神は、黄昏を見つめ賜うた 〜望郷②〜
ルシファーが再び楽園に舞い上がった時、夜の雲海に浮かぶ天空要塞は不気味な程に静まり返っていた。
警戒しながらもルシファーは楽園に近づく。
楽園は、生者を一切受け入れない。入る事はもちろん、中の様子を知るための索敵すら断固としてさせなかった。
生者であるルシファーに出来ることは限られている。
エデンの門の外から、ただ大声で中に呼びかける。
「おーーい! ハデス! セブンス!!」
誰も答えない。
それでもルシファーは呼び続けた。
ーーーその時だった。
「ウィーーース!!」
楽園の中から返された聞き慣れた声に、ルシファーはホッと胸をなでおろす。
「ハデス! そっちの状況はどうなってる!?」
「心配ねっすぅーーー! 楽勝シタぁーー! まあこっちも何匹か消えましたケドね? 皆、休憩してるだけスからーーー!」
元気そうな声はすれど、ハデスも亡者も一向にその姿を現さない。
ルシファーは大声で、門に叫ぶ。
「その事なんだがスマン! 地上での戦いの最中に“魔核”がどっかに流されちまったんた! 落ち着いたら探しに行けるんだが、今出来るのはオレのマナを分ける事くらいだ。……っつっても、オレのマナ残量から逆算して、多分一人程度だがな。誰か急ぐやつは居るか!?」
ルシファーの問いかけに、一瞬楽園からの応答が沈黙する。
「……いーっすよっ! 俺等は問題ないス! 散った奴等は後で纏めて復活させてもらえば!! んな事に、今はルシファー様の力使ったら駄目スわ」
あの馬鹿なハデスが一瞬沈黙した。間違いなく、復活を望むやつがいるのだろう。
しかし嘘と分かっていても、ルシファーはハデスに頷いた。
「ーーー……そっか。任せた!! 後で、ちゃんと復活してやるからな!!待ってろよ!」
「ウェーーーイィッ……」
ーーーピシッ……
その時聞こえた小さな音に、ルシファーは気付かなかった。
◆
楽園の外から呼びかけていたルシファーの気配が遠のいて行く。
不毛な泥仕合の果に、極寒地獄と化した楽園の地で、ハデスが一人、氷の壁に凭れながら呟いた。
「ごゆっくり……。俺達のことは……最後で、いいスカラ……」
ハデス以外の気配は無い。
その輝きは、尽く散っていった。
氷にもたれ掛かり座るハデスの姿は、凄惨そのものだった。
片腕はちぎれ消え、両目は潰れ、残った足や胴にはクリスタルの巨大な棘が何十本と刺ささり、貫かれている。
ハデスのもたれ掛かる巨大な壁の中には、何かを叫んでいるようなマリアと、それを取り押さえるゴーレムの女エンヴィーの生々しい姿が閉じ込められていた。
「ーーーっ……」
ハデスは渾身の力を込め、ヒビの入った核が砕け散らないように踏ん張る。
ーーールシファーに、無様な所は見せたくない。
ただその一念による、根性だった。
ルシファーの気配が遠のいた頃、胸に突き刺さるような高い音が響いた。
ーーーパリィーーーン……
ハデスの力が弱まった事により、維持力の弱まった氷の壁が砕けた。
繊細なガラスのように木っ端微塵に砕け落ちる氷の中から、マリアがハデスの前に歩み出る。
マリアは髪をかきあげながら、氷のように冷たい眼差しをハデスに向けながら言った。
「……馬鹿な方。その負傷で極寒地獄を展開しながら、喋る魔力も残っていなかったくせに。……無駄なことをして、その魔力を使い果たしましたか」
もう数分と、その魂をここに繋ぎ止めることはできないと悟ったハデスは、開き直って笑った。
「問題ねっスよ。砕けてもまたきっと、ルシファー様が拾ってくれるに決まってる。……それに」
「……」
「それにもし……、もし、そうならなかったとしても、別にいいんスよ。……俺がこうやりたかっただけナンスから。ーーーこれが、俺の選んだ道なんスよ。……ってかこんな道を選べる力を、俺なんかにつけさせてくれて、ルシファー様マジチョーサンキューなんス」
ハデスはどれほど歳を重ねようと、色んなことを忘れようと、たった1つのことは忘れなかった。
生前受けた屈辱。弱さへの憤怒。愚かさへの絶望。自分への嫌悪。
それをここまで……、自分を認め、好きになる事ができた。自分の汚い復讐心を、“当然の権利”だと言って、話を聞いてくれた。どんな馬鹿言っても見放さず、出来るまで教えてくれた。そして、いつの間にか仲間も増えて、馬鹿なことやって、笑った。
楽しかった。
楽しかったんだ。
だからもう、十分だ。
勿体無いくらいに満足なんだ。
ーーーでも
満足げに微笑み、目を閉じたハデスの目から涙が滲んだ。
そして、小さく呟いた。
『ーーー……あぁでもやっぱ、もっと……もっとルシファー様と遊びたかったなぁ……』
ーーーパキン
そうして、ハデスの魂は砕けた。
マリアは光の鱗粉となった残光をじっと見つめ、冷ややかに言い放つ。
「ーーー……いや遊んでないで、もっと励みなさいよ」
そして踵を返すと、楽園の淵に立ちじっと雲海を見下ろした。
そんなマリアに、背後からエンヴィーが声をかけた。
「ーーー……まだ戦うか?」
「いいえ」
二人はそれ以上、言葉を交わすことはなかった。
マリアはその場に座り込み膝を抱えると、寂しげにじっと聖域の方角を見つめた。
「今度は、……ちゃんと励みなさいよ」
ハデスの影響はなくなったものの、コキュートスの影響は残り楽園はまだ氷に閉ざされている。
遠くの空から太陽が登り始めた。
その光を受け輝くエデンは、まるで2柱の神々が創り出した時のままの姿のようであったと言う。
〜脱落者メモ〜
ポヨポヨマスター(消滅)
ガンガー(死亡)
ラクシュミ(死亡)
精霊王(退場)
エル(退場)
ハデス&亡者(消失)
セブンス(消失&退場)
生者(消失&退場)




