番外編 〜邪竜さんは、召使いを追い出したい⑨(闇に浮かび上がる古都)〜
〈ファーブニル視点〉
……まてまて、よせやい。
オイラはローレンの去って行く気配を、必死で追いかけた。そして、何とか念力で引き留めようとした。
まあ、結論を言えば無理だった。だってオイラ、そんな超能力使えないもの。
待って、ローレンさん! 置いてかないで!! いつも邪竜のふりしてるけど、ホントは寂しいのよ!
一人きりにしないでっっ! って言うか、二人きりにしないで! せめてホントに一人っきりにして!? 寂しい以上に、ホント気まず過ぎる!
だって考えてみてよ? 叔父さんが、姪っ子のお友達と二人きり! 年も種族も違う上、はじめはオイラを討伐しようとしてた子でしょ!? 何しろってのさ!?
いやいや、オイラは何も出来ない。お茶菓子も出せないこの身体じゃ、オイラもう寝たふりするしかないじゃん。
「……」
「……」
ほらほら、気まずいよぉ……。沈黙だけがひたすら流れるよぉ……。
「……」
「……ねぇ」
「……」
……って、喋るんかい!
ある意味凄えな。コミュ力レベルいくつよ?
「それ寝たふりすよね? ファーブニルの旦那」
……旦那? いや、そんな気作に奇策に話しかけてくれたって、オイラは寝てるよ。……寝てるんだってば!
そういうことだから、うっかり答えることはしないぞ、ちびっこよ。
「……」
「オレはポム。この結界にいれば、ホントに旦那の手が届かないんすかね? いや、ローレンを疑ったわけじゃない。“友達”すもん」
「……」
……こいつ、あれか? 石や外灯に話しかける不思議ちゃんタイプなのか?
「旦那の攻撃が、届かないって言ってたすよね? コッチの側からの衝撃はどうなんでしょう? いや何、友達の仕える主人に何かしようって訳じゃないっすよ? オレって体弱くて、すぐ風邪なんか引いちまって。もしクシャミした時、唾とか飛んだら失礼かなー……って」
「……」
そんなこと言って、隙を狙って卵奪う気なんでしょう? だって元々オイラ討伐クエストのメンバーだって知ってるもの。オイラはちゃんと気付いてるんだからね! 答えないぞ。
「……」
「ーーーオレとラディーは、元々旦那を倒したかった訳じゃない。所属してたパーティーの指示に従ったまでなんす。けど事情がかわった。ローレンと友達になった。だからもう、旦那を討伐とか考えないすよ?」
「……」
……あー……。余計なこと言わなきゃ良かった。……にしてもローレンの奴め、どんな魔法を使った? 催眠術? 誘惑術? まさか脳に何か入れた……? 怖すぎる!!
「……」
「それに見たところ、旦那の守ってる黄金って、その金卵だけじゃないっすか。世の中にゃ、もっとデッカイ金も、見事な金も在るすからね。なんで森のエルフや冒険者達は、そんなのに価値を付けようとするか、サッパリ分かんないすね」
……イラッと来た。
人の宝物を好き勝手言うなよ。
「……これには、お前のような奴には絶対に分からん価値があるのだ」
「わ、分かってるすよ。きっとオレ達みたいな下々の者なんかには理解できないほどのお宝なんすよね。つまり、手を出そうなんて思ってないってコトっすよ!」
「……フン!」
「と言うか、やっぱり寝たふりっしたね。旦那」
「……」
……しまった。ついうっかり答えてしまった。
「ーーー……お前が五月蝿くて起きたのだ。黙れ」
「へえ、そうしたい所なんすけど、こんな安全圏で旦那と二人きり。こりゃもう色々聞いとかないと勿体無くて……。そしたら口が勝手に動いちまうんすよ。どうか、ローレンの友達の誼で、オレとも仲良くなってくれないすかね?」
何を言ってるんだ? コイツは。いくら安全圏とはいえ、猛者すぎるだろ。
オイラこう見えても、ひとたびこの姿を晒せば、会う人全員に第一印象で拒否られる自信を持ってるんだ。なのに話をしたい? 仲良くしたい?
何だコイツは。そうだな、猛者どころではない。最早モッサモサだ。
「なるわけ無いだろう。魔法陣から出た途端、くびり殺してくれる」
「……やっぱり手は出せないのは、本当だったんすね」
!?
誘導尋問!?
「……」
「……ねえ、旦那」
「……」
「いいすよ。旦那がその気なら、オレにだって考えがある」
「?」
「オレの身の上話を延々としますんで、聞いて欲しいっす」
……いやいや、どうなればそんな考えになるんだ? なんでオイラがお前の身の上話を、聴かなきゃならないんだ? 全然聴きたくないんだけど。
「……」
「ーーーオレが産まれたのは、このディウェルボ山脈の東側の麓から、南東に更に進んだ所にある、ノルーノの森と言う所した……」
「……」
……本当に身の上話を始めたよこのちびっこ。
そしてオイラは不本意にも、このちびっこポムの話を聞く羽目になったのだった。
◆
〈ラディー視点〉
僕はローレンについて、ファーブニルのいた広間の隅の、もうひとつの扉をくぐり、そこに辿り着いた。
しんと静まり返り、遥か高くまで削り、くり抜かれた巨大な空間。僕の音波が反響しきらないほどの、その大空間には、様々な形の“物”があるようだった。
前を行くローレンが立ち止まり、何でもないような仕草で暗闇に明かりを灯した。
ひとつの明かりは、連鎖する様にいくつもの明かりに飛び移り、広大な空間の全容を照らし出していく。
「ーーー……うわぁ、凄い……」
僕は明かりの中に浮かび上がったその荘厳な光景に、思わず驚きの声を漏らした。
ーーーそこは、一言で言うならば“地底都市”。
しかもそん所そこらの都市じゃない。見た事もない文明によって、独自の文化を果たした“大都市”だった。
広大な穴の断崖には、ビッシリと穴が開けられ、それら全てに金属の重々しい扉が嵌め込まれている。
その扉一つ一つが、素晴らしい彫刻が施され、同じ物なんか一つもない。
地面から伸びる鉄塔の先には、やはり何か家屋らしきものが乗っかっていて、その空中の家屋から四方の断崖へ、蜘蛛の巣のように鉄階段が伸びている。
そして各所には、まるで花壇や軒先に花を咲かせる様に、クオーツの結晶や、磨かれた宝石が散りばめられていた。
「ーーー……ここは……」
僕がその荘厳な光景に唖然としていると、ローレンはクスリと笑い言った。
「見事だろう。ここは古のドワーフ達が、神より与えられし聖地の中腹。その中でも、彼等が住居としていた地区だ」
「古のドワーフが……住んでいた場所!?」
僕は目を見開いて聞き返した。
だって、ファーブニルにこの山を奪われる前の話なんて、何千年も前だよ?
なのにこの場所は、……まるでついこの前迄、誰かが住んでたみたいに綺麗なんだ。
彫刻やオブジェ、生活雑貨や鉄の階段、どこを見ても錆や風化はない。辺りに散りばめられた、色とりどりの宝石達だって、ホコリ汚れ一つなく美しいままだ。
驚く僕の顔を見て、ローレンはまたニコリと笑った。
「歩きながら話そう。ポムが待ってる」
「あ、う、うん!」
再び歩き始めたローレンに、僕は小走りで追い付くと、その後ろに歩幅を合わせて歩いた。
そしてローレンは、この誰もいない街のことを、誇らしげに語り始めた。




