番外編 〜邪竜さんは、召使いを追い出したい19(それは一番居て欲しくない者)〜
〈ラディー視点〉
ーーーポムが熱を出して、4日目の朝。
ポムが倒れてから、僕等はローレンに、古のドワーフの里の一室を借りていた。
僕は暖炉で粥を炊いて、寝室で眠るポムに重湯を呑ませ、看病した。
ローレンも仕事の合間を見て、水や薬草を差し入れてくれた。
「ーーー……たい、……もぅ、……帰ろうぜ、ラディー……オレもう……帰りたいよ……」
ポムは眠ってる間ずっとそう、うわ言を言っていた。
僕は冷たい水の桶から、布巾を絞ってポムの額に乗せる。
「そうだな、……もう帰ろう。ポムが元気になったら、直ぐに帰ろう」
ファーブニル様は無口で特に危害を加えてくることはないし、ローレンはとても親切な友達だ。
だけど、特殊な環境に身をおいていることは間違いない。
ポムはいつも通り明るく振舞ってたけど……きっと無理をしていたんだ。
僕はポムよりかは少し器用だけど、それだけだ。ポムみたいにノリは良くないし、楽しい会話となると、ポムのように頭は回らないつまらない奴だって自覚はある。
パーティーにいた時だってそうだ。真面目にする事しか僕にはできず、そう言った部分は、ポムに任せきりだった。
母さんに言われた。“ポムの面倒見てやって”って。
……でも、甘えてたのは僕の方だよ。ポムが居なかったら、僕はここまで来れなかった。……いや、ローレンやファーブニル様達と友達にもなれず、きっと生きてさえなかった。
僕はポムの手を握った。そして小さな声で謝る。
「ごめんね……」
すると、思いもよらず手が握り返され、返事が上がった。
「んだよ、オレのおやつでも食ったのか?」
「!?」
ポムの目が開き、こちらをジトリと見ていた。
「い、いや、食べてはないけど……」
「ならいい。それよか、オレスゲー夢を見たんだ」
「どんな夢?」
「邪竜の洞窟で、ローレンって名前の魔王幹部と友達になったんた」
……それ、夢違う違う。
「……」
「……」
僕の無言の微笑みに、ポムはふとそれが夢でなかったことに思い至ったようだ。
「ーーー……、……オレ、どのくらい寝てた?」
「4日だよ」
「4日!? 嘘だろ!? それじゃあ、約束の期限過ぎてんじゃん!」
「ああ、ローレンがね、ファーブニル様に頼んでくれたんだ。ポムが元気になるまで、ここに置いて欲しいって」
「……っな……バカな……っ」
ポムは肩を落として、布団を頭まで被った。
僕は膨らんだ布団を軽く叩きながら、声を掛ける。
「……ポム、ポムが動けるようになったら帰ろう。ここは僕らの居場所じゃない。あのパーティーも抜けて、家に帰ろう。“ノルーノの森”にさ」
ポムはのそりと布団をのけ、身を起こした。……が、すぐにヘタリと布団に戻った。
「無理しないで。4日も意識無かったんだよ。それにまだ熱も下がりきってない」
僕がポムの布団を直しながらそう言うと、ポムは頷いた。そして、熱のせいか目に涙を浮かべながら言う。
「帰ろう。もう、懲り懲りだ」
僕は頷いた。
ポムはもう、限界だ。ローレンには悪いけど、ポムが動けるようにったら、直ぐにここを出よう。
◆
〈ファーブニル視点〉
「ポムが目を覚ましました」
ローレンが跪きながらそう言った。
オイラは内心ホッとする。だけどそんなことは表情にも見せず、鼻を鳴らした。
「ふん、脆弱なやつだな」
「はい、本人の気力にもよりますが、1週間ほどで回復するかと。……そしてその後、二人は故郷の森に帰るそうです」
「そうか。……だが、以前も一週間と言ってこの様だ。当てにはならんな」
「長引いた場合もお許し頂けるということですか。ご温情、感謝致します」
……相変わらずやたら察しがいいな、コイツ。
オイラは鼻を鳴らし言った。
「出てけ。オイラは寝る。誰も入れさせるな」
ローレンはコクリと頷き、去っていった。
ーーーオイラには、唯一欠点がある。それは、“睡眠”だ。
オイラは基本寝なくていい。だけどずっと寝なくていい訳じゃない。
24時間の内必ず10分寝なければいけない。20分寝れば、47時間40分はシャッキリと起きてられるが、それ以上は無理だ。
そして、その十分の間は、何をされても起きない。
かつては便利だと思っていたが、今となっては致命的な欠点でもある。
卵を10分の間、完全に無防備にしてしまうんだから。
オイラはいつも通り、ガッチリと隙間なく卵を腹の下に抱え込み、それから辺りになんの気配もないことを確認して、意識を闇に沈めた。
◆◆
ーーー15分後。
「失礼致します」
ローレンが帰ってきた。
……もうちょっとあっちに行ってくれてても良かったんだよ?
オイラは溜息を吐きながら尋ねる。
「今度は何だ?」
「はい、ラディー達のかつての仲間の動向についての報告です」
「なんでオイラに?」
「ファーブニル様よりの命令でした」
……ああ、そうだった。ってかなんでオイラ、あんな事言ったんだ?
まあ、今更要らんとか言うのも申し訳ないので、聞くだけ聞いておくことにした。
「かつてラディー達の所属していたパーティーはリーダーブリスを筆頭に、二人の捜索を続けています。ただ、どうもラディーの言う様な“餌”では無く、純粋に仲間として心配しているふうに見えました」
ーーー……この件に関しては、ポムの正解か。
「しかし、その捜索に森のエルフが反対して、ちょっとした悶着が生まれつつありました」
なんだよ。森のバカエルフ共を怒らせてまでとか、いい仲間じゃねえか。
あいつらあんまり“森”を離れてると務めに支障が出るから焦ってんだな。……始めっから来るなって言うんだよ。
「そちらはイビルアイに監視をさせつつ、ホーンウルフ達に追い返させているので現在問題ありません。……ただ、」
ローレンが言葉を濁した。
その様子に、オイラの胸に一瞬不安がよぎり、不機嫌さを隠すことなく喉を鳴らしながら先を促した。
「ただ?」
「はっ、後方に迫っていたドワーフの一団に“勇者”と思われる若い人間の男が、合流しました」
……え?
「ーーー……っ……な!!?」
一瞬、ローレンがなんて言ったのか分からなかった。
そしてその意味を理解した瞬間、オイラの全身から汗が吹き出した。
ーーー……え? 勇者が?
なんで?
待ってよ。後、2ヶ月と21日だ。
なんでよ? ……なんでこのタイミングで……。
「話せっ! っ状況を!!!」
オイラは全身から汗を吹き出しながら、怒鳴りつけるようにローレンに叫んだ。
「はっ!」
ローレンは短く返事をして、状況の報告を始めた。
(孵化まで後82日)




