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神は、黄昏を見つめ賜うた 〜聖杯探索最終章〜

 ーーー神などなくても、人は道を見つける


 もう、長い歴史の中で自立に足る力をつけた


 迷い、間違う事もあるだろう


 だけどもう、導きは必要としていないーーー





〈ガラフ視点〉



 暗い闇の中、俺は全神経を集中させていた。

 今の俺の身体には、睡眠も食事も要らない。けどそれは相手も同じ。

 タールの涙を流しながら、狂ったように爪と牙を向けてくるマリー。


 もうこの冷たく逃げ出したくなるような相対を、どんだけ続けてるんだ? 一週間どころじゃない筈だ。


 壊れたマリーに触れられたところは、毒に犯され黒く染まる。

 噛みつかれ、引っかかれ、黒い涙に触れた箇所は真っ黒になって、凍傷にでもなったかのような痛みと冷たさを感じる。


 もう全身真っ黒だった。

 僅かにまだらに残った黒くない肌の部分はあるが、多分それも染まれば、……俺は、砕けるんだろう。


「帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れっ!」


 マリーの高速の爪戟を、真っ黒になったロングソードで、防ぎながら、俺はマリーに語り続ける。


「なあ、聞いてくれ。お前のマスターは今、キューブを奪われ捕まってる。マリーの助けがいるんだ。」

「マスターは賢い。マスターは強い。マスターは何でも出来る。マスターは間違わない! マスターが捕まるはず無い! マスターは……、マリーの神様なんだもん!」

「……マリー」


 俺は見た。


 そんな少女の心に信仰した“神”が消えた時、その結果の1つ。


 心を閉ざし、泣きながら、わけも分からず、ただひたすら神の指示を守ろうとする、哀れな壊れた人形。

 道を見失った仔の、ひとつの結末。



 マリーの攻撃を受け止めた後、俺は反撃せずに剣を下ろす。

 今まで一度だって反撃はしてない。

 ただ、マリーに語りかける。


「……マリーは、マスターが……神様が大好きなんだよな」


 そしてまた攻撃が来たら、剣を持ち上げそれを防ぐ。


「聞いてくれ、マリー。俺の言葉を」

「帰れぇーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!」


 だって、攻撃できるわけ無いだろ。

 マリーは泣いてるだけなんだよ。

 悲しくて、寂しくて。

 ただ迎えに来てくれる事を信じて、言いつけを守って、泣きながら頑張ってるだけなんだ。


 それにマリーは、俺の友達だ。

 攻撃する理由なんて、無いだろ。


「なあマリー、頼む。聞いてくれ。俺はマスターじゃねえけど、マリーの友達だ。ーーー思い出してくれよ。……すっ転んでた所、湿布を貼ってやった事。……肩車して歩いた事、その間しりとりや、なぞなぞして遊んだよな」


「イィイイィィィィィイィィーーーー!!」


 ーーーッガンッ!!ドドドドッッ……



「俺とお前が出会ったのはよ、初めはマスター(神様)様に仕組まれた出会いだったかも知んねえ。……でもよ、そこで出会って、友達になって、笑い合った事実は、神様なんて関係ねえだろ。俺とお前が作った関係。俺達の……俺達だけの道だった筈だ」


「ギイイィィーーーーーーーーッッ」


お前の神様(マスター)ダンジョン(この世界)とお前を作った。そして導いた。ーーーだけど、その導きが無くなったからって、お前がお前を捨てる必要ない。俺達は友達だ。……マリー、どうか俺を見てくれ。話を聞いてくれ。マスターに導かれるだけじゃ無く、手を差し伸べられるだけじゃなく、ーーーお前が、……“作られた物(マリー)”が、神様(大切な人)を助けに行くんだよ。自分の意思で、自分の願いを叶える為に動くんだ! そうだろう? 存在はちっぽけでも、願いや、望みは、同じくらいでっかくて、神にだって負けてない!! お前だって、言いたい事は言っていいんだよっ! 泣いてねーで、お前の本当の願いを言ってみろよ!」


「ギイィィ……アアァ……ッ……ッ、……だ……ダメ……。……マリーは……出来損ない。マスターの言う事をうまく聞けない、ダメな子。……これ以上、言いつけを破る事は出来無いっっ!! ガアァァッッ」


 ーーーーーーーーッッガシュ……


「っ」


 マリーが、素手で剣を掴み上げ、俺の肩に噛み付いてきた。


「フーーーーーーーっっ!」


 俺の肩に噛み付いて、至近距離に居るマリーが、泣きながら震えてるのがよくわかった。

 だってコイツは、優しいやつだ。

 マスターの言ってた“防御プログラム”なんて俺には分かんねえ。

 ただ俺に分かるのは、マリーがマスターが大好きで、本当は優しい奴だって事だけ。

 俺は肩に噛みつきながら泣いてるマリーの肩に腕を回して、そっと軽く叩いた。


「なあマリー。ダメな子なんかじゃない。お前は良い子だよ。神様は怒んねーぞ。それに俺もな、俺の神様(主神ゼロス様)から言われた事、半分も出来てない出来損ないだ。でも、怒られたことはない。一緒に旅した(近くにおられた)時だって、何も言わず、困った奴だって顔しながら、笑って許してくれるんだ」


 マリーがピクリと身体をこわばらせ、噛む顎を緩めるとポツリと言った。


「ーーー……マスターも、……頭をなでてくれる。失敗しても、困ったみたいな顔しながら、休憩しようって言って、ホットミルクを淹れてくれて、クッキーをくれるの……。……嫌いにならないで、側に、居てくれた……」

「そうだろ? マリーの事、マスターは大好きなんだ。神様ってのは大抵そうなのかもな。だって俺もお前も、好きで生み出されたんだから」


 マリーが口を離し、じっと俺の顔を覗き込んできた。

 俺は、笑う。


「もし怒られんなら、俺も一緒に怒られてやる。そんで、一緒に謝ってやる。……お前はどうだ? 神様の言いつけをただ守って、泣きながら待ってるか? それとも、怒られ覚悟で会いに行くか? お前の心はどっちだ?」


「……マリー、マスターが好き。……マスターに会いたい。待ってるように言われた……。……でも、早く会いたい!待ってるだけじゃなくて、会いに行きたい! マリーはマスターが好きだからっ!」


「よっし、じゃ、一緒に行こう。マリーもやりたい事やっていいんだよ。そんで、もし怒られたら、一緒に謝ろう。なに、どうせ困ったみたいに笑って、それから頭を撫でてくれるよ。マスターも、マリーの事が大好きだからな」


「……! ーーー……うんっ……うんっ!!」


 マリーのその、輝くような笑顔を見てふと思った。

 あの不遜で嫌味な男があのダンジョンで見せた、マリーだけに向けた優しげな微笑み。

 当時は自分達に向けたあてつけかなんかだと思ってた。


 ーーーでもアレはただ、真実の微笑みだったんだ。


 なんかあの男を思い出し、溜息が出た。


「……ったく、なんであんなに嫌われようとすんのかね?」

「え?」


 不思議そうにこちらを見上げるマリーに気付いて、俺は慌てて手を振った。


「あ、いや、何でもねえよ。マスターはマリーには優しいなと思ってよ」

「うん! 大好きっ!」

「ーーー……そうだな。これからも、好きでいてやってくれ」



 ◆



 俺はその時、マリーの闇を拭ってやる事ができて、ホッとしてたんだ。


 そしてマリーに導かれ、懐かしい蜃気楼の断崖に足を踏み入れた。





 ーーーだけど俺はそこで、本当の“闇”を見た。





 それを前に、俺はマリーとの暗く冷たい対話が、懐かしくすら感じた。





 それを前に、俺は神も、世界も、どうでも良くなった。





 それは、ただ消滅だけをひたすらに望む他に、救いの無い闇だった。




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