番外編 〜邪竜さんは、召使いを追い出したい③(ダークエルフとの遭遇)〜
〈ファーブニル視点〉
「……っありがとう、……ございましたっ」
ローレンは荒い息を吐きながら、オイラの尻尾で打たれた左肩を押さえ、悔しげに頭を下げてきた。
オイラはそんなローレンに、見下すような視線を投げかけ、ため息を吐いた。
「フン、相変わらず雑魚だな」
「……はい、護るべき相手に鍛えていただくなど、お恥ずかしい限りです」
……いや、オイラドラゴンになって、もう4999年経つんだ。流石に400歳のローレンには負けないけどさ。
そしてふと思い出す。
……そういや初代ダークエルフのシェリフェディーダ様には、この身体に慣れるまで、タコ殴りにされたなぁ……と。
そう。ローレンの祖母に当たるシェリフェディーダ様とは、未だに思い返しても、凄い方だったと思う。
強くて、本当に何だって出来た。
そしてその娘、リリーだって強かった。リリーはシェリフェディーダ様ほどじゃなくても、闇のエルフを統率して、かの黄昏の天界戦争を駆け抜けたんだ。
……もっともそれは、例の件の後から聞いた話ではあったんだけど。
だけどローレンは……あの人達に比べて弱い。
ポテンシャルは同じはずなんだ。……あの二人と、全く同じ筈なんだ。彼女等は、そう言う生き物なんだから。
ーーーなら何が違うか?
「お前のような雑魚、側に置く価値もない。とっとと消えろ」
「……そういう訳には、……行きません」
「力ない雑魚が、我を通せると思うなよ?」
「……っ」
ーーーそれはきっと、オイラのせいだ。
ローレンはオイラの為に、シェリフェディーダ様の遺した役目を守り続けてる。
世界は広い。なのにローレンはオイラのために穴蔵からほとんど出た事はない。出たとしても山麓の大森林までだ。
もっといろんなものを見て、視野を広げないといけない。
オイラには、ローレンを導いてやる事はできないから、ローレンは自分で学ばないといけない。
そして、賢くて真面目なこの子なら、きっと出来るはずだ。
「ローレン、雑魚なお前の顔などもう見たくは無い」
「そう言う訳にはっ……」
「ーーーどうしてもと言うなら、ひとつ条件を出してやる」
「!? それは!?」
「“友達”を作って来い」
オイラの出した条件に、辺りに沈黙が立ち込めた。……いや、元々オイラとローレンしかいなかったわけなんだけどね?
そしてしばらくの沈黙の後、ローレンからあまり聞いたことのない声が上がった。
「……は?」
「何だ、知らんのか?」
「い、いえ。……知っておりますが……」
「なら行け。出来れば再びオレ様の側に仕えることを許そう」
「なっ……いえっ……、分かりました」
真面目なローレンは納得いかな気な返事をしつつも、踵を返し去って行った。
ふー。これで良い。
どうせオイラは、後一年で神様との約束の期限を迎え、この山から去る。
ローレンも晴れて自由の身となるわけだが、……独りは寂しいだろ?
ローレンの寿命を考えれば、“一生の友達”なんかじゃなくて良い。ただ、もう少し柔軟な生き方ができるようになっとかないと駄目だ。
その練習を、そろそろ始めたらいい。
ーーーあと一年なんだから。
オイラはそう思いながら、脇の下に抱えた黄金の卵を、そっと撫でた。
ーーーもうちょっとで、返してやれるからな。……親友。
◇
〈ラディー視点〉
パーティーは至っていつも通りだった。
馬車の荷台は外し、僕達が纏めた必需アイテムを馬の背に載せ、ポムがその馬を引く。
更に音をあまり出さないように、馬には靴を履かせ、ティミシアさんが風のシールドパーティー全体にかけ続けている。
『結局来たな、ラディー』
『……お前を置いていけるかよ』
『何だよ、それ。それに見ろよ、別にみんないつも通りじゃないか』
『そう見せてるだけだ』
『……あのさラディー。オレ達って冒険者のパーティーだろ? 仲間信用しないでやってけないよ?』
『そういうポムは、僕を信用しなかった』
「……はぁ」
「どうしたの? ポムポム、気分でも悪いの?」
「あ、ううん。何でもないよ、フィーちゃん」
『ラディー、世間でよく言うだろ? “長いものには巻かれろ”って。それね、オレの信条。そういう事だから』
『……っ』
僕は押し黙った。
ポムは僕の言う事なんかちっとも聞かない。
いつもヘラヘラ笑って、楽な方へばかり流されようとする。
ポムのそういう所はあまり好きじゃない。……今だって、殴りたくなるくらい腹が立つ。
ーーー……でも、
見捨てる事はできないよ。大事な兄弟だもん。
いつか僕達は、別々の道を進むことになるだろう事も分かってるけど、今このまま放って別れる事は出来ない。
絶対に!
ーーーその時、僕の耳が微かな違和感のある音を拾い、揺れた。
同時に、隣にいたティミシアさんにヒソリと耳打ちする。
「ティミシアさん、2キロ先に獣の息の音が聴こえたよ」
「!?」
ティミシアさんの耳がピクリと動き、パーティーを手で制す。そして行進を止めさせると、囁くように風に命令をした。
「……風よ、調べろ」
少しの沈黙の後、ティミシアさんは僕に言った。
「間違いない。黒狼王がいる。いい耳を持っているな、ラディー」
「……」
……ちょっと嬉しくなってしまった。って、違う! このメンバーは僕達を嵌めようとしてるんだから!!
僕が俯いてその気持ちを振り払っている間も、熟練メンバー達の動きは素早かった。
「このまま奴等をやり過ごす。土の障壁を作れ」
「はっ、半径10メートルの穴を作り、その土で壁を作ります。皆さん、中央に集まって」
「よし、ポム! 手綱をしっかり握っておけよ」
「うん!」
間もなく、僕らの立っている足場から音も無く流砂の様に土が動き、1メートルほどの穴と、ドーム状の土の天井が出来た。
その精密な魔法に、僕らは目を見張った。
そしてそれは、初めてその実力を目の当たりにするブリスさん達も同じだったようで、小声でティミシアさんに感嘆の声を漏らした。
「……凄いな。コレが“森のエルフ”の魔法か」
「この程度出来て当たり前だ」
「こんなに凄い力があるのに、森のエルフ達だけでファーブニルの討伐には行かないのか?」
「……行けるものなら行きたいのだがな、森のエルフ達は数が少なく、あまり人員を割けないのだ。だからこうしてギルドへと依頼を出し、勇士を募る。そして我らの試練にクリアした者達に、森のエルフの最強戦力を付け、共に討伐へと赴くのだ。……とはいえ、未だかつて奴を倒した者は居ないのも事実だがな」
「……」
……こんなに強い、森のエルフ達でも敵わない敵……。僕とポムなんか役に立つはずない……、なんでもっと早く気付かなかったんだよ……。
天井はやがて閉じ、僕らを完全な闇が包んだ時、ミリアさんが小さなオレンジ色の魔法の灯りを点した。
その灯りに再び浮かび上がった、ティミシアさんの顔の眉間に、深い皺が刻まれている。
「だが、今回こそ、我らの悲願を果たす時だ! ……待っていろよ、邪竜めっ!」
ティミシアさんがそう言って、何かを決意するように、拳を固く握りしめた。
……さっきまでの僕なら、きっとティミシアさんの為に何かしようと闘志を燃やしていたに違いない。
ーーー……でも今は……。
僕は俯き、その決意から逃げる様に身を小さくして、地面の振動に耳を傾けた。
大きな獣の足音が、徐々にこちらに向かって近づいてくる。
とはいえ、その足音に乱れはなく、こっちに気付いてる気配はない。
このまま多分、あの巨獣は僕達に気づかず通り過ぎていく筈……。
ーーーーー……ッドオオォオォォォーーーーーッッッン!!!
「!!!??」
突然、轟音と共に、眩しい光が上から降ってきた。
……なんの前触れもなく、天井が砕けたのだ。
ーーー……何が起こった?
何かが近づいてくる音なんてしなかった。一体何が……。
僕はわけも分からず、再び差し込んできた眩しい光を、見上げる。
そこには、灰色の肌をした、“美しい”としか表現のできない少女が居た。
そして、少女は手にした白銀のサーベルを、舞うように振り抜いたんだ。




