神は、黄昏を見つめ賜うた 〜遺志の解釈②〜
縄をうたれたまま森の中を歩き、ある泉のほとりでガネシャは目を見開き、驚愕の声を上げた。
「っな、何やあれ!?」
泉のほとりにひっそりと立つ、ダークマターで出来た黒い台座。
その上に、白銀の輝くミスリルの板が安置されていた。
「ああ、あれは“ガルシア”と言う男の遺品ですね。知っているのですか?」
「知ってるかって、そんなん有名過ぎる神話の中の、そのまたおとぎ話やん! 魔人ガルシアの遺した12枚の石版。そのルーン文字を使いこなせれば、世界すら手中に出来るとすら言われる伝説の……実在したんか!?」
そのガネシャの驚き様に、ハイエルフはなんとも言えない表情を浮かべた。
「ええ。多少の湾曲はある様ですが、彼とその石版が存在した事実です。そうそう、この文字の開発に当たり、ガルシアはよく我等の祖先の元へ訪れ、相談をしていたと記録にありましたね。そして晩年にあの“始まりの1枚”をここに置きたいと、ガルシアはこの聖域を訪れました。そんなガルシアに、我らの祖先はひとふりのミスリルの短剣を、授けたとも記録にあります」
ハイエルフはそう説明をすると、特に珍しいものでも無いという風に、その台座の前を通り過ぎていく。
ガネシャは、その台座を目を見開いたまま見送ると、ハイエルフを睨んだ。
「ーーー……ほら、やっぱりな。誰でもウェルカムとか言うときながら、そんな“人外のバケモン”みたいな奴しか目にかけへんのや!」
ハイエルフはその視線を受け、また何とも言えない表情をする。
「ーーー……ガルシアは、人間の中では至って普通ですよ? 素直だけが取り柄の、ただの人の子。どちらかと言うと……コホン、いえ」
ハイエルフはそう言うと沈黙し、また黙々と歩き始めた。
しばらく進むと、少し開けた広場があった。
アダマンタイトの台座が7つ円形に並び、そこに不思議な形の武器が安置されていた。
ガネシャは再び目を剥き叫ぶ。
「何やコレっ、宝貝やん!! しかもコレ、伝説のスーパー宝貝やん!? なに普通にこんなとこにあんねん!?」
ハイエルフは大騒ぎをするガネシャに少し煩そうに答えた。
「ここは聖域です。宝貝の1つや2つ有りますよ」
「いやいや、1つ2つどころちゃうで? しかもスーパーがコンプリートしてるって、有り得へんからね!?」
ガネシャのツッコミに、ハイエルフは沈痛な面持ちで眉をひそめた。
「……それは、賢者レイルが置いていったと、文献にはありました」
文献にはこうあった。
『宝貝には意思が宿る。使い手を選ぶ為に。だけど神獣様の部位を使った“スーパー宝貝”は、僕の作ったダンジョン内は嫌なんだそうです。偽り無い、本当の世界にその身を置きたいらしい。だから聖域に置きます。守ってやってください、ハイエルフ様』
『……何を言ってるんですか? お断り申し上げます』
『え? そちらこそ何を言ってるんですか? 神獣様のお世話は、ハイエルフ様の役目でしょう?』
『そうですね。でもそれはあなたの作った武器。神獣様ではありません』
『コレにはちゃんと意思があるんです。……ハイエルフ様は、アインス様を挿し木して増やした苗は、守らなくていいと言うのですか?』
『!?』
ーーー……それでもきちんと、毎日の台座の手入れは怠らない真面目なハイエルフは、悔しげに拳を握りしめた。
ガネシャはジト目でハイエルフを見る。
「魔人の次は、賢者かい。来るならそのクラスにしろって? 笑かすわ」
「いえ、賢者はもう来なくてよろしい!」
「……」
嘲笑うかのように言うガネシャに、ハイエルフはぴしゃりと言った。
突然何故か怒られたガネシャは、口を尖らせボソリと言う。
「は、結局、魔人も賢者も、“人間”やったらハイエルフサマと同格には見てないっちゅー事やん。そんなんで認めた言えるかい。もうええわ」
黙り込むガネシャに、ハイエルフは肩を竦めていった。
「ガルシアは、過去の我が種族が導き、育てた者。賢者は我らが……、そう。不得意とする者。確かに“尊敬”を持って認めている訳ではありませんね。しかし、我々が尊敬する“人間”だって、確かにいるのです」
「……はん、誰や? アーサーか? ガリバーか?」
投げやり気味にそういうガネシャに、ハイエルフは言った。
「そんな名のある方ではありません。いえ、実際この世界にはもう何処にもその方の名前は残っていないのですから。……“ジャック・グラウンド”と言う土地を知ってますか?」
「なんや、有名な所やん。テイマー達の修行場やろ? “入らずの大陸”、“手付かずの大地”、“獣達の王国”、“ネバーフロンティア”まあ色んな呼び名はあるけど“天外魔境”が一番有名やな」
ハイエルフは頷いた。
ジャック・グラウンド。そこはレイスが“もふもふ天国”と呼んでいる、聖域から南西にある。未開の大陸。
一切の文明を排除した、魔獣や聖獣そして動物など、獣達の楽園だった。
豊かな資源に溢れたはずのその大地は、ある資格を保持した者しかその大地に踏み入れられない、護りの結界が張られているのだ。
その資格の名は、“テイマー資格”。
資格がなければ魔王とて踏み入る事の出来ない聖域よりも出入りの厳しい保護区。
というのも、その結界を張った者がレイス本人なのだから。
ハイエルフは話し始めた。
ーーーその人間の男は、動物と心を通わせる不思議な力を持っていたそうです。
しかし幼少の頃、その力を暴走させ、1つの街を壊滅の危機に追いやったとか。
街の人々は、その子の力を恐れ、疎み、その子を街から追い出した。
その子はそれからずっと、絶望の縁を彷徨い歩き、力を隠し、孤独に過ごした。
だけど転機は訪れる。
彼の執筆した自伝記が、信じられない程の金で売れた。
ーーー……しかしその男は、その手にした金を捨てた。
正確には、誰も見向きもしない未開拓の広大な土地を買った。銅貨一枚たりとも自分の為に使わずに。
そこは荒れ果てた荒野。険しい山脈。深い森。
切り開き、開拓するには買った額の100倍の金が要る。そんな所だった。
ーーー……そして、その土地の縁に座り込んだ。誰にも心を開かずに。
「ーーー……ほんで?」
ハイエルフが黙り込んだのを見て、ガネシャは興味無い風を装いながら、ハイエルフに尋ねる。
「それだけです」
「何でやねん」
尊敬すべき点が欠片もないその話に、ガネシャは思わずツッコんだ。
ハイエルフはくすりと笑い言った。
「それだけ聞くと、なんの価値も無い行動ですね。しかし、その行いに込められた想いが導いた結果は、凄まじい物でした」




