神々の攻防 〜黄昏の天界戦争②〜
剣を構えたゼロスは、レイスではなく自分の後ろに“気”のようなものを放った。
ーーーパリン……
途端、小さな音と共に、勇者やその他人間達が閉じ込められていた、ダンジョンが砕け散る。
「…っは、僕は……!?」
驚愕する勇者達、魔物、魔族、天使や悪魔達、この場にいる全ての者に、ゼロスは“声”を飛ばした。
『ーーー皆、よく聞いて。僕の妹が、この世界を滅ぼそうとしている。僕は……必ずレイスを止める!』
「い、妹君!? この声、本当なゼロス様なのか!?」
「あれは邪神!」
「なんでレイス様が!?」
「邪神が、ゼロス様の妹!?」
「ヒヒイロカネを容易く打ち砕いたぞ!?」
「レイス様が怒った……やべぇ!」
ゼロスの言葉に、皆はやっと弾かれたように騒然と騒ぎ始めた。
『僕はこの世界の猶予を勝ち取る為、これからレイスと戦う。とてもじゃないけど、余波まで気にして君達を守れる余裕はない! 勇者、天使達、それにラムガル! 今回は魔法を解禁していいから、皆で協力して世界を守るんだ!』
「「「「「「「賜りました!」」」」」」」
天使達は各々に武器を構え、頷くが、勇者と魔王は混乱した。
「ぼ、僕が? 貴方はゼロス神なのか……? 一体何をっ……」
「は、いえしかし、勇者は人間の肉に囚われております! 流石に、耐えられるはずが無く……っ」
『なら、その肉を捨てるんだ』
「え?」
『勇者は聖剣で、自らその胸を刺し、自害すると良い。そうすればその魂は開放され全てを思い出し、持てる力を解放できる。そして、その行動を償いと見て、僕は今回の人間達の暴動の件を許す』
「な……」
その展開について行けない勇者は、顔を歪ませ言葉を詰まらせる。
その様子を見て、レイスはゼロスに溜息を吐きながら言った。
「勇者や、ラムガルに世界を守れ? 出来るわけがない。ゼロスは残酷。可哀相」
「言ってる事が滅茶苦茶だよ!? レイス!」
「滅茶苦茶なのはゼロスの方。まあいい。それより」
レイスの口元が歪む。
「始めよう、ゼロス!」
「!?」
ーーー世界が揺れた。
一合毎に世界は揺れ、全てを弾き飛ばす暴風と衝撃波が飛び、大地がひび割れる。
力の強い者は、吹き飛ばされる者を支え、飛べる者は、大地の裂け目から落ちる者を掴み上げた。
ルシファーもその腕に5名程の人間と魔物を抱え上げ、地面スレスレを飛び抜ける。
「くっそっ! おい。レイル、なんか手は無いのかよ……、なんか……」
「あ……あるわけ無い。ダンジョンの中でも、無理だった。……辛うじて耐えたあれだって、空間魔法以外で、一部屋の完成に3年以上かけたんだ」
その時、彼らの背後から悲鳴が上がった。
「たっ、助けてっ……」
「「!?」」
あちこちから轟音の響くその世界で、彼らが振り向いたそこには誰も居ない。
あるのは、巨岩の下から滲み出る、赤い血溜まり。
ルシファーは、眉間にシワを寄せ、再び飛躍した。
「くそっタレっ! 次だっ!!」
もう、振り返らない。
どれほど優しい王にでも、その混沌の中では、雑に扱われる命はある。
悪者は確かにいない。
だけど、正しい者だって居はしないのだ。
また、レイスの放った魔法を、世界を守ろうとするゼロスが弾き、その飛沫によって、2357個の命が消えて行った。
◆
ーーードォォン!!
「ボケっとするでないわっ! アーサー!」
魔王の焦りを含んだ怒声が飛んだ。
勇者は白と黒の光がぶつかり合う様を見上げ、聖剣を構えたままカタカタと震えていた。
「な、…んなんだ……。あれが、……神々の戦い? 僕らの戦ってきたあれは……何だったんだ?」
目の前の戦いに比べれば、まるで自分達の戦いなど、紙相撲も良い所だ。
ーーー何も、……出来る筈がない!
「アーサー!!」
「!?」
勇者は、自分を叱咤するその声に、ふと我に返った。
「ガルム……兄さん?」
「己を見失うな。お前は勇敢なる者。“勇者”なのだ!」
ラムガルは神々の戦いから放たれる余波を全力で緩和し、強靭な筋肉で飛んでくる瓦礫を打ち砕きながら、心の折れた勇者に語りかける。
だけど、勇者の震えは止まらない。
「……でも、……こんなの、無理だ……」
「っ立ち向かえ。己を信じろ。お前はまだ強くなれる!」
「……だけど、シヴァと僕は違う。……僕は滅びなんか望んでない! 死にたくはない!」
「ーーー……」
……神は、アーサーに言ったんだ。
ーーー自害すると良い。
その死を以て、罪を償えと。
「ーーー……僕は……」
ラムガルはその手を休める事なく、低く落ち着いた声で、諭す様に言った。
「アーサー。……そうだな、恐ろしいな。己の存在を否定されるのは。だがゼロス神様はお優しい。もう既にお前のことは許しておられる。ああ仰ったのは、後の人間共を納得させる為の建前だ」
「嘘だ……、なら何故この状況下で、僕に死ねと?」
震える勇者に、魔王は強い口調で言った。
「っ分からぬ! 神のお考えになることなど、余には分からぬ!! ーーーただ、何かお考えがあっての事!! 信じよっ、アーサー!!」
「うっ……い、嫌だっ、嫌だ! そんなの、信じられない! 僕は神に逆らった! 定められた理を覆そうと……僕は……」
震えながら首を振る勇者に、魔王は言った。
「ならば、余を信じよ」
そのあまりに突飛な魔王の言葉に、勇者は固まり、震えすら止まった。
「……え?」
「余はゼロス様の聖心を信じている。神が信じられぬと言うなら、余を信じろ。アーサー」
勇者は固まり、魔王は瓦礫を砕く。そして、轟音の中、二人の間には暫くの沈黙が流れた。
そして、突然勇者は笑いだした。
「ーーーぷ、ふはっ! アハハハハハハハハハハ!」
「笑うな」
「だって、本気!? 自惚れ!?」
「笑うな!」
魔王は、苛立たしげに怒鳴った。……いや、照れ隠しだね。
勇者は聖剣を天高く掲げ、笑った。
その手にはもう、震えは無い。
勇者は言った。
「貴方は、いつだって正しかった。そして、僕を導いてくれた」
そして、聖剣を逆に持ち替える。
「ーーー信じるよ。ガルム兄さん」
ーーードッ!
勇者は聖剣で、勢いよく己の胸を突き刺した。
天使達はシヴァが居なくなり、普通にゼロスの所に戻りました。
「天使達よ。俺は神だ。俺の言う事をよく聞け」
「「「「「「「はい、主よ」」」」」」」
「ゼロスの言うことは聞くな。いいな」
「「「「「「「はい、主よ」」」」」」」
◆
「天使達!」
「「「「「「「……」」」」」」」(しーん)
「ふ、チョロいな」




