番外編 〜邪竜さんは、召使いを追い出したい30(置いてけぼり)〜
〈引き続きポム視点〉
ガルーラは表情は変えないものの、何処か優しげな声でオレ達に声を掛けてくる。
「そして冒険者達や森のエルフ達も、無事で良かった。先程ディグマも言っていたが、湯が沸いている。汚れを落とし、傷を手当されるが良い」
よく見れば、みんな身体中血と泥にまみれている。
ミー姉とフィーちゃんはホッとしたように頷いたけど、森のエルフ達は踵を返し言った。
「腰抜けドワーフ共の手は借りん。我々は結構だ」
そして歩き出したエルフ達に、ガルーラは少し困った様に勇者アイルに視線を投げる。
勇者アイルは興味なさげに言った。
「好きにさせれば良い」
「そうだな。では女達から先に使うといい」
ガルーラがそう頷くと、ミー姉とフィーちゃんは、一礼をして、嬉しそうに湯釜の方へと小走りに去っていった。
サッパリとして、あちこちに包帯を巻いた二人が出てくると、オレ達も湯釜に向かった。
大きな鉄の湯釜に浸かることはしない。
そこに布を浸し、体の汚れや泥を拭き、流していった。
隣には沸かされていない冷たい清水の桶も準備されていて、傷口はその水で洗い流した。
ーーー流してふと気付く。
あれだけの激痛を感じたのに、傷自体は小さな物ばかり。ブっさんやジーク兄のレイピアに貫かれ、貫通した傷口に至っては既に塞がり、青黒い痣を残しながらも、痛みは無いそうだ。
「血を弾き、刀身に残らぬ程に滑らかに磨き上げられたミスリルのレイピアだ。激痛を味わわせながらも、レイピアを抜けば、筋肉に押され、その傷が塞がる。あの刀身に魔力を込めれば、たちまちにその身体は消し飛んでいたろうが、……よっぽど手を抜かれていたんだな」
オレの隣でオレ達に混じって身体を流していた勇者アイルが、淡々とそう言った。
勇者の剥き出しの上半身には、歴戦の大きな傷跡が、生々しく刻み込まれている。筋肉は引き締まっていてガルーラより……、いや、ガルーラの方が逞しいな。
多分勇者補正で、あんまりムキムキにならないようになっているのかも知れない。
……って、勇者補正ってなんだよ? 自分で言っててよく分からなくなってきた。
オレが無言で体を擦っていると、ブっさんが唸るように言った。
「っ俺らは、A級冒険者だぞ?」
「人間には限界がある。手を出してはいけない領域がある。欲に目が眩んで、己の領分を見失うとそうなる」
「お前だって人間だろ」
「“勇者”は特別ではないが特殊ではある。お前らより無理も無茶も聞く。自分をいじめ抜いた先で、越えられない壁をも突破できるんだ」
「ーーー……っくしょぉ……」
ブっさんが悔しげに、冷水を自分の頭にかけた。
「まあファーブニルや、ダークエルフは俺の領分と言うことだ。お前達なんかに本気を出す価値を、あれ等は無いと考えたんだろうな」
ーーー……ピシ……。
今度は無口なガリューさんの手桶に、大きなヒビが入った。
ジーク兄はオレと同じく、俯き、黙々と血糊を落としている。
ーーー違う。
ローレンは、そんなオレ達を馬鹿にするような戦いはしない。
使命のため冷徹になりながら、オレ達に敬意を払ってくれるような馬鹿真面目だ。
あの時だって単純に、
“ラディーと約束をしたんだ”
オレを……そして、オレの“大事な仲間達”を逃がすためだったんだ。
……なんだ、オレ……友達じゃないとか言っときながら、結構ローレンのことわかってるじゃん。
◇
「ギルディボ、じじ様を呼んできてくれ。飯ができた」
「はーい」
傷の手当までを終わらして戻ると、焚き火にかかった鍋の前で、ガルーラが子供の一人に声を掛けた。焚き火の周りには串焼き肉が並べられており、フツフツと肉汁を滴らせている。
鍋の中では緑の葉が入ったスープが湯気を立てていた。
ガルーラは大きなスプーンでスープを取り分け、テーブル代わりの平らな岩の上に置いていく。
「お前達の分もある。スープの方は野菜だけだからポムも食べられる。……食っていくのだろう?」
ガルーラはそう言って顎で鍋を指した。
そしてその時、オレ達が返事をする前に、嗄れた大声が上がった。
「また不味くて臭い雑草の汁か!」
片足を引きずるようにして歩く、地面まで届く白い髭を生やしたドワーフの老人。御年176歳のディルバム爺さんだった。
「じじ様、ドワーフは雑食種だ。肉ばっかり食べてると臭くなるぞ。体臭が」
「……」
ディルバム爺さんの表情が凍りついた。ってか、気にするトコ“健康”じゃなくて“体臭”なの?
「体臭エチケットは“ダンディズム”の基本。違うのか?」
「……っふん」
……ドワーフ達の慣習はよく分からないけど、ディルバム爺さんは素直に席に座ってスープを啜り出した。
二人の子供たちも走ってきて、各々にスープと肉を受け取り食べ始めた。
その様子を静かに見ていた勇者アイルが、ふと声を上げた。
「俺はいらない。黒狼王の森で、身体を温めてくる」
「もう行くのか」
いつもの事だと言わんばかりに、ガルーラは勇者アイルに答えた。
「あの邪竜を倒してくる。あいつ等は2週間ほどで去ると言っていたが、待つつもりは無い」
「……そんな事より、大事な物があるのでは無いのか?」
「いや、無いな」
「時は有限だぞ」
「……そうだな。分かってる。急がないといけない」
勇者アイルはそう言うと、踵を返した。
「っ待てよ!」
と、突然ブっさんが怒声を上げ、その背中を呼び止めた。
「?」
「俺を連れてけ!」
「ブリス!? 貴方何言ってるの!?」
「そうだよ、ブリスさん! ブリスさんなんか邪魔にしかならないよ」
勇者は足を止め、続いてブっさんが吐いた言葉に、ミー姉達が驚愕の声を上げる。ブリスさんは苛立ちを顕に、その声を諌めた。
「煩せえ。ここまで馬鹿にされて、黙ってられるか」
「っ」
「……」
ジーク兄と、ガリューさんの顔が引き攣る。
「勇者様よ、アンタは邪竜と戦いたいだけだろ? だけどな、ラディーは俺らの仲間なんだ。助け出すのは、リーダーである俺の役目なんだ」
「言ったろ。お前らの領分じゃない。あのダークエルフを見た筈だ。ファーブニルはあんなもんじゃ無いぞ」
「……ならっ、」
ブっさんは睨むように勇者アイルを見た。そして、縋るように言う。
「なら、頼む。俺を鍛えてくれ。……俺だって強くなりたいんだよ……。死にたかねえ。だけど、仲間を助けに行かなきゃなんないんだ。頼むその為なら、俺だって無茶でも無理でもしてやるよ。どうか強くしてくれ……」
「……」
アイルは静かに目を閉じ、頷いた。
「10日だ。10日だけ、付き合ってやる。だが途中で死んでも責任は取らん」
「あぁ」
ーーーいや。あぁ、じゃないよ。何勝手に話を進めてるんだよ?
オレは慌てて声を上げた。
「待って!!」
だって……、ラディーは無事で、ローレンは今尚オレとラディーの……。
全部、オレの勘違いだった。思い込みだった。だからっ。
「待ってよ! ローレンは僕等を逃した! 殺さないように救っただけで、馬鹿にしてなんかない! それに、あの人達はラディーを殺さない! だからっみんな止めて、……止めてよ!!」
オレか必死にそう叫ぶと、辺りがしんと静まり返った。
そして、哀れみのこもった眼差しをオレに向けながら、ミー姉がポツリと呟く。
「……可哀想に。気丈にしてたけど、やはりとても怖かったのよね。大丈夫よ。今回、ポムを連れて行く気はないから。だけど、私達も行くわよ、ブリス!」
……え?
ミー姉の言葉に、一瞬オレの思考は止まった。続いてジーク兄がオレの額を指で小突いた。
「誘惑の魔法はかかってなさそうだけどな」
「大丈夫、ポムっち。アタシ達はきっとラディーを助け出して来るからね!」
……違う!
「ねぇ、聞いてよ皆……」
「勇者殿、我等も我が一族の悲願の為、その道程共にさせていただく」
オレは皆の誤解を解くため言い募ろうとしたが、その言葉は、いつのまにか戻ってきていた森のエルフ達に遮られた。
「……ったく、ぞろぞろと。本当に死んでも知らないからな」
ため息交じりに頭を掻く勇者アイルに、オレは声を上げる。
「まっ、待ってよ! 聞いて、オレの話を聞いて……、ラディーはオレの兄弟だ、ブっさんよりっ……」
ーーーブっさんより助ける義務があるし、守って当たり前……。
だけどその言葉を言い終わる前に、普段無口なガリューさんの低い声が響いた。
「ついて来たいとでも言うのか? ラディーならまだしも、お前には無理だ」
驚いてそちらを振り向けば、ガリューさんが高く手刀を構えていた。
「……え?」
……なんで?
「邪竜の情報は助かった。だが交渉に失敗した今、お前を連れて行くことは出来ん。ゴーグルがあれば闇を恐れる心配もないからな。あの時の勇者の言葉、この場ではお前だけに当てはまる」
……ラディーならまだしも? 役立たず? オレ、……不必要……?
ーーー違うよ。そんな筈は無い。オレにだって……。
「少し寝てるといい。お前の兄は我等に任せろ」
「まっ……」
手刀が、オレの後ろ首に振り下ろされた。
殴られた記憶すら残さず、オレの意識は闇に沈んだ。
ーーー……あー、もう。 ……コレだから……冒険者は嫌なんだ。
◇
目覚めれば、濃紺の空には満天の星が輝いていた。
「起きたか」
落ち着いた声に視線を巡らせば、ガルーラが焚き火のそばから、水を差し出してくれていた。
「飲め」
「っ」
慌てて身体を起こせば、辺りにはオレの仲間は、誰も居なかった。
ーーー誰も、居なかった。
(孵化まで後14日)
次話、久々のほのぼの回(ポムver.)
愉快なドワーフ達とのふれあいかいになります(*´ω`*)




