神は、黄昏を見つめ賜うた 〜巣立ち①〜
ーーー子は親から離れ巣立つ。
その心は、喜びと、期待に溢れ、……それと同じだけの寂しさが押し寄せている。
だけどそれは、子だけじゃない。
親も同じ位の……
いや、それ以上の思いを、その心に隠しているーーー
「木々よ、惑わせ!」
「光よ、眩ませ!」
聖域の入り口で、可愛らしい双子の姉妹のエルフ達が、侵入者達に向かって叫んだ。
途端に辺りは眩しい光に包まれ、木々が枝の向きを変えその姿を違うものに見せる。
彼らは“始まりのエルフ”の一人、植物と光の加護を受けたティニファの子孫達だ。
彼らは踊りを愛し、善良な幸運を呼ぶエルフ達と知れ渡っていた。特に、“植物の加護”を色濃く受け継いだものは、“ドリアード”などとも呼ばれ、植物達の化身とさえされていた。
そしてこの二人は、若いながらも始まりのエルフに近しい力を著現させた双子の姉妹、“光のシャンリー”と“樹のムーリア”だった。
やがて光が収まった頃、侵入者の頭の一人ガネシャが感心したように声を上げた。
「うわっ、凄いなぁ! ホンマにこれは分からんようになるわ。迷子とか初めてで、ちょっとワクワクするわあ!」
キョロキョロと頭を巡らせながらキャーキャーと言うその声に、20歳前後の若い男女がげんなりと視線を向けながら言う。
「感心してる場合じゃないでしょ」
「そうだぜ、こんな所で足止め食らってる場合じゃない。俺達は世界樹の元にさっさと行かなきゃなんねーんだから。死んだ者さえ生き返らせるという“世界樹の葉”を手に入れるんだ」
……因みに、俺の葉に死者を蘇らせる力はない。
「そんなガツガツしたら、取るもんも取れんくなるで? こう言うのは、流れを読まなあかん。商売と一緒やで、子猫ちゃん達?」
「……」
ガネシャを睨むのは、人間達の裏の世界を取り仕切るマフィア“黒猫ファミリー”の若いボスたちだった。
何故かこのファミリーは歴代二人の頭を置く。一時的な対立はあれどファミリーは強い絆で結ばれていて、解散の憂き目にあったことは、未だかつて一度もなかった。
男頭のマスキオと女頭のミーチャも、幼い頃から互いに信頼し合い、共に上り詰めてきた者達だった。
マスキオがムッとした口調で言い返す。
「馬鹿にすると、その贅肉を切り裂くぞ。白豚」
ガネシャがその言葉にニコリと微笑んだ。但し、その目は笑っていない。
「豚チャウチャウ。アタシはポッチャリ。動物に例えるなら、力持ちで優しい象さんやで? そこ間違えたら……、ーーー……プチ殺すで」
ぷちっと……踏みつぶすと言う事なのかな? その体格で言われると、もう恐怖しか感じさせない。
案の定、黒猫達はガネシャに毛を逆立てながら距離を取った。
ガネシャは困ったように笑うと、背中に背負っていた鞘から、2丁の手斧を取り出した。
それを大きく腕を開いた様に、構えながら言う。
「とはいえ、何時までも迷ってる訳にもいかんさけなあ。幸い木ぃは移動してる訳やなくて、姿形を変えてるだけみたいやし。……いっちょ力持ちの象さんが、“薪”でも作ったげよか!」
そう言って、ガネシャが2丁の手斧を振り抜いた。
次の瞬間、目の前の木々が、6メートルほど向こうまで切り倒され、轟音を立てながら崩れ落ちた。
同時に、ムーリアの悲鳴のような叫び声が上がる。
「っやめて! 木を傷つけないで!」
「ムーリア、出てっちゃ駄目!」
声の方に振り向けば、高い木の枝の上に、シャンリーに押し止められる、悲壮な表情のムーリアが居た。
ガネシャが笑う。
「お嬢ちゃんら、堪忍な? “戦い”ってそんな甘ないねん。覚悟無いなら、ーーー……帰ってクソして寝ときな!」
ガネシャはそう言い、情け容赦なく二人が登っている木を切り倒した。
「「キャァァァーーーッッ!!」」
二人は踊りを愛する幸福のエルフだ。
幸福な戦いなど、この世界に有りはしない。
なすすべのない二人は倒れる木の上で、互いを抱きしめ合いながら、木が倒れるのと共に、大地に叩きつけられた。
「ーーーッイテェ……」
……もう駄目だ……そう思いながら、二人が恐怖の中で目をつぶっていたが、落下が止まっても思った程の衝撃はなく、代わりに自分たちの下から男の子の呻き声が聞こえた。
「え?」
「ほえ?」
「……柔らかい……」
二人が恐る恐る目を開けると、何故か二人は、黒髪のエルフの男の子を敷き潰していた。
ムーリアが恐る恐る、お尻の下の男の子に尋ねる。
「……誰?」
「まず降りろ! 重いだろ!?」
「はうっ! ごめんなさいぃ!!」
二人が少年から飛び降りると、少年はフンと鼻を鳴らしながら、仏頂面で立ち上がった。
シャンリーが申し訳なさそうに、少年を覗き込む。
「あ、あのゴメンナサイ。助けてくれたの? あ、ありがとう」
「助けてなんか無い。たまたま通りかかったら美味そうな……じゃなくて、重そうな尻が2個も降ってきたんだ。……ご馳走様でした」
「ーーー……え?」
シャンリーは、フンとまた鼻を鳴らす少年の言葉の意味を理解出来ず、首を傾げた。
ムーリアも少年に尋ねる。
「貴方は?」
「俺は、ジュガ。“闇のエルフ”だ」
「!?」
「闇の!?」
二人は目を見開いた。
闇のエルフは一般的に“神の呪を受けた、最弱のエルフ”として、伝えられていたからだ。
ジュガはつまらなそうに二人から顔を背けると、低い声で言った。
「言っとくが、俺は……俺達は弱くない。闇の力こそ、最強なんだ! 俺達はその闇の本来の力を取り戻す為、ナイトメア様に忠誠を誓った者……」
ふと、ジュガの言葉が詰まる。
そして目を見開き、シャンリーとムーリアに飛びかかった。
「っ伏せろっ!!」
「「ッキャ……」」
ジュガは二人の胸を鷲掴み、押し倒した。
それと同時に、三人の頭の上をガネシャの斧の斬撃が通り抜け、空に残ったジュガの髪の数本を切り裂く。
二人のエルフを木の葉に押し付け、鷲掴んだ手はそのままに、ジュガは舌打ちをした。
「っチィ……! お前達、一瞬でいい! 何か目くらましの魔法とか使えないか!?」
「あ、わ、私っ光の加護がある!」
「よし、じゃ合図したら、アイツ等の視界を奪え!」
「う、うん!」
ーーーカッ!!!
「迷彩!!」
光の中で、ジュガの声が響いた。
それは闇のエルフ達の唯一で、最高の目くらましの技。
シャンリーの放った光が収まると、ガネシャがニンマリと笑いながら、声を上げる。
「どーこーやぁーーー??」
そのガネシャの様子をみて、ムーリアが驚いてヒソヒソとジュガに声をかける。
『……私達の事、見えてないの?』
そう、実は三人とも場所の移動はしていない。戦闘にはとことん向かない三人は、高位の戦闘民族のように、木から木に飛び移ったり、シュバっ、ふわり……なんて動きは出来ないのだった。
『ああ、アイツ等から俺達は見えてない。だけど、誤魔化してんのはあくまで目だけだ。あんまり喋るな』
ジュガの言葉に、ムーリアは慌てて口を手で覆った。
それから一言だけ、ジュガに言う。
『……あ。あの、胸に手が……』
『あ、わ、わりっ!』
『……』
ーーーこれが、この世界に“ラッキースケベキング”が誕生した瞬間だった。
「どぉーーこぉーーー?? ウサギちゃん達ィーー」
……じっとしてれば見つからない。そう思い息を潜めていた三人に、ガネシャがポツリと呟いた。
「……実はアタシ、索敵も得意なんよね」
『『『っ!?』』』
三人の背筋に、鳥肌が走った。
3人の焦りを他所に、意識を集中させ索敵を開始するガネシャ。
だが次の瞬間、索敵によって感じ取ったその、凄まじく研ぎ澄まされた刃のような気配に、ガネシャの背筋に鳥肌が走った。
そしてその場にいた全員の耳に、澄んだ美しい声が届いた。
「よく、耐えてくれましたね。小さなエルフ達よ」
木々の影から進み出たのは、尊い程に美しいハイエルフ達だった。
その一体一体の身に秘められた力に、ガネシャの表情が引きつり、想像を絶する美しさに、黒猫ファミリーの面々は武器を構えることすら忘れ、ハイエルフ達に見入っていた。




