神は、黄昏を見つめ賜うた 〜巣立ち②〜
聖域の中で、各々の武器を手にしたハイエルフ達が並び立つ。
そしてその中で一人のハイエルフが、ガネシャと黒猫たちの前に歩み出て言った。
「ここは聖なる場所。始まりの地にして神々の住まう聖なる森。そしてその創世神様すらも見守る、聖なる大樹様が根を下ろす地。お前達の様な者が、踏み入ることは許されない場所です」
ハイエルフはそう言うと、ミスリルを鍛え造られた、ふた振りの湾曲したショートソードを構えた。
その威圧にも、ガネシャや黒猫達は警戒しつつも一歩も引こうとはしない。
刹那の睨み合いの後、どこからともなく、低い女の声が響いた。
「出てった奴は、2度と帰ってくんなって訳か。……打て」
ーーードッ
途端その場にいたハイエルフ達に、豪雨のように毒矢が降り注がれた。
「っ!」
先頭に立っていたハイエルフが踏み込み、倒れた木の枝の茂みに蹲るエルフ達の前に回り込む。
舞のように美しい動き、洗練された針に糸を通すような精密さ、そして目を疑うほどの速さで、降り来る矢の雨を全て切り払って行く。
その様子はまるで、彼等が小さな球体に包まれているかの様だった。
シャンリーはハイエルフに護られながら、恐怖に慄いた。
ハイエルフの動きが一瞬でも乱れれば、間違いなく自分は死ぬのだ。
それ程の弾幕を前に震えていると、その前方をすっと黒い影が塞ぎ声がかけられる。
「怖いなら下がってろよ」
「……ジュガ」
シャンリーは一瞬目の前の光景に、恐怖も忘れ、目を見開いた。
自分より弱い筈のジュガ。だけどその背は大きく、見ず知らずの自分達の前に立ち庇ってくれている。
その姿を呆然と見つめていると、目の前に立つジュガがポツリと言った。
「まだ俺の中の“闇”の力は目覚めていない……。だが、女のひとりや二人守るくらい、今の俺でも十分だ」
「!」
シャンリーの目が見開く。
「俺は“闇”に選ばれし者。“闇”の囁きを聞き、“闇”を見つめる者。この程度の攻撃、俺には効く筈がないだろう」
「「……」」
そう言い切ったジュガの言葉に、シャンリーと厶ーリアは顔を見合わせた。
……因みにジュガは毒矢を一発でも受ければ、たちまちその命を散らすだろう。
つまりジュガのその発言は、“俺は車に当たっても死なない”とか“本気出したら空飛べそう”などと言う、厨二病的感覚からくるものだった。
だが闇のエルフとは漏れなくみんな疾患中なので、彼からしてみれば通常運転なのである。
それでも箱入り娘な女の子達は、いい意味で勘違いをしてくれた。
厶ーリアが、ぐっと小さな手のひらを握りしめ言う。
「ーーー……私達だって! 樹よっ! 私のマナをあげる、育って!」
途端に樹の盾が、幾千もの毒矢の前に延び、豪雨の様な弾幕を防ぐ。
続いてシャンリーが叫ぶ。
「っムーリア、ナイス! 光よっ、照射! 目を狙って!」
「うあっ!」
「なんだ、眩しいっ!」
シャンリーの地味に極悪な攻撃に、矢を放つアーチャー達から悲鳴が上がり、更に一気に矢の弾幕が弱まった。
その様子を見た三人の前に立つハイエルフが、優しげに二人を褒め、力強く言う。
「良い援護です。ここは私が引き受けましょう。お前達は下がり、二人は後援を! 闇のエルフが持ってきた報告書は、後方のハイエルフに渡しなさい」
「「っはいっ!」」
「わかった」
三人は頷き、後方へ駆け出した。
駆けながら、シャンリーとムーリアの胸はドキドキと高鳴りを感じていた。
だけどそれは興奮は、初めての戦いへの恐怖からでは無い。
ハイエルフから言われた“後援を”の一言。
つまりそれは、二人からすれば手の届かない遥か高みの存在から、ただ護られるだけでなく、共に肩を並べ戦って欲しいと言われたことに他ならない。
共に並び立てる。それが二人の胸を熱くさせた。
そしてふとシャンリーが、隣を走る黒髪のエルフに尋ねる。
「……ねえ、森の外の世界に行くと、あなたみたいに強くなれるの?」
「そりゃ自分次第だろ」
「……そうだね。ねぇジュガ、この戦争が終わったら、……私もジュガと一緒に、聖域の外に行っていい?」
「俺は構わねえけど……」
「あ! 私も行くっ! 抜け駆けはだめよ! シャンリー」
「ぬ、抜け駆けって何よ!? 私はただっ……て、ムーリア貴方まさか!?」
「ムーリアがどうかしたのか?」
「何でもないっ! ジ、ジュガには関係ないからっ!」
「寧ろ中心だけどね……」
「ムーリア!?」
「? おかしな奴らだな」
こうして彼は、チートな可愛い女の子達を従える“ハーレムキング”のフラグをも、軽々とぶち打ち立てていったのだった。
降り注ぐ毒矢が止み、再びシンと静まり返った森で、ハイエルフがショートソードを、構えたまま低い声で言う。
「ーーー……我々に、エルフを宛ててくるとは、シヴァは何と業の深い事をする」
その言葉に一人の人影が、木の上から飛び降りて来た。
影は軽やかに地面に降り立つと、頭に深々と被ったフードを脱ぎ取り、ハイエルフを睨みながら言った
「シヴァ様は関係ない。アンタ等の相手は、アタシ等が望んで引き受けたのさ」
それは長い耳のまだ若い女。エルフの血を引いたシヴァの一族カーマだった。
続いてもう一人、軽やかに飛び降りてきたのは、長身で細目の男メルク。
メルクは寄り添う様にカーマに並び立つと、ハイエルフに向かって手を振り言った。
「いやいや、僕は嫁さんとみんながそう言うから、しょうがなくここに来ただけです」
「って、メルク! アンタはちょっと黙ってな!」
「はーい」
メルクはニコニコと笑いながら間延びた返事をしたが、その佇まいに隙は無く、そこ知れない強さを感じさせた。
ハイエルフは眉を寄せながら威圧的に、二人のエルフの夫婦に尋ねる。
「……冷熱のカーマ。そしてその夫、風のメルク。なぜ我らの子孫に当たるエルフの貴方達が、望んでこの聖域を攻める必要があるのです?」
そう。メルクはヘルメスを経てシャンティの、そしてカーマはルフルの子孫に当たる。
そして彼らの率いる集団は、正義と自由と風の守護者“ヘルメス”の名の下に大義を懐き集った義賊“メルク盗賊団”だった。
カーマが銀の弓を構え、4本の矢を同時に引きながら答える。
「アタシ等の一族は、ずっとハイエルフ達に憎しみを持ってた。伝説の吟遊詩人“ルフル”の代からずっとだ」
その言葉に、ハイエルフは首を傾げた。
「……憎しみ? 一体何の事を……」
「しらばっくれんな! ルフルの謳った嘆きの詩の一節にあるんだ。“ーーー世界を繋ごうともがけども、父と母が邪魔をする。守る護と説きながら、遣いを返し友を追い、仲間を殺し尽く……”ってな。ルフルは聖域と外を繫ごうとその生涯を賭けた。だが親であるアンタ等の仕打ちはなんだ!? ことごとく邪魔し続けて、恨まれないほうがおかしいだろ!」
積年の恨みを晴らすが如く、拳を握りしめながら語るカーマの隣で、メルクはマイペースに補足を入れる。
「……まあ僕は恨みなんて無いんだけどさ。……アンタ方を見て、僕のご先祖の“ヘルメス様”が聖域から逃げ出したくなったのが分かった。考え方が古すぎてつまんないんだよ」
そう溜息を吐きながら言ったメルクがふと、ハイエルフの持つ武器に目を向けた。
そして、それをじっと見つめながらメルクは言う。
「……それにしても、“世界樹の葉”に“ミスリル鉱”。富を独占するのは良くないんじゃない?」
ーーー……言っておくが、俺の葉にそんなに価値はない。蘇生能力はないし、せいぜい……ーーー。
……そう。せいぜい少し長生きになるくらいかな。かつてレイスに消されたゴブリン達みたいにね。
その時、思っても見なかった憎しみを向けられながら、唖然と二人の話を聞いていたハイエルフの前に、ナイフやショートソードを、携えた森のエルフ達が躍り出た。
「ハイエルフ様! 我々はハイエルフ様達の教えを尊び、理解し、怨念など抱いてはおりません! どうかお気を確かに!」
「そうだ! それに富を独占!? アレは我らの里に神がお授け下さったもの! それを分けろなどと義賊が聞いて呆れるわ! ……そしてアインス様を傷つけることは、例えエルフといえど万死に値するこの世界の禁忌だ!」
森のエルフ達は非常に戦闘力が高い。そして直情的で猪突猛進気味なところがある。流石シャンティの子達だと、微笑ましくなってくる。
そんな森のエルフ達をハイエルフは手で制し、一歩歩み出るとカーマとメルクに言った。
「カーマ、そしてメルク。言いたい事は、それだけですか?」
そのあまりに冷めた声に、カーマはたじろぐ。
「っまだ言ってほしいってのかい!?」
「ーーー……いいえ。無いなら結構。その浅はかさに驚いただけです」
「なに?」
困惑に顔をしかめるカーマに、ハイエルフは尋ねた。
「あなたは誰の子です? 我々? ルフル? シャンティー? ヘルメス?」
「……」
「我々は貴方方に“父母”と呼ばれれば頷きましょう。しかし我々は、巣立ち己の道を歩き始めた者は、“子”でありながらも“個”と見なします。それが一人歩み始めた貴方方に対する“礼儀”というものです。ーーー貴方方は勘違いしていませんか? “ハイエルフの子孫だから、何をしても許される”と」
その言葉に、カーマは思わず怒鳴り声をあげる。
「何を言ってる!? 思い上がるなっ」
「ならばいいのです。親だの子だの言う前に、もっと重要な事があるのですから。我等も貴方方も、一人前に歩み始めたからには立場は同等。己の役目を全うしなければならない」
ハイエルフは冷酷とすら取れるポーカーフェイスで、ショートソードをエルフ達に突き付け言った。
「我々はもう、始まりのエルフ達はもちろん、ダッフエンズラムやシェリフェディーダ達すら生きていない“時代の最先端”を駆ける者同士。お前達も過去の亡霊に囚われず、己の意思で真実を見なさいっ!」
「っ」
ルフルの遺志を伝え、カーマ達は生きてきた。
その生き方を、ハイエルフは否定する。“今の自分達を見つめろ”と。
「一人前に成長した子を、親は一人前の“個”と認めます。そして、我らハイエルフという“固有種”には使命がある」
そしてハイエルフは無表情に、言い放った。
「そう、我らは聖域の秩序を守る為、子を守る為、お前たちと言う“個”を排除します」
「……っ」
その覇気に押され、カーマが矢を放ち距離を取る。
ハイエルフはそれを容易く叩き落とし、彼等らしくなく嫌味を口にした。
「貴方方は“義賊”をしている、と言いましたね?」
ピクリとメルクの細い目が開く。
「義賊といえど所詮賊。正しく生きる者に勝る存在ではありませんよ。英雄に憧れるのは仕方ありませんが、そろそろ目を覚まされては?」
「っいけ好かないなぁ!! アンタ等は正しすぎて個性の欠片もない! つまらないんだよっ! あーー息が詰まるっ!」
「悪が個性とは、とんだ言い訳。自身でおかしいことに気付かないですか? この愚か者っ!」
ーーー……いつも冷静な彼等らしくない、その荒い口調。
辛くないはずがないんだ。
神意に楯突いてまで、世界を守ろうとする理由が、エルフを残し、見守りたいが故。
そしてそれが故、幾千のエルフ達と戦い、その命を奪わなければならない。
己を忘れるほどにその心を波立たせながら、ハイエルフ達は武器を高く掲げた。
この無意味な争いを止める“世界の王”の誕生を、ひたすらに待ち焦がれながら。
◆◆◆
壊され、荒れ果てた小さな島の波打ち際。
雪の舞い散る曇天でも分かるほどに空が明るみ始めた頃、沈黙を保っていたシヴァが踵を返し、ゆっくりと歩き始めた。
クリスはあの時のまま、その膝を冷たい波に晒しながら、ジャンヌの魔核が入っていた懐を強く握りしめ、泣いていた。
だけどシヴァが立ち上がったことに気付くと、ゴシゴシと乱暴に涙を袖で拭き取り、立ち上がった。
そして言う。
「……行かせませんっ」
シヴァは振り返らず壊れた砂浜を歩き、海面へと踏み出す。
海の神ポセイドンに愛されたシヴァは、その身を海に飲み込まれることなく、波の上を歩いて行く。
「待っ……」
クリスが立ち上がり、シヴァを追う為に一歩踏み出した時、後ろに軽い負荷がかかり、思わずその足を止めた。
「?」
振り返ると、そこにはクリスのドレスの裾を握りしめる、カーリーがいた。
ナイフを投げ出し、俯き、涙をボロボロとこぼしながら、小さな手で一生懸命に掴まえながら言う。
「……ヒック、行か……ないで……、ヒヒック…… 置いていか……ないでぇ……」
号泣のあまりしゃっくりを上げながらも、カーリーはクリスに縋る。
クリスは少女をキッと睨み、厳しい口調で言い放った。
「離しなさいっ! っ貴方は、敵でしょう!?」
「ゴメッ……ヒック、ゴメッなさい……ごめんなさいぃ……、ヒック、ごめんなさい……」
「……」
少女の罪は“ごめんなさい”などと言う言葉で抗える罪ではない。
親を殺し、兄弟を殺し、多くの人も、多くの動物も、多くの魔物も、多くの生きとし生ける物を殺しつくそうとした少女。
ーーーだけどクリスは泣きじゃくる子供を前に、……世界の終わりを前に、シヴァを追わなかった。
カーリーの頭を包み込み、強く抱きしめた。
それはクリスマスエルフとしての性分なのか。はたまた、クリスという少女の持つ優しさなのか。
そんな二人を、シヴァは一度だけ振り返って見つめたが、二人はそれに気付くことはなかった。
〜脱落者メモ〜
ポヨポヨマスター(消滅)
ガンガー(死亡)
ラクシュミ(死亡)
精霊王(退場)
エル(退場)
ハデス&亡者(消失)
セブンス(消失&退場)
生者(消失&退場)
ジャンヌ(消失)
カーリー(退場)
クリス(退場)




