番外編 〜邪竜さんは、召使いを追い出したい17(教訓と拒絶)〜
ゴミ虫は挑発するようにオイラの周りを飛びながら、愉快そうに言う。
『じゃあ説明を続けるよ? 馬鹿にも分かりやすいように言ってやる。ただし一度しか言わない。耳をかっぽじって、脳みそに穴を開けながら叩き込め』
『っ』
『このダンジョンには“コア”と呼ばれる中枢がある。それを壊せば、このダンジョンは解ける』
『っ何処にある?』
『何処だと思う? ……それはお前の心臓の中だ。壊してみる? 僕の言葉を信じて、やってみればいい。実に愉しそうな余興だね』
『くっ……』
『このダンジョンのコアは、お前と共に移動する。だがこの山脈より、お前が10キロ離れれば、その効力は失い、もとの姿と元の時間の流れに戻るだろう。そしてお前が再び山に戻れば、ダンジョンとして再稼働を始める』
オイラがここを離れれば……いや、駄目だ。ここで守り続けるように言われてるんだから。
『ーーー僕はね、醜悪で強欲な邪竜なんかより、よっぽど健全な冒険者達を支持するよ。だから僕はそんな彼らに応援と援助として、ここに仕掛けをしてゆく』
ゴミ虫が指を鳴らした。
『ーーーそうだ。まずあの断崖に階段をつけよう。みんなが入って来やすいように。そして、闇を払うアイテムを贈ろう。勿論、全員分だ。そして最後に、ここに醜悪な邪竜を滅ぼす為の癒やしの砦を、築いて行こう』
ゴミ虫がそう言うと同時に、洞窟の中に3つの魔法陣が等間隔に現れた。
ぼんやりと光っているせいで、陣の中は何も見えない。尻尾を叩きつければ、まるでなにか硬い柱でも叩いたかのように、尾の方が悲鳴を上げた。
『あっはっはっはっは! 何やってんの!? ちゃんと教えてやったのに、本当に馬鹿だな! そして目障りだ。 ーーー……でも残念ながら、僕は“魔窟を統べる者”が定めたルールに則り、お前を消す事は出来無い。まぁ、強欲な邪竜は、強欲な者達に滅ぼされるがいいさ』
オイラが憎々しげに奴を睨むと、ゴミ虫はあの優しげな声で、オイラに囁きかけてきた。
『ああそうだ。一つだけお礼を言っておきます。“狂人の狂言書”については、とても参考になりました。何故かは知りませんが、貴方は随分あの酔狂な魔法を推していましたね。折角なので利用させて頂きます。……そうだな、あれで“新しい牢獄”でも作りましょうか。きっとより多くの者達を“絶望”させる事ができるでしょうね』
ーーー……“牢獄”だと?
オイラは叫んだ。
『ヤメロッ!! アレはそんな事に使って良いものじゃない! あれはっ“自由”の象徴なんだから!』
ゴミ虫は、オイラの必死の訴えにも動じず、低い声で吐き捨てるように言った。
『ーーー知るか。とっとと滅びろ。醜い邪竜め』
◆
あの悪魔が去って間もなく、クリスのところに行っていたシェリフェディーダ様が戻ってきた。
『ファーブニル、……何が起こったのですか?』
もう、情けなくて泣けてきた。
オイラはホント馬鹿だ。ドワーフ達の宝を奪い、シェリフェディーダ様の全てを奪ったって言うのに、……まだ懲りずにオイラはなんて馬鹿なことを……っ。
目は開いているのに、シェリフェディーダ様の姿は涙で霞んで見えなかった。
『ーーー……シェリフェディーダ様っ……』
ーーー……いや、まだだ。泣いてる場合じゃない。……まだ、奪われた訳じゃない。
まだ終わってない。何としても、オイラは守り切る!
『シェリフェディーダ様っ、オイラなんだってやります! オイラを、強くしてやってください。勇者にも、魔王にも負けない位、強く!!』
オイラの頼みに、シェリフェディーダ様は頷いた。
『ーーー……事情は分かりませんが、やっとその気になったのですね。良いでしょう。ただし、甘くはしませんよ』
『っはい……』
オイラは頷き、その地獄を受け入れた。
この洞窟を訪れた者は、問答無用で倒し尽くした。
パーティー編成で来た奴らは、散々痛めつけた後、1番弱そうな奴を一人だけ逃した。
噂を流さないと、勘違いした奴等が押し寄せてくるからな。
そんでそれ以外は、全部その命を奪った。
ーーー甘さは捨てろ。でなければ、守れない。無くしてからじゃ、遅いんだから。
それから時は経ち、オイラは何匹かの名の通っている悪魔を捕まえ、ぶちのめしてみたりもした。
だけど結局、あの男に辿り着くことは出来なかった。
ーーーいいさ。必ず守ってやる。
オイラは強欲の邪竜ファーブニル。
誰にも、ここの宝は欠片だってやるものか。
◆
ふとそれらの悪夢が掻き消え、目の前に巨大な黒い馬が現れた。
馬はオイラに問いかけてくる。
『ーーー……目は醒めたか?』
オイラは首を振って答えた。
『いや、まだ寝てる。だって夢の中だから』
『そういう意味では無い。“オイラ”は相変わらず馬鹿だな』
相変わらず……、そうだな。
『ーーー……その通りだな。……なんで今、オイラにこの夢を見せた?』
『“オイラ”が言ったのだろう。ダークエルフ以外に気を許した時は、戒めの悪夢をオレ様に見せろと』
『あぁ、そうだ。……そうだった。オイラ、……そんなに気を赦していたか? アイツ等には早く帰れと言ってたのに……』
『それ自体が駄目だな。すぐ様喰い殺すべきだ』
『でもっ、あいつ等ローレンの友達でっ』
『ローレンごと喰い殺せ。何を迷う? 全て滅ぼせばいいだけだ』
……ま、コイツはそういう奴だよな。
『……忠告ありがとう、ナイトメア』
オイラはそう言って、ナイトメアから逃げるように意識を覚醒させた。
◇◇
〈ラディー視点〉
ーーー僕らが目を覚ますと、ファーブニル様もローレンもとっくに起きていた。
ポムはまだ随分眠そうで、目を擦っている。
僕はまた、顔を洗うためにタオルを持って湧き水溜に向かう。
その時僕はふと、背中を丸めて卵を抱えるファーブニル様の様子が昨夜と変わっているような、そんな気がしたのだった。
はい。この話で悪魔達が“彼”を恨む理由の一端が出ました。こんな感じでとばっちり事案を振りまいてます(笑)
そして“どこにも居ないエルフ”がクリスの“パパ転がし競争”に耐えられたのはシェリフェディーダ様仕込の、タフさの賜物という理由でした……。
次話、月曜更新予定です。




