神は、聖なる悪魔を創り賜うた
ゼロスとターニャが楽しげに盛り上がっている所、俺はポツンと蚊帳の外でその様子を眺めていた。
「ハラショー!」
「量産型も考えてるんだけどね、コレはどうだろ……」
「フゥー! この特別仕様型はヤハリ赤? ヤハリ赤!?」
「いやそこまでは考えていなかった。さっきの【神武装】とはタイプが違い、少し地味に見えるからね」
「イエイエ、何を仰しゃいマスか! 量産型とは、不要な物を全て取り除いた機能美の権化! 低コストの中で削り出される、シンプルを追求した洗練された型は、最早芸術! 地味では無く、それこそが真価ナノです! ただ……赤はロマンなのデース……。……コイツはいつ創られるのですか!? DREAMS COME TRUE!!」
ターニャは目を潤ませ、量産タイプの設計図を食い入る様に見つめながら、ゼロスに尋ねる。
ゼロスはそんなターニャに、困ったように笑いながら言った。
「僕は創らないよ」
「ーーー!!?」
ターニャの目が、絶望に見開かれる。
「そ、……そんな!?」
「あの戦争で、レイスが(勝手に)そう決めてしまったんだ。僕にはどうする事も出来ない」
ターニャが膝をつく。
「なんて事でショウ……、あの戦争が……もう600年遅く起きていれば……」
戦争が起こること自体はいいんだ。……でも確かに、あの時のターニャは輝いていた。まあ、今も輝いているけど。
「何れにしろ、僕はもうレイスとは戦わない。まあこれは夢を描いてみただけだ。僕が叶えるつもりのない夢をね……」
「……」
ゼロスはそう言うと、羊皮紙を紙飛行機のような形に折り畳んだ。……羊皮紙だから、結構いいサイズの分厚い感じの飛行機に仕上がっている。
とても残念気にターニャは眉を下げながら、その紙飛行機を見つめた。
ゼロスはもう、何の未練も無くそれを空に向かって投げ放った。
ーーー途端、ザァッと少し強い風が吹き抜け、紙飛行機は空高く舞い上がった。
……え? 羊皮紙でおられたゴツいあの紙飛行機が……空高く?
俺は思わず声を上げた。
「重い羊皮紙で折られた紙飛行機が飛んだ! 何故だ!?」
「ーーー……精霊王の仕業だからさ」
!!?
突然掛けられた声に、一同は一斉に顔を上げた。
そこにはフッとニヒルに笑いながら、グラスを揺らすレイスがいた。
もはや何故グラスを持っているのかはツッコまない。
何故なら、ゼロスとターニャが満面の笑みでサムズアップを決めているのだから。
「っそう言うことだよ! アインス!」
嬉しそうにそう言ったゼロスに、俺は微笑みながら葉を揺らした。
「……そうか。ありがとう」
「アインス様ハラショーサイコー!! マサカこのタイミングで、伝説の言葉を引き出すトリガーを引くとはァァ!! 流石ダディー!」
拳を握りしめ、豊穣の舞を踊るターニャ。
その叫びに被るように少年のような、高い声が上がった。
「ターニャ! 風の精霊達に言って、エデンにあるターニャの研究所に、あれを運んで置いたよ!」
「ナント!?」
なんと!?
「ゼルロゥス様!? ありがとうございマース!! そうと決まラバ、こうはしておられヌ! 直ぐに研究所に戻らネバ!! ではコレを以て、失礼仕まつりますデス!」
そういってターニャは、嵐の如く去って行った。
俺はゼロスをじっと見詰め、その名を呼ぶ。
「……ゼロス」
「な、なんの事かな? 全く、イタズラな風さんだったね……」
ーーー……確信犯!!
ルーン文字で描いていた時点でもう、確信犯!!
ーーー……こうして、楽園は要塞設備に加え、神武装(量産型を含む)も配備されていく事になる。
そして神の去った世界の中で、楽園は最強のアーティーファクトとして完成される事となった。
ゼロスはそれから、話を逸らせるようにレイスに声を掛ける。
精霊王はいつの間にか、森の奥へと去っていた。
精霊王は、ゼロスにオリーブの冠を貰ってから、ゼロスへの忠誠度が跳ね上がっていた。
「レイス! クリスマスシティーに籠もってたんじゃ……? サンタとして回さてなくていいの?」
「……そんなもの、はじめの一年でオートシステム化した。あと一手さえ打てば、もう10世紀単位でレイスが留守にしたとして、何も問題はない」
「!?」
「!?」
……あれ程騒いで、一年で飽きたというのか?
「……」
俺とゼロスの視線に晒され、レイスは少し居心地が悪くなったのか、ポツポツと話してくれた。
「……かつて、初代モグラが、手土産に人間を持ってきた。レイスは要らないと言ったけど、人間は「働かせてください!」と、しつこく言ってきた」
……何処かの千尋みたいな流れか。
「しょうがないから、サンタ代理の見習をさせてみた」
っいきなり凄いところの見習いをさせたね!?
「とんだグズのノロマだったけど、まあ人間だししょうがないと、レイスは死なせないようにだけ気を付けて教えた。……モグラが「もう止めたげてっ! 十分その子、罪を償ったからっ!!」とか泣いてたけど、レイスは別に贖いの為にしてたわけじゃない。意味がわからない」
「うわぁ……」
ゼロスがため息を漏らした。
気をつけるポイントが、そこなんだ。
俺がウンウン頷いてると、レイスがゼロスに聴こえないように、ポソリと呟く。
「……何故かレイスが鍛えてやると、皆死にたがる。……何故?」
……レイスが言っている手土産の人間とは、おそらくカーリーの事だろう。
カーリーはかつて、親の居ない寂しがり屋の少女だった。
大きな戦争を無傷で乗り越えたあの子は、その後人知れず壮絶な人生を生きたんだろう。
俺は俺に知り得なかった彼女の生き様に思いを馳せ、空を見上げた。
……と言うかあの子、シヴァの一族に最年少で迎え入れられた天才だからね?
「その初代代理は、泣きながらもギリギリこなしていたが、それからあとの代理ははっきり言ってゴミだ」
正確には“泣き叫びながら”だろう。
「数百年様々なものを仕込んでみたが、全く以て使えないゴミばかりだ。だからしょうがなく、“人海戦術”に切り替える事にした」
……俺は俺に知り得なかったゴミと呼ばれる、その他代理達の生き様に思いを馳せ、空を見上げた。
カーリーのポテンシャルがずば抜けていたせいで、同じことが要求された後の者達は、ゴミと呼ばれたんだろう……。
だけど君達は、ゴミじゃないよ! 辛かったろうに、よく頑張ったね……。
ゼロスが首を傾げる。
「人海戦術?」
「そう! 一人でサンタをこなせないなら、大勢のサンタで配達すればいい」
「で、その大勢のサンタはどこから? てか、レイスがやりたかったんだから、レイスがすればいいじゃない」
「一年に一回とか、スパンが短すぎる。レイスはたまに出来ればいい」
レイスはいつだって、潔い。
「ーーー……そして大勢のサンタは、“誘拐”してくる」
「!?」
「!?」
レイスの潔良すぎるその解決策に、俺とゼロスは思わず言葉を詰まらせた。
「ちょっと、何を言ってるの!? 僕らはもう聖域の外には……」
「“クリスマスシステム”自体は、約束の前からあった。寧ろそのシステムのおかげで、レイス達が手出しをしなくなったと言ってもいい。そして、レイスが創るのは“この世界”では無く、“クリスマスシティー”の生き物【クランプス】だ」
……クランプス。それはクリスマスの悪魔。
良い子にはお菓子を、悪い子には攫って罰を与えると言う、恐ろしい形相の“鉤爪”の名を冠する悪魔だった。
「この世界に創造するわけでは無いし、攫うだけで世界を壊すような力は無い。つまり約束に抵触はしていない」
……。
「と言う訳で創りたいのだけど、まだレイスの肉が回復して来ていない。だからゼロス、今こそこれ迄の借りを返してもらおう。リンゴを食べ、肥え太ったその肉をレイスに寄こすといい」
……太ってたんだ。まあ、あれだけ食べれば……。うん。
「いや、あげないよ。そんなトラウマ生物の為にあげるわけ無いだろ」
「……」
キッパリと断ったゼロスを、レイスは無言で見つめ、肩をすくめた。
「そう、わかった。……なら、久しぶりに楽園にでも遊びに行ってくる。ターニャが面白そうな事をしてる気がする」
「!!?」
ゼロスが目を見開いた。
レイスは恐らく、色々分かってそう言ったんだろう。
そして少し思案したゼロスは自分の肉をちぎり、レイスに渡した。
「借りを返せるチャンスだからね……」
「流石ゼロス。大事に使う」
レイスはニヤリと笑い、肉を受け取ると、またクリスマスシティーへと向かい飛んでいった。
ーーーこうして、ゼロスの肉からクランプスは生まれた。
以来、クリスマスの夜にはサンタと共に、恐ろしい悪魔が現れるようになる。
悪魔に攫われた“悪い子供”は、人としての権利を奪われ獣のように扱われ(見習いはトナカイ役からスタート)、やがて死ぬ迄働かせられる(サンタ代理として終身雇用)のだそうだ。
ーーー俺はそんな2柱を見送り、ポツリと呟く。
「……こうして皆、卑怯な大人になっていくのか……」
だけど決して悪いことでは無い。
小さな欲求をかなえながら、少しの見栄を張りたいだけなんだから。
精霊王がレイスに「坊や」と呼ばれてるのを覚えてる方は、果たして居るのでしょうか……?(笑)




