神は、帰還され賜うた 〜破壊の化身〜
「ただいま」
森の外をじっと見つめるゼロスと俺に、ふと声がかけられた。
俺はそより葉を揺らせながら答える。
「お帰り、レイス」
「……」
ゼロスは答えない。
きっと静かに待っている最中だからだろう。
レイスはそんな事気にかけず、俺に鼻を膨らませながら話してくれた。
「勇者の体は“憂いの街”に安置してきた。……それは嘆きの中から蘇る赤い彗星。まさに燃える赤き髪の不死鳥!」
「それはいいね。ピッタリの場所だ」
俺が言うと、レイスは得意げに頷き俺の枝に腰を下ろした。
◆
夕闇が迫り、雪の降りしきる薄暗い空を、この聖域に向かい飛ぶ影があった。
キューブを回収し終えた、マスターとルシファーだ。
真剣な眼差しで、取り戻したキューブをカシャカシャと回し続けるマスターに、ルシファーは尋ねる。
「ガラハッドは?」
「問題ない。聖杯を手に入れてたよ。今ダンジョンを解除して、亜空間から呼び戻した。聖域から程近い位置に出口を作ったから、うまく行けば僕らより早く戦場につくだろうね。ただ……ーーー」
ふとマスターの顔が曇り、言葉を途切れさせた。
ルシファーが眉を寄せながらマスターを見る。
「“ただ”?」
「いや、ただ……虚無空間に一時とは言え、一人きりにされたんだ。流石のガラハッドでも、立ち直る迄に時間がかかるかもしれないと思って」
マスターが重い口調で言ったその言葉に、ルシファーも暗い顔で頷いた。
虚無の空間は、かつて二人も体験したことがある。
グリプス大迷宮の最下層、“歴史の道標”へと辿り着くためには、必ず通らなければいけないのだから。
ただ二人は仲間と共にそこに至ったが、ガラハッドは、……一人きりなのだ。
ルシファーが、険しい表情で言う。
「……あれは、強烈だもんな。正直オレもあれは、一人きりでなんて数分と居られる気がしねえ」
ーーー俺はルシファーの言葉に、深く共感した。
あの時のことは、俺も思い出すと未だに叫びだしたくなる。
マスターが思いつめたような表情で、独り言のように呟いた。
「……あれは、この世界の王になろうなんて馬鹿な考えを起こした者への、“罰”のつもりで作った仕掛けだったんだ。……ガラハッドみたいな善良な騎士に、体験させるべきものでは決してない。……もし、あの騎士に何かあったら……。僕は……」
「おい」
まるで自分を責めるかのように、苦しげにぶつぶつと呟くマスターに、それを遮るようにルシファーの声があがる。
マスターは暗い面持ちでルシファーを見る。
「?」
「キャラ崩れてるぞ」
「……は!?」
慌てて目を見開いたマスターに、ルシファーは笑った。
「だってお前、他人を心配するような“イイヤツ”じゃないだろ? 理論詰めで現実主義で、道徳を知り尽くしてるくせに、必要とあらば皆が嫌がる汚れ仕事を引き受けてまわる。……まるで皆の良心を、嘲笑うみたいなポーズを取りながらな。嫌われてるほうが、その立場に居やすいからなんだろ?」
「……っ」
そう言われたマスターは、一瞬信じられないとでも言うように、呆然とルシファーを見た。
そして直後、心底嫌そうな顔でルシファーを険しく睨む。
「……何言ってんの? そんなわけ無いでしょ。魔眼云々恥ずかしい事言ってるなと思ってたら、とうとうその目も腐ったみたいだね?」
「……思ってたの?」
「うん。常々」
マスターの言葉に、ルシファーは両手で顔を覆った。そのまま俯き、ボソリと言う。
「……今、その話はやめよう。マジで……辛いんだ……」
精霊王から受けたダメージはまだ健在だ。
マスターはキューブを回す手を止め、ルシファーをまっすぐ見た。
「勘違いしてる様だからはっきり言っとく。確かに僕はこの世界の全てから“嫌われたい”と思ってる。だけどそれは、この世界が僕は嫌いだからだ。今回ルシファーとチームを組むのだって、本当は嫌だけど、しょうがないからだよ」
ビシっとそう言ったマスターだったが、ルシファーは笑いながらその髪をグシャグシャと撫で言う。
「ぶっは! 嫌いなもんを何でそこまで必死に守るんだよ? ハイハイ、わかったわかった。それでこそお前だよ」
「っわかってない! 全然分かってない! あーもういいよっ! ホント馬鹿だなアンタはぁー!!」
嫌そうに怒鳴るマスターをルシファーは笑った。
ーーーだけどルシファーは、見落としていた。
マスターはああ見えて、嘘は言わないんだ。
言いたくない事は、黙るか濁す。
ルシファーはこの時、マスターの想いを笑い飛ばし、ちゃんと知ろうとしなかった事を、後に深く後悔することとなる。
その話はいつかまた、話す事にしよう。
◆
クレーターがボコボコ出来た大地の上で、血にまみれた勇者と魔王が睨み合う。
魔王は不死身。しかし一度躰を壊しきれば、修復の為の空白の時間ができる。
時間にして約2‚5秒。とはいえ間違いなく目の前の勇者は、その空白の時間など許してはくれないだろう。
つまり、体を一度でも壊されれば、魔王の負け。後は無かった。
ーーーだが魔王は笑っていた。
この勇者の力を認めた瞬間から、目の前の色が変わったのだ。
あの鬱陶しかった重い剣撃が、次はどれ程の重みを放つのかと楽しみになった。
当たるまで何処までも追ってくる炎の玉は、どうやって躱してやろうかまるで追いかけっこだ。
神速の剣の打ち合いは、ぶっつけ本番のラップバトルの様。
魔王は笑った。
この遊技場で、本気で遊び回る愉しさに、魔王は目を輝かせ、笑っていた。
「愉しそうだな、魔王」
「フ、フハハハ! これが笑わずにいられるものか。よくぞ、ここまで強くなったものよ。その人間の肉体という牢獄に囚われながら。……見違えたわ、勇者よっ!!」
ーーードガンッッ!!
大気を揺らす衝撃波を生み出しながら、剣と剣が交錯する。
魔剣を受け止めながら、勇者は笑う。
「ッフ、まだまだ僕の力はこんな物じゃないっ!!」
大気を震わせる攻撃をぶつけあいながらも、二人の声は弾んでいた。
ーーー……だが日は暮れる。
楽しい時間は終わりを告げ、別れの時間はやってくる。
その遊技場にも日は陰り、終わりを告げる音楽は流れ始めた。
それは、男の声。
戦場に見合わぬ程に穏やかで、優しげな声。
八百万の神々が主神より賜った、美しい名を呼ぶ声。
「ーーー奏でろ風の神、破壊の力をその身に乗せて。研ぎ澄ませ大地の神よ、硬く、針のようにその身を変えて」
口ずさまれるその呼び声は、まるで歌でも歌っている様だ。
穏やかに流れる歌は、終わりを告げる歌。
神々はその祝歌に微笑み、身を委ねる。
「熱を纏い、水は蒸気となり、重力は集まり、磁場は歪み、地は浮き、震え、結晶、稲妻、計算、軌道、修整ーーー……」
一柱では何の力もない、ただ微笑むだけの神々は、男の声によって繋がれ、纏まり、かつて無い新たな力を作り上げていく。
この世界の最高峰の力を集約させた、青銅色の巨大なエネルギーの塊。
それはバチバチと弾ける、銀色の稲妻を纏った破滅の球。
男は、……いや、シヴァは上空で勇者と戦う魔王を見上げ、締め句を告げた。
「発射」
ーーードッ
エネルギーの塊は、凄まじい勢いで、勇者と魔王の間を通り抜ける。
魔王は目と鼻の先を通り過ぎたエネルギーの奔流に、慄いた。
ーーー当たれば、身は砕けていた。そして、奴は敢えて、この糸に針を通すような隙間を縫って、自分と勇者に当てないように、あれを放った。
そして次の瞬間、天から何かが砕ける轟音が響く。
ーーーバリィーーーーンッッ!!
天使達を足止めする結界が、砕け散った。
勇者が地上に降り、シヴァを睨みながら言う。
「何をする、邪魔はしないという約束の筈だ!」
シヴァは首を振りながら言い訳をした。
「こうも騒がしければ、俺の声も届かんだろう。少し挨拶したかっただけだ。邪魔はしない。魔王は任せた。アーサー」
シヴァは勇者に、軽く手を上げ、歩き始めた。
すれ違い様、勇者は小さくどこかやるせない様に、シヴァに声をかける。
「……行くのか」
「ああ、じゃあな」
魔王は咆え、シヴァに飛び掛かった。
「ッさせるかァァァァーーーーーーー!!」
ーーーギィィン
だが魔王の振り下ろした魔剣は、勇者の聖剣によって止められる。
「貴方の相手は、僕だ!」
押し込んでもびくともしない聖剣の下から、勇者が睨む。魔王は苛立たしげに叫んだ。
「いいや、遊びは終わりだった! 者共っ、シヴァを止めよっ!」
シヴァは歌う。
「メロウ、クリマティ、エレティア、シャン、ルナ、ツーショル……」
歌は、八百万の神々を歓喜させ絶大な力をシヴァに与える。
大地から棘が生え、肉を突き刺し、風が吹き抜け骨を断ち、炎はそれらを跡形も無く燃やし尽くした。
「がっ……」
「きゃあぁっ」
神々を讃える歌と、魔物達の断末魔が競演する。
「ローンハルウスミイリンマルエンショウシャースメインスシャクナウィーリスホレゥムニア……」
堪らず魔王は勇者を払い退け、シヴァに飛び掛かった。
「やめんかぁぁぁぁーーーーーっ!!!」
ーーードスっ
しかし、その攻撃が届く前に、その胸から、聖剣が生える。
目を見開く魔王の背後から、聖剣を突き立てた勇者が低い声で言った。
「貴方の相手は、……僕だっ!」
「っく、勇者めぇ……」
焦りを顕に勇者を睨む魔王に、シヴァは魔王の顔に手をかざし、無表情に言った。
「そういう事だ。“フィル”」
ーーードォンっ!!!
「がァ……」
至近距離で魔法をくらった魔王の意識が、一瞬飛んだ。
そしてシヴァは再び歩みを進めようとするが、ふと目の前に、拳ほどの真っ白な玉が落ちて来た。
それはまるで“雪の玉”……。
一見無害そうなそれを、シヴァは見送ろうとした。しかし雪の玉が地に落ちようとする刹那、シヴァの目がカッと開き、腰にかけた宝剣を抜くと、抜刀と同時にそれを一刀両断にした。
「っ!?」
ーーーッキン!
パリン
2つに切り裂かれた雪玉は地に落ちると、ガラス玉が砕けるような音と共に砕けて消えた。
そして同時に、若干緊張感の欠ける声が上がった。
「だから言ったでしょ。策もなしに当たるわけないって」
「るせーな。余所見してたからチャンスだと思ったんだよ」
見上げればそこには、空に浮かぶルシファーとマスターの二人の姿があった。
「本当に……、本当に沢山のネ申々を創ったね。ゼロス。“発射専用の神”って……何? 単独で何ができるの?」
「……」
ゼロスは答えなかった。
きっと、静かに待っている最中だからだろう。




