神は、G細胞を持つ“新・〇〇ラ”を創り賜うた 〜黄昏の天界戦争④〜
ふと、ガネシャは雪の吹雪くこの暗闇の中で、魔族の少女が胸当てと短パンだけなのに気付き、肩を竦めた。
「ーーー……いくら魔族とか、若いて言うても、流石にその格好は寒ないか?」
そう言って、自分の首に巻いていた長いピンクのマフラーを、少女の首に巻いてやった。
少女は不思議そうにそっとマフラーに触れる。
「アンタ、名前は?」
「……」
その質問に、少女は俯いて答えなかった。
だけどおどおどと震えながら、ガネシャの首を指差し質問を返した。
「あの、何故私を助けてくださったのですか? ……その首の傷、……魔族の仕業でしょう?」
一瞬キョトンと目を丸めたガネシャは、自分の顔の前で手をブンブンと振った。
「チャウチャウ。この傷はオトン……人間につけられたんや。あんた等には関係あらへん」
「……に、人間同士で? 何故?」
見上げる少女の前髪の隙間から、チラリと目が見えた。
その瞳の色は朱色。人間にも、魔族にも忌み嫌われる色だった。
ーーーホンで、前髪伸ばしとるんかい。うっとーしやろーにな。
そんな迷信は信じていないガネシャは、角の生えた紫紺の髪をポンポンと叩いた。
「生きる為に、しゃーなかったんや」
話を終わらせるつもりでそう言ったガネシャだったが、少女は食いついて来る。
「人間同士であれば、争いがあっても共存できるのに、どうして魔族との共存は出来ないのでしょうか」
「は?」
「魔族も、生きる為に、人間を殺すことがあります。だけど、殺さないで別の方法を以て生きる者も居るのに」
「……」
ガネシャは目を丸くした。
ーーー人間を殺さない魔族がいる? 魔族は人間を餌にする。魔物も、魔獣も、あれ等は人類の敵だ。
そう、信じていた。
だけど少女は敵意のかけらも見せず、まるで心を許し切ったような純粋さで、ガネシャに尋ねる。
「なぜ、人と魔物は相容れないのです? 仲良くしようとしないんでしょうか?」
ーーーそら、種族が違う。人間と魔族やもん。
ガネシャはそう答えようとしたが、ふと、墓に刻まれた言葉を思い出し、別の言葉が口を突いて出た。
「そら、……きっと、あんた等も、あたし等も、まだ“賢こうない”からや。いつかもっと賢こなったら、……きっと分かりあえるんちゃうか?」
少女はガネシャを見上げた。そして、嬉しそうに口元を綻ばし言った。
「お父様は“人間とは相容れるべきでは無い”と言っていました。油断をすれば、姑息に寝首を掻きに来ると。……でも、私信じてたんです」
「何をや?」
「お姉様みたいに、強くて、美しくて、賢く、誇り高い人間も居るんだって!」
「っ」
その曇りない笑顔に、ガネシャの目が見開いた。
「ーーー……もういっぺん言うてみい?」
「え? “誇り高い人間も居る”?」
「ちゃう! その前!」
「“強くて、美しくて……”」
「そこもええフレーズなんやけど、もうちょい前!」
「……お姉様?」
少女の言葉に、ガネシャはものすごく嬉しそうに笑い、頷いた。
「あんたええ子やなあ。アタシ、魔族好っきやでぇ」
商売人はノリで話を合わすことがある。少女もつられて微笑む。
「私も、人間大好きです! いつか、古文書にあった、魔物達の権利を勝ち取った伝説の街“絆の街”を復興させることが夢なんです!」
「アンタ、魔族やのに変わってんなぁ。まあ、でもなんかしたいんやったらアタシも手ぇ貸したるわ。一応アタシ、人間の中でもそこそこ名前知れてんねん」
「そうなんですか! お姉様のお名前は……」
少女がそう尋ねようとした時、空から直径2メートル程の、黒い巨大なボールのような物が、雨のように落ちて来た。
「なんや!?」
ガネシャは辺りを見回しながら、斧を構え、威嚇の声を上げる。
ボールは大地にぶつかると、べシャリと潰れ、スライムのような液体となりウゴウゴと動きながら形を成していく。
「……アレも、……嫌な感じや!! 逃げるで、お嬢ちゃん!」
ガネシャはそう言って、黒いスライムが形を取る前に、少女を掴み走り出す。
「な、なな、何でしょうアレ!?」
「知らんわ! とにかくヤバイ! ちょっとでも距離稼ぐんや!」
少女はされるがままに抱えられながら、後ろの物体をチラリと観察する。
黒いスライムは伸び上がり、膨れ上がり、形を成していく。
「……アレは……地竜?」
少女の呟きに、ガネシャは前をまっすぐ見つめたまま、怒鳴るように聞き返す。
「っなんやて!?」
「5メートル位の地竜です! ううん、ただの地竜じゃない! 羽はないけど、二足歩行の走り鳥みたいな体型をしています」
「っなんやて!? アホな、走れる地竜!? 有り得へんがな!」
動けるぽっちゃりは、苛立たしげにそう怒鳴った。
そう。その黒いスライムが、形を成したのは、この世界には存在したことの無い、太古の生物“恐竜”だった。
中でも最凶の王者“T-REX”。
当然二人はそんな事知らない。
T-REXは大木さえ噛み砕き、象さえ咥え上げ投げ飛ばす強靭な顎を大きく開き、天に向かって咆えた。
「ゴキャアァァーーーーーン!!」
それは産声。
生命あるものを喰らい尽くすことを、本能として創られた獣の、歓喜の咆哮だった。
その叫びに応えるように、あちこちから咆哮が上がる。
そう。ボールは雨のように落ちて来ていたのだ。
T-REXは鼻をひくつかせ、獲物の匂いを嗅ぎ分ける。
そして当然のように、逃げる二人を見つけた。
T-REXは、まるで嗤う様に目を細めると、走り出した。
◆
其処から遥か上空で、剣を下段に構えたゼロスが怒鳴った。
「何をした!? レイス!」
レイスは鼻を鳴らし、淡々と言う。
「世界に太古のロマンを解き放った。先ずはT-REX。次は、プテラノドンを予定している」
「なんでだよ!? そもそもこの世界の太古に恐竜はいないからね!?」
「ゼロスはロマンが分かってない」
「レイスだってわかってないよ!」
二柱のロマンは、尽くズレている。
レイスはゼロスを見上げながら、だけどまるで見下すような視線を送りながら言った。
「ゼロスは、考えが浅い。馬鹿みたいにレイスの上の位置取りをして。……バレないとでも思った?」
「……っ何の事?」
そう尋ねるゼロスの顔には、明らかに焦りが浮かんでいた。
「さっきの、地上へ打った魔法で確信した。ゼロスがレイスの上の位置取りをしようとするのは、有利性の為じゃない。レイスに地上に向かって攻撃をさせないため」
「……っ、そ、そんな事……」
「そんな事ある。ゼロスじゃレイスの攻撃を受け止めきれない。ゼロスは賢いからそれをちゃんと分かってる」
「くっ、僕だって……」
ゼロスは否定しようと言い募るが、レイスは耳をかさない。
「それにゼロスは、あんまりレイスに魔法の攻撃はしてこない。レイスがそれを避けて、大地に魔法が落ちる事を恐れているから」
ゼロスは言葉を詰まらせた。図星過ぎて、言い返せなかったんだ。
「ーーーそんなんで、レイスに勝てると思ってる? 甘すぎる。そんなんだから、現実逃避する軟弱者になる」
「っ何でこの戦いが、現実逃避の軟弱者に繋がるわけ!?」
「黙れ。それより、本気で来い!」
「ーーー……っく」
あえて無防備に、両手を広げそういったレイスに、ゼロスは尚も魔法を放とうとはせず、剣を握りしめる。
レイスはため息をついた。そして、自分の足の下に、黒い玉を創り出した。
「ゼロスに勝つチャンスを上げる。この上ないハンデとも言える」
「?」
「今のレイスはゼロスと同等程度。そしてそこからレイスは3分の1のエネルギーを使って、このプテラノドンの卵を創った。このプテラノドンは、レイスの肉から創った。つまり神の細胞を持つ」
「!?」
「今からこれを大地に投げ落とす。そしたら、口から放射熱線を吐くこの“新・プテラ”が5億匹産まれ、地上に蔓延る命を喰らい尽くす。ただこれをゼロスが見逃せば、レイスのパワーは落ち、ゼロスが圧倒的有利になる。どう? いいでしょ」
胸を張って得意げに説明するレイス。
ーーー……なる程。
人類の奢りと過ちが生み出した、G細胞を持つ哀しき怪獣と言う訳か。
それはやがて人類へと牙を向き、破滅のカウントダウンがはじま……。
俺が物憂げにプロローグを読み上げていると、ゼロスは悲鳴を上げた。
「よくない! 最悪だよ! 本当に邪神なの!?」
レイスはゼロスの言葉にも心を動かさない。
無慈悲に黒い玉を大地に落とした。
「ふん、もしレイスが邪神と言うならば、……邪神をつくったのはゼロスだ! 本気を出さないこの似非博愛主義者!!」
……ゼロスに向かって“似非”を付けるのか、この子は……。
「や、ヤメロォォーーーーーーーーーーーーーっっ!!」
ゼロスが玉に向かって飛び、黒い玉にエクスカリバーを突き立てた。
ーーーピシッ
ーーーパァァァーーーーーー………ン……
レイスはやれやれとでも言うように、そんなゼロスを見やりながら呟いた。
「あ、それ孵る前に壊すと、卵の破片が飛び散るから」
ーーーそういう事は、割る前に言って欲しかった……と、ゼロスの心の叫びが聞こえた気がした。
卵は砕け、破片は鋭い凶悪な槍となり、全方位に向かって飛び散る。
レイスは淡々と続けた。
「至近距離でその衝撃を受けたゼロスは、ダメージによりレイスの消費分と同じくらいの、エネルギー消費を受ける事となる。………じっとしてれば、世界の生命が死に絶えるだけで、ゼロスが有利になれたのに」
……何という二段構え!?
それはもはや救いの欠片もない攻撃だったのだ。
レイスはこのターンで、ゼロスとの心理戦に打ち勝ち、ゼロスを本気にさせるばかりか、結果結局フィフティーに持ち込んだんだ。凄いぞ! レイス!
俺が内心でレイスの成長ぶりに目を見開いていると、ゼロスが腕に刺さった槍を抜きながら、ゆらりとレイスを睨む。
「ーーーもう、怒った」
その瞳には、つい最近見たあの“怒り”がなみなみと湛えられている。
ゼロスが、感情のこもらない、冷たい声で言い放った。
「いくぞ、この邪神め!」
「始めからそうすれば良かった。滅びたくなければ、お前も足掻くといい。ゼロス!」
……レイスはもう、邪神であることを否定しなくなっている。
ーーーこうして、レイスの思惑通り、ゼロスは本気になったんだ。
結局“新・プテラ”は、ゼロスによりその創造を邪魔され、不発となりました。
……いや、被害甚大には変わりないんですが……。
※このせかいでは、ラウのせいで“赤い目は不吉”と、ジンクスになってます。




