神は、神々と対談し賜うた①
ーーー人とは、どんな困難にだって、手を繋ぎ協力して立ち向かえる。
ーーー人とは善意に尊さと美しさを感じ、自身もそう有りたいと願う生き物。
ーーー人とは弱くて、卑怯で、愚か。だけど、強く、優しく、賢く在ろうとする生き物。
ーーー人とはそんな風に、神に創られた者達……。
マスターはそう信じていた。
全ての予測の根本にそれを置き、計算していた。
ーーー平伏しとけ。
神の威光を持つ者の声に、身動きも取れず、最早何も出来ない。
まあ出来るとするなら、ただ悔しげに震えながら、奥歯を噛みしめる事くらい。
ーーー間違えた。
ーーー最悪だ。もう、何も分からない……。
俺は、思う。
未来なんて普通は分からないし、分かる必要はない。
思い描いた未来なんて“夢”なんだ。
ただ未来がある。その事が何より大切なんだ。思い通りでも、そうで無かったとしても。
時が流れる。
過去の思い出とともに、今を泣き、笑い、そして、それを過去とすること。
俺はどんな“思い出”も、愛しく思う。
ーーーそう、例えどんな“思い出”でも。
◆
静まり返った戦場に日は陰り、帳の闇が迫り来る。
雲に覆われた空に星は見えず、僅かに残る残光に、舞い散る雪の影が浮かんだ。
何一つ、誰一人微動だにしないそこを、二人の男は歩いて行く。
そして聖域の前に辿り着く前に、一つの光が空から降りてきた。
光は眩しく、辺りの闇を押し退け一帯を明るく照らし返す。
そして光が……いや、ゼロスが二人に言った。
「時は満ちた。今こそ、審判の時だ」
神を前に、王は膝を折り跪く。
シヴァは真っ直ぐと、ゼロスを見据えた。
「……審判? なんの事だ?」
ゼロスは肩をすくませながら言う。
「君達が戦ってきた者達と、一つの約束をしたんだ。“1ヶ月だけ、この世界に猶予を与える。人間達が思い留まり、パーシヴァルが鎮まるのなら、僕は今一度この世界を掬い上げる事にする”と」
「ふうん? 今日は何日目だ?」
「24日目。まだ一週間猶予はあるよ」
「もし、その間人間達が思い留まらず、俺が突き進んだ場合……どうする気だった?」
「聖域以外の全てを、滅ぼす」
シヴァが笑った。
「やはりあいつ等は悪だった。アイツらのせいで、俺の願いは24日も先延ばしにされてたって事だ」
つられてゼロスも笑う。
ただ、シヴァの自虐的な笑いでは無く、慈愛の含んだ、いつもの困ったような顔で微笑むゼロス。
「何れにせよ、時は来た。人間達は剣を下ろし、精霊や聖者、そしてエルフ達は戦うことをやめた。後は、シヴァの想い次第だ」
ーーーシヴァが鎮まるのなら……。
魔王や賢者は力尽くで封印を施し、鎮めるつもりだった。
だが逆に彼らは鎮められ、もうシヴァを止めることは出来ない。
黙り込み、まっすぐとゼロスを睨むシヴァに、ゼロスは尋ねる。
「見ていたよ。シヴァ達の戦いを。……君の願いは、僕の心を砕くこと。僕が創造した者達に裏切られ、争いと破壊を望む様を見せつける事。そして、僕の愛したものを壊させ、僕の心を壊す事。そう言っていたね」
「……」
シヴァはただ激しく睨むだけで、何も言わない。
「それで、どうしたいの? 僕が、創造物達に裏切られ、孤独を感じさせたかったの? それなら痛い程に感じた」
「違う。そこでお前が何を思おうが、どうでも良い」
「じゃあ、君が神に成り代わりたかったの? 僕は君に目をかけてる。内容によっては手伝ってあげられる」
「違う。そんな物、なりたくなど無い」
「……」
「……」
「……じゃあ、僕を倒したかったの? 残念だけど、それは難しいと思うよ。やってみてもいいけど」
「っ違う!!」
シヴァは叫び、俯いた。
固く握られた拳からは、爪で皮膚が裂け、ポタポタと血が滴っている。
ゼロスは眉をしかめながら冷たい視線で、そんなシヴァを見る。
「じゃあ何? 世界樹を、斬り倒したいとでも? それだけは許さないけど」
「っ」
無言で唇を噛みしめるシヴァ。
その時、その隣から声が上がった。
「少し、良いでしょうか? ゼロス神様」
ゼロスがシヴァの隣で跪く男を見た。
ガラフだった。
「良いよ。……今はガラフマーと、名乗って居るんだっけ?」
「はい」
神妙に答えるガラフに、ゼロスは笑った。
「あはは、君にそう畏まられるのはなんだかおかしな感じだ。顔を上げて。昔の通り“ゼロ”で良いよ」
ゼロスの言葉に、ガラフは顔を上げ、じっとゼロスを見つめた。
そして言う
「ーーー……本当に、ゼロなんだな。随分……大っきくなったな」
「ま、“神”に年齢なんてないよ。そんなの僕が定めるものだから」
両手を広げて見せるゼロスに、ガラフは頷いた。
「……そうだな」
「それで、ガラフマーの言いたい事って?」
「あのさゼロ。お前本当に神様なのに、シヴァのこと分かんねーのか? お前が創ったんだろう?」
「僕は創造物に“こうあってほしい”とは願うよ。だけどそれを努力するのも、怠るのも、何かを想うのもそれはもう個の自由だ。僕の知るところじゃない。ーーー……本当に、シヴァはなんでそんなに僕のこと嫌っているんだろうね? 僕はこんなにも、君達の事が愛しいのに」
不思議そうに首を傾げるゼロス。
ガラハッドは、そんな絶対神にハッキリと言った。
「そんなのオメーが、間違ったからだ」
「え?」
その言葉に、ゼロスの瞳が揺れた。
ガラフの眼差しは揺らがない。
「オメーは、やっちゃいけない事をした。コイツから、……シヴァから、人としての大事な“尊厳”を奪った。絶対冒しちゃなんねえ権利を、何気なく、当たり前のように、自分のエゴの為にオメーは奪ったんだ」
ゼロスの目が見開いた。
ーーー自分が、彼から何を奪った?
ゼロスはかつて、与える事はあっても奪った事などない。
「そりゃ、温厚なシヴァだって怒るってもんだぜ」
「……何を?」
シヴァから奪った物に、心当たりの無いゼロスは顔をしかめながら、まるで睨むようにシヴァを見た。
シヴァは俯き、震えていた。
……それは怒りのせいなのか、はたまた哀しみのせいなのか。
「なあゼロ。俺は人間だったから、人間についてはよく分かってる。人間ってやつは、産まれて、飯食って、何かして、眠って、また飯食って……そんで最後に死ぬ生きもんなんだ。そん中で、大義も不義も、正義も悪、善行も愚行も全部“なんか”なんだよな」
ゼロスはガラフの言葉に耳を傾ける。
ゼロスの教えや、命の営みを“なんか”の一言で片付けるガラフは続けた。
「ゼロ、オメーはよ、あの時シヴァに、“なんか”をさせてやる為に、こいつから死を奪った。死があってこそ、“人間”なのによ」
「っ」
ゼロスは言葉を詰まらせた後、悲しげに尋ねる。
「死は、哀しいものだ。本当は君達に与えたくなかった物なんだ。シヴァはその死を唯一超越した、完璧な人間なんだよ」
「何が、完璧なもんかよ」
切なげに言うゼロスに、ガラフは、一片の同情もなく言い放った。
「死ぬって事は、哀しいし、嫌なもんだってのは俺も思う。だけどゼロに俺達はそう創られた。それも含めて、人間なんだよ。もう一回言うぜ。オメーはコイツの、“人間としての尊厳”を奪ったんだ」
ゼロスはふと、戦いの最中、ルドルフが言っていた言葉を思い出した。
“ーーー自分がもってる嫌いなもんも、好きなもんも、俺にとって不要なもんはねえってな”
それは根源的に定められた闇。
ーーーどんなに敬虔に生きようと、その歴史の中には必ず闇が生まれる。
その闇を認め、生きる者。
その闇を隠し、生きる者。
その闇を抱え、誰しもがその闇と共に生きなくてはならないのだ。
必ず、歩まなくてはならないのだ。
しかしその闇をさらけ出した時、正面から向き合える者の、なんと少ない事か。
それも、お前達の一部だと言うのに……
ゼロスはポツリと言った。
「ーーー正面から向き合って無かったのは……、僕だ」
おまけ。〜ガネシャの怒り〜
「アンタ等はエエよな!? ホイホイ神様に貰えて! 何も持っとらんアタシに、どんなええモン貰ったんか言うてみぃ!」
「え? オレは、……(ポッ)よ、嫁に、逢える権利かな……」
「“ポっ”て何やねん。今めっちゃイラッと来たわ」
「俺は、ミジンコと話せる能力だ」
「……何やそれ、楽しいんか?」
「いや、全く。寧ろノイローゼになるぜ」
「わ、私は……色々もらいすぎて、なんだかもう原型とどめてなくて。……ねえ、私は誰なんですか? 私は何者なんでか!?」
「知らんわ」
「わしは、致死性の“オニギリ”じゃ」
「致死性のなんやて? それアカンやつやろ? ーーー……神からの贈り物って……なんか、碌でもないもんばっかりやん……」
「あ、僕はねえ、勇者を貰ったよ」
「って、とんでもないもん貰っとるヤツがおった! 勇者ってあげたり貰ったりするもんなん!?」
「だよねー。しかもちょっと目を離したら、人間を滅ぼそうとしだすし。僕にも斬りかかってきたし」
「欠陥かっ!? もうええわ!」
ありがとうございました。




