番外編 〜邪竜さんは、召使いを追い出したい13(邪竜の素顔)〜
ーーーーークッチャ、クッチャ……
オイラが味のしない、ゴムのような肉を咀嚼していると、何か不潔な物でも見るような視線を感じた。まぁ、ポムとラディーだ。
でもまあそんな目で見られたって、ドラゴンになって以来、オイラの身体は肉しか受け付けないし、カトラリーなんか使える筈もない。
ドラゴンになった当初は大変だった。精神的な問題で元々食欲が無いのに、ベジタリアンだったオイラにシェリフェディーダ様は生肉を突き出してきた。
ーーー……せめて焼いて……。
オイラはそう願ったが、シェリフェディーダ様は残酷にもその願いを却下した。
肉しか食べない生き物は、ビタミンその他なんたらを摂取する為に、焼いてはいけないんだそうだ。
せめてもの慈悲に、香草なんかを振りかけてくれてたけど、まあそんなモンで何とかなる物でも無い。気持ち的な物なんだから。それに、味覚は昔と随分変わった。ってか、あんまり味を感じないんだよね。
いつも食事の時は目を瞑って食べるし、今は見かけや味より、のどごしなんかの方が重視だな。
ーーークッチャ、クッチャ、クッチャ、クッチャ……
ただ今のオイラには、そんな喉越しすら気にしてる余裕が無い。
無言の3人から放たれる、痛いほどの視線。
「……」
「……」
「……」
「……まだ咀嚼中だ。飲み込みこむまで喋れんだろう?」
オイラはまだ諦めてはいないぞ。何か……、
何かまだきっと……、
「……」
「……」
「……大丈夫です。待ちますので」
っ待たんでいい! 分かってないだろ? その気遣いが、オイラを追い込んでんだよっ!
「っ喋ればいいんだろ!? えぇ、えぇ! 分かりましたよぉ!」
「ありがとうございます」
オイラの心情なぞ読まずに、ローレンは淡々と、それでいてぐいぐいとくる。
400年隠し通していたオイラは、10分で諦めた。
「……っ今年で、終わりなんだよ」
「終わり?」
「今年?」
「何が?」
三人が各々に首を傾げる。
もう、観念するしかない。……まぁ、正確には三ヶ月だし。それにこんなチビッコに、卵は取られたりしないし。
ローレンにだって、そろそろ話してもいい頃合かもしれ無いし! ……まあ本当は、最後まで言う気は無かったんだけどさぁ。
「正確には後3ヶ月でこの卵が生まれる。そうすりゃ邪竜は消え、黄金の炎が戻ってくる。そういう事になってる。……誰が決めたかは、分かってると思うが聞くなよ?」
「ファーブニル様が……消える? どこに行くのですか?」
「分かんね」
「黄金の炎? ナンすか? それ」
「ドワーフ達の宝だ。かつてオイラが奪った、黄金に輝く炎。神獣二体により漸く生み出す事ができる、一億二千万度を超える温度を保ちながらも安定して、消えることの無い魔法の炎だ」
「いちおっ……!?」
ポムが息を呑んだが、無視した。
「元々お前らが入って来た火口の入り口は、ドワーフ達が火口で燃える“黄金の宝”へ行く為の道だった。上からの階段は、クソ悪魔が勝手に付けやがったが、元々無かったもんだ」
苛立ちに任せ吐き捨てたその言葉を、ラディーは拾い上げた。
「あ、悪魔?」
「かつてここを訪れた悪魔で、私達は幻魔と呼んでいる。無害な親切者を装い、ファーブニル様を騙しここをダンジョン化させて行ったそうだ」
「……幻魔?」
「そう。私達は基本山や森から出ない。唯一例外が、さっき話した私の母リリーが、“戦争”に赴いた時だ。戦争で共に戦った悪魔の王に、リリーは尋ねてみたそうだ。“ダンジョンを作成出来る悪魔を知らないか?”と。すると悪魔の王は、少し沈黙した後、ハッキリと言ったそうだ。“ーーーそんなデーモンはいない”と」
「悪魔の王が否定した幻の悪魔……。なる程、だから“幻魔”か」
ローレンは頷き、オイラに言った。
「口を挟み失礼いたしました、先をお願い致します」
……ちっ、そのまま明後日の方向に、話の腰が飛んでいけば良かったのに。
オイラは内心舌打ちをしながらも話を続けた。
「ふん、この部屋は壁一枚じゃ防ぎきれない黄金の宝との断熱の為の空間だ。なんせ、何の防御もしてなけりゃ、その黄金を見る前に、生き物なんざ蒸発しちまう程の熱量だからな。壁や扉には強化と断熱の魔法が刻まれてる。それが、この聖なる山の所以とも言える、古代魔法の刻印だ。ほらあれだ。グレイプニルの刻印も、この岩壁の刻印を真似たものだそうだぞ」
「?」
「??」
「そうだったのですか」
……オイラのプチ雑学は、ローレンにしか“へぇ”を貰えなかった。
「ファーブニル様は、どうしてそんなに詳しいんですか?」
「……年の功ってやつだよ」
「なる程、当時のドワーフ達に聞いたと」
「!?」
何この子!? 何でそれだけで分かるの!? 怖ぁっ! もう黙っていいかなぁ……?
「続きをどうぞ。」
……ちっ。
「ともかく、あと三ヶ月で炎が卵から生まれて、それを火口に戻してやる。オイラの守る卵は卵じゃなくなる。そうすりゃ守るものがなくなって、オイラは晴れて自由の身になるってわけだ。ーーーなぜ守ってるのか? それは聞くなよ」
ローレンは頷いたが、ラディーとポムからは微妙そうな視線を感じた。
「ですが、ファーブニル様。それでは私に素を隠して来た理由にはなりません」
「はっ、オイラは解放されたらお前を置いていく。二度と会うことはないだろう」
「私が孤独になる事を心配してくださったと? まさか、『友達を作ってこい』といわれたのもその為?」
「……」
「なる程、理解しました。ありがとうございます、ファーブニル様。しかし私は最後までここにおります。私は祖母より託された使命を果たしたくおりますので」
「あのさぁ、察しが良過ぎんだよ。お前らの種族はさぁ……」
オイラが頭を抱えて蹲ると、ラディーとポムのヒソヒソ話す声が聞こえた。
「……ファーブニル様って、邪竜っぽくなくない?」
「まだ酔ってるんじゃないのか?」
「そうかなぁ……」
……もう、消えてしまいたい。
ポムが声を上げる。
「もし、卵を守りきれなかったらどうなるんすか?」
「……爆発するぞ。ディウェルボ火山どころか、山脈ごと木っ端微塵にな。ドッカァーーーーーンってな!!」
「……な、ラディー。やっぱ酔ってらっしゃるぜ」
「う、うん」
酔ってないわっ!
「っもう、お前ら帰れよ!!!」
オイラはとうとう声に出して、奴らに叫んだ。
だけどラディーはさほど怖がる様子もなく、ポムに声を掛ける。
「そう言えばポム、足の調子は?」
「ああ、良いぞ。折れてるとは思えない程だよ。魔法陣と薬のおかげか? 痛みもない」
するとラディーは頷いて、ローレンに言った。
「ねぇ、ローレン。僕らをもう少しここに置いてよ。ポムの足が治るまでさ。何でも手伝うから。……って、僕なんて何の力にもなれないかもしれないけど」
「なっ、おいラディー!?」
ポムが驚愕の声を上げた。ローレンも驚いた様に言葉を詰まらせている。
そして暫しの後、ローレンは嬉しそうな声で答えた。
「勿論。手伝ってくれると、本当に助かる」
いや、ちょっと待って。
ーーーオイラの意見は!!?
オイラとポムは、呆然とそんな二人のやり取りを聞いていた……。




