千年の恋② 〜黄昏の天界戦争11〜
「ーーーう、うそ? 人間? なんでっ、私なんかを助けに……」
ーーーなんで、弱い人間がこんな所に? 駄目。早く逃げて!
私は内心そう叫んだが、驚きのあまり声にはならない。
人間は、私を甲冑の胸に抱き寄せると、大剣を振るった。
「ガファァーーーーッ!!!」
今まで聞いた事の無い走る地竜の咆哮が聞こえた。
ーーーズゥゥン!
続いて響く地響き。
私が人間の腕の中で、藻掻くように身を捩り振り返って見れば、そこには三体の走る地竜が倒れていた。
しかもその三体の下顎は、キレイに切り落とされている。
驚きに言葉もなく目を見張っていると、頭の上から声が掛けられた。
「僕もね、ずっと魔物達と仲良くしたいと思っていたんだ。そして、絶対に出来るって、ずっと信じてた」
「っ」
なんで、この人間は今突然そんなことを言ったんだろう?
分からない。だけど、私と同じ事を考えてる人間が居た?
……ううん、ここに居る!
私はグッと胸が詰まるような思いに駆られ、上を見上げその人間の顔を見た。
燃えるような赤い髪。輝く金の瞳、そして白い肌にインキュバス達より整った顔立ち。
思わず見惚れていると、人間は私を抱き寄せる腕に力を込め、笑いかけてきた。
「ちょっと動くよ。掴まってて」
「!?」
途端人間は、私の最大瞬発力より速い速度で駆け出し、剣を閃かせる。
「ギャオォーーー」
「ブフーーーーゴォォォォーーーッッ!!」
彼の放つ閃きより随分後に、走る地竜達の、苦悶の呻きが上がる。
何故ならその剣先が、無駄なく走る地竜達の下顎と、尾、そして後ろ脚の一本を刈り取っていってるから。
人間は安定感はあれど、信じられない速度で走る地竜の間を駆け抜けて行く。
そしてふと眉を寄せ、地に伏し藻掻く走る地竜に声をかけた。
「本当は一息でとどめを刺してあげたいんだけど、爆ぜられるのはちょっと困るんだ。我慢してね」
顎、脚、尻尾。その部位を刈り取る理由。
下顎は噛み付く手段を奪う為に。脚と尾は、立ち上がり走る術を奪う為に。そして、それだけに留めるのは、爆ぜさせない為に。
まるで無駄がない。
何なの、この人間は。
ーーーこの人間、……強い!
人間は私を抱え上げたまま、大剣をまるで軽い羽根のように軽やかに振るう。
あれほど苦戦させられた走る地竜が次々と倒れ、黒い山が出来上がっていく。
「ーーーっ、これで、52体っ! そろそろだな。精霊よ、我がマナを依り代に、紡ぎ上げろ! 絶縁結界!」
人間がそう叫ぶと、一体ですらめったに姿を見せないはずの精霊達が、群れになって現れた。
白く輝く小さな光が飛び交い、その軌跡で複雑な結界陣が倒れた走る地竜の山の周りを取り囲んでいく。
そして最後の一体の精霊が、描かれた結界陣から離れた瞬間、人間は走る地竜の山に手をかざし叫んだ。
「弾けろ!」
ーーードッ、
ーーードドドドドドドドド……ッ
一体の走る地竜が掛け声とともにその身を槍に変え爆ぜた。そして、その槍は他の虫の息となっていた走る地竜に勢いよく突き刺さり、爆散は連鎖していく。
そしてひと呼吸も経たぬ間に、そこに残ったのは煙のくすぶる黒い針の山。
……もう、目の前の出来事が信じられなかった。
「ーーー解除」
ーーーブワッ……
結界が解除されたと同時に、結界内にこもっていた熱気が、熱波となり、私の頬を撫でる。
私は目を見張り、この現実に目を見張っていたが、恐る恐る上を見上げ、その人間に震える声で尋ねた。
「……なんで、人間に……こんな事が……できるの?」
だけど人間は私の問には答えず、少し乱暴に私の右手を掴み上げると、その中に刻まれた紋を覗き込んできた。
「僕の方こそ君に聞きたい」
「え、なっ」
「やっぱり君にもある。何故、君にこんな事が出来たの?」
「え……」
こんな事って?
「誰が作ったかは知らないけど、凄い紋だよね。まさに種族の壁を打ち破る架け橋だ。だけど誇り高い魔物達が、この紋をどうやって受け入れたんだろう? 無理強いもせず心を開かせて。……こんな事って、神様にだって出来ないよ?」
金の瞳が、私の目を真っ直ぐと見つめてくる。
ーーー何だか息苦しい。
「何故、なんて考えて分かる問題でもないね。まあつまり、君は誇りを持ってこの紋を受け入れる事が出来る、稀有で尊い存在なんだよ。そんな君を、僕が守らない筈ないっことさ」
「……」
ーーーこの人間の金の瞳を向けられると、何だか胸が痛いくらいに苦しくなる。
ーーー少し低めの澄んだその声で私の話をされると、なんだか頭がクラクラする。
頭が爆発しそうになるのを堪え、私は息も切れ切れに反論した。
だって私はお姉様に背中を押してもらうまで、ずっと逃げてた弱虫の卑怯者だから……。
「と、尊くなんかないっ、私はただっ……」
そんな私の言葉を遮るように、人間は綺麗な笑顔を浮かべ、私に言った。
「こんな可愛い女の子が一生懸命になってる。僕からして見れば、それだけで十分尊いよ」
「ーーー……っ」
ーーー……私の中の何かが振り切って爆発した。
もう意識すら朦朧とする中、私はただこの人間の腕に、胸に身を委ねる以外出来なくなった。
……その時、ふわりとこの人間の中から、何か温かい力を感じた。
そして私は直感した。
ーーーさっき私の中に宿ってきたこの力。
そして今なお、私を支えてくれてるこの力。
この人の“力”だ。
それに気付いた時、私の口から1つの言葉が飛び出していた。
◆
〈勇者視点〉
……僕はその魔族の女の子の言葉に、思わず耳を疑った。
「ーーー……は?」
ーーーそう、思い返せばあのドS賢者から逃れて以降、僕は戦場を駆け回り、危ない所から走る地竜を狩って回っていたんだ。
そしてある一角で、地割れの穴に追い詰められてる集団がいて、僕は当たり前のように、そっちに向かったわけだ。
見れば、魔族の女の子が率先して、人間達を守るように走る地竜に向かっていく最中だった。
魔族の女の子の潜在力は、種族の中でも頭一つ分飛び抜けて高そうだ。
だけど若さゆえ、技の方は随分荒かった。
女の子の後方では、彼女のパートナーであろう人間が、必死に彼女を呼び止めてる。死地へ赴かせたくないんだろう。
でも彼女は、パートナーや人間達を守ろうと制止を振り切って飛び出して行く。
ーーーその手には、不思議なあの紋が、眩しく輝いていた。
この戦場のあちこちに、輝きながら浮遊するこの紋。
不思議に思いコード解析をして見れば、なんと人間と魔物を繋ぐ契約紋だった。しかも、随分人間に有利な契約内容が描き込まれている。
僕はじっと紋を見つめ、考える。
ーーー……誰がこんな物を作ったんだ?
そして、自愛主義の誇り高い魔物達が、なんでこの使役紋を受け入れているんだ??
幾ら考えても、答えなんか出なかった。
ただその光景は、兄サンに見せて貰った“アルカディアの記録”の様に、人間と魔物が共に笑い合う、奇跡の情景と被るものがあった。
かつて僕が“アーサー”として生きた時も、憧れ、願い、望み、結局なし得ず、最終的に挫折の反動で、全消しフィーバーを試みようとしたりしなかったりという記憶があったりもする。……やっちまったぜっ☆って感じだよね。
ーーーで、今だ。
「結婚しよ?」
「ーーー……は?」
助けた魔族の女の子から、ストレート過ぎる告白を受けてしまった……。




