番外編 〜邪竜さんは、召使いを追い出したい11(昔話㊦)〜
「後は有名な話。ファーブニル様はここで黄金の卵を守護し、流浪の民となったドワーフはずっとこの里への帰還を切望している。更には森のエルフや冒険者は、ファーブニル様から卵を奪おうと長年挑み続けているのだ」
僕は剥き終えた芋を、ローレンの出してくれた水に晒しながら、顔を上げた。
「……待ってローレン。今すごい話飛んだよ!? ファーブニル様はどこから来たの? ローレンは何者なの? 何故一番の当事者のドワーフは、切望するだけでこの火山に踏み込もうとしないの?」
「……」
僕の言葉に、ローレンは沈黙した。僕は固唾を飲み、その答えを待った。
やがてローレンの口が再び開く。
「……ああ、その事か。ドワーフの話をしていたから、関係ない所は飛ばしただけだ」
「いや、寧ろそっちが気になる」
「そうか? ならそちらも話そう。……と言っても、ファーブニル様は自身の過去を語らず、その事については書にも残されてはいなかったのだけど……」
「かまわない。分かる所だけ聞かせてよ」
僕がそう促した時、ローレンがふっと僕に笑いかけた。
そしてローレンは頷いて、3頭目のヘラジカを捌きながら、話をしてくれた。
「ファーブニル様がどこで産まれ、どこから来たのか私は知らない。ファーブニル様がかつて、罪を犯したのは事実らしいが、それがどんな罪なのかは伝えられていないし、当人は何も語らない。噂好きの精霊達すらこの話に関しては、頑なに口を閉ざしている」
「……精霊? 今ローレン、精霊って言った?」
「? あぁ、気付いてないのか? そこら中に居るぞ。ほら」
ローレンがそう言って、キッチンの棚を指さす。
すると、ふわりと薄緑色の光が棚の隙間から浮かび上がり、ドアの隙間をすり抜けて出ていった。
「……う、ウソ。今の、精霊?」
「そう。精霊は案外何処にでも居る。そして色んな所で聞き耳を立てている。それこそ、ドワーフ達が、まだここにいた遥か昔から、ずっと」
「……」
僕は初めて精霊を見たその驚きに、思わず言葉を失った。
ローレンは精霊なんか、珍しいものでも無いとでも言うように肩をすくめる。
「まぁあの様子から察するに、ファーブニル様の過去は、誰かに意図的に隠されたのだろうと私は思っている」
「……誰か? それって一体? っていうかなんの為に?」
思いもよらなかったその話に、僕は思わず顔を上げて尋ねた。
だけどローレンは首を振った。
「ラディー、この件の真実を探してはいけない。もし私の予想が正しかったとしたら尚更だ。あの風のように奔放な精霊達をも黙らせる程の“大いなる力”によって、徹底的に揉み消されていると言う事なのだから」
「あ……」
「私達如きが、触れて良い物である筈が無い」
ローレンはそう言って、僕の剥いた芋の入ったボールを持ち上げた。
いつのまにかヘラジカはきれいに解体され、部屋には血痕一つ無く元通りに戻っていた。
「私の祖母により記された、今残されている歴史は、ファーブニル様が既に罪を犯し、金の卵を抱えながら、聖火の消えたディウェルボ火山に降り立った所からだ」
「……え?」
僕はその話の冒頭で、眉を顰めた。
だって、僕の知ってる話と微妙に違う。……ドワーフ達の悲願する“宝”が、金銀宝石の財宝を指すのでなく“黄金の宝”つまり、“聖火”を指すのだとしたら、ファーブニルが「ドワーフの黄金を奪った」って言うのは、時間軸が合わない。
ファーブニルが山に来た時、聖火がもう消えていたと言うのなら。それに“ファーブニルの黄金の卵”が、外から持ち込まれた物?
僕が必死でその2つの話を繋ぎ合わそうとする間にも、ローレンは話を続けた。
ーーーーー聖火が消えた時、ドワーフの里は大混乱に陥った。
創造神より賜った聖火が消えたのだ。
それは創造神より、誇りも、存在意義も、全てを否定されたも同義。
強く結ばれていた一族の絆は無に帰し、他者は勿論自分の家族、己自身すら信じられなくなり、怒りや哀しみなどの負の感情に任せ辺りを壊し、仲間を傷付け、収拾は着かず、偏に地獄絵図のようだったと言う。
何が起こったのかも分からずドワーフ達は泣き、怒り、発狂した。しかしそんな憐れな彼等に救いの神は訪れず、さらなる絶望“醜悪なる邪竜ファーブニル”が舞い降りた。
濁った瞳の醜悪なるドラゴンは、手当たり次第にドワーフ達を叩き潰そうとした。
一度は絆を無くしたドワーフ達だったが、絶対的強者の邪竜を前に、再び手を取り合った。ーーー……そうしなければ、生き残れなかったからだ。
神に見放され、ドワーフという種を否定され、もはや死という消滅の選択しかないと思っていたドワーフ達だったが、邪竜の登場により、生存本能のままに山を去った。
……当然、絶望の内に死んだ者もいる。山から命からがら逃げた後、我に返り自ら命を断った者も大勢いる。
ーーーそれでも、いつか故郷に還れる事を信じ、生き続けた者も居た。それが、今を生きるドワーフ族だ。
……そして、古のドワーフを一人残らず追い出したファーブニルは、その夜の内に火口からの入り口以外、全ての通路を砕き塞いだ。どうやって見つけたのか、ドワーフの族長だけに伝わる“秘密の抜け道”も全てだ。
そこで漸く邪竜の破壊は止み、ファーブニル様はあの大洞窟で卵を胸に抱き、眠りについた。
そんなファーブニル様を追うように入山したのが、私の祖母に当たるシェリフェディーダと言うダークエルフだった。
シェリフェディーダとファーブニル様に、どんな縁があったのかは知らない。
ただ、ファーブニル様はシェリフェディーダの入山を拒否せず、その身のお世話をさせた。
シェリフェディーダはファーブニル様のお世話をしつつ、発狂したドワーフやファーブニル様が壊したこの里を、長い年月をかけて全て修復した。
それからシェリフェディーダは約千年後、ここが“ダンジョン化”するまで磨き、一人で維持し続けたそうだーーーーー。
「以来、母のリリーや私は、シェリフェディーダの遺した“使命”を果たす為、同じ様にファーブニル様のお世話を務めてきた」
「……使命?」
僕はふと尋ねると、ローレンは困ったように笑った。
「使命については、すまないが“今”はまだ話す事ができない。だけどいつか話そう。“笑い話”として」
「?」
僕は首を傾げたが、出来ないと言われた以上、ローレンから聞き出す術は僕には無かった。……まあポムなら、ノリで何とかするかもしれないけどさ。
僕が黙っていると、ローレンはまた話を戻し、続けてくれた。
「シェリフェディーダの残した資料は膨大にして緻密だったが、全てはその維持のための技術や知識についてのみ。歴史や記録、系譜については一切残されてはいない。とはいえ、その技術も母リリーを経て、私にその技術は託されたわけだが、……私は到底使いこなせていない。ファーブニル様に指導いただかねばならぬ程に、未熟なのだ……」
そう。……十分チートですけどね……。
切なげに笑うローレンに、僕は声にならないツッコミを入れた。
「さあ、出来た。ファーブニル様とポムの所に戻ろう」
そう言ったローレンの手元には、いつの間にかナッツと根菜のスープと、フルーツサラダが出来上がっていた。……っホントにいつの間に!?
僕は頷き、またローレンの後について歩き出した。
そして、歩きながらふと考える。
ーーー……ファーブニルは、一体何がしたいのだろう?
ローレンの話がもし真実なら、ファーブニルやダークエルフは逆にこの里を守護し、ドワーフ種の絶滅を食い止めたようにも思える。
分からない事だらけだ。
ーーー何故、聖火は消えたのか?
ーーー何故、森のエルフがあそこまで、ファーブニルの卵に拘るのか?
ーーー何故、ドワーフ達は里の奪還に自分達は動こうとしないのか?
それに千年もの間、この広大な敷地を維持し続けるなんて、技術云々で何とか出来るはずが無い。
ーーー何故、……ファーブニルとダークエルフ達は、そこまでしてこの里を守っているんだろうか……。
ラディーの感じている“謎”については、この番外編では深く触れ無いかもしれません。
何故なら、過去にリアルタイムで書いたからです!
|д゜)チラッ




