番外編 〜邪竜さんは、召使いを追い出したい14(しりとり)〜
《ラディー視点》
「待てっ、話が違う! 食ったら帰る! そうだろう!? 常識だ!!」
ファーブニル様が、驚いた様にそう叫んだ。
……って言うか、そんなに“歯磨き”みたいに言われても、全然怖くはない。
寧ろ母さんを思い出して、ほっこりした。
そしてポムも驚いたように僕に言う。
「そうだぜラディー。せっかく旦那がああ言って下さってるんだ。邪魔になる前に行こうぜ。オレなら平気だから」
でも僕は首を降った。
「その足じゃ不便だろ? それに帰るって何処にだよ?」
「そりゃお前、皆が心配してるし……」
「……別の意味で心配してるかもね。折角の“餌”が無くなったって」
「っラディー!? お前まだそんな事をっ……」
「それに合流したって、ブリスさん達の目的はファーブニル様の卵を奪う事だ。ファーブニル様やローレンを、今更敵に回せるわけ無いだろう!?」
「……っ、そりゃぁ……」
言葉を詰まらせるポム。訪れた沈黙の中で、ファーブニル様の声が上がった。
「なんか、ややこしそうな事になってるな? 帰る場所、無いのか?」
……やっぱりこの人は優しい。僕等のことを心配してくれてる。
姿こそ悍ましいけど、僕はもうファーブニル様の事を“邪竜”だとは思えなかった。
僕は縋る思いでファーブニル様とローレンに、僕が聞いたあの会話を話した。
信じていた仲間が、実は僕らを“餌担当”と見ていたと言う事を……。
◆
「ーーー……ふうん、一聞すると最低な奴等だな。お前等の“仲間”って奴は」
嫌な顔をしつつも、ファーブニル様はちゃんと僕の話を聞いてくれた。
ホント優しいな、この人。何で邪竜なんかやってるんだろう?
だけどポムは口を尖らせながら、僕の話に注釈を入れる。
「ブっさん……じゃなくて、ブリスさんはミリアさんにゾッコンなんす。自他共に認めるバカップルすよ? どうせまた“ごっこ”遊びでもしてたんす。……それか、ラディーの聞き間違い。盗み聞きだったって言うし」
「……ポムっ!」
僕がポムを睨むと、ポムはそっぽを向いて口笛を吹いた。
僕はファーブニル様に向き直り、手を突いて頼み込んだ。
「だから、僕等は帰らないっ! ねえ、お願いだよっ! 僕はもうファーブニル様を敵とは思わないし、ローレンは友達なんだ。いいでしょ!?」
「……」
無言のファーブニル様に、ローレンが後押しをしてくれた。
「ファーブニル様、ラディーが居れば私はとても助かるのです」
……そのフォローに、何故か僕の心は抉られる。
ファーブニル様は、憎々しげに喉を鳴らしながら言った。
「……怪我が治る迄、どれ位掛かるんだ?」
「完治まで2週間。リハビリ開始まで4日。6日で多少不便でも、動けるようになるでしょう」
……やっぱり早いな。骨折だよね? 捻挫じゃないよね?
「……ちっ、……一週間だ。その間、こいつ等から目を離すなよ。そんで合間を見て、こいつ等の仲間の様子を探ってこい」
「温情に感謝いたします」
「フン」
ポムは呆然とした顔で、その答えを聞いていた。
ご飯も美味しいし、怪我の治りも早い。洞窟の中だから少しく暗いけど、僕等にとってそれは特に不便な条件では無い。……なんでポムは、そんなに早く出て行きたがるんだろう?
僕はそんなポムの様子に、首を傾げた。
……いやそれよりファーブニル様、今ローレンに“僕等から目を離さないで、ブリスさんを視察に行け”って言った? 無理じゃない? ……いや、ローレンなら出来るのか? うん。出来そうな気がして来た。
僕がじーっとローレンを見つめていると、こちらを振り向いたローレンが弾む声で言った。
「じゃあ、ラディー、ポム。早速魔法の練習でもしようか!」
「「「何で!?」」」
その時、ファーブニル様を含めた僕等の声が、綺麗にハモった。
「掃除をするにしろ、何にせよ、先ず二人は動きが鈍すぎる。ここに来る時に“風の魔法”を使って、高く飛んだだろう? せめてあのくらい出来ないと、何の身動きも取れないから」
……あの位が最低ラインなんだ。そうなんだ。
……って言うか、鈍すぎるんだ。そうだよね。鈍くさくてすみません。
「え、オレにもアレが出来るようになんの!? ホントか!?」
「出来る。と言っても、ポムは怪我があるから座ったまま。まだ飛んではいけない。マナのコントロールを覚え、風を起こせる様になる所までだな」
「いい、いい! やった! よっしゃオレ頑張るぜ!」
ポムはそう言って、元気にガッツポーズをとった。ポムは結構立ち直りも早い。
僕はふとローレンに尋ねる。
「でもそんな事をして、ポムの身体に負担はないの?」
「うん。寧ろ体内のマナを動かせば、新陳代謝が上がるから、傷も治りやすくなる。……多少疲れやすくもなるが、しっかり休憩を取りながらやれば問題無い」
「そうなんだ。じゃあ、よろしく頼むよ。ローレン」
そこまで話がまとまった時、ファーブニル様が僕らを止める声が入った。
「待て待て待て待て。何でここでする? どっか行ってやれよ」
「いえ、ファーブニル様にご心配をおかけしない為に、ちゃんと私が“友達と仲良く出来ている所”を見て頂こうと思いまして」
「頂かんでいい」
「お邪魔はしませんので」
「そういう問題じゃない! って言うか、友達とって言ったら“遊んだり”だろ? 何だよ“魔法の特訓”って。ホントにお前はクソつまんねぇ奴だな」
「……」
「……」
「ーーーー……。…………遊ぶ?」
長い沈黙の後、ローレンは首を傾げた。そこで遂に、ポムが吹き出した。
「……ぶっは! ローレンもしかして、遊んだことないのか!? マジかよ!」
「……い、……今までそんな相手は居なかったから」
「はぁ〜〜〜〜〜〜〜……」
ファーブニル様が深い溜息を吐いた。……でもまあ、何となくその気持ちが、僕にも理解できた。
そして僕も笑って言う。
「そうだよ、ローレン。息抜きに遊ぼう? ポムは遊ぶことに掛けては天才なんだから、期待してよ」
「う、……うん? うん」
「まぁ任しとけ! 取り敢えず“しりとり”スタートぉおぉおぉ!!」
「お前等、ホントにどっか行けよ」
「よく分からないが、……よ、よろしく頼む」
「難しいことは考えないでいいんだ。こう言うのは気楽が肝心なんだぜ」
「全然よろしくないぞ!? オイラの話を聞けってお前等!」
「……ラディー、どうかしたのか? さっきから無言だぞ?」
「ぞ? ……ぞ、ぞ……ぞ……ぞ? ……って、ファーブニル様も普通に参加してるね?」
「寝ぼけた事言うな。やるわけねーだろ」
「ローレン、それより魔法の特訓、早くしようぜ!」
その時ふと僕の耳に、ローレンの微かな笑い声が聞こえた。
ローレンが、初めて声を立てて笑っていたんだ。
◆◆◆
「ーーー……そう。集中だ。マナの揺らぎを安定させて……」
「って、これめっちゃムズいんだけど……」
「どうってことは無い。慣れれば息をするように出来るようになる」
……って、何でこの人達は息をするように、それで会話が出来るんだ?
因みにこのゲーム、僕の一人負け状態だ。……そして驚くべきは、ファーブニル様の強さ。あの人、参加していない体で、これまでミスった事はない。ポム以上の遊び人だよ。ホント何者なんだろう?
僕はこのままじゃ喋る事もままならず、とうとう皆に提案した。
「……ね、そろそろ“しりとり”止めない?」
「いいけど、今のもラディーの負けだかんな」
「はいはい。分かってるよ」
「ホント弱いよなー、ラディーは」
「……」
そしてやっと僕は、もう一つの負けと引き換えに、漸く魔法の練習に、集中する事が出来るようになったのだった。




