英雄達の茶会② 〜その後の話〜
ーーー黄昏の天界戦争ーーー
ーーーかつてこの世界から、神はお隠れになった。
いや、人々の知り得ぬうちに、聖なる神は邪神に囚われてしまっていたのだ。
神託は2000年にも渡って閉ざされ、人々は灯火を失い、世界はまさに暗黒の時代。
そこでやっと人々は聖なる神の危急に、ようやく気付いたのだ。
皆が無力に祈るだけの中で、世に現れたのが、新たな灯火“人神シヴァ”だった。
人神シヴァは八百万の神々を従え、邪神に呑み込まれし聖なる神を救う為、一族と共に立ち上がった。
人神シヴァとその一族は、唯の人でありながら、人智を超えた力をその身に宿していた。
しかしその凄まじい力にシヴァら奢ることなく、善人も悪人も全てを己の懐に抱え込み、光へと導いた。
その気高き魂に導かれたのは、勇者率いる人間の軍を始め、聖者達の魂や、精霊率いる精霊王、更には森の奥の聖獣や、聖なる天使達にまで至る。
彼らはそれは果敢に戦った。
勇者は魔王を完封し、人々はSS級の魔物にすら、それぞれが勇者の如く強靭さを以て、抑え込んだ。
天空では天使と悪魔が対峙し、森では精霊達が邪悪なる者を跪かせ、エルフ達は邪神の手に堕ちたハイエルフ達を助け出す為、単独で聖域へと乗り込んだ。
ーーー力で敵わぬと分かっていながらも、捨て置く事ができなかったのだ。
また、これは定かな話では無いが、その時遥かなる天空にあると言われる楽園では、聖者達が亡者共を浄め滅ぼしていたと言う。
ただ其の戦争の中で、聖獣達だけが、魔獣の群れに敢え無く没してしまった。その原因とは、“呪われし黒き聖獣”の、恥知らずな裏切りによるものであったそうだ。
人々は戦った。
魔物を、そして邪神を滅ぼし、我らの尊厳を取り戻す為に、人々は戦い抜いた。
その壮絶さは、かつてのアーサー王伝説にある“魔王城の決戦”を遥かに凌ぐ程であったと言う。
しかし魔王の軍勢は、凶悪にして無慈悲。
とうとう勇者すらその身を封印され、人神シヴァは窮地に立たされた。
最早ここまで、人々が諦めようとしたその時、突然混沌とした戦場に現れたのがもう一人の人神ガラフマー。
ーーーその力、絶大。まさに瞬きの間であったという。
人神ガラフマーのひと声で、魔物達は地にひれ伏し、その力の全てを失った。
この人神ガラフマーの助力により、とうとう人神シヴァは、入らずの森に囚われた、聖なる神を救い出す事に成功したのだった。
聖なる神は涙を流し喜び、人神シヴァの功績を讃え、その尊い聖魂に祝福を与えた。
人神シヴァは、聖なる神と友好の握手を交わし、穏やかに微笑んだと言う。
こうして聖なる神は解放され、己の使命を果たした人神シヴァは、人神ガラフマー、そして最後の人神ヴィジヌ(クリシュナと呼ばれる事もある)と共に、天へと還って行った。
ーーーしかし話はここでは終わらない。
人神シヴァが天へと還ったその直後、逃げた聖なる神を追って、邪神が現れたのだ。
聖なる神の逃亡に邪神は怒り、残酷に言い放った。
“全て滅びよ”
しかし己を取り戻した聖なる神は、邪神の前に立ちはだかる。
人神シヴァが正そうとしたこの世界を、守ろうとしたのだ。
だが邪神の力は、魔王すらひと捻りに出来てしまう程の絶大さ。邪神はその名にふさわしく、己の手下であるはずの魔王や魔物たち諸共に、滅ぼそうと暴れた。
ーーー大地は砕け悲鳴を上げ、風は唸りすべてを吹き飛ばし、炎すら逃げ出す闇がうねる。
聖なる神は押され、地上には滅びの化身が放たれた。
それは地を駆る、黒い地竜。
黒い地竜は人も魔物も、全てを喰らい尽くそうと大地を駆け回った。
混乱の中で、ただ逃げ惑うしかなかった魔物達に、一人の人間の若者が、手を差し伸べた。
その手をとったのは魔族の娘。その娘こそ、かの有名な“暁のライラ”だった。
人々はかつての恨みを捨て、憐れに逃げ惑う魔物達を救うため、立ち上がり、手を取り合う事に決めたのだ。
そして封じられていた勇者は、最後の力を振り絞り、己の命と引き換えに“黄昏の勇者”を目覚めさせた。
黄昏の勇者という者が、どのような人物であったかの資料は、あまり残されてはいないが、ただひたすらに強く、人々と共に戦場を駆けたと記されている。
全ての者が力を合わせ、もう一息で邪神を倒せると皆が確信したその時、……邪神の最後の猛攻を受け止めていた聖なる神の力が尽きてしまったのだ。
ーーー……まさか、このタイミングで……。
絶望が迫る中、それでも人々は諦めなかった。
皆は、聖なる神へと祈りの歌を捧げたのだ。
その時、奇跡が起こった。
輝く1つの光が天へと昇り、邪神の力を弾き返した。
光の正体。それは不思議な男だった。
あの邪神と、対等に渡り合える力を持つ、エルフの姿をした男。
男は恐れる事なく、邪神にその心を鎮めるよう諭した。
するとなんと、邪神は男の言葉により、その心に愛を宿したのだ。
尊き心を胸に宿した事により、恐ろしき邪神は滅び去った。
そしてそこに残されたかつての邪神は、まるで産まれたての幼い少女の様に、無垢に微笑んだと言う。
神は喜び、こう仰った。
“この世界を、お前達に託す。そして我らは聖域にて、静かな眠りにつこう”
そして聖なる神は幼き少女を連れて、入らずの森の奥深くへと帰って行った。
ひとつ謎が残る事といえば、あのエルフの男だが、彼がどこから来て、それが誰だったのかは誰も知る者がいなかった。
しかしその男が現れた時、突如として黄金に輝く聖樹の幻を、大勢の者達が目撃したと言う証言が伝えらている。
そしてその黄金の聖樹と男は、何故か朝日が差すと同時に、その姿を消したそうだ。
この2つの謎を合わせ、彼は実は“世界樹の精霊”だったのではないかという説が、今では最も有力とされている。
そして、この史上類を見ない大戦は“黄昏の天界戦争”と呼ばれた。
この戦争に勝利を収めた人々は、神に託されたこの世界を尊び、大切に守る事を誓った。
この終戦の日を記念して、その日はX-dayと呼ぶようになった。
そして不思議な事に、このクリスマスの夜には“サンタクロース”と呼ばれる不思議な妖精が現れるようになった。
サンタクロースは毎年必ず、子供達の未来に祝福を与えに訪れる。
その姿を見たものはいないが、何故か白いヒゲがあり、三角の帽子をかぶっているという噂がある。
ーーーその存在もまた、あのエルフの男同様謎に満ちているのだが、おそらく其のものこそ、神から遣わされた存在では無いかと、ここに記しておく。
我らはその日を忘れないように、クリスマスの前夜には聖歌を歌い、その日を家族で祝うのだ。
そう。かつての混沌を切り開いた、英霊達の魂の安寧と、我らのこれからの栄光を願って。
◆◆
ーーーバシッ、ダンッッ!!
「っんじゃ、コリャあァァーーーーーっっっ!!!」
ルシファーが時価800万は下らないと言う古書を、壁に思いっ切り投げつけ、カウンターテーブルを怒りに任せて叩いた。
その衝撃で転がった空の湯呑を、マスターがすっと拾い上げ引く。
「大切に扱ってって言ったのに。……でもまあ、そうなるよね。実は僕ももう、両手の指じゃ収まらない回数は投げつけたから」
マスターにしては、なかなかバイオレンスだ。
マスターはまた、適温のほうじ茶が入った新たな湯呑を、そっとルシファーの前に差し出した。
「おお、サンキュウ。……っじゃなくて、なんの冗談だ!? おい、レイル! あれからまだ500年しか経ってねぇぞ!?」
マスターが溜め息を吐きながら落ちた本を拾い上げ、パラリとページを捲った。
「………、ーーー……っ」
そして、そのまま本の中身を速読したマスターが、苛立たしげに本を投げ棄て、火を放った。
流石に驚愕するルシファー。
「え!? ちょ、本を燃やすなよ! すげえ気持はわかるけどっっ!」
メラメラと燃え盛る本に、マスターはもう一瞥もくれず、紅茶を啜った。
「知ってる?“ーーー本を燃やすより酷い行為がある。ソレは本を読まない事だ。”」
「?」
「つまり、読んだら燃やして良いってことだ」
……違うと思う。
「これでもルシファーに読ませるまではと、必死に燃やさず取り置いていたんだから、褒めてほしいくらいだ」
そう言い切るマスターに、ルシファーは力無く椅子に座り直した。
そして消し炭になった本を横目に、頬杖を突きながら言った。
「……しかし、ここ迄惜しくない800万は初めてだな。本を燃やして清々する日が来るなんて、思ってもみなかった……。いや。本に罪はねえし、燃やしてどうにかなるって訳でもねえ事は、分かってるんだが……それにしても……っ」
そして唇を尖らせながら、ブツブツと愚痴る。
「……しっかし、神様方は何にも言わないのか? あれは酷すぎる」
「神々はもはや、世界に関与する気は無い。聖域内でも、以前が嘘みたいに静かなもんだよ。そうですよね、アインス様」
あ、俺?
「うん、そうだね」
突然話を振られた俺は、それでも普通に頷き答えた。




