仔は、進化と共闘を果たした 〜黄昏の天界戦争⑨〜
勇者、崩壊!
ーーー俺は、この世界に“強い者”が大勢居るのを知っている。
レイスやゼロスは当然強いね。この世界を創ったんだから。
だけどその他にも、大勢強い者が居る。
そしてそんな彼等には、強さを手にした歴史が必ず存在した。
打たれ強さのラムガル。レイスの相手をいつもしてるんだもの。その身体が木っ端微塵に消えたことなど、数億万回では利かない。
ルシファーは人脈に強い。ノリが良く誠実なその性格は、出会った者達全てに影響を及ぼし魅了する。あの最凶と謳われる賢者でさえ、ルシファーには何処か気を許している風すらある。
ーーーそして勇者。
彼はとにかく“精神”が強かった。
彼の持つ歴史は、悲劇と喜劇の入り混じる最強の英雄譚。
それを紡ぎ続けるのは、たった1つの魂。
信じ、戦い続け、愛した者に裏切られ、守ろうとした者に殺された事もある。
生まれる度、敬愛する兄を憎み、己の全存在をかけて滅ぼそうと戦い続けるなんて、最早恒例だ。
アビスとしてその心を闇に飲み込まれ、神の怒りをその身に受けた記憶だってある。
愛したものの死を見届け、政略に巻き込まれ、仲間を見つけ、別れ、それでも前に進み、また新たな物語を紡ぎ続ける。
並大抵の精神力ではない。
挫けない心とは、本当によく言ったものだと思う。
『ーーー……聞いてよ兄サン。またやらかしちゃったよwww』
『致し方あるまい。そして草を生やすな、勇者よ』
聖域で、勇者と魔王はそんな話をいつもしていた。
どんな失敗も全て笑い飛ばし、また使命のため、恐れる事なく何度でも聖域を飛び出し、人間達の中で輝き続ける魂。
それが、この世界の“勇者”なんだ。
勇者は3つの余波を消し飛ばした時、悪びれも後悔もせず、笑いながらラムガルの隣に並び立った。
「や、兄サン。どう?」
「どう、とはその身体か? 流石ゼロス様の創りし器。素晴らしいな」
勇者は口を尖らせ言う。
「違う違う。鎧装備の方だよ。ゼロス様が祝福にって、オプションで僕に贈って下さったんだ。デザインは自分で決められたんだよ。どう?」
ラムガルは微妙そうな表情で、チラリと目線だけでその鎧を見た。そしてボソリと言う。
「……チャラいな」
「チャラ!? 予想外な感想だった!」
勇者は肩をいからせ叫んだあと、ヤレヤレと肩をすくめる。
「兄サンだって、レイス様とおそろいの“黒麒の鬣”のマントを着てるじゃない」
「余は、賜ったのだ(余り生地)。お前の様に要求はせん」
「はぁ、イイじゃん。何でレイス様寄りの人達は、そんなに真面目なんだろうね?」
「神のせいではないわ! お前も勇者としての自覚を持てっ」
「持ってますぅー」
……確かに彼の精神年齢は、15歳がいい所だった。
ラムガルは溜息を溢しながら言う。
「まあ、自覚が有ろうが無かろうが、お前は勇者だ。“使命”は、分かってるな?」
「勿論」
勇者はあどけない笑顔を、ラムガルに向けて言った。
「兄サンも僕のスキルで強化した。余波の方は任せるからね」
「……。な?」
ラムガルはその丸振りに、驚愕の目を向け言葉を失う。勇者はウンウンと一人で納得しながら持論を語り始めた。
「ゼロス様は協力して世界を守れと仰った。世界とは、大地だけじゃない。そこに生きる生きとしいける者全てが、この世界の一部だ」
「……溢さず救えるはずなど無い」
「だね。神様でも無理だもの。僕なんかにできるはずない」
あっさりと開き直る勇者。
そしてカラカラと笑いながら、ラムガルの肩をポンと叩いた。
「それにさ。出来なくったって、神様は怒らないよ。ゼロス様は優しいから。……レイス様はどうでも良いとか言いそうだし? ーーー……だからこれは別に神様の意思じゃない。僕が……、僕らが守りたいから、この世界を守るんだよ。たまたま神様の意見と、僕の意見が一致するってダケ」
勇者は強い。
どんな絶望を前にも、真っ直ぐと自分の信念を貫き、駆け続ける。
その愚直な想いから繰り出される力の前には、どんな計算式も方程式も当てはまらない。……賢者に『っこのおバカ!』と、何処かの園児の様に怒鳴り倒されていたのはご愛嬌だ。
「本当に、……何処までもお前は眩しいな」
「はは、照れるね。でもゼロス様は僕を“黄昏の勇者”って呼んでた。『もう沈んじゃってるじゃんー』って感じだよね?」
ハハハと笑う勇者に、魔王は深く頷き言った。
「黄昏か。なる程、光と闇は交わり、その危う気な均衡の中で全てが平等に息づく。日は沈み、残照だけが辺りを照らす黄昏。お前はその最期の光。“希望”というわけか」
なんだかカッコよさ気な解釈をしようとするラムガルに、勇者はチッチッチと指を振る。
「……いやいや、残照は希望にならなく無い? 日が沈むと夜が来る。残照なんてすぐに消えるよ。必要なのは、闇を乗り切った後に現れる“暁”だ」
「ーーー……暁?」
ふとラムガルは、戦場を駆け回る魔族の小さな女の子に目を向けた。
勇者はそれには気付かず、余波を弾きながらラムガルに言う。
「そう。“暁”はきっとまた別の何処かにいるんだ。この夜をやり過ごし、僕は暁にバトンを渡す。きっとその為に、僕はこの身体を与えられたんだと思う訳なんだ」
勇者はそれこそが己の使命と確信し、強い口調で言い切った。
ーーー……相変わらず勇者の想像力にはたまげてしまう。
……黄昏の勇者とは実は、ラムガルと遊ぶ為に創られ、その場のノリでつけられた呼び名だと言うことは、俺は今生黙っておく事に決めた。
ラムガルも、呆れたように肩をすくめながら、勇者の頭をポンと叩いた。
「お前の好きにするがいい。ここは余が何としても守ろう。幸い先ほどから余波の勢いが少し弱まっている事だしな」
「ヤタッ! そう言ってくれると思ってた! よろしく、兄サン!」
勇者は礼を言うでもなく、ただ嬉しそうに笑うと、直ぐ様空中を蹴って地上の戦場に向かって飛び出した。
そしてその勢いは殺さず、首だけラムガルの方に振りかえる。
「あー! そうだ、兄サン。終わったらリブベリーのホワイトチョコチーズケーキよろしくねーー……あと、チェリーボンボンな気分ーーー……エスプレも忘れずーーー……あと……ーーー……」
小さくなって行く勇者が、何か叫んでいる。
ラムガルは、無言で余波を弾き返し、ポツリと呟いた。
「終わったら、な」
◇
地上の乱戦の中で、英雄達が雄叫びを上げていた。
「仕留めた!!」
「バカっ! 爆ぜるっ、早く避難を……」
走る地竜は一体屠ると、その身体が四散する。しかもその威力たるや、ガトリング銃を遥かに凌いだ。
ーーードッ
「超重力!」
1匹の走る地竜が爆ぜようとした瞬間、その勢いごと走る地竜の身体は、地面深くめり込んだ。
それを見た英雄達が、危機を救ってくれた女神を見上げる。
「っライラ!」
「ライラ姐さん!」
ライラは厳しい表情のまま、二人に言った。
「シンドイやろけどな、1番肝心なんは仕留める時や。そこキッチリせんと、こんな乱戦の中で爆ぜさせたら、被害は増えるばっかりや。気ぃつけな!」
「は、はい!」
「心得ますっ、姐さん!」
ーーー……戦は人を変えてしまう。
彼女に至っては最早、元の気弱な彼女は欠片も残さず、変わってしまった。
ライラは再び身を捻ると、ルースの元へ舞い戻り声を掛ける。
「ナイス判断やで、ルース」
「ああ。そう言えばライラ、さっきやられた腕の傷はどうだ?」
「あれ? ああ、なんか知らんけど治ってるわ。……なんか、さっきから身体の中に温かい力が入って来ててな……。もしかしてそのせいかな?」
「やっぱりお前もか。実は俺も、切れかけてたマナが回復してくる」
二人は顔を見合わせた。そして再び戦況を見渡すと武器を構える。
「まあええ」
「ああ、まだ戦えるって事だ!!」
二人はその変化に、小さな希望を見た。
ーーーだけど、その変化を感じ取ったのは英雄たちだけじゃ無かった。
巨体を持つ黒い狩人達も、雰囲気の変わった獲物達を、目を細めて見つめた。
そしてふと、隣に立つ狩人も、自分と同じように獲物を見つめていることに気付いた。
「クオォ……」
狩人は小さく声を上げ、隣の狩人に意思を示した。
「ガオォ……」
隣の狩人も、同意を示すように答える。
そして二人は足並みを揃えて、獲物に向かって駆け出して行った。
彼等もまた、神に与えられた使命を全うするため歩み続ける。
与えられた僅かな理性、狡猾さだけを頼りに“進化”を遂げようとしていたのだった。
……勇者の性格について。
いや、ホントに色々考えたんです。
でも精霊王の分身で、魔王と仲良く(甘え上手?)、どんな黒歴史も笑いながら懐に収められる性格……と思ったら、ちょっとチャランポランな奴にしかならなかったんです……(´;ω;`)




