英雄達の茶会③ 〜その後の話〜
俺の声に、ルシファーは、驚いた様に喫茶室の外の俺の幹を見る。
……と言うか、あの戦争で、俺がこの世界の何処の誰にでも声を掛けられると知ってるはずなんだけど……、まだ慣れてないのかもしれない。
「ア、アインス様!? ダンジョン内にもお声が届くんですか!?」
「うん。出入り口のあるダンジョンなら、見る事も声を届ける事も出来るよ」
そう、俺の射程範囲は“この世界”。フフ、逃しはしないよ。
と言っても、ガラフの入ったような“出口のない隔離ダンジョン”は無理だし、空の星々も無理だ。
どうもレイスとゼロスが、それぞれの銀河毎に“断絶シールド”のようなものを張ってるようで、そちらの中は俺に窺い知ることが出来ない。
きっと俺に内緒の“秘密基地”のようなものなんだろうね。
いいんだよ。年頃になれば、誰も秘密基地や、内緒の宝箱や、デスノートなんかを作るものなんだから。
俺だって気にはなるけど、気付かないふりをするのが、きっと正解なんだ。
俺はかなり脱線してしまっていた思考を戻し、マスターへの答えに追伸した。
「それからマスターの言った通り、レイスは宇宙の彼方にある“クリスマスシティ”の改築に掛かりきりで、ここ最近見ていない」
俺がそう言うと、何故かマスターの目がげんなりと細くなり、溜息を吐かれた。
……何だろう?
「……騙されてはいけないよ、ルシファー。ここ最近とか言ってるけど、“200年見てない”って意味だから」
「……っあぶねぇ、騙されるところだった」
……何も騙してないのに。
ーーーこうして俺は、ルシファーに神々が静かなのは、おそらく肉の回復するまでの間だけだと、伝える機会を失った。
マスターはため息を吐きながら、紅茶を啜った。
「今ではまた、魔物が暴れ始めた事から“邪神が再び復活した”とか噂もされてるしね」
「な……」
恐怖に顔を引き攣らせたルシファーに、俺は安心させる為に声を掛けた。
「大丈夫。レイスはその事をちゃんと知ってるよ」
「っ!?」
ルシファーが怪訝な顔で俺に尋ねる。
「……。……では何故“邪神”とか言われて、レイス様は訂正しないんですか? 自分が“サンタ”だと言えば一発でしょう……」
「うん。レイス曰く、“サンタとは、誰もその正体を知らない秘密の存在”。自分がサンタと名乗るのは、タブーなんだって。それを知られるくらいなら“邪神”を甘んじて受け入れる。それがレイスの考える美徳の一つなんだそうだよ」
「……そんな……」
大きく目を見開き、信じられないとでも言うように言葉を詰まらせたルシファー。
マスターが珍しく同情の視線を込め、ルシファーに声を掛けた。
「……分かるよ。だけどもう諦めた方がいい。神々の聖心なんて、僕等に理解出来る筈がないんだ」
「……」
黙り込むルシファー。
俺はふと、レイスの話ばかりしていることに気付き、ゼロスの話題も振る。
「因みにゼロスは、レイスに対して“もう知らない!”と言ったっきり、人間達へフォローしようとすることをやめてしまった。もう、ゼロスが彼らに神託を下すことは無いだろうね。聖女の役職は、この世界のオートシステムとなってるから、消える事はないけど」
「……」
「……」
……まあ温厚なゼロスだって、存在を賭けて戦って、最終的に“そんな事より”的な結果に終わったら不貞腐れたくなるよね。
とは言えゼロス自身、過去にデュポソ相手に同じことしてるから、正面切って文句は言わないようだ。
まさかあの、デュポソの尊い犠牲が、第二次天界大戦争を食い止める事になるなど、かつて誰が想像できただろうか?
ふと気付けば喫茶室のラムガルの映像は消され、部屋は沈黙に満たされていた。
どうやら彼らの思い通りに行かなくて、しょげている様だ。
上手く歯車が噛み合うこともあれば、噛み合わないことだってある。
だけど未来がある限り、それはハッピーエンドだと思うんだけどどうだろう?
ーーー俺はポツリと呟いた。
「ーーー……死ぬ前に、人は想いを遺す。託された者は、大抵自分に都合のいいように解釈をするんだ……」
返答なんて期待していなかった俺なんだけど、耳聡く真面目な二人にジトリと睨まれた。
二人には、あの戦争での俺が見聞きした全体の顛末を話してあった。
二人は“今後の過ちを防ぐ為に”と随分真面目な理由で、戦争の後に俺に聞きに来てくれた。
俺は当然、喜んで話をした。
マスターがジト目で俺に言う。
「ーーー……戦の中でゼロス様が得た“教訓”。ひとつだけ抜けてると思っていたら、ここでそう来ましたか。……最悪な所で持ってきましたね」
……いや、悪いのは俺では無いはずだ。
俺は焦って、賢人達の言葉を借りて弁明する。
「“先人の遺志は、ただそれを見た自分達が、光の方向を向けるように読み解けばいい”。……きっとその解釈が、彼等にとっての光だったんだよ」
大抵の人達はなんとなく「なる程……」と、納得してくれるのだが、彼等には通用しなかった。
ルシファーが、すかさずツッコミを入れてくる。
「いや、光どころか寧ろ、同じ闇に踏み込もうとしてますよ?」
……。
……うまい事言うね!
俺が感心して黙っていると、ルシファーはまた肩を落とし、溜息混じりにボヤいた。
「……ったく。どうやったら、こんななるんだよ? 人間共……、賢くなさ過ぎるだろ……。ってか、レイル。なんで気付いた時に、人間共を止めなかったんだ?」
「いやなんでって、僕の立場は“ダンジョンの管理者”だからだ。この世界を自滅させない為の唯のパーツ。過去の遺物としては、ルール通り“現在”に影響を与えない様にしてる。ルシファーなら分かるでしょ?」
「あーーー……」
ルシファーはこめかみを押さえながらも、納得して頷いた。
そう。マスターはその辺、意外と線引きがキッチリとされている。
ラムガルの様な永遠、若しくはルシファーの様な半永久的寿命を持つ者以外には、マスターは請われたってまともな話をしない。
そんな刹那の寿命の大勢の者達に、マスターは嫌がらせと言う名のちょっかいを掛けて、その者達にとって何一つの益ももたらさず、消える。
……そして言われ出したのが“地震、雷、火事、マスター”。
最早マスターと言えば、不運な災害の代名詞の一つでもあった。
俺は溜息を吐き合ってる二人を見て、励ます様に声を掛けた。
だって、溜息って吐くと“幸せが逃げる”なんて言うしね。
「落ち込まないで。上手く噛み合うときもあれば、噛み合わない時もある。またいつか、魔物も人間も皆仲良くできる日がきっと来るよ」
だけどルシファーは、俯いたまま首を振る。
「いやここまで行ったら、魔物でなくても見放しますよ。契約切りますよ。あんな奇跡、二度と起こるわけが無い……」
「そんなこと無い。だって、契約紋の件だって、ただの再現のひとつだもの」
「……え? ……再現? そんな事ありましたっけ?」
ふと驚いたように、ルシファーは顔を上げた。
「契約紋って結局その言葉を間違いなく伝える為の物だよね。仲良くする為に必要な本当の意味での条件とは、その心のあり方だ。それは“相手を尊ぶ事”、“己を高め磨く事”、“言葉やその心をわかり合う事”」
ルシファーはなにかに気付いたように、「あ」と小さく声を漏らした。
俺はそんな彼に笑いかける様に、葉を揺らしながら言った。
「そしてそれを行った英傑達は、ずっともっと昔に、とっくに存在していたんだよ」
「ーーー……え?」
困惑するルシファー。
でもね、その一人は、ルシファーのよく知る人物なんだ。
さて、誰でしょう?
“茶会”が存外に長くなっててドキドキしてます。
……間もなく終わります。




