番外編 〜邪竜さんは、召使いを追い出したい⑥(湖畔で手渡された幸せ)〜
「……ッハ!!」
目覚めたポムが大きく目を見開き、僕をじっと見つめ言った。
「……ラディー……。オレ今、すげー夢見たんだ」
……。
ーーー夢ならどんなに良かったか。
僕はポムのそんな素敵な夢を打ち砕くように、スッと視線をローレンに流した。
僕の視線に誘われるようにそちらを見たポムは、一瞬また気を失いそうになりつつも何とか踏みとどまり、頭を押さえた。
ローレンが身を乗り出し、ポムに尋ねる。
「ポム、……どんな夢を見たのか、私にも是非教えて欲しい」
「……。……いや、あんまり……、大した事なかったかもしれない……っ」
ポムはそう言うと、キラキラと見つめてくるローレンの視線から逃げるように、俯いた。
……いや、わかるよ。
ローレンはそんなポムに、首を傾げながら言った。
「そうなのか。まあ良い。手当は済んだから、二人のことを色々教えて欲しい」
そう言いながら、ローレンは腰からスラリとレイピアを抜き払う。
「!!?」
僕達が何が起きてるかを理解する前に、ローレンはまるで、舞でも舞ってるような、美しい剣さばきで近くの大木に斬りかかった。
細い針のようなレイピアで、ローレンが大木をまるで撫でるように振り抜くと、目の前の大木は木屑も飛ばさず両断され、倒れる。
ーーーザザザ……バキバキバキ……
「な……」
「ウソだろ……」
僕達がその音と光景に驚き体を硬直させる中、、ローレンは尚もレイピアを振り続け、切り倒した大木の枝を落とし、皮を向き、突き削り……。
「まあ、掛けるといい」
見事な木彫りの椅子が3脚と、然程大きくない丸テーブルが一台、出来上がっていた。
「……」
「……」
「……友達に茶を振る舞いたい。掛けるといい」
何が起こったのだろう?
……ただ僕はここに、超高等技術の物凄い無駄遣いを見たのだと言うことは理解できた。
「さあ」
ぐいぐい勧めてくるローレンに、僕達は逆らう事は出来ない。……いや、最早逆らう気すら起きない。
僕等は無心となり、操り人形の様に勧められるがまま、木彫りの椅子に座ろうとした。
「あっ、待てっ!!」
「!?」
「ヒッ!!」
だけど僕らが椅子にかけようとした所、突然ローレンは声を上げ、同時に椅子が炎に包まれた。
いや、炎なんてものじゃない。椅子が獄炎の火柱を上げている。……なんだろう。僕やっぱり死ぬのかな?
……それは、やけに長い3秒間だった。
「……すまない。生木で作った癖に、仕上げ処理が疎かだった。今、焼入れ仕上げをしておいた。危なく、樹液で衣服を汚させてしまう所だった」
……樹液がつくどころじゃないよ。危うく僅差で焼死体だったよ。何なのあの火力。って言うか……。
僕は震えながら、恐怖を引きつった笑みで取り繕いながら、ローレンに尋ねた。
「……エ、……エルフって“火の魔法”を使えたっけ?」
「他のエルフは使わないらしいな。だがダークエルフは普通に使える。祖先の罪を代償に得たものの一つだと言われている」
「へぇ……」
ふと、ティミシアさんの言葉が脳裏に蘇った。
“ーーー呪われし、ダークエルフ”
……やっぱり、きっと悪い奴……ではあるんだよね。
僕は腹の底に、何か重しのようなものを感じつつ、勧められた美しい椅子に座った。
◆◆
それからまた更に5分後、ポムが心からの歓声を上げた。
「うっっま!! コレなんだ!!?」
テーブルの上には、木の皮の更に葉っぱが敷かれ、その上に茶色がかったクリーム色の、宝石のようにツヤツヤした菓子が並べられていた。
「タフィーだ。山ヤギの乳の油と、そこに咲いているジーバルの花の蜜を集め、煮詰めたもの。口に合ってよかった」
……そう言ったのは、当然ローレン。
僕はこの世界にまつわる伝説や奇跡の言い伝えなんかを、聞いたことがあってもそれは誇張されたお伽噺なんだと思っていた。
……だけど、僕は今、それらが霞んで見えるほどの真の奇跡を目の当たりにしていた。
ローレンは、あり得ないほどの精密な魔法を以て、水魔法を使った。だけど対象は水じゃなく、“蜜”。
何千と咲き誇るジーバルの花から、ミツバチを押し退け、蜜を集め、水の球……いやもう“蜜の球”と呼ぶべきか。ローレンは、蜜の球”を作り上げた。
そして、手荷物の中の水筒から出したヤギの乳に惜しみ無くそれを混ぜ、……一瞬だった。一瞬でその液体から水分が爆散し、残ったのがこの菓子だった。
……そして今、ローレンはその言葉にしがたい奇跡の力を以て、ハーティーの薬茶を淹れてくれた。先程の残りの蜜を茶に混ぜ込み、竹を切ったようなカップに茶を入れ、僕達にそれを差し出してくれた。
ーーー……いや、待って?
僕達、なんでこの絶景を横目に、優雅なティータイムをやろうとしてるの?
……駄目だ。……付いていけない。
僕の混乱とは裏腹に、ポムはこの状況にもう馴染んでいた。
「ローレン、お茶も美味しいなぁ! ハーティーのお茶ってもっと苦いもんかと思ってた」
「ハーティーの苦味は、一度乾燥させ、低温で煎りあげれば消えるんだ。ただ高温だと苦味は消えるが、含まれる風味や栄養価も飛んでしまうからな」
「へぇー。あのジュワってやった魔法で、そんな事やってたんだな」
……そうだな。あの魔法の名前は、“奇跡のジュワッと魔法”で決まりだな。
ーーー……はぁ。正直今は、ポムのその流されやすい性格と、順応性の高さがとても羨ましかった。
ローレンが自分の茶の準備も済ませ、席についた。
僕的には物凄く気まずいのだが、ローレンもポムも気にせず話し始めた。……ほんとに“何なんだよコイツラ”と、思う。
「じゃあ、お茶でも飲みながらゆっくり自己紹介でもしようか。私はローレン。今年で402歳になる」
っ思ったより年行ってるなぁ!? っていうか、エルフの寿命って500年くらいなんじゃないの!? なんでそんな若く見えるの?
ローレンの自己紹介は、たった一言でもうツッコミたくてしょうがない。
……だけど怖かったので、僕は無言でお茶を啜った。
しかしポムは黙ってはいない。まあ、場が沈黙するよりかはいい。
ポムはタッフィーを摘みながらカラカラと笑い、ローレンに言った。
「ねえ、さっき“罪”って言ってたけど、何かやらかしたの? 他のエルフ達もローレンの事を“呪われてる”とか言ってたけど、それと関係あるの?」
ーーー……って、直球すぎるわ! 前言撤回! やっぱりお前も黙れよもぉぉ!!
ズカズカと踏み込んでいくポムに、僕は震え祈りながら、お茶をすすった。
そんな僕に、ローレンはニコリと笑った。
「お茶、気に入ったのだな」
違う! いや、美味しいんだけどもっっ!
僕の心の中の叫びは外に出る事はなく、僕は無言でローレンに微笑み返した。
「我が祖先の罪は、“世界樹の葉”を食べ、好奇心に任せ、己の使命を投げ出したことだと聞いている。その者が何を想い、どんな興味の為にそんな愚行に及んだのか私は知らないが、その呪いは今も私の身に引き継がれているのだ」
ーーー……“世界樹”。
それは入らずの森の何処かにあると言われる、この世界の全てを識る、不思議な喋る樹。
その葉を食べれば不老不死となり、死者すら蘇らせることの出来る、奇跡の力を秘めている。
黄金に輝く果実を実らせる事ができ、それは神のみが食べる事を許された、“神のリンゴ”。
……お伽噺だと思ってた。
そして、僕と同意見のポムが、僕の代わりに言葉を繋ぐ。
「そんな樹、実在するの?」
「在る。が、見た事はない。何故なら私は入らずの森に立ち入れないからだ。“呪い”のせいでな」
「って言っても、ローレンが食べた訳じゃないんだよね? なんでローレンまで呪い受けるの?」
「そう決められていた、としか言えない」
「……ふーん」
ローレンは困ったようにそう答え、お茶を啜った。
……だけどそれが呪いの原因と言うなら、ローレンの年齢が400歳ということにも納得できる。
“世界樹の葉”が不老不死を与えると言う伝説は事実の半面で、不老不死を与える代わりに、呪いをも同時に与えるんだ。
ーーー……僕は思いもよらず、この世界の真実に気付いてしまった気がした。
その時、沈黙したその場をもりかえすように、ポムが少し明るい声で言った。
「年齢といえばさ! オレとラディー、昨日が誕生日だったんだぞ! 11歳になったんだ」
「!? 昨日だと!? では何か贈らねばならないではないか」
「いーよいーよ。あくまで昨日であって、“今日”は何でもない日だしさ」
そう言って手を振るポムに、僕も頷いた。
だけどローレンは、慌てて席を立ち上がって言う。
「そう言う訳には行かない! 来年までなんて、待てない! ちょっと待っていろ」
そしてローレンはこちらに背を向けて、草むらにしゃがみこんだ。
何をするつもりだろう……? と、思おうとしたその時、辺り一帯に強い風が過ぎった。
ーーーーザザザザーーーー……。
その風で、僕は思わず顔を覆い風から身を守った。そして再び顔を上げたとき、ローレンの隣には、何故かハーティーの花の山が出来上がっていた。
「……」
「……」
ーーー……これは、あくまで僕の仮説だ。
ある筈がない想像でしか無いと始めに言っておく。
……さっきの風、もしかして“鎌鼬”の魔法だった?
あのひと撫でで、花だけを選別して刈り取った……?
……怖くて聞けない。
もしそうなら、ローレンは息をするように、僕らの首をかることができるという事だ。
「……」
「……」
それから数分で、ローレンはまたこちらを振り向いた。
その手には、今しがた編み上げた“ハーティーの花冠”が2つ。
そして、ローレンは誰もが見惚れる天使の笑みを、その顔に浮かべながら言った。
「はいどうぞ。1日遅れてしまったけれど、お誕生日おめでとう」
多分、この世で最も美しいその笑顔に、僕とポムは体が痺れて動けなくなった。
ローレンは少し首を傾げ、それから僕らの頭にその花冠をポスリと被せた。
ーーー……うわぁーーー……。
これは……かなり、恥ずかしい……。
ふと隣に目をやれば、ポムも僕と同じように顔を赤くしていた。
……だよね。やっぱりポムも思うよね。
でも、嫌じゃないんだ。
「ハーティーの花冠は、幸運のアイテムと言われている。……これでもう、私達完全に……“友達”?」
そう嬉しそうに言ってきたローレンに、僕もポムも素直に頷いた。
だって、……だってローレンってさ、始めは怖いと思ってたけど、いや、今も怖いけど……でも意外に……。
「よし。ではこれから、私の主、ファーブニル様の所へ行く。付いてこい」
ーーー……っやっぱりローレンは、邪悪でした!
さっきの全部なしっ!! 幻覚だった! 駄目だよっ! 邪竜の所だけは勘弁してくださいぃぃぃーーーーーっっ!!




