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神は、立ち上がり賜うた

 シヴァは二人を見上げ、首を傾げた。


「……“村人A”。ティーガテイに捕まってたはずだが?」


 マスターはいつもの余裕のこもった、チャーミング王子スマイルで頷いた。


「僕はこう見えて人気者なんだ。一人の物には収まってられなかったみたい」


 ……因みにそれは、ちょっと自虐ネタだ。マスターは常に二万人ほどの生き物から、その核を消そうと狙われている。

 人気者と言えば人気者だが、それはそれは凄まじい悪意のこもった追っかけ達であった。


 シヴァは可笑しそうに笑いながら言う。


「そうか。だがこの戦争の中に於いては、お前より人気者が居たみたいだがな? 聖者達に精霊達、そしてカーリーにラクシュミ、ガンガーも行ったはずだ。それら全てから死を願われながら、良く生き残ったものだな? ルシファー」


 その言葉に顔を引き攣らせながら、ルシファーはしみじみと頷く。



「ああ、おかげ様でな」(本当に、本当に皆様のおかげです。有難うございました)



 シヴァは二人に剣を向け言った。



「いい事を教えてやる。幸運はそんなに続かない。何故なら神はもう、微笑まないんだ」




 ーーーブォンっ!!



 シヴァが剣を振ると、鎌鼬が飛ぶ。 

 風神雷神にすら、一太刀を入れたその剣戟。


 ーーー……ルシファーは、紙一重で躱した。




 ◆




 時は少し遡る。


 ルシファーが音すら置き去りにする速度で聖域に向かい空を飛ぶ。

 その背で、マスターが言った。


「もっと急げないの?」

「限界に急いでるわっ! 運んでもらってるだけの奴は黙ってろよっ!」

「よく聞いて、ルシファー。この程度の飛行速度で行くなら、まだ到着まで時間がかかる。その間これからの打合せをしておこう」

「お前がよく聞け……」


 ルシファーは文句を言いながらも黙った。


「戦場に普通行ったら、僕らは多分20秒持たない」

「早いな……」

「だから戦場で生き残る為、僕が“予測”をする。……僕一人じゃ予測が出来ても、それに体と力が追いつかない。でもルシファーなら何とか出来るでしょ。その魔眼(笑)に予測映像を投影するから避けて」

「簡単に言ってくれるな。最善は尽す。後、(笑)じゃねえし。(マジ)だし」

「……。僕が予測できるのは、大体2秒先で3択の未来。どれが来るかは、勘で何とかして。後その間、当然の如く魔眼マジはふさがって()は見えないからね」

「……やっぱり(マジ)も要らねえ……。もうちょっと先の予測は出来ないのか?」

「1秒ごとに、乗倍の選択肢が増えるけど? 5秒先は6561択……」

「うん、2秒でいいや」


 マスターは、溜息をついた。


「とは言え、それだけじゃ逃げる事しかできない。ルシファー、空間魔法はどの程度使える?」

「結界的な範囲指定、直径1メートル球体程度なら数秒だな。聖域を全部みたいな広範囲となると、最低一月はかかるだろうが……。それが?」

「そこなんだよ。僕のコアキューブの欠点。結界で、囲んでそこにキューブを落として初めてダンジョンは形を成す。だけどいち聖者の持つマナじゃ、瞬時に結界なんて作れない。だからダンジョンは時間をかけて作り上げ、“待ち”で相手を呑み込む」


 その言葉で、ルシファーはピンときたようにニヤリと笑った。


「なるほど。だから“雪合戦”か」 

「そ、ダンジョンコア(雪玉)を僕が作る。範囲指定を直径3メートルの球体に固定するから、ルシファーはその結界を作って、“球”を投げて。それで、こっちから“攻め”られる」

「……」


 ふと、ルシファーが言葉をつまらせた。

 その疑念の視線に気づいたマスターは、眉を寄せながら笑い言った。


「やだなあ、何も心配無いよ。中に入った者をちょっと凍らせて、動けなくするだけの単純な仕掛けのダンジョンだ。拷問や悪戯はしないし、そもそもそんな余裕は無い」


 その答えに、ルシファーが小さく息を吐いた。そして、ふと思い出して言う。


「……待てよ? お前昔聖域で暴れた時、アインス様の周辺一帯、しっかりダンジョン化してたよな?」

「ああ、あの時はキューブを賜た時から、奏上は邪魔の入らないダンジョン内でしようと考えてたんだ。キューブ自体は一週間くらいで使い方が分かってたんだけどさ、結界を完成させるのに1ヶ月かかって」

「……」

「……いやほら! 実際創世神様達の考えって、僕の遥か斜め上を行ってるでしょ? 万が一、ノリやご乱心であの場に風神雷神を開放されたら、取り返しの付かない事になりそうだったから」

「……」


 最早ツッコむ気力さえ無くなったルシファーは、しばしの沈黙の後、ポツリと言った。


「……魔眼、未来予測の練習でもしながら行くか」

「いいね。とても有益な意見だ」

「……」

「あ、そうそう。八百万の神々の逃げ方だけどね」



 ◆



 攻撃を避けたルシファーを、シヴァは鬱陶しげに睨んだ。


「ルシファーの力量は精霊達から聞いている。……何故避けられる?」

「そりゃ、オレは一人じゃないからだ」

「……答えになっていないな。……まぁいい。所詮雑魚に変わりないのだから」


 その言葉は挑発のつもりだったのだろう。

 だがルシファーは、己の力量を十分に理解していた。


 ーーーイワシは、鮫に勝てない。だけど寄り集まり、翻弄することは出来る。


 ルシファーが口角を吊り上げながら、球を投げた。同時に、シヴァも声を上げる。


「フェリシア吹き飛ばせっ」


 風魔法で加速をつけている球を見て、シヴァは風の神に呼びかけた。

 この世界の各々を司る神々は、全てシヴァの思いのままだ。

 どんな風魔法を使おうと、風の神(フェリシア)を上回る魔法など無い。

 ……だけど、ルシファーの放った球の威力は弱まらない。


「風と思った? ハズレ。これ、重力魔法なんだ」

「!?」


 シヴァは目の前に迫った球を斬ろうと剣を振るうが、次の瞬間玉はふよりと、剣を避けるように軌道を変えた。


「グラビニスっ! 叩き落とせ!」

「残念! ()()磁力魔法(マグネット)だっ。はっはっ、レイルのやつが言った通りかよ!」


 事前に二人が打ち合わせた、戦略。

 ーーー神は自分の属性にしか興味がない。つまり別属性であれば打ち消されない。

 不規則に球はシヴァの周りを飛ぶ。


「鬱陶しい……。マグネス、弾き返せ」


 シヴァがそう言って、磁力の神(マグネス)に指示を出した。

 コアキューブは範囲指定の無いポイントに落ちれば、砕かれなくても、発動はしない。

 球が向きを変えたその時、マスターがルシファーの背中から手を突き出し、低い声で言った。


雪玉(アイス・シュート)っ!」


 そこから生み出された魔法は、小さな柔らかい雪の玉。

 マスターが嗤う。


「僕だって一応、少しなら魔法は使えるんだよ?」

「ーーー……」


 コア()がマスターの放った雪の玉に打たれ、僅かに軌道がズレる。

 ……しかしそこは、シヴァとは遠く離れた場所で。





 ーーーピキッ



「!?」

「っな……!」


 シヴァから遠く離れた場所で、大地に吸い込まれたコアは、一瞬にして大地に吸い込まれ、氷柱を生み出した。

 そしてそこには、身体を固められた勇者と魔王。

 マスターが愉しげに嗤う。


「“将を射んとする者はまず馬を射よ”。知ってる?」

「知らん」


 シヴァは淡々と答えた。


 ……まあそれは、俺がマスターと話した時に言った言葉であって、この世界に生まれたあれではないからね。


 ルシファーがマスターをじとりと睨む。


「……なんでラムガル様まで捕えてる?」

「……」


 マスターは答えない。


「早く開放しろ」

「……。……チッ」


 マスターは、舌打ちをしながら魔王を開放した。

 魔王はシヴァを激しく睨みながら、ボソリと呟く。


「……おのれ賢者め、覚えておれよっ」


 ……助かったはずなのに、何故か憎しみしか湧いてこないラムガルだった。

 マスターは、うまく勇者を封じる事が出来て嬉しいのか、少し興奮気味に言う。


「ふ……、あははははは! さあ、これで勇者は居なくなった! ……魔王よ、神々とて容赦はいらない。滅ぼし尽すが良い!!」


 ……完全な悪役のセリフだ。とても世界を守ろうとしているようには見えない。


「小賢しい賢者めっ!! ルシファーよ、ソレを黙らせろっ!」

「はっ!」


 何処かにありそうな台詞が、いろいろと違う背景の下で飛び交う。


 シヴァは勇者の氷像に目を向けたあと、憎々しげに迫り来る魔王を睨み、剣を構え叫んだ。


「来いっ! 天使達! いでよ、八百万の神々!」


 溢れ返るエネルギーがシヴァから溢れ出す。

 神々がシヴァの怒りに共鳴し、まるで怨念のようにその身に纏わり付いていく。

 まさに怨霊。亡者の王は顔を引き攣らせながら、慄き呟いた。


「……おいおい……、なんだありゃ? ……人間じゃねーよな?」


 シヴァが魔王の攻撃を捌きながら、独り言のように答えた。


「いや、人間だよ。人間とは常に、神々の創り出す己よりも強い力に立ち向かってきた。そして生き残ってきた。なら、たどり着く先は、……最強(ここ)だろう?」

「っ」


 もはや人外としか言えない程、禍々しく立ち昇るオーラに身を包むシヴァに、戦意を失うルシファー。

 マスターが絞り出すような声で叫んだ。


「ーーー……っ大丈夫だっ、呑まれるなっ! ガラハッドが、もう少しで来るはずなんだっ! もう少しで……」



 ーーー聖杯を手にしたものは、この世の全てを統べる王となる。……神の威光を持つ、全てを跪かせる王。


 マスターは、それに賭けていた。



 ーーーだけど、かつて神はこう言った。




 “もし、神の思い通りに全てが動くのであれば、この世には邪神も、偽神も存在はしなかった……”




 そこに強い想いがあるなら、神にだって、世界を思い通り動かす事なんて出来ない。




 “万象を動かし、結果を導き出すのは、当事者共だけだ”




 そしてその時、その場にあってはならない声が響いた。




 ーーー全員動くな


 ーーー全員、喋るな


 ーーー全員、平伏しとけ




「「「!?」」」


 その声に、身体がしびれたように動かなくなったマスターの思考が一瞬とまる。

 膝に力が入らず、身体が重い。頭が地について、動けない。

 ーーーそして次の瞬間、最悪の事態に気づいた。



 そこに立っていたのはガラハッド。

 ガラハッドは皆が固まる戦場の真ん中を抜け、シヴァに歩み寄った。


 そして言った。




「シヴァ、ゼロス様の所に行こう。心配すんな。他の奴らは、俺が黙らせてやる」




 シヴァはそんなガラハッドを無言で一瞥すると、静まり返った戦場を歩きだす。


 神の欠片を持つ者と、神の威光を持つ者。


 止められられるはずが無かった。


 



 ーーーそして聖域では、静かにゼロスが立ち上がった。



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