神は、最強の光魔法を創り賜うた 〜黄昏の天界戦争⑧〜
ーーー時は少し遡る。
それは一筋の光さえ差し込まない、静かな闇の中で産声を上げた。
◆
ーーー……パリーン……
耳の側で、硬質な物が砕け割れる音が響いた。
同時に僕は身体の支えを突然失い、前につんのめって膝を突いた。
その拍子に地面に触った感じでは、ここは何処かの“岩場”のようだ。
僕は右手にマナを集め、それを上空高く投げ上げ魔法を放った。
「……光よ」
途端僕のマナは辺りを照らし出す、光を放つ光球へと姿を変える。
だけどそこに照らし出された物を見て、僕は思わず上ずった小さな悲鳴を上げた。
「うわっ」
光が照らし出したのは、恐怖と苦悶に顔と身体を引き攣らせた、何千人と言う人間達の石像。
ーーーそれは正に“地獄絵図”。
僕はふと気付いた。
そんな地獄の中に、唯一穏やかな表情をした青年が居ることを。
まるで誰かを優しく抱きしめているように、その両腕を丸く前方に回しているが、その腕の中には何も無い。
ただ、その表情はまるで“ゼロス様”の微笑みのように、慈愛あふれる表情だった。
ーーー……だけどこの場に於いて、それは寧ろ不気味な程の異様さを放つ……。
「……」
僕はふと妙なことに気付き、沈黙した。
ーーー……“ゼロス様”の微笑み?
なぜ僕がそれを知ってる?
……いや、それだけじゃない。ここで微笑む“石像の男”も知ってる。
ーーー確かこの男の名は……。
「ひひ、存外に早い目覚めじゃったの」
突然、掛けられた嗄れた老婆の声で、僕の思考は途切れた。
僕は反射的に振り返り、そこにいた老婆に声を掛けた。
「貴女は……?」
「儂はルシファー様より、この“憂いの都”の管理を言い付かっておるババアじゃよ。なに、昔から古い物を管理するのは得意でな」
僕はその言葉で身構えた。
「……ルシファー? 冥界を統べる者が? ……つまり僕は、やはり死んだのか。ならこの“憂いの都”と言う場所は、死者達の都という事か」
「……」
僕の言葉に、老婆はなんとも言えない表情で暫く沈黙したかと思うと、最後には何故か溜息を吐いた。
「相変わらず勇者の想像力にはたまげるわ。……まだどうやら魂が肉に馴染んでおらんようじゃな。お前は死者ではない。神より、その新たな肉を与えられたのだ。全ての記憶、全ての想いに耐えられる強靭な精神力と処理能力。そして力を解放しても弾け飛ばぬ強靭な“勇者に見合う肉”をな」
老婆はそう言って、桶に張った水を指差した。
僕がそこを覗き込むと、水面には見たこともない男が映っていた。
赤い髪に金の目をした、15歳程の色の白い若者。
「ーーー……」
僕は今年31歳になったばかりだった。茶色の髪に、焦げ茶色の目。頬には目立つ傷跡があり、肌だって日に焼け浅黒くなってた。
明らかに違うその姿に、僕は思わず水面を見つめながら老婆に尋ねる。
「……誰?」
「お前じゃ」
「若くない?」
「鍵を開けた者の、精神年齢が反映される」
「……」
「……」
「若くない?」
「若いのう」
「……」
……なにげにショックだった……。
僕が無言で水鏡を睨んでいると、老婆は言った。
「レイス様が言っておったよ。“黄昏の勇者は、明日を夢見て眠っている”と。目覚めたからには……明日はくるのかの?」
……レイス様? 誰だろう?
僕は老婆の言葉の意味が分からず、尋ね返そうとした。
「それは一体、どういう……」
ーーーカチン……
「っ!」
だけど僕が尋ねようとした時、脳の奥で何かの音が響き、凄まじい目眩を覚えた。
僕は堪らず、再び膝をつく。
「ーーー……どうかしたのか? 黄昏の勇者よ……」
老婆の声が響くが、その声は僕の意識には届かなかった。
なんせ僕の内側から、僕を創った者の声が響いていたのだから。
◆
『ーーー……勇者……。……勇者よ。聴こえるかい? 僕は君の身体を創った者だ。名を“ゼロス”と言う』
………ゼロス様?
『これはこの身体が目覚めた時、その力を存分に使える為の使用説明書のような物。僕の“自動音声”だ』
自動……音声?
『そう、だって、君がこれを聞いているということは、きっと僕はもうこの世にはいないんだろうから』
……え?
……まだ普通に居ましたが?
ちょっと何を言ってるのか、分からなくなってきた。
『君は人の過ちにより、闇に染まろうとするその世界を救おうと願った。そしてその身を顧みない、究極の愛を見出したんだね。そう、それこそがこの黄昏の勇者となる為の“鍵”だった』
……え?
いや、あなたの指示でしたよね。人も確かに悪かった。でも最終的に、あなたの不用意な一言に、レイス様が怒ったように見えましたが……。
ゼロス様の聖声は、僕の内心のツッコミなど無視して話を進める。
『黄昏の勇者よ。この身体には、僕の愛と平和への願いを込め創り上げた。その秘めたる力は、かの封印を解かれた魔王にすら匹敵するだろう。おめでとう。黄昏の勇者よ。ーーー……君とこの世界に、僕からの祝福を贈る』
……え、魔王に封印掛けたのは、あなた……。
そこで僕はもうツッコミを入れる事は止めて、ただ苦笑した。
「……神様達は、相変わらずだなあ……」
僕は笑いながら、懐かしくて大好きなその声に耳を傾けた。
ーーー……そう。僕は全部、“思い出していた”んだ。
◇◇
雪の吹き荒ぶ、夜の戦場に舞い戻った勇者の一声で、大地にいる者達が雄叫びを上げ、剣を固く握り締めた。
そして最早、立ち上がることすら不可能であったろう者達の傷が癒え、闘志を滾らせ再び立ち上る。
そんな彼等の身から滾る闘志のオーラは可視の光となり、その身に護りの加護を与えた。
ーーーそれは微かに、だけど眩しくキラキラと輝く波。
まるで黄昏の空を照らし返す、波の様だった。
手を翳したままの勇者に、魔王が尋ねる。
「……何をした? ーーー……お前は……、誰だ?」
魔王は余波を弾きながら、背後の勇者にも注意をはらった。
そこに現れた青年が、勇者であることは間違いない。
しかし、勇者は肉体を捨てる毎に、記憶を失う。
勇者はそんな魔王を無言で見つめた後、大地に降り立ちアーサーの骸に黙祷を捧げた。
そしてスラリとその胸から、聖剣ヴェルダンディーを抜き取る。
血痕一つ残さず引き抜かれた聖剣は、まるでその時を待っていたかのように、虹色の強い輝きを放ちだした。
勇者は天高くそれを掲げると、マナを込め世界を照らし出す程の強い光を聖剣から放つ。
その光に、魔王は目を見開いた。
だってその瞬きは、魔王が魂だけの勇者とコミュニケーションを取る時に使っていた、二人だけの秘密の信号だったんだから。
魔王は困ったようにフッと笑い、小さく手で合図を出す。
そして、まるで遊びにでも誘うような楽しげな口調で言った。
「もういい。待っていたぞ、早く来い」
勇者はニヤリと笑うと、余波の一つに向かって、高く跳躍した。
ーーー俺は、二人の信号の全てを知ってる訳ではない。
だけどさっきの光の意味は、何とか読み取ることができた。
“ゴメンネ、ニイサン! (๑´ڡ`๑)ノ”
◆◆
天空では、目から慈愛の光が消えたゼロスが、冷ややかな口調でその魔法の名を告げた。
「蜃気楼空間」
途端、ゼロスの姿が30体に分裂する。
ーーーゼロスがいっぱいだ!
その魔法の効果はよく分からないけど、俺は幸せな気持ちになった。
一方レイスは、口元を歪ませながら淡々とその現象を解析していく。
「……空間を歪ませたか。空間に区画を創り、その間を空間転移で繋ぐ。まるで不可視の大迷宮。しかもその上で、空気と光に歪みをつくり、ゼロス本体の位置を暗ましたか。……なる程。確かに“蜃気楼空間”という名に相応しい空間だ」
……戦闘フェチのレイスが、丁寧な解説をしてくれる。
なる程。そういう技なんだね。俺にはよく分からないけど、凄いぞ! ゼロス!!
レイスは30体のゼロスを、面白そうに眺めながら言った。
「こんな迷路に閉じ込めて、追いかけっこでもするつもり? ゼロスは浅はか! ゼロスは本当に逃げてばかり!!」
挑発のようなレイスの言葉にも、ゼロスの瞳はもう揺らがない。突き出したてを握ると、低い声で新たな魔法を放つ。
「反射鏡」
「!?」
レイスが周囲に目を向けたとき、レイスとゼロスの周りに、大人の人間ひと抱えほどのミラーボールが数百出現した。
ディスコとかのダンスフロアの天井にぶら下がってるアレだ。
ゼロスが冷ややかにレイスに言った。
「僕は逃げないよ。だってここで逃げ回るのは、レイスなんだから」
30体のゼロスの手に、白い光が集まり始める。
普通の生き物なら目が潰れるほどの、眩しい光エネルギーの塊だ。
ゼロスは大きく振りかぶり、それを投げた。
「神の光!」
投げられた光は次の瞬間ゲートを通り、数キロ先に出現。そこでミラーボールにぶつかり、ランダムに向きを変えた。
まるで瞬くように光は現れては消える。
その光を見ていたレイスが、突然動いた。
「っ!」
レイスが動いたとほぼ同時に、レイスがいた場所の数メートル先に、光が出現する。
レイスはギリギリで光の玉を避けたものの、黒いスカートと、フェンリルの毛皮が掠り、触れた部分が消滅した。
ゼロスが2つ目の光の玉を創り出しながら、唖然とするレイスに声を掛ける。
「僕は逃げない。迷路を抜けておいでよ。ーーー但し、立ち止まってたら、焼き切れるだろうけど、ねっ!」
ゼロスが語尾に合わせ、また光の玉を投げつける。
レイスは口元を歪ませながら、ゼロスに言った。
「面白い。だけど、こんな複雑な迷路で神の光を使えば、自分の首も締めることになる!」
「何を言ってるの? 僕は自分の創った物くらい、ちゃんと把握をしてる。この迷路の全貌や、反射角くらい余裕さ。まあ、ラムガルに任せてサボってたレイスには、分かんないだろうけどね!」
「っ……」
レイスは痛い所を突かれて、押し黙った。
実際、自分の創り出した魔物達の特性とか、名前とか、忘れている子もいるからね……。
あ、ラムガルがちゃんと管理して、覚えてはいるんだよ? それはもう、完璧な秘書ぶりで。
レイスは悔し紛れにポツリと呟く。
「……さっきまで、虫ケラに咬まれたって泣いてたくせに……」
「……」
ゼロスの額に小さな青筋が立った。
次の瞬間、今度は2つの光が同時にレイスの居る部屋に飛び込んで来た。
レイスは身を捻って、それらを器用に避ける。
そして3発めを投げ、更に4発目を創り出そうとするゼロスに、レイスがそれは嬉しそうに叫んだ。
「ーーー攻撃こそが絶対の防御。よくぞその真理に気付いた、ゼロス!!」
「いや知らないよ」
ゼロスは無情とも言えるほど冷たい声で答え、レイスはその見えない大迷宮を、愉しげに駆け抜け始めた。
「……ゼロス、マスターのやってた録音音声を、やってみたかったんだよね」
「……」
「……まだ、静かに時を待ってるの?」
「……違うけど?」
『アインス様、本当に、本当に、それ以上ツッコまないであげてください! ヤブヘビが洒落になりません! ヤブからヨルムンガンドとか出てきますから!』(下々の者は必死です)




