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番外編 〜邪竜さんは、召使いを追い出したい23(ツチクレの友と蒼い空)〜

 リビングに準備されていた朝食を食べた僕は、身体を動かすために、書斎で見つけた“モーニングスター”を無造作に掴んだ。

 このモーニングスターは、この家の書斎の床板の下から見つけた物だ。

 この家に住んでいた人が、昔使っていた物なのかも知れない。

 そのへんの詳細は分からないけど、この武器は素人の僕から見ても、凄いと思う武器だった。


 持った途端に手に馴染むバランスの取れたグリップに、モーニングスターと呼ぶのも憚られるほどに、全然無骨には見えないシャープで繊細なデザイン。

 取っ手と先端のトゲトゲの鉄球は、吸い込まれそうな、それでいて目の醒めるような蒼。10メートル程ある、長く細い鎖は銀色がかった黒で、鎖にはファーブニル様の居た広間の壁に刻まれていた物と同じ、不思議な文字が刻まれていた。


 ーーーローレンからは、『この家屋にあるものなら好きに使っていい』と許可を得ていた。だから、床下から見つけたコレも……多分使っていいよね? ……というか、もう使ってるけど。


 僕はこれを見つけてから、運動がてらモーニングスターの使い方の練習をしている。

 と言っても、鎖は長いし、どうにもうまく使えない。

 だけどまあ、部屋にこもって本を読んでいるよりかは幾分か気が晴れる。……だって書斎の本って、難し過ぎるんだよ。

 読み書き計算の基礎しか勉強していない僕にとっては、とても理解できるものでは無かった。

 と言うか、このモーニングスターを見つける前、僕は退屈に任せて家のあちこち調べていたんだ。

 すると、書斎デスクの引き出しの木枠の裏に、エッチなお姉さんの本を見つけた。……いや、その本自体はともかく、本に栞が挟まっていて、その栞が“ノルマン学園特別博士資格証”とか書かれてるカードだったんだ。

 “ノルマン”て……あの、創設以来世界最高の頭脳が集まる学園都市って言われる、あのノルマンだよね? ……何なんだろう? ホントにこの家は……。


 僕は考えてもわからない謎解きを中断して、モーニングスターを手に、扉を開けて外に出た。




 ◆



 〈ファーブニル視点〉


 その日オイラは“親友”の家に来ていた。

 ……いや、“ファーブニル”には親友は居ない。……そうだな、親友じゃなくて、かつて“ドワーフの少女”が住んでいた家に来ていた、だな。


 ドワーフの少女の名はルボルグ。

 それはそれは腕のいい鍛冶師だった。

 誰よりも格好良くて、気が良くて、強くて、酒が好きで……、あの大混乱の中で、死んだ少女。……オイラが殺したんだ。


 あの罰を与えられた日、オイラ達は直ぐ様ディウェルボ火山を目指した。

 オイラは自分で飛んで、ルボルグやシェリフェディーダ様達は、魔王様にワイバーンを借りて山を目指した。……なんてったって、あそこからこの山は遠すぎるから。

 乗り物嫌いだったルボルグだけど、あの時はそれどころじゃ無かった。あまりの出来事に、気が触れてさえいた。

 まるで屍か荷物の様に、おとなしくワイバーンの背に乗ってたっけ。


 山に辿り着いたオイラ達は驚いた。

 火は消えたはずの山に、あかあかと炎が灯っていたんだから。

 但しそれは、“誇りと魂”を証明する炎じゃない。

 不信と絶望が灯した、破壊の戦火だった。


 ルボルグはまた気が触れたように叫びながら、その炎の中に飛び込んでいった。

 オイラは慌てて止めようとしたけど、その時……慌てた拍子に“目を開い”ちまったんだ。

 目を開いた先に見えたものは、黒く燃え上がる炎と、物陰に蠢く悍ましい虫。背筋も凍る地獄絵図だった。

 オイラは気が狂ったように、その虫を叩き潰そうとした。

 オイラを鎮めようと、その時シェリフェディーダ様が手を尽くしてくれたらしいけど、記憶に無い。


 オイラが正気に戻ったのは、朝が来て、太陽が上り、オイラの目が何も映さなくなった時。



 ーーー誰もいなくなってた。



 壊れた里と焼かれた死体、まだ燻る炎。残っていたのはそれだけだった。



 ーーー……ルボルグは?



 オイラは探した。

 だけど、そのときは目を閉じたまま探し物なんてできるわけも無くて、2日後シェリフェディーダ様が、本当の屍になったルボルグを見つけた。


 死因は窒息死。出口の崩れ落ちて塞がった自分の家の中で、椅子に脚を組んで座ってたらしい。

 シェリフェディーダ様は言ってた。

 息が出来なかったんだ。苦しかったろうにさ。なのに、ルボルグは眉一つ寄せずに、穏やかに笑ってたそうだ。

 そして机に、走り書きのメモがあった。

 初めの千年のうちに、そのメモは朽ちてしまってもう無いけど、こう書かれていた。


 “ーーーもし、俺がここで死んじまってたら、その身体は燃やさないでくれ。今の俺にはそれを受ける資格が無いから。それに、あいつ等が帰ってくるまで待ってたいんだよ。お前と一緒にな……。俺にだって、少しくらい罪を背負わせろ。忘れんな。お前のせいじゃないから”


 ーーー何が“もし”だよ? こんな呆気なく死んでんじゃねぇよ。


 ……そして、そして瓦礫になってたひん曲がった鉄扉には、オイラの尻尾の跡がくっきりついてたんだ。


 ドワーフの葬儀は火葬が一般だ。中でも、黄金の炎へとその身体を溶かすことは、ドワーフ族の中でも最高に栄誉な最後とされてた。

 黄金の炎はもう無いけど、ルボルグは送られることを拒んだんだ。


 そしてオイラが泣き暮らしてる間に、シェリフェディーダ様がオイラやドワーフ達が壊した里を、修復してくれた。


 あの混乱で死んだドワーフ達の屍は、この火山の火口の炎で火葬した。

 そう、ルボルグ以外は。


 ルボルグは今もこの直された家の中で、座って待ってる。

 ……仲間達が帰ってくるその日を。



 ーーー普段はあの洞窟に籠もってるオイラだけど、たまに無性に寂しくなると、こうしてルボルグの顔を見に来る。

 この身体じゃ屋内には入れないから扉を開ける所までだ。

 まあ実際は目を閉じてるから見るってのもおかしいけど、そこに居るって、感じられるだけで良いんだ。


 ーーーそれだけで良いんだ。




 ーーーーーガチャ、ギイィィ……。


「……」

「……あ、ファーブニル様」


 ふと、お隣さんの家屋の扉が開いて、現在お隣さんに住んでる律儀な少年の声がした。


 そう、ラディーだ。


「またいらしてたんですか。おはよう御座います。ローレンは元気ですか?」


 物凄く丁寧な挨拶をしてくれるこのお隣さんは、なんと驚く事なかれ。オイラの人質だ。

 ……いや訂正。オイラもビックリだ。


「……」

「こんな時、本来なら天気の話でもしたいんですけど、洞窟の中じゃ出来ないんですよね。だけどそれって、むしろ却って新鮮ですね!」


 いや、お前が新鮮だよ。滅茶苦茶フレッシュだよ。

 今、時間で言うと朝の5時だ。

 そんな早朝から、元気にご挨拶してくれてるお前が、一番フレッシュだよ。

 来る度にラディーは無視しようと思うオイラなのだけど、また思わず声を掛けてしまった。


「……何やってんだ?」

「え? 僕ですか? 少し体を動かそうと思って」


 爽やかか!?


「家の書斎の床下から、モーニングスターを見つけたんです。少しお借りしてます」


 ……武器所持してる宣言、オイラにしちゃうわけ? こいつ絶対人質の自覚無いだろ。


「誰のかは分かりませんけど、凄くきれいな武器ですよね。こんな実用的で綺麗なもの、僕初めて見ました。市場に出回ったら軽く“伝説(レジェンド)クラス”に分類されるんじゃないんでしょうか?」



 ーーーーーチャラ……



 ラディーの言葉と同時に、随分懐かしい、鎖の揺れる音が聞こえた。

 オイラは思わずラディーの言葉に相槌を打つ。


「当たり前だ。それは“世界で最高の鍛冶師”が打ち出した物なんだからな」

「……最高の? もしかして伝説の“ガルダ”ですか?」

「はっ、違うね。あんなひよっこなんか、比べ物にならん位凄いやつだ」

「?」


 ……まあ、ガルダの噂は聞いてる。今から千年ほど前に現れた、ドワーフと人間のハーフで“最高の鍛冶師”。

 だがオイラはそんな奴認めちゃいない。

 だってオイラの知ってるあいつは、……ルボルグは、本当に凄いやつだった。なんてったって、たった28歳の若さで、あのグレイプニルを打ち出した巨匠ガーランドの技量に迫ったんだ。

 アイツは天才で、努力家。そんで何より親父さんを尊敬して、仕事が好きだった。


 おいらの言葉に一瞬首を傾げていたラディーだったが、すぐに納得したように頷いて言った。


「そうなんですか。わかります。世間には出なかったけど、とても凄い人だったんですよね。こんな空みたいな綺麗な青は初めて見ました。重心のバランスも完璧で、この黒いチェーンの部分には、ファーブニル様のいる広間の壁にあった“不思議な文字”が刻まれてる。ーーーそしてそれらが合わさって、まるで魔法でも宿ったみたいな力強さを感じます」

「……」


 ラディーの言葉でオイラの脳裏に、アイツとこれを持ってあっちこっちを冒険して回った記憶が蘇った。

 楽しかった。自由だった。

 あの時、あれ以上望むものなんてある筈無かったのに、それでもオイラはずっと(自由)を求めてた。


 そうだ。空だよ。オイラにとって、空こそが自由の象徴だった。


 大地に、しがらみに、色んなものに縛りつけられてると思ってたあの頃に、憧れた空。

 あいつが武器を作ってくれるって言われた時、オイラは真っ先に言ったんだ。



 ーーー空みたいな、青い色にしてくれ!



 そしたらアイツは笑ってた。

 “形や種類でさえなく、先ず色なのかよ”って。



 オイラの憧れた空。それは全ての(しがらみ)を吸い込む蒼穹。


 だけど今になってふと思う。

 柵なんて、勝手に自分が作るもんじゃないのか?

 ほんとうは柵なんて、どこにも無いんだ。

 何処にいても、何をしてても、どんな状況でも、自分を曲げず、それでいてすべてを受け入れ、悲観なく笑ってられる。

 そんなんが、本当の自由。何にも縛られないって事なんじゃないのか? 


 オイラはじっとラディーに顔を向けた。



「……お前も、空みたいだな?」



「ーーー……え?」



「あ」



 ……、あ。 ……そこまで言ってしまって気づいた。


 オイラこいつ無視するつもりだったのに、めっちゃ話してる!?


(孵化まで後51日)

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― 新着の感想 ―
[一言] いえ… 読み始めたのいがいとさいきんですから… 覚えてないのは… わたしの記憶力の問題です…
[一言] 記憶力がやばいですね 殺処分を期待したのでしたか… すみませんね… 本人が…でしたか…
[一言] あれですよね、あの〜そう!ハイエルフさん達が神様に罰を与えてくださいって頼んだからでしたよね!
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