番外編 〜邪竜さんは、召使いを追い出したい⑩(昔話㊤)〜
ーーーーーそれはまだ、この世界を創造せし神々がこの地にいた頃の、遙かなる大昔の話。
この世界の全てを創りし創造神は、鍛冶を司る美しい女神を創り賜うた。
女神の名は“ブリキッド”。
女神ブリキッドはこの世界を憂い、涙を流された。
鍛冶技術向上の可能性の兆しを見出せず、世に絶望したのだ。
それを憐れんだ創造神は、涙する女神ブリキッドにその心を問いただした。
ブリキッドはその心と存在意義を神に示した。
そしてその真っ直ぐな想いに心を打たれた創造神は、女神ブリキッドに、鍛冶を生き甲斐とする種族ドワーフを創り賜うた。
その誕生を祝い、ドワーフ達には酒の男神バッカスより祝の酒が直々に贈られ、創造神より聖火が贈られた。
そうしてドワーフは、数多の神々より祝福を受け、この世界に誕生したのだった。
ドワーフ達はそれは献身的に神々に仕えた。
己の腕を磨き、仕事と酒をこよなく愛した。
聖火を仕舞い込むこのディウェルボ火山を、ドワーフ達は一族の聖地とし、この地底大都市“ドワーフの里”を築き上げたのだった。
ーーードワーフは言った。
己の家の“扉”は、その家族の長の力量を示す。
ーーードワーフは言った。
軒先に飾られた宝石は、その家の財力を示す。
それらの誇示の為の品は、盗まれることは無かった。
ドワーフ達は、頑なに他の種族の立ち入りを禁じていた。ドワーフ達に入山を許された者は、長い彼らの歴史の中でも、100名にも満たないだろう。
そしてドワーフ達は、種族の絆を重んじた。
窃盗など以ての外。自身の家が隣の家より劣っているならば、弟子となり力や技を教わる。そんな一本気な者達だったーーーーー。
◆
ふと、無人都市を歩いていたローレンの歩みが止まった。
そこは、今迄歩いて来た中で見たどの扉よりも精巧で美しい鉄の扉の前。軒先は、それは美しい宝石がいくつも輝いていた。
僕はその美しいレリーフに目を見張りながらローレンに尋ねる。
「……ここは?」
「そこは当時の族長の屋敷の扉だ。私達が入るのは、隣のこの扉」
「……」
そう言ってローレンが指さしたのは、キラキラ輝く宝石に彩られた美しい扉の隣にある、なんの彫刻もされていないただの質素な鉄扉。
軒先の宝石だって、小さなモビールがささやかに吊るされているだけ。
僕はもう一度尋ねた。
「……ここは?」
「ファーブニル様に、唯一入室を許されている住宅だ。ここで調理や日々の生活に必要な事を賄っている」
「……へぇ」
僕は頷き、それ以上尋ねはしなかった。
だって、話の流れから行くと、この家の住人はきっと“技術”も“財力”も無かったって事だ。
それを言ったら……失礼だよね?
ーーーギイィ……
小さな軋み音と共に開いた扉の中は、僕にとって予想外な作りになっていた。
岩壁をくり抜かれて作られた住居にも関わらず、中には木目の美しい木の壁になっている。
天井からは様々な乾燥ハーブが吊るされ、室内はとてもいい香りに満たされていた。
キルトのクロスが掛けられた長椅子とロッキンチェアが置かれ、隣のサイドテーブルには“HONEY”と書かれた、陶器の壺が置かれている。
赤い石と漆喰で組まれた暖炉には鍋がかけられ、その隣には小さなキッチンカウンターが備え付けられていた。
奥に二つのドアがあるけど、ガラス窓をチラリと覗けばどうやら寝室と、書斎のようだった。
どちらの部屋も狭いけど、寝室には大人3人程が寝ても平気そうな大きなベッドが一つ。そして書斎の方は本棚にびっしりと本が並べられ、デスクの上にはうず高く書類が積み上げられている。
風呂場や洗面所、トイレなどはない。そう言った水周りのものは、別に公衆の場等があるのかも知れない
たった三部屋のこじんまりとした、とてもささやかな住居空間。
だけど、とても住み心地の良さそうな内装空間。
……きっとこの家に住んでた人は、この住居をとても大切にしていたんだろうと、僕は思った。
ここが“強欲の邪竜ファーブニル”が、唯一ローレンに分け与えた場所。
何故ここなんだろう? 僕は不思議に思ったけど、まあ、他の家の中は見てないから、比較のしょうもない。
僕がキョロキョロと部屋の中を見回していると、ローレンは空中に魔法陣を描き始めた。
それは僕が見たことの無い魔法陣。
僕はローレンに尋ねる。
「それは何?」
「空間魔方陣。……世間では“荷物袋”とも言うらしい。知ってる筈だが?」
「……世間では、失われた古代魔法と言われてるよ。……ダンジョンなんかで手に入るアイテムじゃ無くて、手描きできるものなの……?」
規格外の子だなとは思ってたけど、ホントにローレンって何者なの……?
ローレンは一瞬考えて、頷いた。
「……。……出来る」
……まぁ、そうだよね。目の前で描いてくれてるんだもの。
描き続けるローレンに、僕は別の質問をする。
「……何が入ってるの?」
「森で収集したキノコや芋、果物」
「あ、なる程。食材を入れてるんだ」
「そう。持ち運ぶときに手が塞がるから。ヘラジカとか」
……。
ーーー……え? 今、何て言った?
「ファーブニル様に、ヘラジカの成体を3頭狩ってきたが、かさ張ってな」
「……ああ、なる程。……そうなんだ……」
ちょうどその時、魔法陣が描き上がったようで、魔法陣の中央から何かが出てきた。
それを見た次の瞬間、僕の喉から引き攣った悲鳴が漏れた。
「っひぃ!!?」
そこから出てきたのは、予想を遥かに上回る巨大なヘラジカの頭。僕なんか一口で食べられてしまいそうだ。まあ、ヘラジカは草食なんだけど。
……と言うか、このサイズじゃこの部屋に入り切らないよね!? 角だけで3メートル位あるんですけど!!?
「ここで解体する。ラディーにはそれを手伝ってもらう」
「ヒィィ!!?」
ローレンがそう言った時、首の付け根までとび出していたヘラジカの首が落ちた。
時間が経っているせいか吹き出しはしないものの、ボタボタと血が落ちる。
滴る血は下に置かれた容器に溜まっていくが、当然こぼれたものは、この部屋の可愛らしい敷物やキルトを赤く汚して行く。
ちょっ……ここ、誰かが大切にした、居心地のいい家屋なのにっ!
僕の心を察したのか、ローレンがふと思い付いたように声を上げた。
「ああ、大丈夫。ここは“ダンジョン”という特殊空間。一定以上の時間が経てば元通りきれいになるから」
「だ、だとしても! っせめて外じゃ駄目なの!?」
「駄目だ。このダンジョン内で私に許された空間は、この居住家屋のみ。ホーンウルフ達の森迄出れば問題無いが、さっきは急いでいたから解体の時間は無かった」
「全然急がなくてよかったよ!? 今からでも森に行こうよっ!」
「ラディーとポムを置いては行けない」
「……っ」
……確かに置いていかれたくは無い!
「ーーー……それに、友達と一緒に料理をするとか、……少しわくわくしている」
そう言うローレンは少し嬉し恥ずかしそうに、うつむき加減で目を泳がせた。
……違うシチュエーションなら、僕は少しドキッとしていたかも知れない。
だけどこの血みどろの状況では、違う意味でドキドキする。
これは言うなれば、逆吊橋効果。小さなトキメキなんて、この凄惨な光景を前に掻き消されていく。
ローレンは再び視線をヘラジカに戻し、淡々と言った。
「じゃあ、解体しながらさっきの話の続きでもしようか」
「解体しながら!?」
「ラディー、その首の毛皮を剥がしておいてくれるか?」
「う、うん……」
僕は頷いたが、首だけで僕の身長程はある巨大なその首だ。僕には皮を剥がすどころか、ピクリとも動かすことは出来なかった。
だって僕、非戦闘員だし……。
ローレンはそんな非力な僕に、嫌な顔一つせず言ってくれた。
「ーーー……やっぱりラディーには、芋の皮剥きを手伝って貰おうかな」
そう言って僕の前に芋を出し、血抜きの合間にサクサクと首を解体をしていくローレン。
ーーー……嫌な顔をしてくれた方が、……救われたかも知れない……。うん、辛い。
◆
ーーーーー古のドワーフ達は、創造神より賜った“聖火”を種族の宝と定め“黄金の宝”と呼んだ。
“聖火”は全てを燃やし、全てを溶かし尽くす炎。それにかかれば、神秘の鉱石“ヒヒイロカネ”や“ミスリル”すらも溶かし、打ち出すことができたと言う。
ミスリルと言えば、“ハイエルフのミスリル細工”が有名だが、“ドワーフのミスリルの宝冠”等も存在している。
かの有名な戦に登場する、ヒヒイロカネの鎖“グレイプニル”は、このディウェルボ火山の、ドワーフの里最後の族長“ガーランド”によって、打ち出された物と伝えられているーーーーー。
ローレンの話を聞いた僕は、そこで思わず声を上げた。
「ハイエルフって実在するの!? それに戦ってもしかして“黄昏の天界戦争”の事? 有名だけど、お伽噺でしょ?」
「そう。ハイエルフは今も入らずの森の奥にひっそりと存在している筈だ。そして“黄昏の天界戦争”も、伝えられる諸説には様々あるが、間違いなく起こった戦争だ。私の母に当たる“リリー”と呼ばれたダークエルフが、実際にその戦争に立ち会い、魔王軍側の諜報の司令を果たしたと書には遺されてあった」
「……」
僕が芋を剥きながら、あまりの話に言葉を失っていると、ローレンは手を動かしながら、また話し始めた。
ーーーーードワーフ達はこの里で、繁栄の一途を辿った。
冒険者達からも、その卓越された技術によって生み出された品々は支持を受け、ハイエルフ達の品同様に高価な取引がされた。
とはいえ、ハイエルフのそれとは違い、安価な貴金属を使った武器や細工の流通量は遥かに多く、世界にその技術を轟かせたのだった。
ーーー……しかし、その繁栄の刻は突如として終わった。
“聖火”は消え、ファーブニル様が全てのドワーフを、なんの前触れも無く、里から追い出したのだーーーーー。




