番外編 〜邪竜さんは、召使いを追い出したい32(無くした声と紡がれ始めた物語)〜
オレが話を終えると、歓声と拍手が起こった。
「すっごい! すっごい面白かった!」
「ポム、こんな特技あったのかよ!?」
「その年で、見事な物だな。ソロの吟遊詩人としてもやっていけるレベルだ」
「ーーー…っ、」
オレの話に歓声をくれてるのはグクスと、途中でやってきたギルディボ、そしてガルーラだ。
オレは嬉しくなってお礼を言おうとしたけど、そっちは声が出なくて、しょうがないから、頭を下げてそれに応えた。
調子付いて、アンコールをせがんでくれる二人の子供の頭を、ガルーラは押さえ言った。
「お前達は、寝る時間だ」
「えー!? ポムだってまだ子供じゃん!?」
「ひいき、ひいきぃーー!!」
喧嘩してたことなどすっかり忘れ、徒党を組み始めたギルディボとグクス。
ガルーラは、二人の頭をがっしりと鷲掴みながら言う。
「いいか? ポムはアニマロイド。こう見えても青年だ。寿命で比較すれば、ドワーフ族の30歳に相当する」
「ウソ!?」
「マジでぇ!?」
マジかよ。
「ーーー……母者と……、同じだと!?」
マジかよ!?
驚愕する子供達と、全く同じ驚愕をするオレ。精神年齢は多分この二人の方が近い気がするぞ。
オレ達がワナワナ震えながら、互いの顔をチラ見していると、ガルーラが二人の頭を離して笑いながら言った。
「わかったら早く寝に行け。せっかくプロの語り部に歌ってもらったのだ。怒られる前にぐっすり寝た方が、身の為であり、幸運だと思うが?」
ガルーラはの言葉に、二人は顔を見合わせ頷きあった。
そして挙手をして同時に駆け出した。
「ポム! 他の話もまた聞かせてよ! 絶対だよ!!」
「ふははは! 今日は手を引いてやるが、明日は覚悟してろよぉ!!」
……うん。おやすみ。
そうして、微笑ましい嵐は過ぎ去って行った。
それを見送り、息を吐きながら振り返れば、またガルーラが水を差し出してくれていた。
オレは今度はそれを受け取った。飲めば冷たい水が、喉の奥に染み込んでいくようだった。
ガルーラは炎に薪を投げ込み、優しげで余裕のある笑みを浮かべながら、静かに言った。
「良かったな。お前は勇者より、よっぽど良い才能を持っている。現実と語る“声”は無くしたが、物語を紡ぐ“声”は残っていた」
「……」
その言葉に、オレの脳裏に怒りの炎が灯る。
ーーー……才能だ? 何を言ってるんだよ? 役に立たない。誰も助けられない。必要ともされないこんな物……。
「本当に、幸運だったな」
火を搔きながらそう言ったガルーラ言葉に、オレの頭に一気に血が上った。
『ーーーっ何が幸運なもんかよ!? こんな役にも立たない技術、残って無い方が良かった! そうだよ、こんなもの無駄どころか、寧ろマイナスだった! このせいで、全部壊したんだよ! オレがこんな下らないものを、諦めずにとっといたせいでっ』
まただ。
また、八つ当たりだ。思い通りに行かなくて、あの洞窟で無様に当たり散らした時みたいに……。
声の出ないオレは、高周波の声で喚き散らした。
『オレは吟遊詩人になりたかった。だけど反対され、しょうがなく冒険者やってた。他の人は真面目に冒険者をやってたのに、オレは適当にやってて、そんなオレを全部ラディーがフォローしてくれてた。なのにオレは不貞腐れて、ラディーを顧みなかった』
言葉が止まらなかった。
後悔してるんだ。全部、全部。
こんなオレを褒めないでくれよ。褒めちゃ駄目だ。オレは汚い奴なんだ。
『ローレンに“友達になろう”って言われた時もそうだった。ラディーが勝手に決めた事だからしょうがないって、ラディーのせいにして、……でも楽しかった。ホントに皆で遊んで……でも、オレは逃げた。ラディーに付いてけなかった。ファーブニルの旦那に嫌われた。ローレンは真面目すぎて、いいやつ過ぎて、……オレがどんどん汚くなってくのに耐えられなかった……』
いいや。どうせ聞こえて無いんだ。
どうせ、オレの声は、届かない。
『勇者が現れて、帰れなくなって、ラディーを身代わりにオレだけが逃げ出して……でも間違ってた。そんな事して、もう、唄なんか歌えるはずない。夢なんか追えるはずない。……だから、ブっさん達に縋った。全部話した。……でもやっぱりローレンは、今でもオレの友達で、ラディーは大事な兄弟で、……ファーブニルの旦那はローレンの大事な人なんだ。倒しちゃ駄目なんだよ。……オレのせいだ。フラフラして、なんの役にも立たない、夢ばっか見て……』
「ーーー……普通じゃないのか?」
「……っ?」
突然、ガルーラの声がしてオレは顔を上げた。
「敵対するもの同士、優柔不断に両方にいい顔をしよとするのは最早“蝙蝠のアニマロイド”の性だと思うが?」
ーーー……は?
『え? なにその不名誉な性。言っとくけど悪いのはオレだけで、他の一族はラディーを筆頭に真面目だかんな?』
「そうなのか? 俺達の間では蝙蝠は……」
キョトンとしながら言い募ってくるガルーラに、オレの頭の熱は一気に冷め、寧ろ冷ややかな視線を投げつつ言った。
『違う。断固否定する。ドワーフの慣習は知らないけど、そこんトコは全力で否定する。古い習わしは、今こそ変えるべきだ。オレはそう思う』
「あ、……ああ、そうだな」
オレがそう凄い真顔で言うと、ガルーラは若干狼狽えながら頷いてくれた。
そこでオレは、ふと気付く。
『ーーー……って、え? ガルーラ、オレのこの高周波の声、聞こえるの?』
「あぁ。そうすれば普通に話せるのだな。良かったじゃないか」
ーーー……え?
『……いや、……なんでドワーフに聞こえるの? 身体の構造上、聞き取れないはずだけど? もしかしてあれ、……“勇者の親友”補正とか掛かってんの?』
「……そうだな。掛かっていると、思うぞ? 多分……いや、うん、掛かってる」
マジかよ!
いや、……適当に勇者の親友補正とか言ってみたけど、それ何よ!? 意味わかんねぇし。……勇者、まじパネェわ……。
「なあポム、本当に俺は皮肉なく、素直にお前をすごいと思う。世の中にある物は、たいてい壊すほうが簡単だ。勇者アイルだってな、ドワーフ達の受け継ぎ続けた技術の粋を集め、更にディルバムが170年かけて昇華し続けた最高の“ひと振り”を、たった一度の打ち合いでガラクタにするんだ。腕っぷしの強さなんて、所詮何かを壊すための力だ。だが、ポムは違う」
ガルーラの言葉に、オレは膝を抱えた。
『……そんなの、……きっとガルーラが“勇者の親友補正”で強いからそんな事思うんだ』
「否定はしない。力を持てば、その分野の様々な物が見えるからな。だが俺は知ってる。俺の知る限り誰よりも強い方が、誰かの心を動かそうと必死で足掻いたこと。そして、それは力ではどうにもならなかった。怯えさせ、縋りつかせ、懇願させ、恐怖に慄かせ、泣かせた」
……どんな恐怖の大王だよ!?
「その方の願いは、ただ、笑ってほしかった。仲良く、その輪に入りたかっただけ。……まあ結局、力とは関係ない所で、運良く成就されたのだが。……だからポムは凄いと思う。物語を謳い、物語の中に道を見つけさせ、あるべき姿を指し示す。恐怖や痛みを与えず、何も壊すことなく、その心を感動させる。誰にでもできることでは無い。ましてやポムはアニマロイドで、たったの11歳だ」
ーーー……正直、素直に嬉しかった。だけど、同時に喜んじゃいけない気もした。
『所詮子供相手だ。読み聞かせなんて、どこの母親でもする』
「ディグマはしないぞ」
……あぁ、うん。あの人は、……うん。
オレが言い返せず黙っていると、ガルーラは優しげに、そしてダンディーに笑いながら言った。
「俺もここに来るまで様々な所を旅してきたが、ポムの語りは、卓越されていると感じた。よく一人でそこ迄完成させたものだ」
『ーーー……一人じゃない。オレには先生が居た。……会った事はないけど』
「会った事はない? 誰だ?」
『ーーー……伝説の吟遊私人“ルフル”だよ。一般にはマイナーだけど、吟遊詩人達の間で有名な“発声とリズムの悪魔辞典”』
「……“教本”では無く、何故“悪魔辞典”なんだ?」
『さあ? とにかくその本が凄いんだ。後の吟遊詩人の為に遺した教科書。発声から感情表現、リズムのとり方や話の作り方まで、全部載ってるんだぜ。全56巻にも及ぶ最高の師匠だ』
「ーーー……そうなのか」
『……』
……ガルーラめ。ちょっとオレの熱い語りに引いたな。
そしてしばし沈黙が続いた後、ふとガルーラが言った。
「そういえば、じじ様がその“ルフル”が書いた詩の原本を持ってたな」
『っ!!?』
俺は思わず声を詰まらせ、目を見開いた。いや、……声は元々出ないけど。ホント、何サラリととんでもないこと言ってんの!?
『って、ルフルの時代は5000年前だぞ!!? 原本ってあり得なくない!?』
「そうなのか? 知らないが、じじ様の持つ3枚の石版は、ルフル本人が刻んだ物と伝えられているそうだ」
……石板。 ……本人!? 嘘だろ!!?
こんな時だと言うのに、オレは思わず胸が高鳴った。
だって、伝えられる歌は数あれど、5000年も前だ。本人の足跡が残ってるなんて! しかも個人で保管されてるなんて、奇跡だよ!
「とはいえ、期待はしないほうがいいぞ。長い歴史の中で、他の石版が失われたのか、全く読めんのだ。タイトル以外はな」
『いいよ! 見たい! お願い!』
こんな時だというのに、オレはそう叫んでいた。
ガルーラはそんなオレを、嫌味なく笑いながら言った。
「分かった。じじ様に頼んでみよう」
『っだ、だけど良いの? ディルバム爺さん、今鍛冶の最中じゃ……』
「構わん。じじ様の妄執は、ルフルの遺した歌による物。何があっても鎚を離さず、どんな場所でも鉄を打ち続けるのは、ただの気晴らしの様な物だ」
『気……晴らし?』
「そうだ。じじ様はドワーフの“誇り”にこだわってる。かつてじじ様の祖先は、伝説の神具【グレイプニル】を打ち出した職人だった。グレイプニルは神の炎を自在に操る伝説の鍛冶職人ガーランドによって鍛えられ、鍛冶の神の祝福を受け打ち出された。その姿は神の御業の如く美しく、軽やかな関節で全てを絡め取り、その強度は世に在る全てを跳ね返す鎖」
ーーー……お伽噺では……聞いたことがある。けど、あの偏屈爺さんが、その子孫……? ってか、そんな鎖、実在するの?
「だがその存在と技法は争いの最中失われ、今や世界最高の鍛冶師と言えば【混血のガルダ】だ」
……混血、……つまりハーフドワーフって事か。
「かくいう俺だって混血だ。じじ様からあまり良い顔はされないが、まあこればかりはしょうがない。それに俺はじじ様ほど鍛冶が上手くないから、じじ様ほどのこだわりもない」
うん、なんかのほほんとしてるもんな。こんだけ逞しいのに、ガルーラと言えば子供と遊んでるか、美味そうなもん作ってるとこしか見た記憶がないぞ?
「じじ様は恐れてる。故郷を捨てたとき、ドワーフは誇りを共に捨てたのではないかと。自分だけは、その誇りを捨てまいと必死なのさ。だが縋り付き、鎚を握ったところで誇りなど目に見えるものでは無いから、証になどなりはしない。だが、握るしかない。ルフルがそう遺したのだから」
ーーー……一体、ルフルは彼らに何を残したんだろう?
なんの為に?
「ま、ここで話しててもしょうがないな。早速行こう、じじ様の所へ」
ガルーラは、空になった酒瓶をコトリと足下に置くと、立ち上がり無造作にポケットに手を突っ込んだ。そして、詩のような物を口ずさんだ。
「“ーーー汝ら種の誇りを失うな。故郷への扉は5000年の長き刻の果てに開かれる。それまでは、断じて立ち入る事なかれ。新たな罪を、背負わせたく無いならば”」
『それは?』
「ルフルの残した石版の、唯一読めるタイトルのようなものだ」
ガルーラはそう言うと、踵を返して歩き出した。
ディルバム爺さんの居る、即席の鍛冶場へと向かって。
(孵化まで後14日)
今後少し投稿ペースが遅くなります。




