聖夜の奇跡② 〜黄昏の天界戦争16〜
今回クリス目線と、世界樹語りで、一部時間軸が被ります。
瓦礫の影に、蹲る我が子を見つけた男は、嬉しそうな笑みを浮かべた。
そして歩み寄り、震える小さな肩をしっかりと抱き締める。
「やっと、見つけた。……また、オイラに会いたいなんて願っちまったのか。 ーーー……いい加減彼氏の一人でも父ちゃんに紹介してみろよ、クリス」
少女は驚いた様に、涙に濡れたその顔を上げた。
◆
〈クリス視点〉
私の大好きな、優しい優しい花の香りがした。
途端、私の肩を誰かが抱き締めた。
「ーーー。……ーーーーー。 ……ーーーー、ーーー」
聞こえない。
顔を上げても、何も見えない。
でも、私はこの人が誰か知ってる。
「……っ、パパ!」
私が声を絞り出して名前を呼ぶと、冷たい手が私の目と頬に触れた。
氷のように冷たい手が、私の心を暖めてくれる。
ずっとこの雪の降る夜を歩いて、遥々ここまで来てくれた事を、私は知ってるから。
「ーー、ーーーー?」
私は首を傾げた。
すると手は私の耳を塞ぎ、やっぱり冷たい額を、私のおでこにくっつけて来た。
どういう事だろう?
「ーーー、ーーーーー。ーーーーー、ーーー?」
耳は必要ないって事?
額と額で……感じとる? 何を? パパは私に何を伝えようとしてくれてるの?
私は遥かな記憶を手繰り寄せる。
……そういえば、パパは昔言ってた。
ーーーオイラの目は呪われてる。だけど目なんか無くても、結構何とかなるもんさ。
目は無くても、……耳が無くても何とかなるの? どうやって?
私はあらゆる記憶を呼び覚ます。
そう言えば、世界樹様が以前仰ってた。
ーーーマナを感じ取れば、知る事が出来る。
そうか。
そういう事か。
分かったよ、パパ!
ーーー私に、世界を感じろって言うんだね。
◆
何処にも居ないエルフは、焦点の合わない目で自分を見るクリスに眉をひそめた。
「お前の目、見えてないのか?」
だけどクリスは答えず、不思議そうに首を傾げるだけ。
男は肩に回していた腕を上げ、そっとクリスの目と顔に触れる。
「可哀想に、耳もやられてるのか。一体、何がどうなったんだ?」
何処にも居ないエルフは、切なさに唇を噛み締めた。
我が子の目が光を失い、我が子の耳が音を失う。それを悲しまない親など居ない。
ーーーオイラは医者じゃない。
何処にも居ないエルフは、悔しさに拳を握りしめた。
壊れた宝物を、治してやることのできない自分の無力さを責めた。
その苦しみが、少しでもやわらげばいいと、何処にも居ないエルフは手を伸ばし、その壊れた耳に手を伸ばした。
そして、頭を抱き込むように、自分の額をくっつけた。
ーーー治してやれなくてゴメンな。父ちゃん何もしてやれなくて、ホントゴメンな。
せめてここに自分が居ると伝えたかった。
そんな無力な父親の手を、娘は嬉しそうに握った。
そして言う。
「ありがとう、パパ」
「ーーー……クリス?」
しっかりとしたその声に、何処にも居ないエルフは戸惑いながら額を離し、クリスの顔を見た。
「もう、大丈夫」
「え? お前、耳……それに……」
クリスの目は、相変わらず光は映していない。
だけどその目には、希望の光が宿っていた。
「何も見えなくても、聞こえなくても、私は平気。世界を感じれば良い。そうすれば世界の全てが見える。世界のすべてが聴こえる。ーーーパパが教えてくれた。そうでしょう? パパ!」
何処にも居ないエルフの目から、ふっと光が消えた。
「お、おう? ……おお、相変わらずチートかましてんな、オマエ……」
クリスは目の据わった何処にも居ないエルフの事など気にせず、尋ねる。
「ーーー……そう言えば、どうしてここにパパが居るの?」
「どうしてって、今日は“聖夜”だろ? レイス様が約束してくださった”お前の願いが叶う日”だ」
「ーーー……え?」
確かに、クリスは父親にまた会いたいが為に、苦手な戦いの道を選んだ。
そしてその道のあまりの険しさの前に、すっかりこの約束の日を失念していた。
何処にも居ないエルフは少し照れながら、はにかんだ笑みを浮かべる。
「……こうしてオイラがここに居るってことは、また“父ちゃんに会いたい”って願ったんだろ。そんなんだからいつまで経っても“チビ”って言われるんだぞ?」
クリスは胸が熱くなった。
最強だ何だと言われるこの世界で、唯一本来の自分を誤り無く見てくれる、大きな父の姿に。
何処にも居ないエルフは、じっと自分を見つめてくるクリスに、居心地悪そうに辺りを見回しながら、はぐらかす様に言った。
「しかし、一体何の騒ぎだろうな? 穴に籠もってたオイラにゃ、全然状況が分かんないんだけどさ。……信じられるか? ホーンウルフに人間が乗ってたんだ。あり得ない……」
その時、何処にも居ないエルフの、時代遅れな世間話を打ち切って、クリスは何処にも居ないエルフに縋り付いた。
「!?」
「パパ、……パパ、助けてっ! 世界が壊れちゃうっ! みんな協力して、守ろうとしてるけど、駄目なの! 頑張ってるけど無理なの!!」
「なぁっ!?」
何処にも居ないエルフは興奮気味のクリスに縋りつかれ、その反動で後ろにクリス共々ひっくり返った
「いてて、……おいチビ。ちゃんと話せ。何だって?」
何処にも居ないエルフの申し立てに、クリスは身を起こすと、その胸ぐらを掴みながら事情を話した。
「っゼロス様とレイス様が戦ってて、ゼロス様が世界を守ろうとしてるのっ、でも、レイス様がっ……壊そうとしてっ!」
「ーーー……、っ」
予測すらしなかった、思考圏外の事態に、何処にも居ないエルフは息をする事を止めた。
クリスは目に涙を溜めながら訴える。
「駄目だよぉ、壊れたら駄目……、ねえパパ、ゼロス様とレイス様を止めて! お願い、パパぁ!」
「……」
何処にも居ないエルフが白目を剥いた。
……やがてしばらくの沈黙の後、息も切れ切れに何処にも居ないエルフは、クリスに言った。
「おま……、父ちゃんに……無茶ぶりし過ぎじゃないか?」
「パパァ……」
グズグズとすすり泣くクリスに、何処にも居ないエルフは肩をすくめ、溜息をついた。
「……しょうがないなー。可愛いチビの頼みだ。出来る限りのことはやってみるか」
「パパ……」
「待ってな、父ちゃんがカッコいいトコ見せてやる。クリスは下がってな……」
何処にも居ないエルフがそういった時、ゼロスに砕かれたレイスの破壊砲の破片が、地平線の向こうに落ち、紅蓮に燃えるキノコ雲を作った。
ーーーーードォォーーーー……ン……
一拍おいて、凄まじい熱波と豪風が吹き抜けた。
何処にも居ないエルフの髪が、クリスの作り出した魔法のシールド越しの熱波にそよそよと靡く。
髪をサラサラとなびかせる何処にも居ないエルフは、大人の余裕の笑みを浮かべると、クールに提案した。
「ーーー……やっぱり一緒に行こうか。なんだ、ほら……アレだ、“障害物親子リレー”みたいなもんだ。そっちの方が楽しいだろ?」
その提案に、クリスの目は見開き、すぐに力強く頷く。
ーーー3800年もの間、憧れ続けたイベントが、こんな形で叶うことになったのだから。
クリスは立ち上がり、静かに手を交差させると、何処にも居ないエルフに掛けたシールドを球体に変化させ、彼の全身を包み込んだ。
クリスの作り出した光の玉の中から、何処にも居ないエルフが声を掛ける。
「クリス、オイラの“闇”は神様の攻撃だって呑み込める。だけど範囲は1メートル四方程度しか開けない。行けるか?」
何処にも居ないエルフの言葉に、クリスは力強く頷く。
「うん。きっと大丈夫。……まだ今の私には、全てを感じ取ることはできない。だけど今の私でも、神様達の攻撃の軌道が視える。ううん、感じるの!」
「ーーー……そうか。……そいつぁ良かった」
どんどん世界の理から離れて行く自分の娘に、何処にも居ないエルフはもう、ツッコむことを拒否した。
クリスは嬉々として言う。
「パパは“闇”を真上にだけ構えてて。私がパパを転がす!」
「ーーー……。いや、いいんだけどさ。もうちょっとその、……言い方、何とかならないか?」
「……パパ転がし競争?」
「うん。もういいや」
そして二人は、ぶつかり合う2柱の余波を潜り抜けながら、昇っていく。
ーーーそれは小さなエルフにとって、初めての仕事。
ーーーそのエルフの最強の力は、その仕事をこなす為に与えられたもの。
“小さな仔供達の願いを、お前は届けるのだ”
パパの事が好き過ぎる最強は、勝手に勘違いして、勝手に更なる高みを目指します。
……パパはもうドン引きするしかありません。




