聖夜の奇跡⑥
〈何処にも居ないエルフ視点〉
闇の中から、悪夢が囁く。
ーーー滅ぼさせれば良い。
そうは行くか。
このまま終わらせはしない。
ーーーふふん、よく分かっているではないか。
……煩い。
ーーー滅びの前に、俺様を出せ! 奴等を集め、俺様をーーー……。
「ちょっと黙ってくれるかな!? ホントに! オイラ今一生懸命考えてるんだから!」
ここに来て未だ我が道を行く悪夢に、オイラは思わず叫んだ。すると目の前に静止するレイス様が、ニヤリと嘲笑いながら言った。
「ほう? 何時もは“もっと喋れ”と言われるこのレイスに、“黙れ”と? 新しい」
「違う! 違います!」
「……」
オイラは必死で否定したけど、レイス様は黙られてしまった。
いや、そんな所はきいてくれなくても良いんです。もっと別の事を、お願いさせて下さい!!
「いえ、黙ってくれなくてもいいんです。本当に、口が滑って……」
オイラがまたもやフォローの言葉を言おうとすると、レイス様がポツリと呟かれた。
「ーーー……いつもそう。レイスの事を、お前達は否定する」
「え……」
そういったレイス様。
表情は仮面で隠され、よく見えないけれど、気持ちその唇が尖っているような気がした。……いや、気のせいかもしれないけども。
オイラは一瞬言葉を詰まらせてしまったけど、慌てて取り繕う。
「ゼロスからもっと話すように言われてたから、レイスはアインスとゼロス以外にも話すようにしていた。そうすればお前は黙れという。これ幸いと黙ってみれば、そうでは無いという。……そこまで否定したいか?」
「違っ……じゃなくて、言葉のアヤです! ひ、否定なんてしてません……よ?」
口を尖らせてる気がしたけど、ヤッパリなんかめちゃくちゃすねてる!? なんで!?
……神の聖心なんてわかるはずもないけど、分かったふりしとかないと、ヤバイやつだコレ!
オイラはまるで深い谷の上を綱渡りするような心持ちで、すねたレイス様に合わせることに決めた。
「……もういい。取り繕う必要などない。レイスはレイスなりにお前たちを認めようと努力はした。力を与えた事も、一度や二度では無い。だがお前達はレイスのことをなんと呼んだ?」
ーーーいや、オイラは呼んだ事無いよ? だけど、まあ、世間の定説としては知ってる。
そう、“邪神”。
始まりの悪にして、死をこの世に定めた神。刹那の争いを好み、魔王を始め、魔物を生み出す者。そして、その名を呼べば、獄炎に見を晒す事になる……。ていうか、ホントに酷い言われようだ。
レイス様は少し寂しげに言う。
「レイスがなにをした?」
まあ色々。
「レイスのどこが悪い?」
言いだせば切はないですが。
「何故、レイスをそんなに嫌う?」
だって怖いモン。
オイラが正直に言えず、黙り込んでいると、レイス様は小さなため息を吐いた。
「……ーーーほら、答えられない。以前記憶を失くした勇者に言われた事がある。“生理的に受け付けない”、“お前は存在してはいけない”と。きっとそれが、貴様等の飾らぬ本心なのだろう……」
……何て事言ってんだ、勇者!? ってか、そんな事口走ってて、よくノコノコと聖域に顔を出せるな、あのヤロウ!!
ーーー……もうねオイラ、なんかレイス様が可哀相になってきた。
「ゼロスはこの世界を愛していると言う。そして世界から愛されてる。だから守ろうとする。……でもレイスは元々どうでもいい上、嫌われてる。なのに好きになるなんて、レイスには出来ない。レイスはアインスとゼロスが居ればいい。……自分が生み出したから愛せ? フン、知った事か。レイスはお前達など、どうでも良い」
レイス様はそう言うと、話は終わりとばかりに顔をそむけられた。
オイラは考える。ーーー……神様にとってのオイラ達って、一体何なんだろう……、と。
神の聖心なんてオイラにわかるわけ無い。……でも、考えろ。理解しようとしてみるんだ。
母様は言ってた。“神はその身体より肉を千切り、世界を創り賜うた”と。
親は子を愛するものと、ゼロス様は仰った。
親は子を愛するもの。子は親を愛するもの。……当たり前……。
……いや、でも、……レイス様は? ……待って、そこに認識の違いがあるんじゃないか? それは思い込みで……。もしかして……。
オイラの脳裏に、ひとつの仮説が過った。
そして、思った。
ーーー……あれ? 案外、分かるかもしれない。“神の聖心”ってヤツが。
それからオイラは深く頷いて、レイス様に言った。
「そうですよね。わかります」
「ーーー……!」
面倒臭そうに顔を反らせていたレイス様が、オイラに向き直られた。
ーーー……わかる……。わかるぞ!
レイス様が驚愕されている。
多分あれだ。自分に共感してくれる人が今までいなさ過ぎて驚いてらっしゃるんだ。お可哀そうに……。
オイラは自分の手を持ち上げ、眺めながら言った。
「ーーー……オイラだって切った“爪”は捨てますもん」
レイス様が無言で、微動だにせずオイラを見つめてくる。
……だって肉を千切って万物を創るんですよね。
オイラの爪じゃ何にも作れないけど……そういう事ですよね?
◆
ーーーもう、俺ですら駄目だと思ったその瞬間、奇跡は起きた。
レイスに……、
レイスに、理解者が現れたのだ!
何処にも居ないエルフは、切なげに、眉を下げながら言った。
「それを、“愛せ”なんて、無茶振りにもほどがありますよね。オイラだったら、“何言ってんだ? コイツ頭おかしい”って思いますもん」
……因みに彼の言った“コイツ”にあたる存在はゼロスだ。
「ーーーお前、本気で言ってるのか?」
明らかに動揺を見せながら、レイスは尋ねた。
「勿論です。ーーー……今まで目線が違いすぎた。だから分からなかったんです。でも合わせてみれば、なんて事は無かった」
彼の辿り着いた答え。それは志の高い英雄や、真面目な者であればある程、辿り着く事の出来ない領域。
畏れ多いと頭を下げることも無く、何処にも居ないエルフは、真っ直ぐとレイスを見た。
それはまるで友人か、仲の良い兄妹に向けるような、柔らかい眼差し。
何処にも居ないエルフは、キッパリと言った。
「レイス様は、邪神なんかじゃないです」
突然の事に、レイスは戸惑った。
自分の作った世界から、初めて向けられるその感情。
「それに、他のみんなだって、勘違いしてるだけでレイス様のこと大好きですよ」
「適当をいうな。レイスは……嫌われている!」
クールに、だけど内心は大慌てで動揺しつつ否定するレイス。
何処にも居ないエルフは、すっと地上を指差し言った。
「だって、みんな世界を守ろうとしてるじゃないですか。世界は、レイス様から創られた。余す事なく、全部。全部レイス様なんですよね? みんな、レイス様を守ろうとしてる」
レイスはふと、促され地上に目を向けた。
それから、かつてない不思議な光景に気付き、首を傾げる。
「ーーー……何故、人間と魔物が共に戦っている?」
「この世界を守りたいからでしょう?」
「今まで……、何をしても仲良くしなかったのに……」
「さあ? オイラにも、実は何でこんなことになったのかは分からないんです」
まあ、ポッと出の彼にはここ一月の出来事は分からないだろう。
「でも、レイス様にとっては、切り捨てるべき取るに足らないゴミにも、心と、想いがあるんです。この世界を、愛してるんですよ。ゴミ代表のオイラが言うんだから、間違いありません!」
ニシシと笑う何処にも居ないエルフだが、レイスは面を両手で抑えながら、背中を丸め俯いた。
まるで何かに怯え、逃げるように。
「……でもレイスは愛なんて要らない。愛とは臭く、痛々しく、恐ろしく、醜く、悍ましいもの。他の誰が愛を語ろうと知ったことではない。だけどレイスは……、レイスは……っ、知らない! いらない!!」
頭を抱えて苦しむレイスに、何処にも居ないエルフは首を傾げた。
「何を知らない“ふり”してるんですか? それにレイス様の中にはもう“愛”は根付いてますよ」
「!?」
恐怖に口元を歪めるレイス。
「オイラ、昔見ちゃったんです。アインス様の木の枝の上の方にあるオーナメントを」
……俺の枝に今なお吊り下げられた、ミスリルのオーナメント。
それはグリプスに眠る、歴史の道標から切り離された、始まりの記憶の破片。
そして、創世神話の裏側の、真実の記憶。
「レイス様はゼロス様と一緒に、アインス様に水をあげてた。ゼロス様と同じくらい、“愛情を注いでた”じゃないですか」
ゼロスはこの世界に於いて“愛の化身”と言っても過言では無い。
何処にも居ないエルフは、レイスのその愛情の深さはゼロスにも匹敵すると言ったんだ。
……というか照れるじゃないか。俺の事はいいんだよ。ただの樹なんだから。
そして彼の言葉に、レイスの考える醜い愛(※研究を重ねすぎて、昼ドラ見たいなドロドロした、必ず死人の出るようなもの)が、崩れ落ちた。
そして、不思議そうに尋ねる。
「ーーー……それだけでいいの?」
「それ以外に何があるんです?」
「……」
事実、醜い愛はあくまでレイスの想像であり、リアルでは無い。
レイスは閉口した。
何処にも居ないエルフは、そんなレイスに尋ねた。
「その時、レイス様、アインス様に何を思って水をあげてました?」
「元気になってほしい」
ーーー……レイス……。俺、……元気だよ!
何処にも居ないエルフは、あははと笑いながら頷いた。
「そうですよね。それだけで良いんです。愛なんて、怖くも何ともないですよ」
「……」
「世界が健やかで、そこに在って欲しい。……みんなの願いは、それだけです」
その時、ふと、レイスの耳に天使の歌声が聞こえてきた。
ゼロスとの決着に余波が収まり、この世界の頂上の力を持つ魔王や勇者、天使や悪魔達が、走る地竜達を一掃したのだった。
世界が、レイスと何処にも居ないエルフに注目している。
全ても者達の視線を一身に受けながら、レイスは天使の歌う歌を聞いた。
ーーー聖なる夜に雪は降り
ーーー聖なる光を闇に灯し
ーーー今ここに神子らの想いが天に届くことを
ーーー我らは
ーーー願う
それは、誰が作り最初に歌ったのか、誰も知らない歌。
だけど今は、この世界の全ての者が口ずさむ事のできる、祈りの“聖歌”だった。
……初見殺しの展開続きです。
何処の歴史にネタが潜んでいるかといえば、始めっから読まないと駄目なんじゃない? としか言えないほどの初見殺しです……。話が長くなってきてるのに、新規で覗いてくださった方には申し訳ありません。
そして、彼らが何者なのかをご存知だったり、忘れ去られたオーナメント云々をあのエルフが知ってるかの理由とかを「……あー、あったな、そんな事も」とか思って下さった方! 本当にありがとうございます。
貴方こそ、歴史の目撃者です(笑)




