聖夜の奇跡⑦ 〜独立〜
何処にも居ないエルフは、呆然と大地を見下ろすレイスに、憚りもなく話し掛ける。
「……オイラも正直言うと、たまにレイス様を見てると、心が痛くなる事があったんです。それはもう拷問並みに。でも考えてみたら、それって一種の“自己嫌悪”みたいなもんじゃないかなって思ったんです」
レイスが再び、無言で何処にも居ないエルフに目を向ける。
「オイラも一時、そりゃもう消えてしまいたいくらい、自分を嫌いになった事がありますし、未だに好きになれてません。……でも、自分以外のこの世界は好きなんです。……あ、もしかして、勇者サマがなんか酷い事言ったのも、その延長じゃないでしょうかね?」
「……」
ーーーレイスは、自分が好きでは無かった。
そして自分の一部であるこの世界も、好きでは無かった。
我儘で、自分勝手で、直ぐに他人を傷つけてしまう自分。……好きになってはいけない気がしてた。
だからその分、俺やゼロスを大事にしてくれていたんだろう。
何処にも居ないエルフは神を前に、自分の経験談を語って聞かせる。
「でもね、オイラも……こんなオイラを好きだって言ってくれる奴がいて、クリスに至っては無条件でくっついて来てくれて、……自分が嫌いだったからこそ、それが嬉しくて、そいつらをもっと大事にしようって思って、いつの間にか、そんな自分が許せる様になってた。“こんなオイラでも、イイじゃん?”って思ったんです」
何処にも居ないエルフの声は、遥か下の地上迄は届かない。
だけど地上から見上げる者達は、神の怒りが次第に収まっていくのをまざまざと感じていた。
何処にも居ないエルフは、自信を持って、自分の話を締めくくった
「そしたら、世界がもっと明るくなった」
「……」
何処にも居ないエルフは大きく手を広げ、レイスに笑いかけた。
「……自分をもっと好きになってみてください。レイス様は、完璧で、最強の女神様なんですから!」
「ーーー……っ」
レイスは再び、その笑顔から逃れるように地上に目を向ける。
その時レイスは、かつて無いほど混乱していた。かつて無いほど、驚いていた。
ーーー……なんと言うことだろう。
ーーー……なぜこんな事になっている?
ーーー……意味が、分からない。
雪の降る静かな夜。
空に聖なる星が掲げられ、聖なる歌が厳かに歌われる夜。
そこに争いはなく、皆が一つの願いのもとに手を取り合い、祈りを捧げる。
ーーー……何だこれは。これはまるで……。
ーーーガキィィン!!
「……?」
突然その静寂とレイスの思考をを打ち破り、金属が金属を叩く音が響いた。
その鎚を握るのは、この世の最高の鍛冶師にして、何処にも居ないエルフ同様、“創世神”を尊ばぬ者。
ーーーガルダだった。
ガルダはその場の静寂も気にせず、鉱石の神や炎の神の力を使い、金属塊から1つの芸術を生み出していく。
神すらもその手元に注目する中、やがてガルダが打ち出した物。
それは、黄金の“ソリ”だった。
反りの随所には、先の戦いで砕かれたヒヒイロカネがちりばめられ、まるで黄金の縁をした赤い“ソリ”だ。
ガルダは汗を拭いながら、隣に佇む獣王に尋ねる。
「これで、良いのか?」
「悪くねえ」
ルドルフは頷き、それを精霊達が編み上げた魔法の綱で自身に繋ぐと、再び主を見上げた。
レイスは唖然と呟く。
「……馬鹿な……、なんの……つもりだ……? あり得ない……そんなわけ……」
ガルダはミョルニルを肩に担ぎ直すと、上空のレイスに向かって大声で言った。
「獣王に聞いた! 金槌の持てるネズミを探してるんだってな? 僕はどう? 金槌を持てる“ドワーフ”だけど、子供の為に働くなら大歓迎だよっ!!(7歳以上はついでだけど……)」
……モグラ……。なる程、確かにモグラには、トガリネズミ目モグラ科というものがあった。
その提案に、レイスが震える。
「……っ、そんな……」
「因みに、鼻持ちならない“兎”も、参加したいと言ってる」
ガルダが肩をすくめそう付け足した時、ゼロスに寄り添っていたクリスが、ふわりとレイスの前に飛び上がった。
そしてレイスの前で、クリスは恭しく跪く。
「……なんの、つもりだ? クリス」
クリスは美しい所作で、収納魔法からミスリルの宝石箱を取り出した。
その宝石箱をレイスに掲げながら、クリスは言う。
「レイス様。ハイエルフ達から預かっておりました。ハイエルフ達より、レイス様への贈り物です。いつか、時が来ればお渡しする様にと預かっていた品。……今が、“その時”かと存じ上げます」
クリスがそう言って箱を開けた時、レイスが驚愕に思わず声を上げた。
「……っこれは」
そこに入っていたのは、新しい黄金の髪飾りと、黄金の仮面。
三角錐の太い角の形をした髪飾りの根元には、柊や雪の結晶の飾りが施されている。
そしてマスクには聖鐘のレリーフが刻まれていた。
レイスは震える手で、それを取り上げた。
まるで、慈しむような笑みを浮かべる仮面。
レイスが聖域の縁に目を向ければ、その視線を受け、ハイエルフ達が膝をついた。
ーーー……ミョルニルを持つ、最高の鍛冶師のモグラに、歩く六法全書のウサギさんか……。凄いタッグだ。
……というか、“トンカチトントン”とは、釘を打つだけじゃ無く、釘を作る音でもあったんだ……。
素材は分子レベルから創られ、釘は鉱石から打ち出され、きっと木材や布は、ウサギさん達によって育てる所から始められるんだろう。いっそターニャちゃんも参加すれば、黒い箱すらもリアルに作れるんじゃないかな?
……もう、手作りレベルが尋常じゃない。なんかね、昔角食にレタスとハムを挟んで手作りサンドとか言って、すみませんでした……。
ーーー黄昏は消え、雪の降る聖夜。
天使は聖歌を歌い、抗争は眠りに付き、静まり返る。
ベツレヘムの星が空に輝き、トガリネズミさんはトンカチを振るい、贈り物を作った。
そしてウサギさんは、主の身支度の準備を進める。
ーーー……あ、そうだ。この際だから、俺はツリーのフリでもしておこう。樹だしね。 ……フンッ!
ーーー……こうして、黄金の林檎で枝という枝を飾りつけた“クリスマスツリー”が完成した。よしっ。
俺の密やかなる頑張りに気づいたゼロスが、聖域に掛けられた“惑わしの魔法”をそっと解除してくれた。
俺、実は樹高7000メートルを越えるんだ。きっと、ここに集まった皆から、俺は見えているはずだ。
……いや、待って。皆に見られてるってことはもしかしたら、俺に“針葉樹じゃなくて、広葉樹じゃん!”ってツッコんで来る人が1人くらい居るかもしれない……。気合を入れてしまった分、かなり恥ずかしい。あぁ、穴があったら入りたい!
だけど幸いこの場には、突然姿を表した俺を、唖然としながら見る者は大勢いいたけど、突っ込む者は誰一人としていなかった。
レイスは目を見開き、仮面と地上を交互に見た。
「……貴様等は、……まさか……」
お膳立てされたこの場。
だけど、ただ一つ足りないものがあった。
それは仔供達が、心待ちにしている存在。
ーーーもうね、俺も本当にびっくりしているんだ。
誰が想像しただろうか?
マスターの失踪をキッカケに始まったこの“世界大戦”が、……まさか……、まさか……、
……まさか“レイスの一人勝ち”に終わる結果になるだなんて!
戦いが好きだとは聞いてたけど、……アレだね。確かにレイスは戦から愛されてるんだと思うよ。
俺はまたここに、この世界に於ける一つの真理を、目の当たりにした気がした。
レイスは黒い仮面を外し、震える手で黄金の仮面を着ける。そして、髪飾りも魔物の角から、聖なる三角帽子に付け替えた。
新たな仮面を身に着けたレイスの姿を見て、何処にも居ないエルフは嬉しそうに笑った。
「凄くお似合いですね! レイス様!(……わけわかん無いケド、まあ良いか。褒めとけ!)」
レイスは少し恥ずかしそうに、ふいと顔をそむけ、背中に伸びた俺の枝を小さくきゅっと丸めた。まるで白い袋でも背負っているみたいだ。
それから、レイスは凛とした声で獣王を呼んだ。
「来い! ルドルフ!」
獣王は待っていたように、夜空へ駆け上がる。
獣王に牽かれるソリに吊るされた鈴が、澄んだ音を立てる。
ーーーシャンシャンシャンシャン……
かつては異端とされ、孤独で笑い者にされていたルドルフ。
それは今や皆から誇られる王として、灯火となり空へ昇る。
ルドルフがレイスの前に立つと、レイスはルドルフの背ではなく、ソリに乗った。
そんなレイスに、ルドルフは嬉しそうに言う。
「ーーー……今宵こそ、貴方様に恩返しが出来る」
ーーー……なるほど、“今宵こそはと、喜びました”と言う事なんだね
そして真っ白な髪をなびかせながら、レイスは……いや、サンタは、世界に向けて言い放った。
「聖域だけは侵すな。約束を守れる良い仔共に、この世界をやろう。今後レイスとゼロスは、この世界を滅ぼしはしない。お前達のものだ!」
「……え……」
ヒューーーーーー!!! 流石レイス!! 太っ腹!!
俺は嬉しさと興奮に任せ、それはもう、かつて無いほどわっさわっさと枝を揺らした。
その宣言に、ゼロスだけが小さくげんなりとした声を上げていたが、それは俺以外誰の耳にも届くことは無かった。
ーーーこうして、この世界は唐突にして、思いがけず、……神々から“独立”を果たしたのだった。
レイスの宣言より暫しの間、俺の葉音だけが雪の夜空に響いていた。
だけどやがて思い出したように、世界の各所から、地を揺らす大歓声が上がり、レイスはそれはそれは得意気に微笑んでいたんだ。
お気付きの方は多いかもしれませんが、世界樹の呟きは、シリアスを装ったギャグです。
ホントは昨年のクリスマス迄に、ここまで仕上げたかったのですが、1ヶ月遅れました(。ŏ﹏ŏ) やっぱりメンバーが多いと話も長くなるんですよね。甘く見てました。




