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神は滅びを与え、そして日は沈む

 

 ゼロは俯き、震える声で言った。


「ーーー……。……ごめん、シヴァ」


 そして、シヴァにゼロスは手をかざす。


 その声は強張り、まるで心を引き裂かれそうな程に悲しげ。だけど、ハッキリとした判決を告げる声。

 ゼロスは、創世来ずっと嫌悪し続けていた“死”を、愛する者に自らの手で与え下す。




「ーーーお前に、“死”を与える」





 ゼロスに手をかざされたシヴァの身体は、まるで何かを吸い取られるように、どんどん萎んでいく。

 ゼロスはそれから目を逸らせるように俯いたまま、シヴァに言った。


「ーーー……。シヴァは言っていたね。君の願いは、僕の心を砕くこと。自分の創造した者達に裏切られ、争いと破壊を望む様を見せつける事。そして、自身の愛したものを壊させ、僕の心を壊す事って」


 どこかホッとしたような、落ち着いた声でシヴァは答えた。


「ああ」


 ゼロスが顔を上げシヴァを見る。

 そしてそれは悲しそうに、祝福を贈った。



「ーーー……っ願いが、叶ったね。おめでとう」



 震える声でそう言ったゼロスは、子供のようにボロボロと涙をこぼしながら泣いていた。

 老人の様にシワシワの小さな身体になったシヴァは、そのゼロスの表情に驚き目を丸める。

 しかし直ぐに肩の力を抜くと、ふっと笑った。


「おいおいゼロ、そんな顔をするなよ。元々の被害者はこっちなのに……俺が悪者みたいだろう」

「……でも……でも、何があっても、僕は死が嫌いだから。……ずっと、きっといつまでも嫌だよ。だって、見送るのは寂しい。死んで聖者になっても、いつかは消えてしまうんだ。……大好きなのにっ」


 そういって泣きじゃくる創世神に、シヴァは肩をすくめ溜息を吐いた。


「ふん、世界を滅ぼそうとしてた奴がよく言う。……まあ、いずれにせよ原因は俺。確かに俺は“悪者”か」


 そしてシヴァは、自分の願いを叶える為、俺をしょうがなく目指した。こうでも言わないと、ゼロスはその優しさが故、動いてはくれないから。

 シヴァは1000年前に俺と話した時、彼は気付いていた。

 俺にもし傷をつけられたとしても、切り倒せないだろうと言う事を分かってたんだ。

 ……俺、頑丈だもの。

 ゼロスやレイスが本気を出して、何とかなるクラスじゃないかな?

 かつてゴブリン達に寄生されて以来、俺は大きくなったし、ゼロスとレイスから、命の水をまさに浴びるほど貰ってきたからね……。


 そしてそんな事、ゼロスも分かってた。

 ただ俺が辛い思いをしないよう、反旗を翻した者達を、沈めようとしたんだ。

 だけどそんなゼロスも、ここで皆の想いを見つめ続けて、もうこの世界を滅ぼす気なんてなくなってた。

 個の想いが集まって引き起こされたこの大きな戦争の、小さな願い達の何と健気で愛しいことか。


 ゼロスは首を振った


「シヴァ。この戦争に、“悪者”は居ないよ。僕は愛しいが故、君に“未来”を与えた。そして君は、……君達は、願っただけ。そしてそれは僕の教え1つ破ってはいない。皆自分の信じた“愛”の為に戦ってた。その心に宿した願いは、とても……ささやかな願いだった。そしてだからこそ、尊い」


 シヴァは肩を竦める。


「理解できんな。とんだ博愛主義だ」

「君は知らないだろうけどね、前にもあったんだよ。“自分の想いを貫こうとして、間違った選択をした者達”。結果から言えば、ただ、運が悪かっただけ。“悪者”は居ないんだよ。ーーー……この死によって、君が、自分を取り戻せることを、僕は祈るよ」


 ゼロスの祈りを受け、骨に皮を張り付けただけのような姿のシヴァは、痛みも苦しみも見せず、穏やかに笑った。

 まるで、昔の友人に話すように。


「それなら心配ない。……俺は……ーーー」


 シヴァは、そう言って自分の右手を見つめた。

 浜辺で、幼いカーリーを叩いたその手。


「ーーー……俺は、間違った者を許せなかった。お前はきっと、笑って許すんだろう?」


 ゼロスはその言葉の意味が読み取れず、それでも頷いた。


「許すだろうね。僕はみんなが大好きだから」


 シヴァはゼロスとそっくりの、困ったような笑顔を浮かべた。



 ーーー個はその全を見て、全に触れ、全に助けられ

 全に見放され、全の愛を知り、己を……



 シヴァは、きっと何かを見つけていたんだろう。

 彼は穏やかな口調で言った。




「もういい。やっと、俺も逝ける。誰も恨まない。ーーー……もう誰も憎まないさ」




 ーーーバフン……。


 そして、シヴァの身体は粉となって砕けて消えた。


 サラサラと散る塵の中から現れたのは、白銀の光。

 肉体から解き放たれた、ひとつの美しい魂だった。


 それを見たガラフはニカッと笑い言った。


「皆、もう動いて良いぜ!」


 王の呪縛は解け、皆が顔を上げてその光景を見つめる

 でも、誰一人動こうとはしなかった。

 ガラフは頭を掻きながら懐を弄り、薄汚れたゴブレットを無造作に掴みだすとボヤいた。


「ふー、やれやれだぜ。やっぱ俺は王なんて柄じゃねえよな。……ーーー返すぜ!」


 そう言って高く投げ上げられた杯を、受け止めたのはマスター。

 マスターは杯に触れないように慎重に魔法で受け止め、直ぐ様それを、ダンジョンに閉じ込めた。

 それを見て、ガラフが笑う。


「マリー、頑張ってたぜ。後で褒めてやってくれ!」

「……分かった」


 ガラフはそれから、唖然と見つめる他の者達には挨拶もせず、その身を溶かし、深緑色光を放つマナ結晶となると、白銀の光に寄り添った。




 ーーー遅かったな。大将。


 ーーーちょっとしたトラブルがあったんだ。だがまあ、もう問題ない。


 ーーーちょっとした……? まあ、いいか! なっはっはっ!




 2つの光は、瞬きながら、何かを話しているようにじゃれ合いながら飛ぶ。


 まだ誰も動こうとしないその中で、唯ルシファーだけがそっと空に手をかざした。

 マナが動き、その手の中に、金色の粒子が集まり始める。

 そしてそこに再生されたのは、黄金の輝きを放つ魂、ジャンヌだった。


 黄金の輝きは再生と同時に空高く舞い上がり、白銀の光に寄り添った。



 ーーー迷惑をかけたな。俺を殴るんだったか?


 ーーー……そのつもりでしたが、……もういいです。その必要は、無さそうですから。



 それからふと、黄金の光はゼロスの前に漂い来て、騎士の敬礼のようにピシッと留まった。




 ーーー私の中には、創世神様(我が主君)への感謝しかない。ありがとうございました。そして、さようなら。



 無言で、ゼロスはそれを見つめる。

 光はゼロスの元から舞うように踊り上がり、再び白銀の光に寄り添った。



 ーーーさあ、一緒に行こう。



 3つの光は、戯れるように、小突き、小突かれ、舞い踊りながら楽しそうに空へと昇っていく。


 その光を見送りながら、ルシファーは小さく呟いた。


「……よかったな」


 ルシファーは、この輝きを見るのが好きだった。

 この世のあらゆる束縛を解き放たれた者の光。

 これ程まで輝けるのは、個を確立させ、その色を確固たる物とさせた者だけ。

 だからそれはそのものの本質、そして産まれたまま以上に純粋な姿。



 ーーー何てしなやかで、美しいんだろう。




 ◆



 未だ静寂に包まれるその場で、ポツリとゼロスが、呟いた。



「ーーー……いいな」



 泣き腫らしたその目には、憧れの念が灯っていた。

 ゼロスはそのまま空を仰いだまま、誰にとも無く言う。


「僕は神だ。……寵愛を与えれば世界が滅ぶ」


 ーーーそれはこの世界の歴史の中でも証明されてきた事実。


「僕も、心のままに愛したい。……この世界に、()の尊厳はないの?」


 ーーー泣きながら、自身の愛したものを壊したゼロスが呟いた。


 そして、哀しみに心を打ち砕かれたゼロスは、……願った。





「……僕も、人間になりたい」






「何を言ってる?」



 誰も身動きしないその場で、返されるこのハズの無い返事が聞こえた。

 そして同時に、かつて聞いたことのある轟音が響いた。



 ーーーーズズッ、ズズズズッ、ーーーゴォォォォオオォォォォンン‥‥



 それはかつて、この世界を消し飛ばした“禁断の魔法”の音とよく似ていた。


 世界が揺れ、ゼロスが天すら貫く青白い光の柱に呑み込まれた。


 ーーー何が起こった?


 この世界の者達は、誰一人その事態を理解できなかった。


 あの時程の広範囲では無いものの、そのエネルギーは強大だ。いや、一点に集約されている為、貫通力に関しては以前の比では無い。


 世界を貫く光の柱が消えたとき、そこにはゼロスの姿は無かった。

 かわりに、ゼロスの立っていた場所には、この世界の“核”まで届く程、深く、暗い穴が空いていた。

 冥界のある魔窟ですら、これほどまでに深くは無い。


 ゼロスの輝きで明るく照らされていた景色は闇に沈み、突然辺りは元通り夜となった。


 そしてその深い穴の縁に、白い髪をなびかせる、もう一柱の創世神が降り立った。


 レイスは穴の中を睨みつけながら、吐き捨てた。



「ゼロスは弱い。ゼロスは甘い。ゼロスは優柔不断。ゼロスは優しすぎる。ーーー……ゼロスは、……おかしくなった」



 真っ暗い穴からの返事は無い。


 ーーーそう。これこそが、ゼロス(この世界の太陽)が沈んだ瞬間だった。



 黄昏はやがて残光と共に消え、世界は闇に包まれる。



 レイスは気にせずフワリと、上昇すると、漆黒の巨大なエネルギーの玉を創り出し、頭上に掲げた。



「ゼロスがこれ以上おかしくなる前に、もうこの世界は消さないとダメ。もう、ゼロスの意見は聞かない。この世界が、ゼロスをダメにした」



 誰の意見も聞かない。

 誰に意見も言わせない。


 黄昏は消え、残光は消え、太陽は沈んだ。


 唯一の“個”にして、絶対の“全”は無情に言った。


「心配するな。聖域の中も、後で全部消す。楽園(エデンも)、魔窟も、天の星も。アインスとゼロス以外全部」



 レイスは玉を大地に向かって投げつける。




「もう、要らない」





 ーーーそれは“神”を失った者達の


 ひとつの結末だったーーー




「ねぇルシファー」

「なんでしょう?」

「ジャンヌの魂は随分と静かに再生させたね」

「そりゃオレだって、そのくらいは空気読みますよ。ははは……」

「うんそうだね。じゃあ、いつも言ってる詠唱っぽいのは?」

「……ははは、はは……」


この世界で魔法に詠唱は今のところ不要です……。

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