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番外編 〜邪竜さんは、召使いを追い出したい31(ナメクジと童話)〜

 

 長い間俯き声もなく泣くオレに、ガルーラが気遣わしげに声を掛けてくれた。


「なにか食うか? それなら温め直すが」


 オレは首を横に振った。


 この人達がいい人達なのは分かってる。

 だけどもう、何も言えなかった。

 話そうとしても、声が出なかった。

 でもまあ、どうせ誰にも届かない声だ。

 オレは誰にも必要とされない。

 なんの役にも立たない。……なんの……。


 また、涙が溢れてきた。


 だけどガルーラは気にする様子もなく、オレの隣に腰を下ろし、オレに差し出していた水を自分で啜った。

 オレがちらりと滲む視界でガルーラを見ていると、急にガルーラはまるで挨拶でもするように、軽く片手を上げた。


 ーーーパシン……。


 途端、何かが……いや、酒瓶がガルーラの手に飛び込んで来た。

 そして一拍後、二児の母ディグマさんの声が上がった。


「またそんなもん(水なんか)飲んでんのかよ、ガルーラ。アイルが行っちまってしょぼくれてんだろ。ダセえな」


 ……ディグマさんは二児の母。女性だ。もう一度言っておく。女性だ。


「バカを言え。あんな戦闘馬鹿なんか、出て行った所で、肩の荷が降りた以外の何物でもない。これだって祝い酒だろう?」


 そう言ってガルーラは手の中にある酒瓶を揺らし、コルクを犬歯で抜いた。

 ディグマさんも、自分で持って来たもう一本の酒瓶を笑いながら呷り言う。


「さぁ? 何だっていい。酒を飲むのに理由なんて要らないね。理由(ストーリー)なんざ、後から付いてくるのさ。ーーーそれにアイルは別に戦闘馬鹿じゃない。ありゃ女の尻追っかけてるだけだな。島に残してきたあの気立ての良くて可愛い娘に、自分は“強い”って見せたいんだろ? 火山の竜も災難だな」

「まったくだ」


 そう言ってガルーラは、足元に咲く小さな花にグラスの水を溢すと、酒瓶を煽った。


 ……ドワーフって種族の慣習はよく知らない。だけどなんかいちいちダンディーだな。


「ま、それならいい。今日はあっちもこっちもウジウジとカビ臭え奴らばかり生えてやがるからな。お前までカビが生えてるかと思った」


 ふとディグマさんの視線の先を見れば、ちょうどオレの少し後ろの辺りに蹲るように、6歳のグクスが座っていた。


「ったく、本が破れたくらいでぐじぐじと。……っつっても、新しい本なんて買ってやる筈もねーんだけどな」

「……」


 ……酷いな。


 黙り込むグクスをフォローするように、ガルーラが笑った。


「まあそう言うな。カビだって酵母の仲間だ。やり方によっては、芳醇な酒をも生み出す事がある」

「……はぁ、ガルーラにゃ敵わねーな。まぁいい。お前にゃ親父やガキ共の面倒見てやって貰ってる恩もある。これ以上は何も言わねえよ。グクス! 後で鼻水拭いたらガルーラに礼を言っとけよ!」


グクスはそっと、ガルーラの影に潜れるように、無言で身じろぎをした。

ガルーラは余裕たっぷりの笑みを浮かべ、ダンディーに酒瓶を口元に宛てながら言った。


「お前はいい母親だな。心配するな。折を見て、俺が寝かしつけとくさ」

「頼んだゼ。じゃ俺は親父の手伝い行ってくら。腰にガタが来てるくせに、意地でも鎚を離さねんだよ」

「なる程、いい娘でもある訳だ」

「るセぇ。とっとと寝ろ」


 ディグマさんはそう言って、酒瓶を振り回しながら上機嫌で去って行った。


「……」

「……」

「……」


 オレとガルーラとグクス。誰も喋らず気まずい沈黙が流れた。


「……」

「……」

「ーーーー……っ、」


 あまりの沈黙に、耐えきれなくなったのは、まさかの一番凹んでいるはずのオレだった。

 ……だけど、リアルに声が出なかった。


「っ、……、……? ……?」

「声が、出ないのか?」


 ……出ない。

 マジかよ。ホントにこんな事ってあるんだ。小説の中だけかと思ってた……。


「……重度のストレスで、そうなる事があるらしい」


 唖然とオレが口をパクパクしていると、ガルーラは驚く様子もなくそう言った。


「一時的なものだろう。仲間に置いていかれたことが、そんなにショックか」

「っ」


 ーーー違う。いや、それもあることかも知れない。だけど何より、二人を危険に晒したことが、オレの心をキツく締め付けていた。


「気を張らず、リラックスすれば良い。何でもいい。自分の好きな事をやってみろ。そうすれば、自ずと声も戻ってくる」


 ……リラックスなんて出来るはず無いだろ。

 それにオレの好きな事? ……オレの好きな事って……。


 ふと、ガルーラの視線から逃げるように目を逸らせると、俯き、ちょっと破れたではすまないくらいの紙片となった“本”を抱えているグクスが目に留まった。

 ……そういや、兄貴に本を破られたって言ってたか。力の弱い弟が兄の犠牲になる。どこにでもある話だけど、オレにとっては随分と同情のできる話であった。


 それにあの本、……オレはよく知ってる。

 今でも覚えてる。オレもあの本を、生まれて初めてオレだけの為に買ってもらって読んだんだ。何回も母ちゃんにも読んでもらったし、字が読めるようになってからは、オレ自身も詠唱出来る程読んだ。まあ、ある程度知識がついたら“(シツケ)”の為の話だってことには気付いたケドさ。


 あの本の著者は、オレが一番崇拝する唄歌い“伝説の吟遊詩人ルフル”。

 そして、話の冒頭はこうだった。



「“ーーーこれは、僕が大切な家族に贈る物語”」




 その時ふと、視線を感じた。顔を上げると、目を見開いて、ガルーラとグクスがオレを見ていた。……何だろう?


「ポム、声が出るじゃないか」


 ……え? あ、ホントだ。さっき確かに出た。


 続いてグクスも、弾む声でオレに声を掛けてくる。


「それっ、この本の始まりの部分! ポムこの話知ってるの!?」


 まあな。


「ーーー……っ」  


 答えようとしたけど、それは声にならなかった。


「俺この話を読みたいんだ! 母者はあんなんで読んでくれないし、ポム知ってるなら話してよ!!」

「……っ、っ」


 やっぱり声は出ない。オレが困惑していると、ガルーラがオレの背中を軽く叩きながら言った。


「無理することはない。好きな事をするだけでいい」



 ーーー……あ、そうだよ。オレの好きな事。



 昔っから、……大好きで、いつかそうなるんだと昔はずっと信じてた。


 そしてオレは深く息を吸い込み、昔の様に、言葉を紡いだ。



「“ーーーーーーこれは、僕が大切な家族に贈る物語”」



 やっぱりこれなら声が出る。

 そしてオレは、ずっと使われず閉じ込めていた記憶を、思う様に開放した。






 “ーーーエルフのニルーーー”



 ーーーーーーこれは、僕が大切な家族に贈る物語。 



 昔あるところに、ニルと言う隠れんぼが大好きな、いたずらエルフがいた。


 皆はお調子者のニルが大好きだった。

 ニルがいたずらをする度、ニルが失敗する度、ニルが笑う度、皆はお腹を抱えて大笑いした。

 ある日ニルは庭の荒野で黒い馬と出会った。


 黒い馬はニルに言った。


『なぜ家を出ない? 外は広いのに』


 黒い馬の言葉に、ニルはふとお母さんの言葉を思い出した。


 “ーーー外には危険がいっぱい。家から出てはいけないよ”


 だけどニルは、ニヤリと笑い黒い馬の背に飛び乗った。

 そして黒い馬と共に、垣根の外へと走り出してしまったのだった。

 自由に、ただその為だけに、ニルはお母さんとの約束を破ったのだ。


 やがてニルは、辿り着いた穴の中で、不思議な生き物に出逢った。それは毛むくじゃらの不思議な生き物。ニルは、その不思議な生き物をルボッグと呼んだ。

 初めは警戒をしていたニルだが、その毛むくじゃらのルボッグ達が優しく面白い者達と気づいてからは、それは仲良くなって、楽しく過ごした。

 ルボッグ達も、ニルが大好きだった。


 ニルはルボッグ達の巣穴に潜り込み、毎日みんなで一緒にイタズラ三昧。

 盗賊をからかったり、ダンジョンに散歩に行ったり、たまには滅茶苦茶に本を気の向くままに綴ってみたり、仲間とお腹を抱えて笑って暮らしていた。


 ニルは、今日も穴の中の秘密基地に隠れて、仲間といたずらの計画を練っている。


 ニルがいたずらをする度、ニルが失敗する度、ニルが笑う度、皆はお腹を抱えて大笑いする。


 だけど構わない。ニルは、皆に笑ってもらうのが大好きだったから。

 そしてニルのいたずらは日を追うごとに、どんどんエスカレートして行った。


 そしてある日、とうとうニルはお父さんとお母さんの大切な宝物を盗もうとした。


 流石にこれには、お父さんとお母さんはカンカンに怒った。


 ニルは怒られ、両親から家を追い出される事になった。

 しかしその時、そこに旅人が通りかかり言った。


『待ちなさい。ここに1つの卵がある。この卵とニルを交換しないか?』


 お父さんとお母さんは『どうせ追い出すつもりだったのだから。貴方が貰ってくれるなら卵などいらない。さあどうぞ』と答えた。


 ニルもウンザリした様子で『好きにすればいい』と答えました。


 その途端、ニルは卵に吸い込まれてしまった。

 それにはみんなびっくり。ニルも慌てて叫んだ。


『ここから出して!』


 旅人は、実はとても凄い力を持つ魔法使いだったのだ。

 凄い魔法使いは、悲鳴を上げる卵に優しく話しかけた。


『イタズラは止め、みんなに優しくできるなら、出してあげよう』


 ニルは頷いた。


『良いだろう。ただし嘘だった場合、酷いことになるぞ』


 ニルはそれにも頷いた。


 途端ニルは卵からはじき出される。ーーーだけどその姿は、変わり果てていた。


 イタズラ好きのエルフはもう居ない。

 卵から出てきたその姿は、頭でっかち短足寸胴、まだら模様の翼をはやし、腕だけ長いあべこべドラゴン。

 凄い魔法使いは、眉一つ動かさず、変わり果てたそのドラゴンに言った。


『残念、駄目だったみたいだ。可哀想だけど、君が心から反省して、そしてみんなが君を赦すまで、君はその姿のままだ』



 ◆



 ーーーあれ? 



 誰でも知ってるその話。オレは改めてその物語を話しながら、妙な既視感に襲われた。



 そしてふと話を止め、夜の闇にぼんやりと浮かぶ、ディウェルボ火山を見上げた。




(孵化まで後14日)

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― 新着の感想 ―
[一言] 元ネタがすぐ近くに!? よほどお話が好きなんだね? ポムくん?
[良い点] お疲れ様です! うーん、つくづく番外編のネタが深い!これも神のいたずらの成せる技ですか… [気になる点] ・僕も小説を書き始めてみたんですが、中々思うように書けません。思ったことをそのまま…
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