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仔は、暁の幻を見た 〜黄昏の天界戦争⑤〜

 森の中で、ガネシャは少女を背に庇いながら2丁の斧を振るう。

 T-REXの神により強化された鱗は硬く、大木を細切れにし、吹き飛ばす風圧さえ、そよ風程度にしか感じていない。


 ーーーそれでも諦めた瞬間、死ぬ。


 ガネシャ一人なら、結構あっさりと諦めてただろう。

 少女も一人なら、目の前の運命を素直に受け入れていた。


 でも、この子を守り切らなければならない。

 少女も、目の前のガネシャが諦めないなら、自分も諦めるわけには行かない。


 互いに名も知らないもの同士。年齢も、性別も種族さえ違う。

 だけどそこには、間違いなく“絆”が存在した。


 いたぶる様に相手を攻撃し、隙を見せれば、一撃必殺の攻撃を繰り出そうとする狡猾なモンスターに、ガネシャは気合を以てして立ちはだかる。



「ルオオォぉぉぉぉぉーーーーーッッッ!!!」



 ーーーっザン!! フォン、ザシュッ!!


 俺は彼女のその姿に、伝説の英雄・李逵りき の姿を重ね見た。

 その優しさ、その2丁使いの斧、俺は樹液を流しそうになりながら、その漢の姿を芽に焼き付けていた。

 そして少女も、その後ろ姿を目を背ける事なくじっと見つめている。


「ギャァアアアアーーーーオォ!!!」

「ウオラァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーッッッ!!!」


 T-REXが5トンは超えるであろうその体重をものともせず、大地を踏み砕きながら、軽やかに10メートルほど飛躍する。

 李逵は……、じゃなくてガネシャは、その真下から気合と共にタイミングを僅かにずらし、2丁の斧を投げつける。

 そこはT-REXの胸。骨の隙間。筋肉の繋ぎ目。

 唯の斧であれば、軽くその鱗に弾かれただろうが、ガネシャの斧は神の創りし神具だ。

 投げられた1本目の斧がT-REXの胸の鱗に傷を付け、2本目がハンマー宜しく、それを胸の奥に叩き込む。

 その衝撃に、T-REXは苦痛の悲鳴を漏らした。


「ギャウグゥゥッ」


 それでもT-REXは闘志を失わず、ガネシャを睨む。

 相対するガネシャも逃げようとはせず、その拳に身体強化の魔法を集中的に重ね掛けする。


 ーーーピシッ……


 ガネシャの持つ、高純度の魔石にヒビが入った。

 ガネシャは気にせず、その爪を避けると踏み込み、胸の下に潜り込む。そして咆哮を上げながら、T-REXの胸に渾身の一撃を叩き込んだ。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーぉぉっっ!!」

「ゴギャオォォォォォォォォォーーーーーーーーーっっ!!」




 ーーーーズドンッッ!!




 ガネシャの拳は、T-REXの胸に食い込んだ斧の柄に、止めとばかりに叩き込まれた。



 ーーードォォォォォーーーーーッッン!!


「お姉様っ!!」


 ガネシャを押し潰すようにそのまま倒れ込んだT-REXに、少女は駆け寄った。

 ビクンビクンと身体を痙攣させるT-REXを、少女は渾身の力で持ち上げ、仰向けに返した。


「おねっ、お姉様!!」


 仰向けにしたT-REXの胸には、腰までその胸にめり込んだガネシャの2本の足が、藻掻くようにバタバタとしながら突き出していた。

 少女は慌ててその足を掴み引きずり出す。


「ゴホッ、ゴホッ!! アカン、筋肉めっちゃ締まってきて、潰されるか思った! 潰されるか思った!!」


 全身血まみれになりながらも、意外と元気そうなガネシャに、少女はほっと胸を撫で下ろした。

 それから二人は、最早立ち上がることの出来なくなったT-REXから飛び降り、足早にまた移動を開始した。


 顔の血を拭いながら、ガネシャは少女の背を軽く叩く。


「助かったわ。お嬢ちゃん細い腕しとんのに、結構力あんのやなあ。ビックリしたで」

「え? え、ええ。魔族ですから……」


 少女ははぐらかす様に手を振りながら、慌てて答えた。


 その時、背後で藻掻いていたT-REXが、最期の息を吐いた。


「ーーークオォ……ん……」


「?」

「!?」


 少女はその呻きに小首を傾げただけだが、ガネシャは凄まじい悪寒を感じた。




 ーーーヤバイ……




「キャッ!?」


 ガネシャは自分の内から響く警告に従って、少女を地面に投げ飛ばした。

 そして自身にも防御の魔法を重ねがけする。




 ーーーーパキンッ……




 ガネシャの持つ高純度の魔石が、とうとう宿したマナを使い尽くし、砕け散った。

 同時に、T-REXの命の鼓動が止まった。


 そして、T-REXの身体は、鋭い槍となり全方位に爆ぜた。




 ーーーザンッッッ!!




「ーーー……どうしたんですか? お姉様……」


 少女は突然わけもわからず投げ飛ばされ、倒れ落ちた場所から慌てて身を起こし振り向いた。


 ガネシャは手を大きく広げ、立っていた。


「ーーーお姉様?」


「ーーー……ガフッ」

「ッヒ」


 答えの代わりに、ガネシャの口から大量の鮮血が溢れ出た。

 その背に、腕に、足に、かろうじて頭を除く身体中に、2メートルを越す黒い槍が無数に突き刺さっていた。



 ◆




 ーーーあー……気付くん、遅れたなあ……。

 なんせあっちこっち、ヤバイ匂いばっかりなんやもん。そら、鼻も麻痺するわ。



 即死してもおかしくないダメージを受けた事で、ガネシャの脳は身体に走る痛みを感じさせる事を遮断した。同時に、思考や視覚、聴覚等も朧気にさせてしまってもいるのだが。

 ボンヤリとした意識の中で、痛みは無いが、自分の身体から凄まじい勢いで何かが失われていくのを感じる。

 それは血なのか、はたまた命そのものなのか……。

 ふと、自分の腕に触れる暖かいものを感じ、ガネシャは霞む視界でそれを見た。


 ーーーそれは吹き荒ぶ雪の夜を裂く、暖かな光だった。



 ◆




「お姉様っ!! お姉様っ、しっかりして!!」


 少女は泣きながら、ガネシャの腕にすがりついた。

 数十本も貫通せんという勢いで突き刺さった黒い槍を、手の皮が切り刻まれるのも気にせず、力任せに引っ張り抜いては投げ棄てる。


「お姉様っ、お姉様ぁ……」


 ーーーギシッ


 ふとガネシャの体が揺れ動き、その体内から槍の擦れ合い立てる嫌な音が響いた。

 血にまみれた大きな手が、少女の紫紺の髪を撫でる。


「……っお姉様!」


 涙も拭かず、少女はガネシャを見上げた。

 ガネシャは眩しそうに目を細めながら、少女を見下ろし笑っていた。


「お姉様……なんで? なんで魔族の私なんかに……こんな……」


 ーーー死ぬのは、貴女じゃない。貴女の筈が無い。


 後悔と懺悔の念で押し潰されそうになりながら、少女はガネシャに呼び掛けた。


「ーーー……もうな、魔族とかええねん。アンタはアタシの“妹”やから」


 目を見開き、言葉を詰まらせる少女の頭をガネシャは撫で続けながら言う。


「アタシなあ……ずっと兄弟姉妹等を助けたかったんや。他の子拾ってたんは、多分罪滅ぼし……いや、そんな大層なもんちゃう。ただのアタシの気晴らしやった」


 少女はガネシャの言っている事は、全く分からない。

 だけどその手をきつく握りしめ、一言たりとも聞き洩らすまいと耳を傾ける。


「ずっと、気晴らしに気の毒な子らを買い続けて、その為の金稼ぎ続けて。でもな、ずっとアタシは闇の中を歩いとった。それが当たり前で、ずっとこのまんまやって思ってた」


 少女は、泣きながら相槌を打つ。


「ーーー……なあ、もっかい、アタシを呼んでくれへんか?」


 ガネシャの頼みに、少女は悲鳴の様な声で答えた。


「っお姉様……お姉様!! 頑張って、行かないで! まだ、……名前もお聞きしてないのに……」


 ガネシャはふと、考える。


「名前? ……そうか、名前なあ……。まあ、そんなもんも、もうええやん。いや、……無いほうが、……ええねん」


 少女は目に涙を溜め、首を傾げた。

 ガネシャはうわ言の様に話し続ける。


「もう、アタシはアカン。遺すんは、名前やのうて想いやから。アタシはアンタに何でもしてあげるつもりやった。妹やもん。ほんまは付いてって手伝いたかったけど、まあ、アンタならできるよ」


 少女は死を受け入れようとしているガネシャに大きく首を横に振り、そんな少女にガネシャは、困ったように笑いながら言った。


「まあ聞きぃ。ほんでいつか女子会でもしよ。待ち合わせ場所は地獄やで。キレイに生きる必要なんかない。生き足掻くんや。どんな汚いことしてもええ。その代わり、想いを貫くんや」


 ガネシャは少女の胸に、2丁の斧を押し付けた。そして嬉しそうに少女の顔を覗き込む。


「ーーー……その目ぇ、お日様みたいや。真っ赤な昇りたての朝日。紫紺の髪は朝焼けの空。ほんま、キレエやでえ。……なんや、そうか。夜は……もう、終わったんやなぁ、……よかったわぁ……  ……よか……  」



 ーーーそして、また1つの命が終わった。



「……」


 ーーー……ザッ


 少女はガネシャに背を向け、歩き始めた。

 少女はその抜け殻を惜しむ事も、別れの言葉を掛けることもしない。


 名の無い姉を尊敬しているからこそ、立ち止まりも振り向きもしなかった。





 ーーーお姉様の想いは私が受け継ぐ。 

 私の想いを貫く事。それがお姉様の想い。





 ーーー私はもう逃げない。





 ーーー私は、一人じゃないから。






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