらぜ現実逃避をしていると、ガルーラがオーラを収め、いつも通りの口調で話し始めた。
「じじ様、少し休憩されたほうが良い。そしてこのポムだが、あの石版を刻んだルフルの大ファンらしい」
「……ルフルの?」
「ああ、ルフルの多くの作品を読み漁り、癖なんかも熟知してるらしい。あれを見せてやってはくれないか? もしかしたら、他になにか分かるかもしれないしな」
「……いや、しかし、あれはわし等一族に伝えられた物じゃ」
「どうせその一族だって読めてないだろ。じじ様の休憩の間だけでいい。プロに任せてみないか?」
……プロでは、……無いんだけど……。
オレは気恥ずかしくなり、ガルーラの後ろにそっと隠れた。
ディルバム爺さんは、少し顔をしかめて思案していたが、やがて不機嫌に低い声で言った。
「ーーー……ふん、5分だけだ」
◇
毛皮の上に並べられた3つの石版を前に、オレは震え上がった。
黒光りする、縦一メートル、横50センチメートル程の想像より大きな石版。その各裏表には、細かな記号や文字がびっしりと隙間なく描き込まれている。
ーーー……ルフル本人がこれを彫ったのか。
ハァアアァァァァァァアアーーーーっっん!!
もうっ、神がかってます! サイコチックです!! なんかもう、感動し過ぎて息苦しくなってきた。空気は何処に行ったんだ? 酸素さん、帰って来てくれないとオレ死んじゃう。リアルに……。あぁ……、……、……。……。
「帰ってこい!」
突然、胸をドゥンとガルーラに押されて、オレは再びお花畑からここに舞い戻った。
どうやら気を失ってしまい、ガルーラが気付けをしてくれたらしい。
よし、5分しかないのに危ないところだった。
オレは気を取り直し、ガルーラに確認を取る。
『さ、ささ、さ、さささささ、ささささ、さ、触ってもいいいい、いいかな?』
「構わ無い。読めそうか?」
『まま……ち、ちち、ちょっと待って』
オレは震える手で、ガルーラの助けを借りながら、石版の裏も見た。確かに文字らしきものは書かれているが、どれもそれ等は意を成していない。
オレが調べてると腕を組んだディグマさんが、ため息を吐きながら口を出してくる。
「文字だけで追うと、“カラワタタ。。。マラサハ、タ。。サナ☓タ。。サハ、カ。ラカナマサマカ、サ。カ、ナカワサタヤカサカナマナカ、タラ”……意味分かんねぇよ。それ以外の記号に至ってはもはや暗号だ。そもそもそんな電波なサイコ文字見てると、気分が悪くなってくんだよ」
サイコは否定しないが、それ以上の暴言は許さないぞ!
オレは時間をもはや気にする事なく、じっとその石版を見つめた。
やがて、ディルバム爺さんが口を尖らせながら言った。
「時間だ。期待はしとらんから安心せえ」
ガルーラも石版から顔を上げたオレには尋ねてくる。
「何が書いてるか分かったか?」
オレは首を横に振った。
『分からない』
「それ見たことか! だから言ったじゃろが!」
期待はしてないどころか、明らかに喜び出すディルバム爺さん。
オレは口を尖らせながら、ガルーラに言ってやった。
『だけど、読めるよ』
「読めるだと!?」
ガルーラがオレの言葉に驚きそういった途端、ディルバム爺さんとディグマさんが、こちらを凄い勢いで振り向いた。
『コレはルフルがよく使った技法、隠し詩だよ。隠し方は様々で巧妙。不思議な事に、読ませたい相手にしか見つけられないんだ』
「それで? これはどうなってる? 内容が分からないのに、読めるとは」
ふと、ディグマさんが声を上げた。
「ちょっと、何二人で話進めてんだよ!? 勇者の親友補正かなんか知らねぇけど、俺達にも教えろ!」
そして、ディグマさんとディルバム爺さんの希望により、ガルーラが通訳してくれる事になった。
「この石版は裏表を合わせ六面がある。そして、それには分解された同じ文章が綴られているのだ」
『ちょっと、語尾が違うよ!? 通訳するならそのまま伝えてよ!』
「俺は語り部ではない。無茶を言うな」
『は、トーシロが』
「兎に角、その六面にはそれぞれ、文章の母音、口の形、舌の動かし方、リズム、強弱、テンポが書かれてる。それらを同時に組み合わせて声にすれば、語り部でなくとも、誰にでもその物語を同じ様に語れるのだそうだ」
それらの記号の意味や使い方は、あの“悪魔辞典”に全て記されてた。
知っていれば誰でも語れる。
だけど鍛冶師のドワーフが、語り部の事など知るはずも無い。
分かってたはずなのに何故ルフルは、敢えてこんな形で歌を残したのか?
「ルフルがこんな形で詩を残したのは、きっとこの詩が“残さなくても良かった詩”だからだろう。若しくは、“残してはいけない詩”か。何が書いてあるのかは、声にしてみないと分からない。残すべき言葉は、この読み取れる文章に全て込められている筈なのだから」
伝える必要はなくても、伝えてはいけなくても、ルフル本人がこの詩を残し、伝えたいと思ったんだろう。
ルフルのエゴが残した“願い歌”。
「ーーーそれを踏まえた上で、聞きたいか?」
ディルバム爺さんとディグマさんは、言葉なく深く頷いた。
「ならば少し時間をくれ。リズムや強弱、そしてテンポを覚える。そしたらそれに、言葉を乗せよう」
「……どれ位待てばいいのじゃ? わしはずっと待っておった。その詩を読める日を。コレからも、死ぬまで待つつもりじゃったが、読めるとわかった今、もう待てんのじゃ」
「ーーー1時間」
「分かった、頼む」
ディルバム爺さんがそう言って、足を組み直し、拳を床に突いた。
多分、ドワーフ独自の挨拶の作法かなんかなんだろう。
オレは頷き、また石版に見入った。
ーーーーー細かな記号を、見落とさず頭の中の帳面に書き取っていく。
大丈夫、なんてこと無い。少し複雑だけど、ただの楽譜だ。
オレが石版を頭に叩き込んでいると、後方からヒソヒソと話す声が聞こえてきた。
「……そういえば、あのポム、声が出ないとか言っとらんかったか? さっきだってやつは一言も喋らんかった。歌もお前が歌うのか?」
「いえ、それは無理だな。俺は歌えん。だがポムは、物語を語るときだけは声が出るんだ」
「ほー……、なんとも不思議じゃの。まるで何かに導かれた者のようじゃの」
「……確かに。ただ神の導きでないことは確かだ。そうだな、“ルフルの導き”と言ったところか」
ーーーよせやい、褒めるなよ。こちとら褒められ慣れてねえんだ。照れるだろう。
それにオレにとって、ルフルはもはや神だからな。
◇
やがて1時間を経過しない内に、オレはリズムに音を乗せ、語り始めた。
書かれてる話の内容は分からない。
だけど覚えた譜面に合わせ、書かれたとおりに発音すれば、まるで魔法のように、オレの口から物語は流れ出し始めた。
「ーーーこれは父を追うあまり全てを失った、愛すべき愚かな娘が、最後に交わした約束の物語。ーーーそして、僕の大切な家族の親友達に贈る詩」
(孵化まで後14日)
洞窟の外、ポムのソロ回には、詩とは別に大きな秘密が隠されています。違和感に気付いて、“ナニコレ、ウケる”と思ってくださるのは居るのでしょうか……。
真実はクライマックスに明かされる!?




