番外編 〜邪竜さんは、召使いを追い出したい21(駄々)〜
隣の家の室内は、木の板壁なんかなく、見たまんまゴツゴツした感じの岩壁。
僕らの使っている家の5倍はあろうかという部屋の隅には物々しい炉が据え置かれている。そしておそらく鍛冶の道具なんだろう金槌や謎道具が、びっしりと壁一面に整頓され並べ置かれていた。
その鍛冶場とでも呼ぶべき広間の中心に、不自然に置かれた金属製の椅子と長机。
その椅子の1つに白骨死体が、こちらを向いて足を組んだポーズで座っていた。
ーーー何がショックって、僕らがこれまで穏やか(?)に過ごしてきた部屋の壁一枚隣に、ずっとこの白骨死体があったのだ。
食事をする時も、眠るときも、散歩に出掛けた時も、いつもこの家の前を通ってた。ずっと、この死体のすぐ隣……。
……冒険者なんだから、そのくらい平気なんじゃないのかって?
無茶言わないでよ。
とにかく気付いたからには、僕もポムと同意見だ。
これ以上この家で眠ることは出来ない。というか、怖すぎて寝れない。
僕等はなんの未練も残さず、その足で都市を抜け、ファーブニル様やローレンの居るあの広間に向かったんだ。
◆
〈ファーブニル視点〉
久しぶりに見たポムは、まだ少しふらつくのかラディーの肩に掴まっていた。
ラディーがローレンの言葉に、驚いたような抗議の声を上げる。
「……っちょっと、僕等帰れないってどう言うことなの!? ポムが良くなったら帰るって言ったし、前迄はファーブニル様だってあんなに『帰れ』って言ってたのに!」
……どうやらローレンは、ラディーとポムにはまだ話して無かったようだ。
そしてローレンは重い表情で、淡々と二人に告げる。
「……事情が、……変わったんだ。すまないラディー」
本来謝るべきはローレンじゃなく、オイラなのかもしれない。
だけど今は緊急事態だ。オイラはそんなことに構ってる余裕はない。
ポムは愕然と言葉を詰まらせ、ラディーは尚もローレンに言い募る。
「そんな事って無いよ! 約束してたのに、……僕等を送ってけないってこと!? それなら平気だよ。カロメノス湖の水路を行けば安全に行けるんでしょ? 僕等だけで平気だよ。だから……」
「そういう問題では無い。送るだけなら簡単だ。だが今、かつてない強敵にここは晒された。二人が出て行ったとき、万が一にもここの内情を漏らされるわけにはいかない。……勿論、危害は今まで通り加えない。ただ、長くてもあと二ヶ月半程、ここに留まってもらう」
淡々とそう言ったローレンに、今まで沈黙を貫いていたポムが、うわ言のようにポツリと呟いた。
「カロメノス……毒の湖じゃない? 安全? どういう事だよ?」
「……ああ、ポムはそう言えばあの時気絶してたっけ? カロメノス湖は毒なんて無い、ただの綺麗な湖。ローレン達がそこを渡ってくる人除けに流したタダのデマなんだって」
「……じゃあ……、飛んで森を抜けなくったって、良かったってこと? なんだよ……なっ……」
ポムが後退るように、ラディーの肩から手を離した。
「ポム? だ、大丈夫?」
ラディーが心配げにそうポムに声をかけたとき、突然ポムが狂ったように叫び出した。
「……な、……っんだよっ! なんだよ! それ!! 何なんだよっお前らはっっ!!」
「っポム?」
ポムは頭を抱え、ラディーに怒鳴りつける。
「逃げられたんじゃん! 始めっから!! オレてっきり、森の上飛んでかなきゃ逃げられないって……。なのに何なんだよ。オレは始めっから、こんなトコ来たくなかった! 居たくなかった! 冒険者にすらなりたくなんかなかった!! なんでお前はいっつも勝手に決める!? なんでオレに指示ばっかすんだよ! 何様だ!?」
「ポ……ポム? 何を言って……」
明らかに我を忘れ、怒鳴り散らすポム。
ラディーは止めようとするが、ポムはそんなラディーを睨みつけた。
「都合の良いとこばっか忘れてんなよ? ローレンと友達になるってのも、オレに確認も取らねーでお前が勝手に言ったじゃねーかよ。他にも、ブっさん達トコに帰ろうっつっても、お前はここに残るとか勝手に決めた! オレの話なんか聞きゃしねえ!」
「っ」
言葉を失うラディーに変わって、ローレンがポムを宥めにかかる。
「ポム、落ち着くのだ。ラディーのこれまでの選択は、ポムにとって納得が行かなかったものかもしれない。しかし全て、ポムを思っての事だった」
その一言に、ポムの怒りはローレンに向けられる。
「はっ、よけーなお世話だ。どうせオレはここで死ぬんだ。だから教えてやる。あんな“友達ごっこ”で友達になった気になんなよ、ローレン」
「!?」
「なんだよ、賢そうなのは振りだけかよ。友達なんて脅されてなるもんじゃない。……死ぬか友達になるか? そりゃなるに決まってる。その上誘拐され、監視され、閉じ込められて……これのどこが友達だよ!? ふざけんなっっ!」
「ーーー……ポム……」
ローレンも、静かに言葉を失った。
……ローレンにとって、……二人は初めての友達だったんだ。
ポムはそれでも止まらない。
今度は目に涙を溜めながら、オイラを嗤いながら睨む。
「旦那だってオレが嫌いなんすよね!? 言ってたじゃないすか。ブっさん達はいい奴等だ。ローレンに調べさせて、オレの考えが正しかったって分かったんでしょ? なのに頭っからオレの事なんか信じないで“嫌なやつ”だって言った! なんだよホントにっ……、オレはっ、ローレンの友達じゃない! もう殺せよっ! もう、何なんだよっっ」
「……」
ーーー……確かに言った。
ラディーがポムを思いやってる事を尊重して、コイツの考えを否定した。
ポムはその場に蹲り、呻くように泣き出した。
「そうすればいいだろ……っ、お気に入りのラディーだけ手元に置いてさ。ラディーだって、ローレンの事気に入ってる。二人で友達やってればいいじゃん。オレはっ、……もうほっといてよ。みんなオレなんかホントはどうでもいいくせに……、もう全部諦めた。お前らがそうやって勝手な事言うからっ、……全部諦めて……、黙って、……最後にただ、もう帰りたいだけなのにさぁっ……なんでっ……」
暫く、ポムのすすり泣く声だけが闇に響いた。
そして、ポツリとラディーが言った。
「ファーブニル様……お願いします。ポムだけでいい。どうか、家に帰してやって下さい」
オイラは即答する。
「駄目だ」
「僕が……ポムの人質になります。僕達が喋らないかどうかが、僕らを返さない懸念材料なんでしょう? ポムが喋れば僕を殺してください」
「っ」
ポムの目が見開き、ラディーを見る。
だがオイラは首を横に振った。
「話にならんな。それならお前等二人共殺すほうが手っ取り早い。あの共に過ごした時間があったからと言って、調子に乗るな」
……オイラは、……卵を守るためなら、いざとなりゃこの二人を躊躇なく殺すだろう。
だってオイラはもう、……既にこの手で、オイラの親友を殺してんだから。
「いいか? ラディー。オイラ達の間じゃ“使命の為なら親子兄弟さえ殺し尽くす覚悟を持て”それが常識なんだ。甘いんだよ」
オイラが見下すようにそう言い放つと、ラディーは震えながらオイラに食って掛かって来た。
「何が……何が甘いもんかっ! 覚悟ならある!」
「いや、無いね。甘々だ」
ーーーお前に何がわかる? 何も無くした事のないガキに。
「っ甘えなんかない! そもそも僕には、そんな大それた使命なんてない! 貴方みたいに“罪”なんか犯してない!! だからっ、僕にあるのはっ、ポムを守り切る覚悟だけだっ!」
「……」
ポムが、驚いたようにラディーを見つめていた。
ーーー……オイラがポムに感じた“嫌なやつ”ってのは、自己嫌悪のせいだ。……同族嫌悪って言うのかな?
オイラは自分の事を一番に思ってくれてた筈の家族を袖にして、周りにばっか目配りして。……そして、最後に後悔した。
だから、ポムの気持ちが良くわかったし、……嫌なやつだって思ったんだ。
ーーーでもこいつはまだ、なんの罪も犯しちゃいない。
頭では駄目だと思ってた。
だけどオイラは、心に浮かんだ言葉を口にした。
「……行け。ポム。そしてラディーの想いと命を無駄にするな」
(孵化まで後80日)
“鬱展開は、評価されず読者離れも多い。”常識ですね。
それを知った上で、ガンガン行きます!鬱展開!
※ただ、この話に“チート”タグはなく、在るのは“ハッピーエンド”タグだけ。邪竜もローレンも勇者も、決してチートな存在ではありません。




