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番外編 〜邪竜さんは、召使いを追い出したい⑦(邪竜の呪い)〜

 〈ファーブニル視点〉


 オイラは怒りと焦りに任せ叫んだが、ローレンは跪いたまま、凛とした口調で淡々とオイラに言う。


「はっ。しかし、私の友達2名を今から人里に帰している時間はありません。何故なら、これからファーブニル様の鱗のお手入れ(グルーミング)のお時間なのですから」


 ……。そう、オイラは恥ずかしながらもこの小さなローレンに、ボディーチェックや、食事の準備などを、一手に任せてある。

 自分の事は自分でしろ? 出来ればやってるさ。

 ……そもそも普通のドラゴンって奴は、小鳥なんかの小動物に、自分の体の手入れをさせる。だけどオイラのこの醜い身体には小鳥どころかドブネズミさえ近づかない。

 とは言え、ドラゴンの体格じゃ自分では背中にゃ届かないし、魔法でキレイにするなんて、繊細な技術オイラにゃない。

 と言うか、一度やろうとして体の鱗が剥がれまくり、大惨事となった事がある。以来オイラは心が折れて、再チャレンジすらしてない。……“爪を剥がされる痛みを全身に”って言ったら分かるかな?

 だからシェリフェディーダ様や、リリー、そして今はローレンが、オイラのかゆいところに手を届かせる役を、頼んだというわけだ。

 ーーー……でも、今はそれどころじゃない!


「そんな事どうでも良い。とっとと捨てて来い!」

「二人は友達です。そういう訳には行きません。ーーー……それに不潔にしていると、……虫が湧きますよ?」

「!!?」


 ーーー……っコイツ、今なんて言った!!?


「虫が湧きますよ」


 心を読んだ!!?


「……」


 オイラは黙り込んだ。

 オイラはこの世で嫌いなものは沢山あるけど、中でも嫌いな物が“虫”だ。

 “虫”には、本当にいい思い出がない。

 虫のせいで、オイラはかつてひとつの夢を諦めた。その他にも虫から逃げ回った際、死にかけたことだって一度や二度ではない。(馬から落ちたり、崖から転落したり……)

 そんなオイラに、罰として与えられた、最大にして最凶の呪いが、この“虫見の目”だ。

 目に映るすべての生き物が、邪悪の限りを詰め込んだ“虫”に見える。

 この目にかかれば、かつてオイラの兄妹と呼んだことのある者達が、蜘蛛の足と羽アリの羽を生やした、赤い目の巨大な蛆虫に見える。……あの時はホント、我を忘れて本気で叩き潰そうとしたなぁ……。

 ……そして今でもあのおぞましい姿を見た瞬間、オイラはまた我を忘れてしまう自信がある。寧ろこの目のせいで、虫に対して、以前以上の取り返しのつかないトラウマとなっている。

 だから、いつもはこうして目を閉じているんだ。ホントはそこに居るちびっこ共の様に、喋ってる奴らは虫じゃないって、頭では理解してるから。

 そして、良くも悪くもそいつ等から、目を閉じててもこの卵を守りきれるように、オイラは結構鍛えてたりもする。


 沈黙してたオイラに、ローレンは口上を述べる。


「御心配なさらずとも、私の友達が、ファーブニル様へ粗相をすることはありません。何故ならそのような事は起こり得ないよう、私が二人をフォローするからです」


 真面目かよ。

 ……だけどそれを言われたら、オイラだって無碍にはできない。いや、ちびっこ共の事はどうでもいいんだ。それより「虫が湧く」の一言で、さっきから、尻尾の端がなんかムズムズしてくる気がしてるんだ。

 そ、それにまあ、流石にあんなちびっこ共に、オイラやローレンが後れを取るはずは確かにないし……。


 ……オイラはそうして、自分にいろいろ言い訳をした後、観念してローレンに頷いた。


「……ふん、何かあったらその小さい者共は、直ぐ様噛み砕いてくれるからな。さっさと鱗を磨け」

「……はい」


 オイラのそんな雑な言葉にも、ローレンは顔をしかめるどころか、どこかホッとしたように頷いた。

 それから、ちびっこ共に向き直り、ローレンは弾む声で告げた。


「ありがとう、ラディー、ポム。二人が私の友達になってくれて本当に良かった。私はこれから少しお勤めがある。その間、ポムは、部屋の各所にある“青く光る魔法陣”の中で傷を癒やしておくと良い。その魔法陣には癒やしの力があるから、傷の治りが早くなる」

「お、おう……」


 ポムと呼ばれたちびっこが、引き攣った声で返事をした。

 ローレンの言った“青く光る魔法陣”とは、かつてオイラが悪魔との取引で設置された“ダンジョン”ってやつの、機能の一部だ。

 その悪魔は、このディウェルボ火山を“ダンジョン”という特殊空間にしていった。オイラにもよくわからないが、その特殊空間にしておくと、時間の流れが遅くなるそうだ。

 昔のここに住んでいたドワーフ達の遺品の劣化を防ぐ為に、その取引に乗ったのだが、いくつかの条件を()()()()出された。

 ……今思い出しても腹が立つ。

 そしてその一つが、ダンジョン内各所にその“青く光る魔法陣”の設置する事。

 その魔法陣はオイラだけが入れず、オイラの攻撃も届かず、そしてそこに入っている生物の力をゆっくりと確実に回復すると言う、不思議でオイラにとってはものすごく忌々しいエリア。


「ヒイッ……」

「だっ、大丈夫だよっ、ポム!」


 ふと、ちびっこ共が悲鳴を上げた。

 ラディーって奴が、震えながらもう一人のちびっこを背に庇っている。

 どうやらアレを思い出していたオイラは、無意識に低く唸っていたようだ。

 ローレンはと言えば、いつもの事なので気にする気配も無く、淡々と指示を告げる。


「ラディーは、……ファーブニル様の金の卵に触れなければ、何をしててもいい。一時間ほどで終わるから、少し待っておいてくれ。後でみんなでご飯を食べよう」

「……」

「……」


 ほらぁー、引いてる引いてる。

 絶対自分達が食べられると思ってるよ? あのちびっこ共。

 もういいから返してあげなよ。

 またローレンがちびっこのとこに遊びに行けばいいじゃない。

 ちびっこ達の怯えようにオイラは燐みを覚え、図らずもオイラに一つの原因があることから、ちびっこ共に逃げ道の一つを提示してみた。


「お前ら、ローレンの“友達”などでは無いのだろう? 食わないから正直に言ってみろ」

「ヒイィッ!!! とっ、友達ですぅっ!! そうですよね!友達なんだから、僕ローレンの手伝いでもしようかなぁっ! あははぁー!!」


 いや、違うぞ。そういう意味じゃない……。

 オイラが一瞬その反応に絶句した隙に、ローレンが嬉しそうに言った。


「ーーー……友達だから、……一緒に手伝ってくれる……? ありがとう! 大丈夫! 私きちんと、やり方を教えるから!」


 教えなくていい! オイラは決してそんなこと望んでない!! いいか貴様らっ! 友達ごっこはここまでだぁーーーーー!!!


「いい? ラディー。ラディーはマナの保有量が少ないから、この金ブラシと、このバケツの水を使うと良い。鱗の隙間をこうやって擦るんだ」


 ちょっ、手取り足取り!? 別の意味で、ラディーくん困惑してるよ、ローレンさん!

 ってか、掃除したいの? 恋させたいの!? 気を付けてよっ、ローレンさん、貴方可愛いんだからね!!?


「そうだ、ラディー。それで良い。慣れるまではその調子でゆっくりで良い。何せ誤って手を滑らせでもすれば、たちまちにその細く柔らかい指が、落ちてしまうだろうからな。まだ詰めたくはないだろう?」


 その注意事項に、声も無く必死に首を縦に振るラディー君。

 ローレンさん。あのね、それは“鬼畜の所業”って言うんだよ? ……何そんなサラッとオイラ(超取り扱い危険物)をお友達に任せてるの?

 大事な友達なんだったら、安全な所で座って待っててもらえばいいじゃない。


「私はラディーならきっと出来ると、信じている!」

「……っ、……うんっ!」



 断らせてあげてぇぇぇーーーーーーっっ!!


 もう、家に帰らせてあげてぇぇぇぇーーーーーっっ!!!



 オイラは叫び出したい気持ちを押し留め、必死に“邪竜”らしく威風堂々と沈黙して、三人を見下ろしたのだった。




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