仔等は、“テイマー”の術を完成させた1 〜黄昏の天界戦争⑥〜
聖域の外の平野でも、T-REXによる混乱は極められていた。
黒いT-REXが、魔物も人間もエルフもアニマロイドも、全て分け隔てなく、喰らい尽くそうと顎を大きく開き、走り回っていたからだ。
そこで、一人の若い人間の兵士が、持てる力すべてを注いでT-REXから逃げていた。
そしてふと、隣でT-REXに反撃を試みている大きな体格の魔族に、怒鳴るように尋ねた。
「何だよ、コイツ等はっ!! 何で地竜が走ってんだよ!? お前らの仲間か!?」
「こんなモノは、知らない! くっっ!!」
「ゴギャオォォォォーーーン!!」
魔族と言えども、魔法すら通さないこのモンスター相手に、焦りを浮かべながら応戦する。
そして邪魔だと言わんばかりに、若い兵士に忠告をした。
「群れなければ何も出来ん人間共は下がっていろ。我々は貴様らなど戦力として考えてはいない」
「なんだと? 俺達だってこの戦いで魔物を多く葬ってやっただろ!」
「だからなんだ? ならせいぜい寄せ集まって、格好の餌食にでもなるんだな」
若い兵士は、青筋を立てながら叫んだ。
「誇り云々ほざく前に、現実を見ろよ! 馬鹿魔物共が! アレはお前なんかより、格段に強いだろう!」
「……っ」
魔族もその言葉に、青筋を立て睨み返す。
「貴様ごときが我らを愚弄するか? 走る地竜を屠る前に、脆弱なお前から葬ってやるわ!」
ーーー……この世界において、T-REXは走る地竜と呼ばれる事となった。
魔族は爪を兵士に向け構える。
兵士は恐れる事なく尚も言い返した。
「お前達が強い事くらい、嫌ってほど知ってる! そうさ、あんたの言う通り、俺達人間は弱い。だがな、俺達は弱いからこそ、ずっと自分より強い奴らを相手して来た。自分より強いやつとの戦い方を知ってんだよ! お前達は強い。そして走る地竜はもっと強い! 俺達が戦い方を教えてやる! 協力しろ!」
人間達は、決して魔族を侮らない。産まれたての幼子でも、見つければ狩り尽くすほどの徹底ぶりだ。
それ程までに彼らは魔族を恐れていた。
言い換えれば、その力を認めていたんだ。
魔族は一瞬沈黙したが、再び兵士を激しく睨んだ。
「馬鹿が。我等が下るはず無いだろう。興醒めだ。人間共など群れて勝手に食い散らかされるが良い」
「っ」
協定案は破断。
先程まで戦っていた相手に、流石に虫が良すぎた。
魔族は再び走る地竜に向き直る。
だが同時に走る地竜は、魔族に向かって素早く跳躍したのだった。
「くっ、見縊るなよっ!」
魔族はそう言って、大きくひらかれた口内に向って炎の魔法を放った。
だが走る地竜は火竜の様に大して炎を嫌がる様子も無く、突き進んでくる。
「っな……」
「あっ……」
信じられないスピードで距離を詰め、魔族に喰らいつこうとする走る地竜に、魔族と兵士が同時に声を上げた。
絶体絶命だった。
もう数十センチも無い魔族と走る地竜の間に、その時風が吹き抜けた。
ーーーヒュオ…… ガギィンッ!!
「グハッ」
「グギャオォッ」
風が放った一撃に、魔族は弾き飛ばされ、走る地竜はその脚を止めた。
兵士と魔族はその姿に目を見開き、それぞれが驚愕の声を上げた。
「な、……何が起こった? こ、子供?」
「ライラ!? お前、一体今まで何処に!」
走る地竜の前に立ちはだかるのは、2丁の斧を両手に構えた少女。
ピンクの長いマフラーと紫紺の長い髪を風に揺らし、血が固まり前髪がオールバックになったその顔には、朱色の瞳が爛々と異彩を放っている。
ーーー弱虫ライラ。根暗ライラ。忌み子のライラ。そして、族長の娘ライラ。
それが少女の人生の中で付けられた名前だった。
ガネシャはこのライラを、何も知らず必死で守ろうとした。
……そう、何も知らなかった。
魔物達はC級以下と判定された者達は、戦力外通達を受け、この戦いから隔離されている。
つまりこのライラは、決して弱者では無かったのだ。
ライラは走る地竜から目を離さずにハッキリとした声で魔族に言った。
「オトン、つまらん喧嘩してる場合やあらへんやろ。油断したらアカン」
一瞬、魔族の表情が固まり、辺りが沈黙した。
「……。……。……っな、な!? ライラ!? なんだその言葉遣いは!?」
ライラは肩を竦めた。
「そんな事、今関係あれへん。……なあ人間。そんな石頭なオトンはほっとき。勝手に一人で自滅したらええんや。アタシがアンタに力を貸したる」
「ほ、本当か!?」
「うん、嘘はつかんよ」
その時、再び走る地竜が立ち直り、雄叫びを上げた。
「ギャァアアアアーーーーオォ!!!」
ーーーガィンッ!
しかしそれも今度は、魔族の放った魔法により沈められる。
「ッグギャ!」
「グラビティホール!!」
魔族の放った魔法は大地ごと走る地竜を押しつぶし、大地に巨体を縫い留める。
しかし完全な征服はできておらず、頭や尻尾を振りながらもがく走る地竜を見る限り、縫い留めていられるのもそう長くは無さそうだ。
だがその隙に、魔族はライラに向き直ると、怒鳴り声を上げた。
「っこのバカ娘が! 人間に手を貸す!? 無理に決まっているだろう! 誇りはどうした! 魔族としての誇りは!」
「はん。ホコリなんて、掃いて捨てるもんや」
「な!?」
「オトンかって知ってるやろ。大昔に存在した絆の街の事。昔の人に出来て、もっと賢なったアタシ等に出来んはずがない。魔族も魔物も、やろと思えば人間と協力出来る!」
「……無理だ。出来る訳が無い! 事実その街は消滅しただろう! 我等と人間は相容れるはずがないのだ!」
ライラは眉をしかめ、憎々しげに地面を睨んだ。
「それは、魔族のせいや無い。“アビス”のせいや。アレがアタシの大事なもん全部壊した。魔物の権利も、この目の色かて……どんだけあのバケモンにっ……!」
だけどライラはすぐにフッと肩の力を抜くと、兵士に向かって笑いかけた。
「……まあ、もうええんやけどな。お姉様が言うてくれたんよ。アタシの事を“お日様みたいやな”って」
「? ??」
突然話を振られた兵士は、ただ困惑する。
ライラは再び表情を引き締めると、手の上に2つの光る魔法の紋様を浮かび上がらせ、兵士に突き出し言った。
「人間。あんた等は弱い。動きも遅いし、口頭での指示なんて待ってたら、よけいにアタシらまで弱なる。だからアタシはオリジナル魔法の“契約紋”を作った」
ライラの手の上でふわふわと回る、2つの剣と盾の様な紋様を見ながら、魔族は訝しげに眉を寄せライラに尋ねた。
「……何だそれは?」
「オトンは黙ってて。ーーーこれはな、」
ライラは反抗期だ。
「これは、ルドルフ様の対話魔法と、デーモン達の魔法契約を参考にした新魔法。契約内容を互いに了承して、この紋を身体の一部に焼き付ければ、互いの心が読める様になる。同時に、アタシ等は人間に使役される事を了承することになる。ーーー……契約内容は、契約中は互いへの危害は加えられんくなる事。そして嘘をつけんくなることやな。……ただし、互いの協力の目的利害を違えた場合、紋は消え契約は無効になる。そうなった場合は危害も加え放題の、嘘つき放題や」
ライラの説明に、兵士は吐き捨てるように行った。
「……役目が終わったら、食い放題ってか。どっちが使役されてんのか分かんねーな」
ライラは困ったように眉を寄せ、言い訳をする。
「そう皮肉は言わんといて。言うたやろ? 互いの信頼という了解がいる。魔物は素直や。人間が約束を違えん限り、切ることはないやろな。それに間違っても、人間見下すようなオトンみたいな奴に紋は刻めん。……契約中は嘘もつけんのや。寧ろアンタがその心をさらけ出す覚悟が、あるかどうかや」
その説明に魔族はわなわなと震え、体中から怒りのオーラを立ち昇らせながら怒鳴った。
「に、人間に使役だと!? あり得ん!! 同等でもあり得んのに!」
「ホラな?」
怒気をサラリと受け流すライラに、兵士はゴクリとツバを飲み込むと、大いに納得して頷いた。
「ライラ、いい加減に冗談は終わりにしろ! そもそもお前、いつの間にそんなものを作った!?」
「結構前からや。でも怖て使えんと、ずっとしまってた。……お姉様がアタシに勇気をくれた。“信じてもええよ”って、“アタシの好きにしぃ”って、背中押してくれた」
「っそもそも、お姉様って誰だぁ!?」
魔族が怒り心頭に、そう怒鳴り声を上げた時、それをかき消す咆哮が辺りを包んだ。
走る地竜が重力の檻を破り壊したのだった。
ライラは紋を兵士に差し出し口早に言った。
「っもう時間ない! アンタも心を決めるんや!」
「ーーーっ、しかし、君はいいのか!?俺の名前だって知らないだろう!?」
兵士の不安の声に、ライラは笑った。
「名前らどうでもええわ。それよりアンタの心意気、アタシに見せな!」
兵士の目に強い光が宿り、兵士は紋の一つを掌で握り込んだ。
「……その通りだな。ーーー後悔はさせない。共に戦おう!」
ーーーージュ……
小さな音と煙が、その手の中から上がった。
「お姉様の想いを私は受け継ぐ!」
言葉づかいは、受け継がんでええんやでぇ……Σ(´∀`;)




