番外編 〜邪竜さんは、召使いを追い出したい12(酒の実と言う葡萄)〜
〈ファーブニル視点〉
ポムが溜息を吐きながら言った。
「ラディーはホントに昔っから真面目なんス。しかもただの真面目じゃないすよ? 器用で賢くて、出来る上に真面目なんすよ。もーオレとか比較されるされる。“アンタは全く……”って溜め息で育った。ここまで真っ当に育っただけでも褒めて欲しいもんすわ」
「あー、分かる。そりゃ逃げたくもなるよなー。頑張れって応援したくなる反面“しくじれ、コノヤロウ”とかも思っちまうんだよなぁ……。ヒック……、でさ、双子ってのがまた辛いんだよな。せめて年の離れた弟だったら、まだ諦めもつくのに……」
オイラにその気持ちが良く分かった。
オイラも昔は弟と比較されて、随分肩身の狭い思いをしたんだよ。ーーー……ヒック。
ってか、コイツの話面白いんだよ。内容的には、山も谷もない、どこにでも居るような至って一般的な冒険者。悲劇も喜劇も無い。
だけどその中での随所に、共感出来る人情話が盛り込まれてて、もうお前、語り部になれよってくらい惹き込まれるんだ。
特に……ヒック、ローレンみたいな面白みの欠片もない報告ばっか聴いてるオイラには新鮮な……いや、懐かしい空気だった。
……昔冒険者やってた時は、よく仲間とどうでも良い話をこうやって、語り合ってたなぁ。
オイラの相槌に、ポムは小さな身体を跳ねさせながら同意した。
「旦那! その通りなんす! なまじ背格好どころか顔までおんなじもんだから! 変化を付けようにも、母ちゃんが面倒臭がって、髪型も服も同じ。拒否権なし。せめて早く独り立ちしようとしたら、何故かラディーを付けられて『一人前になるまでは協力するんだよ!』とか言われて」
「オイラにゃそれは無かったな。だけどやっぱ早く出たいとは思ったね。肩身が狭い狭い。普通に生きてるだけで、怒られない日なんて無かった」
「えー!? 旦那ほどのお方が、怒られる事なんてあるんすか!? うわー、何て世の中だ。ま、ま、飲んで下さい! そんで忘れましょう!」
ポムはそう言って、水飲み場にしている湧き水溜まりを指さした。
オイラは頷き、ちろりとその水を飲んだ。
水は苦くて、とても美味いとは言えない。だけど飲み込めば、じんわりと喉の奥が熱くなるその感覚が癖になる。
何より、ふわりふわりと頭が心地よく揺れとても気分が良い。
オイラはかぁーっと熱い息を吐きながら頷き、ポムにまた声を掛けた。
「おう。しかし最近は妙なモンが出てきてるんだな? 【酒の実】って言ったか?」
「そうなんす。ってか、もうずっと昔からあるもんすよ? 何でも転生者って奴が改良して作ったとか。ブドウみたいな見かけですが、茶色くなる迄完熟させりゃ、めっちゃ強いアルコール成分が宿る。そのまま喰っても美味いらしいんすけど、干し葡萄にすれば、その戻し水が酒になる。生よりかは随分味は落ちるらしいすけど、なに分量が増えますからね。今の時代、貧乏冒険者にゃ必需品になってるすよ」
「まー、長旅ともなりゃ水は持つケド普通、酒持つ余裕なんか無いもんなぁ。確かにこれは要るわ。干し葡萄一粒で酒が飲めるなんて、考えた奴天才かよ。ってか“酒の実”って名前、“酒呑み”に掛けて付けてるだろこれ。考えた奴天才かよ」
「あー! なる程っ、名前にそんな駄洒落な意味が!? そこに気付くとは流石旦那っすよね。旦那だって天才じゃないすか!」
「かっかっかー!! よせやい、褒めるなよ。ヒック、こちとら褒められ慣れてねえんだ。照れるだろう」
「よっ! 旦那、世界一っ!」
「ハッハッハーーーー!!」
オイラがノリのいい合いの手に、高笑いを決めていると、完全に温度の違う声が響いた。
「……。……何を、……なさっているのですか? ファーブニル様」
手に鍋を抱えたローレンと、サラダボウルを持ったラディーだった。
「ハッハッハ…………。……は、」
一気に酔いが醒めた。
……やべぇ。
ここ四百年、オイラがローレンに隠し通して来た“素”がバレた。
「……ポム、……何をやってるの?」
「ああ、ラディー。やっと来たか。ファーブニルの旦那と酒を飲みながら話してたんだ。もっともオレは酒はまだ飲めないんだけどさ。ジーク兄用の酒の実を、ファーブニルの旦那の水飲み場の水に入れたんだよ」
そうなんだよ。コイツのせいなんだよ。
コイツが妙なもんを、盛りやがったんだよ。
ラディーは『またか』とでも言わんばかりに肩を落とし、ポムに言う。
「……ポム、……誰とでも仲良くなれるのは良い事だけど、節操なさ過ぎない?」
そうだよ。見ろよこのオイラの身体! 醜いぞぉ。って、この暗闇の中じゃ見えないか。いやでもお前ら蝙蝠だろ? 察しろよ!
オイラがハラハラとしながら、どうこの場を乗り切ろうかと考えていると、淡々とした口調のローレンの声が響いた。
「ファーブニル様、食事をお持ちしました」
……。
……まさかこの子、見なかった事にしてくれる気? ちょ、良い子過ぎない?
「食事の合間に、話して頂けますか? なぜ今まで私に、素を隠してきたのか」
……違った! 破滅への誘いだった!!
「……ポム、どうやってファーブニル様にお酒を? まさか結界から出たの?」
「いや。こんなもんがあるって説明して、(結界)の外に投げたら旦那が自分で入れた」
だって! 飲みたかったんだもん、お酒。今年でお勤め終わりだし、前祝いにちょっとだけのつもりだったんだよ!
……じゃ無くて、違う違う。そうじゃ無い。
本当にそんな不思議な木の実があるのか、真相を確かめたかったんだ。こっちが本心だよ? ……本心だってば!
「ファーブニル様。言葉遣いは素で話して下さいね。私の為に無理をなさらないで下さい」
「っ」
最早、威厳の欠片もない。
「さあどうぞ。私は陣の中で、ポムとラディーと共に頂きます」
……。
……そう言えばシェリフェディーダ様が、“仕事中”の飲酒は絶対に駄目だと言っていたか。…… やっぱあの人は正しい事しか言わない。
「はぁ……」
オイラは諦めて、食事の席へと赴いたのだった。
「ファーブニル様」
「わーったよ! 行くよっ! 話せばいいんだろ!? 小煩いなぁお前はホントにもぉー!」
シェリフェディーダ様の頃から、ホントに小煩い種族だぜ!
「……ファーブニル様って、何か雰囲気変わったね」
「“様?”」
「ああ、ローレンがそう呼んでたから」
「あぁ、なる程。酒入った途端変わったよな。見かけによらず弱くて、途中逆に焦った」
焦ってたの!? 全然わかんなかった!
そうだよ! オイラ昔っから酒は好きだが強くは無かった上、5000年ぶりなんだよ。イイじゃんもぉ! それ以上抉るなよ。
「魔法陣に居るからって調子乗ったら駄目だよ? 何が起こるか分からないんだから。それに……」
「はいはいはいはい! 分かってるよっ! お、ローレンそれ何!? めっちゃ美味しそうなんだけど! オレもうハラ減っちゃってて……ってそれ何? ……な、生肉?」
「コレはファーブニル様のものだ」
「へ、……へぇ? 生肉……いっぱい食べるんだね。オレ何人分かな……?」
「52‚5人分だな」
「ヤッパリ聞きたくなかった! 生々しいな!」
……ローレンは真面目だからな。
オイラは溜息を吐きながら、ローレンの準備してくれた肉へと歩みを進めた。
そして、ついぞ忘れていた“賑やかな食事”の席に着いたのだった。
そして最早失われた威厳の中で、オイラは精一杯の虚勢を張りながら言った。
「おいお前ら、食ったら帰れよ」
楽しげにおしゃべりをする子供達は、オイラの言葉に答えることはなかった……。
きっと聞こえなかっただけ……だよね?




