神は、世界樹に戦の記憶を刻み賜うた
ーーーシャク シャク シャク シャク シャク……
聖域に響く、小さな音。
ーーーシャク シャク シャク シャク……
シャクシャクと音はすれど、沈黙と言う静寂が聖域を支配する。
そして、あまりの無言に、とうとうレイスがポツリと言った。
「……ゼロス、リンゴ食べ過ぎ」
「ん?」
そう。
ゼロスは聖域に帰り着き、“疲れたぁー……”と言ったきり、ひたすらに俺の枝に実ったリンゴを食べ続けていた。
レイスもひとつだけ食べたが、ゼロスに関しては、今食べているリンゴで4206個目になる。
ーーー……まさかあのゼロスが“食いしん坊キャラ”になるなんて……。
そしてあのリンゴの体積は、この細身のゼロスの何処に消えたのか? ……まさか、これが少年誌の主人公によく見られる“無限の胃袋”!?
ーーー神とは、俺の予想など遥かに凌駕する存在なのだと、俺は改めて、思い知った。
ゼロスは齧りかけのリンゴを口に入れ飲み込むと、手近にあったリンゴにまた手を伸ばしながら、レイスに言った。
「誰かさんのおかげで、力が空っぽなんだよ。レイスだって消耗してて、僕に分ける力なんてまだ無いでしょ」
「そんなの3000年もあればすぐ回復する」
3000年で新たなゼロスを生み出せるらしい。最近、レイスの肉の再生速度が上がってきている気がする。
「3000年も待ってられないよ。それに食べていいんでしょ? アインス」
「ああ、勿論。ツリーなんて、イベントが終わればすぐに片付けるものだ。片付けを手伝ってくれてありがとう、ゼロス」
そう。俺は勢いとノリで、枝いっぱいにリンゴを実らせてしまったのだ。
夜が明けてふと我に返り、どうした物かと内心ヒヤヒヤしていたんだ。
流石にこの量のリンゴ全てを、事後処理に追われるマスターに預けるのは、気が引けたしね。
ラムガル達と話をしている時も、ポーカーフェイスを維持しながら、内心必死でキューブを回していたのを、俺は知っている。
「いっぱい食べなさい」
俺はどんどん勧めることにした。
ゼロスはドヤ顔をレイスに向けた後、また俺のリンゴに齧り付く。
レイスは唇を尖らせながら、モグラさんに貰ったソリの魔改造を始めた。
齧ったリンゴを飲み込んだゼロスが、ふと呟く。
「ーーー……だけど、“この世界をあげる”かぁ……。大丈夫かな?」
一時はレイス諸共この世界のために散ろうとしたゼロスだったが、ひと波過ぎれば、やはりまた気になるようだ。
これまで、ゼロスがずっと大切に守り続けてきた世界なのだから、当然といえば当然である。
俺は笑って言った。
「そこは、ゼロスの我慢のしどころだね。ゼロスは彼等を視て、大丈夫な事を識ってるだろう?」
ゼロスはリンゴをじっと見つめながら言った。
「……この世界に、もはや僕等はいらない。そして僕等も、もはや神でいたいと望んではいない」
死を受け入れたゼロスは、神でなくとも良い。世界へと還る事を望んだ。
ゼロスの想いが変わらなければ、もしかしたらいづれゼロスは、本当に神でなくなり、ここから去って行ってしまうかもしれない。
とはいえ、それは“もしかしたら”の未来。まだゼロスは神である。
ゼロスは、眉を寄せながら言った。
「ーーー……でも、やっぱり僕は、この世界が好きだから、何かしてあげたいよ」
俺は頷くように枝を揺らした。
「うん。良いんじゃないかな。彼等が困ってたら、助けてあげれば良い」
「……え? 今アインス、我慢のしどころって……」
ゼロスは俺の言葉に一瞬顔をしかめ、不思議そうに顔を上げた。
ーーーゼロスはこの戦いで、様々なことを学んだ。
子が親から巣立つように。親が子を巣立たせるように、やがて互いの干渉を断つ時が来る。
それは自然の摂理と言えばそうだ。
だけど親が子の手を離した後、親は何を望むのか?
それが、今回のゼロスに問われた問題だ。
新たな子を作るのか?
自分の為に、その力を振るうのか?
それとも、独り立ちした子を見守り、糧となることを望むのか?
どの答えにも間違いはない。そして、正解もない。
ただ、ゼロスはその最後の答えを選んだと言うだけ。
俺は葉を揺らしながら、その答えに頷いた。
「彼等を、愛し続けてあげればいい」
「ーーー……(シャク)」
俺の言葉にゼロスは何も言い返さず、ただ無言で、またリンゴに齧り付いた。
ーーーその時のゼロスは、それはとても美味しそうに、微笑みながらリンゴを食べていた。
……本当に、食いしん坊キャラになっちゃったなぁ……、ゼロス。
俺は幸せそうにリンゴを頬張るゼロスを、幸せな気分で暫く眺めていた。
ーーーそれから、3日ほど眺めていた頃だろうか。
俺はリンゴを食べるゼロスに、ポツリと言った。
「ねえ、ゼロス。この世界は、もう心配しなくても大丈夫だよ」
ゼロスは頬を膨らませたまま顔を上げた。……可愛いなあ。
俺は“大人なゼロス”には、今思ったことをおくびにも出さず、ふふふと笑いながら、俺の見解をゼロスに披露した。
「気づいていた? この戦争、“聖杯戦争”と全く同じだったって」
「え?」
ゼロスがりんごを飲み込み、首を傾げる。
「“神の寵愛”を巡って起こされた戦争。真の騎士が聖杯を求めて旅をし、愛と世界の未来を勝ち取るために、ゼロスとレイスが戦う。少し規模は大きくなっていたけど、歴史もその結末も、同じだと思わないかい?」
「ーーー……あ」
俺の言った事に気づいたゼロスは、大きな口を開けて驚いている。
ふふふ、俺だって、だてにデバガメばっかりしている訳じゃない。
「ね? 神が仕組もうが、仕組ままいが、同じ道は辿り同じ結末を迎える。この世界はもうそこまで成長したんだ。ゼロスが神でも、そうじゃなくても、きっとこの世界は変わらない。気にすることは何一つない」
ゼロスは少し言葉を詰まらせ、それから困った様な笑顔を浮かべた。
「ーーー……、……少し、……寂しいね」
「我慢だね」
俺も笑った。
寂しいけど嬉しい。愛し育ててきたからこそ、その感情は生まれるんだ。
この世界と共に成長したゼロスに、俺も少し寂しい思いに駆られながら話した。
「俺はさ、将来なにになりたいかなんて、自由だと思うんだ。どんな者だって、いずれ大きくなる。その大きくなった自分の姿を想像するのが、所謂“将来の夢”だよね」
かつて、ただの砂粒でしかなかったこの2柱は、間違い無く成長している。
笑い、苦しみ、また笑って、それは健やかに成長している。
「夢に向かって孤独に努力するその姿は、きっと何よりも尊くて、当人を成長させるんだ。……医者になりたい、芸人になりたい。俳優も、公務員も、声優も、漫画家も、ドラゴンや、人間になりたいと言うのだって、全ては等しい目標だ。ーーーどの道も決して楽では無いけど、どの道にも他にはない楽しさがある。俺なんかには図り知れない程の楽しさがね。だから俺は、どんな願いも素晴らしいと思う」
だって俺は樹だから、将来の夢なんて持てないもの。
……まあ、今で満足しては居るんだけどね?
ふと見れば、レイスがソリを魔改造する手を止めて、俺とゼロスを見上げていた。
俺はレイスにも声を掛けた。
「ーーー……ゼロスは、もう見つけたみたいだよ。レイスも、いつか見つかるといいね」
「レイスの? ……あるけど」
……あるんだ。初耳だ。……いや、耳は無いけど。
普通に気になる。俺はなんの気なしに尋ねた。
「何なのか、聞いてもいいかい?」
「ん。レイスはいつか……」
ーーーーッビシバキィィィーーーーーーーーーーンッッッ!!!
その言葉に俺の幹が、まるで雷にでも撃たれたかのように、大きく裂けた。
それは世界に轟く大音響となり、世界を揺らした。
ゼロスが慌てて俺に駆け寄る。レイスは目を見開いたままその場で固まっていた。だけどそれは、今の俺にとって幸運でもあった。
「アインス! 大丈夫!? 大丈夫!!? レイス、一体何をしたんだよ!?」
レイスを責めるゼロスに、俺は息も切れ切れに声を掛ける。
「はっ、だっ……大丈夫っ……だから……」
「だけどこの傷……幹が裂けてるっ。なんで? レールガンですら、枝一つ折れなかったのに……」
心配そうに、俺のバックリと裂けた幹を覗き込んでくるゼロス。
俺は葉を揺らし、ゼロスとレイスに無事を伝えた。
「ホントに、大丈夫。レイスのせいじゃない。俺の自業自得なんだ。ちょっと幹が高鳴り過ぎて」
「……っ幹が!?」
尚も心配してくれる2柱を見て、俺は確信した。
ーーーもしこの俺を殺す存在がいるとすれば、きっとこの2柱に他ならない。
彼らはきっと何れ俺を殺す。
それはもう悪気なしに、アッサリと。
『レイスは、いつかアインスのお嫁さんになる』
ーーーいや、分かってるよ?
ーーーそう、分かってるんだ。
ーーーそんな事を言ってくれるのは、“今の内”だけだってことは、ちゃんと分かってる。
でも俺はこの戦争に対する見解を、訂正しよう。
俺はこの戦争で、レイス以上に何もしてない自信がある。
だけど結論から言えば、間違いなく、レイス以上に俺の一人勝ちだ。
俺はこの世界の皆に向けて、ポツリと呟いた。
「ーーー本当に、……ありがとうございました」
俺はね、どんな記憶だって愛しいと思う。
ーーーそう。どんな記憶でも、ね。
アインス、嬉しすぎて爆発しました。
よっし、ハッピーエンドタグ全回収!
忘れられてるキャラ、……無いですよね?
(;・∀・)(汗)




