番外編 〜邪竜さんは、召使いを追い出したい22(あるべき構図)〜
ポムが逃げるように洞窟を去った後、長い間誰も口を開こうとはしなかった。
やがて、とうとう闇の中で、ローレンが静かに口を開き、ラディーに尋ねた。
「……ラディーは、……本当にこれで良かったのか?」
ラディーは少し寂しそうに、それでも満足気に答えた。
「うん。……それに、ポムにはホントは夢があったんだ」
「夢?」
「そう。ポムはね、僕と一緒に来てくれてたけど、本当は冒険者なんかなりたくなかった。ポムは本当は唄歌い……“吟遊詩人”になりたかったんだ。でも家に居たときポムは、母さん達から“そんな遊び人みたいな事”って怒られて、僕と一緒に冒険者やれって言われて、渋々冒険者を始めた。冒険者を二人で始めてから、ポムは、僕の事を避けるようになった。ポムはきっと、……ずっと僕に監視されてる気分だったんじゃないかな? そしてそれは多分、夢を諦めきれてないから」
「……ポムがラディーの話を聞こうとしてなかったのは、そういう訳か」
「はは、……そうだよ。だからきっとこれでいい。ポムは凄いやつだから、きっと一人でも何とかやっていけるよ。ポムは、やっと自由になれたんだ。ポムの為に何か出来たのなら、僕はこれで良いんだ」
寂しげに笑うラディーに、ローレンは俯き、ポツリと言った。
「そう……。……二人は、強いんだな……」
「どうかしたの? ローレン」
首を傾げるラディーに、ポーレンは首を振って、寂し気に答えた。
「……いや、なんでも無い。ーーー……二人を友達と思いっていたのは、……私だけだったのだな」
「……あ……、ぼ、僕は……友達だよ! 今もっ……」
「もういいんだ。ありがとう」
闇の中でその表情は伺えない。
だけどその時のローレンの声は、寂しげに、何かを諦めたように、笑っている様な気がした。
そして次の瞬間、オイラにとっては聞き慣れた、硬い声でローレンはラディーに言った。
「これからお前は、監視対象とし軟禁する事となる。今後ファーブニル様に近づく事は許さん。付いて来い」
ーーーガチン……。
「……」
ローレンはラディーの両腕に、魔法の手かせを嵌めると歩き出した。
ラディーは逆らう事なく、無言で歩き去るローレンに続いた。
◆
〈ポム視点〉
ーーー何だよ。
ーーーなんだよっ……。
オレは内心で毒吐きながら、広い湖をフラフラと飛んでいた。
ラディーみたいに器用に飛ぶことはできないけど、オレだって少しなら風を操れるようになってた。
湖は広いけど、よく見れば所々水の中に岩礁があって、そこは膝までくらいの深さしか無かった。
岩礁の隙間には、大小の魚がゆったりと泳いでいて、ラディーの言ってた通り、毒のある気配なんてなかった。
羽を休めるため、岩礁に降り立つと、後からパタパタとイビルアイが追い付いてくる。
オレはそれを憎々しげに睨んだ。捕まえようと手を伸ばしたら、まるで木の葉のようにヒラリと逃げられた。
「……」
オレはまた羽を広げて対岸に向かって飛び始めた。
飛ぶ間、オレは頭の中で同じことをぐるぐると考え続ける。
……ラディーはなんでオレなんかを逃した?
ラディーにオレは酷いことを言ったのに。
……ラディーはなんでオレなんかを逃した?
オレなんかより、……ラディーの方がみんな重宝するのに。オレみたいな役立たずなんかより。
……ラディーはなんで……?
ーーーそうだよ。ラディーは昔っから器用で、なんだって出来た。
昔はそれが、単純に凄いと思ってた。
そんでいつの頃からか、ラディーは“冒険者”になりたいって言い出したんだ。
でもオレは“吟遊詩人”になりたかった。
自分が不器用なことも、物覚えが悪いことも、体力が無いことも分かってた。冒険者なんて向いてなかった。
リアルより、物語や詩が好きだった。それに不思議とそれなら結構色々と覚えたし、多少忘れたってうまいことアドリブで何とでもなる。
ーーー色んな話を知って覚えていく内に、いつしか自分で物語を作りたいと思い始めた。
いつか世界中を旅して、色んな物を見聞きして、ダンジョンを攻略するより、した人の冒険譚を聞いて回りたかった……。
でも、皆んなはそんなことやめとけって言った。
ラディーは応援するのに、オレはやめとけっていうんだ。
むしろオレなんかに冒険者をさせるなよ。冒険者になったって、仕事の合間にぼーっと空想に耽っちまうんだ。
そんでみんなに迷惑を掛ける。ラディーならそんな時……。
ーーー……いや、もう考えんのはよせ。やめよう。
きっとラディーなら、あの洞窟でもうまく立ち回ってやってくさ。
そうだよ。
だって、旦那は案外面白い人だし、ローレンは凄ぇ真面目で、ラディーと気が合う。二人はよく笑いながら仲良く話をしてたんだ。
……ふと、ローレンと旦那の楽しげな笑い声が、耳の奥に蘇った。
ーーー大丈夫だよ。
オレはあの輪には入れなかったけど……、あの人達は良い人達だもんっ……。
「っポム!」
突然オレを呼ぶ声が聞こえ、オレは声の方に頭を巡らせた。
そこに居たのは、オレ達の仲間のブっさんだった。
オレはいつの間にか対岸に渡り着いていた。
ブっさんが剣を構え、オレに言う。
「ーーー……ポム、動くな」
「え?」
ーーー……何言ってんだろう? ブっさんは。
オレが動きを止め混乱してる間にも、ブっさんはオレに剣を向け走り出した。
ーーーなんで? なんでブっさんがオレに切りかかってくるわけ? 旦那達の所に居たから、もう仲間じゃないってこと?
旦那達からも、こんな殺気を向けられたことは無かった。
ブっさんの使い込まれた剣先が閃く瞬間、オレはただ、硬く目を綴じた。
ーーーーーザンっ。
「……ッギィィ!!」
てっきりオレを刺そうとしたのかと思ってたブっさんの剣は、ギリギリオレをすり抜け、耳元から妙な悲鳴が上がった。
「……?」
オレが目をおそるおそる開けると、オレの足元に真っ二つに切り裂かれ、事切れたイビルアイが落ちていた。
そして次の瞬間、ブっさんにガッシリと抱きつかれた。
「よかった!!」
「ぶ、ブっさん?」
「ずっと、……探してたんだ、お前らを。ジークに探らせたら、まだお前らの生命反応があるって……、生きてるって言われて……」
ーーーなんか、もう泣けて来た。
ホッとして、安心して、ーーーそして……。
「ラディーはどうした? ポム」
……そして、後悔して。
只々後悔して泣けてきた。言葉にならなかった。
なんでオレは、あそこにラディーを置いてきたんだよ?
置いてきた事を、正当化する為の言い訳なんかしてる場合じゃ無かったろ?
ファーブニルは言ってた。“使命のためなら、親子兄弟だって殺す”って。ラディーなんかイチコロじゃんよ。
何も言葉に出来ず泣きじゃくるオレを、ブっさんは少し困ったように宥めてくる。
「怖かったな。怖かったな。ポム。だけどもう大丈夫だぞ。大丈夫だから。ラディーもちゃんと助け出そう。な、だからもう泣くな、ポム」
オレはブっさんの言葉に、何度も頷いた。
ーーーそうだよ。ラディーを、助け出さなきゃ。
助け出すんだ。
◇◇◇
〈ラディー視点〉
ーーーポムがこの洞窟を去って、一月の時が流れた。
あの時僕は拘束され、例の家屋に閉じ込められた。
とはいえ、家の中なら自由にしてもいいと言う、いわゆる軟禁だ。
しかも食事はキチンと出され、無茶な事を言われなかった事もあり、僕は別段抗うことなくローレンの指示に従った。
僕が抵抗の意思を見せなかったからか、1週間程で両腕に嵌められていた枷は片足だけとなり、何かの魔法で指定された家の外30メートル程迄は、外出もさせてもらえるようになった。
僕は書斎にある本を読んだり、以前教えてもらった魔法の練習をしたり、それから外に出て身体を動かしたりして、孤独な日々を過ごしていた。
(後51日)




