番外編 〜邪竜さんは、召使いを追い出したい25(いただきますと、言いたくて)〜
オイラはローレンの報告に頷いた。
ーーー勇者が現れてこの一ヶ月、勇者は相変わらずドワーフ達の一団と共に、湖の向こうに停泊し、まるでこちらを監視するように留まっている。
勇者の目的は“友であるドワーフの警護”で、ディウェルボ火山の攻略では無さそうだ。
そういう事であれば、わざわざリスクを犯してまで、オイラがここを出て勇者に相対しに行く事はない。
ただ目障りだからといって、かかっていくほど馬鹿でも無謀でもない……。
そしてラディー達の仲間だった雑魚パーティーは、ポムがここを去った後、ポムと共にこの土地を去っていった。
イビルアイがポムと仲間の出会い頭にやられたらしく詳細は不明との事だが、ポムは仲間達を説得したようだ。
そしてそれ以来、他にこの火山を攻略しようと目論むパーティーは現れていない。
ともかく、今日も動き無しとの事だ。
そう、後一ヶ月半。後、51日だけ卵を守り切ればいい。それで終わるんだ。
皆、自由になるんだ。
オイラは祈る様な気持ちで、日々を過ごしていた。
◇◇◇
〈ラディー視点〉
あれから数日後、僕はハッキリとした目的を持ち、日々を過ごしていた。
今僕は、モーニングスターのグリップをしっかり握り、ソファーに寝転がりながら、感覚を研ぎ澄ませている。
毛布を頭まで被り、目を綴じ、浅く息をしながら扉の向こうに意識を集中した。
ーーーもう少し。……もう少し。
僕は緊張に固唾を飲む。
音を頼りに気配を懸命に探り、そして……とうとう扉が開いた。
ーーーーーキィ……
来たっ!!
「はあぁっっ!!」
僕は布団を跳ね上げ、モーニングスターのグリップを引いた。
途端、モーニングスターの鎖が締まり、手応えの負荷が掛かる。
その負荷に僕は身をはね起こし、ガッツポーズをとった。
「よっっし!! やっと捕まえ……」
……だけどそこに見えたのは、モーニングスターに絡め取られたクッションと、テーブルの上でホカホカと湯気を立てる温かいスープとドライフルーツのグラノーラパン、そしてフルーツジュース。ついでに水瓶には、綺麗な水がなみなみと補填されている。
……当然、それ等を運んできてくれた人の姿はもう居ない。
僕は溜息を吐きながら、肩を落とし言った。
「……はぁ、今日も健康的な朝食をありがとう。とても……美味しそうだね……」
返事はない。いつもの事。それはいつもの、僕の独り言だ。
ーーーだけど、絶対僕は諦めない!
ぼくはきめたんだ。絶対にローレンと顔を合わせて、“いつもありがとう”って言うんだから!
そうだな。罠は駄目だ。ローレン程の相手じゃ発動させてから掛かるまでのタイムラグが致命的だ。
モーニングスターの場合、鎖が張って“軸”が出来るまで必ず余白が生まれる。
なら、罠は罠で別のものを仕掛けた上で、正面から相対するのが最も効果的。
朝食、昼食、夕食の時間はある程度決まってる。なら……。
「……いただきます」
僕は美味しく朝食を頂き、食器を洗ってから、再びモーニングスターを握り表に出た。
ファーブニル様には頼めない。
そもそもこれは、友達同士の問題だ。頼もうとした事が間違いだった。
ーーー絶対に捕まえて、ローレンとちゃんと話をするんだ。
そして、絶対に「いつも美味しいご飯をありがとう」と言ってやるんだ。
覚悟してろよ、ローレン!
◆
〈ファーブニル視点〉
「……」
「……♪」
……。
ーーー……ローレンの奴、鼻歌を歌ってやがる。
◆
〈ラディー視点〉
時計は間もなく11時半となる。
僕は部屋の中で、モーニングスターを回していた。
回せば当然鎖や鉄球が唸りを上げる。だけどその音には囚われず、それ以外の音に意識を集中する。
ーーー……。
来たっ!
「っロー……」
僕はモーニングスターを回したまま、固まった。
だって扉が開いたそこには、ローレンが隠れもせず、凛と佇んでいたんだから。
だけど次の瞬間、ローレンは素手で唸りを上げる鉄球を掴み上げ、そのまま床に叩き付けた。
「!?」
舞い上がる木屑に僕は思わず目を閉じる。
そして再び目を開けた時には……。
「っなんでだよ!?」
テーブルの上には、大根ステーキとフルーツポンチがキレイに並べられていた。
そしてローレンの姿はもう、影も形もなかった。
……油断した。
……油断したっ!!
ローレンが強いってことは嫌ってほど分かってたのに……、捕まえなきゃ何も始まらないのに!
たしかにローレンは華奢だし、女の子だ。
だけどその実は魔王軍の幹部で、森のエルフですら恐れるダークエルフ。
普通にやって、僕なんかが何とかできるはず無いのに。
……なのに、その姿を確認しただけで、ほっとして気を抜いた。
ーーー忘れるな。
僕は何がしたいのか。
ーーー忘れるな
目的は何か。
油断するな。油断するな。油断するな油断するな油断するな油断するな……。
僕はため息をついて、モーニングスターの鎖を手繰り、席について合掌した。
「いただきます」
そして僕は固く箸を握りしめ、心に誓う。
ーーー次の、晩御飯の時こそは……、必ず!!
◇◇ーヶ月後◇◇
〈ファーブニル視点〉
ーーー日は迫り、残すところの期日迄後15日と迫っていた。
オイラは今日も隙無く卵を抱え込み、暗闇の中に蹲っていた。
……と、ここ最近随分とご機嫌の宜しかったローレンが、跪きながらオイラに声をかけてきた。
その声はいつも以上に、随分と硬い。
「ファーブニル様、ご報告致します」
「何だ?」
「……」
自分から報告にと来たくせに、なかなか喋り出さないローレン。
オイラは無言で、ローレンがまた話し始めるのを待った。
そして随分長い沈黙の後、ローレンは言った。
「ポムが、ここに向かって来ております」
◇
〈ラディー視点〉
ファーブニル様に、このモーニングスターを頂いてから、およそ一月が過ぎた。
僕はなんとかローレンと話をしようと毎日試みているけど、相変わらずローレンとは一言も話はできていない。
むしろ会話と言うなら、ファーブニル様とはちょくちょく話す。
ファーブニル様は三日から一週間に一度ほど、隣の家を訪れる。
僕はその時大抵外でモーニングスターを振っていて、僕は挨拶をした。
するとファーブニル様は嫌そうな顔をながら、ほぼ確実に僕のモーニングスター捌きのダメ出しと、それと分かり辛い的確な指導をしてくれた。
そして今日も僕は、心を落ち着けモーニングスターを握りしめ、回し始めた。
間もなくローレンが来る。
今日こそは、……絶対に、ローレンを引き止める。
心を乱さず、気配を探る。
一つの事に気を取られてはいけない。
目に頼るな。
索敵をしつつ、タイミング、モーニングスターの捌き方、自分の立ち位置や周囲の状況、相手の動きの予測……全てを把握し、目的のためには手段を選ばない覚悟を持つ。
ーーー……それでもローレンには届かなかった。裾一枚かすりもしなかった。
だけど僕は絶対に、諦めない。
そしてとうとう、扉の向うに気配を感じた。
(孵化まで後15日)
ラディーくんは孤独にコツコツと、真面目かつ至って真剣に、呑気な理由で強者へ道を登ってゆきます。




