神は、世界樹の種を作らせ賜うた②
「アインスに……、花が咲いた!!」
「アインス可愛い!」
ありがとう。そして二柱の方が、ずっともっと可愛いよ……。
ーーー……って言うか、しんどっっ!!
この花を咲かせる作業、かなりしんどい!!
もし俺に寿命と言うものがあるなら、おそらく寿命の3分の1は使い切った!!
“命を削り、一花咲かせる”とか、まさにその通りだよね。
これを毎旬満開にする桜さんとか、尊敬を通り越し、畏怖の念すら湧いてくる。もう“大先輩”と呼ばせて頂くしかない。
……さて、花は何とかなったが、自家受粉で種は出来るのかな? 他家受粉仕様だったらもう、……俺は……。
俺は祈りを込め、風に花を揺らせた。
それからしばらくして、ふと俺は、ただの種無しリンゴを実らせる時とは比べ物にならない程の、エネルギーの喪失感を感じた。
徐々に花は萎み、代わりに花の付け根が膨らんでいく。
ゼロスとレイスが、言葉も無くその光景を見つめている。
ーーーそして、とうとう花は“実”となったのだった。
一見すれば、種無しりんごと何一つ変わり映えしない、黄金のリンゴ。
ゼロスがおそるおそる、俺に尋ねる。
「……摘んでもいい?」
俺はかつて無い怠惰感に苛まれつつ、短く答えた。
「どうぞ」
ーーーかくして俺は、ここに“ただの樹”である事を、二柱に証明してみせたのだった。
なんの変哲も無い黄金の林檎を割ってみれば、その中には桃の種の様な大きくて、硬い殻に包まれた一つの種子が入っていた。
「ホントに……、種が出来てる……。っ凄いよアインス!」
どんなもんだい! だって俺は“樹”なんだから!
「ゼロス! 種をどうする!? 埋める!? 埋める!?」
……生まれてすぐ埋められるのか。なんだか埋葬でもされる気分だ。ま、種だし仕方ない。
「その前に、色々調べようよ!! だって“世界樹の種”だよ!? 虚無空間を余裕で生き抜ける種だ!! 耐圧耐熱耐寒耐震耐! いろいろ実験してからにしよう!」
「耐火実験レイスがやる!!」
「いいよ!」
いいんだ。
……そして耐震実験って建築物でも無いのにどうやってやるんだろう?
俺はそう疑問を覚えたが、興奮気味の2柱に尋ねることはしなかった。
代わりに小さく呟く。
「ーーー……そう言えば、聖域の半径って、500キロ程度しかないんだよね」
ゼロスとレイスは、そんな俺の呟きを耳聡く拾い上げた。
それから顔を見合わせ頷きあい、声を揃えて俺に言った。
「「ちょっと、帳の外へ行ってくる!」」
「……エ、モウ行ってシマウノカイ? ザンネンだなー、ダケド行ってラッシャイ!」
俺の返事はちょっと棒読みになってしまったが、二柱は気付かず、種を握り締めて、大急ぎで帳の向こうに消えて行った。
ーーー……ふう。
俺がホッと葉を揺らしていると、ふと地上からじっとりとした視線を感じた。
「……」
……マスターだった。
何かな?
「やあ、マスター。どうかしたのかい?」
「……いえ、アインス様が神々を追い払う事なんて……、あるんですね」
「……何を言ってるのかな? 追い払ってなんかいない。ゼロスとレイスは自分達の意思で彼方へと飛んで行ったんだよ。マスターだって見ていただろう? ……あー、残念だけど、最低でも数百年は戻って来ないだろうね。全く寂しい限りだ」
「……」
マスターは何も言わなかった。
だけど、その視線は「嘘ですよね?」と、ありありと語って来ていた。
俺はヒューヒューと葉の隙間で草笛を笛を吹きながら、話を逸らせることにした。
「そう言えばマスター。実はもう一個、種入の実があるんだ」
「え……? っ何ですって!?」
よし、喰い付いた。
「いやー、気合を入れ過ぎたみたいで。ほら、花が咲いた音“ポン”じゃなくて“ポポン”だったでしょ?」
「知りませんよ」
「……とにかく、2個実ったんだ」
マスターは溜息を吐きながら、それでも手を差し伸べながら言ってくれた。
「お預かりします」
「ありがとう」
俺はソヨソヨと葉を揺らせながら、リンゴをマスターの前に、ゆっくりと落とした。
「ーーー……まったく……」
そう言って顔をしかめたまま、ダンジョンにリンゴをしまおうとするマスターに、俺はふとある事を思いつき、言った。
「それ、マスターにあげるよ」
「は? いりませんけど」
手厳しい。
「ほら、マスターは最近“お酒”を作ってるでしょ? 漬け込んでみたらどうだろう」
「……だったら、種無しの方がありがたいですね」
「いや、種無しりんごは全部ゼロスが食べちゃったし、新しいのを作るには、俺は今は少し疲れてしまってる。だからそれしかないんだ」
マスターは真面目だ。
マスターはダンジョンの中に、俺の実やら樹液やら葉っぱやら、色々と持っている。だけどそれを漬け込もうとしたことはない。こうやって「あげる」と言わないと、興味があっても絶対にやろうとはしない。
「……なら、種は後ほどお返しします」
真面目だなあ。別に良いのに。
だけどきっとその種は、他の誰が見つけたって、なんの役にも立たないだろう。
難しいダンジョンに挑んで、見つけたのがなんの役にも立たない種一粒とか……可哀相すぎる!
俺はマスターに言った。
「いや、俺はマスターにあげたいんだ。ダンジョンに隠すのではなく、肌身離さずもっておくと良い。……御守にでもしておいてくれれば俺は嬉しいけど、……もしそれが嫌なら、捨てておいてくれないかな」
「なっ、す、捨てられるわけ無いでしょう!?」
「大したものではないよ。あっても無くてもどちらでもいい。この世界に何ら必要の無いものだから」
「ーーー……っ」
マスターは言葉を詰まらせながら、それは険しい視線で、俺を睨んできた。
だけど、いつもゼロスに怒られてる俺には、もう慣れっこさ。
なぜマスターがこんなに俺を睨んでくるか?
ふふふ。そう、俺はちょっとずるい事をしたからなんだ。
だってマスターは、良くも悪くも100倍返しが信条。
何の役に立たないとはいえ、俺が全身全霊をかけて産み出した“種”を貰って、マスターは俺に何を返してくれるんだろう?
そもそも俺は、この世界に何かをして欲しいなんて、欠片も望んでいない。
つまり、マスターは俺に返せるものが無いんだ。
「要りません!」
「じゃあ捨てればいいじゃない」
「……、……っだから! あーもう! ホントにアインス様はぁーーーっっ!!」
俺は笑った。
リンゴを握りつぶさん勢いで、拳を振り上げ怒るマスター。
だけど俺は思う。マスターはもう少し、優しくされることに慣れたほうがいい。
無条件に愛し、愛される事を覚えた方がいい。
彼の人生は彼の物だから、俺がとやかく言うつもりは無い。
ただ、もう少し……、幸せになっても良いんじゃないかな、とも思うわけだ。
すごく嫌そうに、手に持った黄金のリンゴを見つめるマスターに、俺は葉を揺らしながら囁くように言った。
「ねえ、マスター。俺は、君がどんな選択をしたって、きっと祝福する。だけどこれだけは覚えていて。苦難と同じだけ、世界は幸福に満ちている」
「は、突然何を言ってるんです? 僕は別に不幸ではありませんよ?」
「そうかな?」
「そうです」
「でも俺を見て。幸せそうだろう?」
「そうですね、呆れる程に幸せそうです」
「これが幸せって事なんだ。マスターも幸せになれば良いよ」
「そこまでは無理ですね」
……取り付く島もない。
「まあ、俺はいつだって君が幸せになって欲しいと思ってるって事だ。そしていつか、きっと幸せになれると確信しているよ」
「……それとこの種と、どのような関係が?」
「いつかわかるよ。分からないほうが幸せと言う場合もあるけどね。……そうだ! 種に俺の祝福のおまじないをかけておこう。きっと幸運に恵まれるはずだから」
「……おまじない……?」
まったく。今日のマスターは、ツンデレのデレが発動していないようだ。
ともあれ、マスターは神々の残した光のメモをダンジョンにしまい、種ありリンゴを捨てることなく、また俺の根元のダンジョンへと踵を返した。
ゼロスやレイスの後片付けを、いつもありがとう。
俺は、ダンジョンに足を踏み入れようとしているマスターの、後ろ姿に声を掛けた。
折角だから、もしもの時のために、今の内に応援しておこうと思ったんだ。
「あっ、マスター! 辛くなったら、その種を見て俺を思い出してね!!」
「っ今の僕に、別に辛いことなんてありませんよ! それになんでアインス様を思い出すんですか!? 意味がわからないっ!」
ーーーパタン……
マスターはそう怒声を放ちながら、ダンジョンの扉を強く閉め、去って行った。
そして俺はダンジョンを見下ろしながら、小さく呟く。
「ーーー幸運を。君も俺の愛しい子の一人なんだよ。忘れないでね」
◇
ーーー……ああそうだ。それから間もなく、神の酒が完成したらしい。
そしてそのラベルには、こう書かれていた。
“※警告※ ハイエルフ、試飲禁止”
ーーー……なる程ね。
アインスの内緒事については、永遠に内緒にされる予定です。
だけどなぜ内緒なのかについては、何れ書こうと思っています。(*´艸`*)
次話から久々番外編を書こうかと思っています!
ほのぼの(邪竜)か、恋愛か……。
まだどちらにするか決め兼ねてますが(汗)よろしくお願いします!




