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神は、黄昏を見つめ賜うた 〜望郷①〜

 ―――帰りたい、帰りたい、帰りたい。


 幾ら口ずさんでも、そこには二度と帰れない。


 その願う先は、己の故郷でも家でも無い。


 その願う先は、過去の記憶。

 楽しく、穏やかだった記憶の中の理想郷。


 そして、二度と戻る事の出来ない“幻”―――




 ―――そこにはかつて豊かな自然が息づいていた。


 青々とした木々は、どれも樹齢五百年を超える。

 大地に透過されて湧き出した清水が小川の脈を大地に巡らせ、積もった木の葉の層では様々な虫達が静かに暮らし、それを食べる小さな動物達と、それを食べる大きな動物達の命が躍動する。

 やがてそれぞれの命の物語を終えたそれ等の骸は木々が吸い上げ、また新たな命を巡らせる。


 ―――しかし、1000年以上に渡り育まれたそれらの命は、一波の奔流が過ぎれば一瞬で終わる。

  ガンジスの奔流が、森で育まれる命の営みを一瞬にしてかっさらったのだ。



「……馬鹿な……」




 全て押し流され、地平線の向こうまで平らな剥き出しの大地となったかつての森の中心で、精霊王が唖然と呟く。

 続いて空から2つのボールのような影が落ちてきた。



 ―――ボンッ……、ボン……



 2つの赤いボールは、大地に落ちてもバウンドはせず、鈍い音を立てるとごろりと転がった。


 それを追うようにフワリと降りてきたエルが、ボールの前に立ち、爪先でそれを蹴り転がす。


「ふん、たかがネ申1匹と草刈鎌で妾を倒そうなど、とんだ思い上がりよの」


 返り血がエルの白磁の肌を赤黒く染めている。

 腕に付いた血をぺろりと舐め取るエルに、精霊王が一歩後ろに下がりながら恐怖に呻いた。


「くっ……」


 追い詰められた兎のように、精霊王が身体を強張らせエルに牙を剥いた時、低く、冷たい声が空から響いた。

 それはいつもふざけているようなルシファーからは、想像もつかない程の冷ややかな拒絶の声。



「―――……エル。()()を蹴るな」



 青く燃え上がる怒気を含んだ、覇王の出す覇気すら意に介さないルシファーの冷ややかな声に、エルの体がピクリと固まる。


「……ふん。こんな物、やがて腐り土となるのを待つばかりの“ゴミ”じゃろうが」

「―――……エルオレな。“友達”と喧嘩したくはねーんだ。だからそれ以上、言うな」

「……」


 ―――つまり友達だろうが容赦はしない。

 そう言い切るルシファーの言葉に、分かり合おうなどという余地はない。

 説明も言い訳もなく、ただそのエルの無頓着さを否定した。


 死を司るルシファーは、幾千億では収まらない程の死を見てきた。

 幾万もの亡者と聖者の憎しみと業、そして信念と慈愛を同時に見てきた。

 そしてその全てに敬意を払ってきた。

 その優しさがあるからこそ、同時に激しい厳しさも併せ持っていたのだった。


 エルはまだ何か物言いたげにルシファーを見上げたが、結局それ以上何も言う事はなかった。

 一拍の沈黙の後、エルはふいとルシファーから顔をそむけると、精霊王に大鎌をまっすぐ構える。

 精霊王は再びビクリと大きく体を震わせた。


「……っ」




 ―――……チラ




 その時、ひとひらの雪が舞い降り、大鎌の柄の先端に貼り付いて一拍後には溶けて消えた。


 エルは気にせず精霊王に大鎌を振り下ろした。



 ―――……チャ……、……キンッ



「!?」


 精霊王の目が見開く。

 エルの鎌は寸分の狂いなく、精霊王の茨の冠のみを真っ二つに切り裂いていた。

 冠は精霊王の頭から抜け落ち、呆気なく地面にペタリと落ちる。


「馬鹿な……、神の肉より創り出されし茨の宝冠が……こんなにあっさり切り裂かれるだと?」

「これは神の肉の中でも最も固き部位の1つから創られし“死神の鎌(デスサイズ)”よ。受け止めたければ“神の骨”でも持ってくるのだな」

「……」


 声も無く、その場に崩れ落ちる精霊王。

 エルは不遜に鼻を鳴らしながら鎌を下ろした。


「妾は無駄なことはせん。貴様は勇者と同じ“滅びぬ魂を持つ者”なのじゃろう? 切り刻んで欲しいならやってやるが、そうでなければ諦めよ。貴様の負けだ」

「……」


 精霊王は切り壊された茨の宝冠を、まるで大切な物を壊されたかの様に震えながら見つめている。

 エルはそんな精霊王に吐き捨てた。


「はっ、そもそも妾に言わせれば、貴様の戦う理由などおかしな事この上ない。話したいなら話せば良い。そんな宝冠等とっとと捨てて、自由に駆け回ればよいではないか」


 宝冠をじっと見つめる精霊王の身体が、淡い光に包まれた。

 手足が短くなり、その身体も小さくなり、顔も徐々に幼くなってゆく。

 エルは気にせず小さな精霊王を見下ろし言った。


「愚かな人間のガキでも知ってるわ。些細な失敗で怒られた事は反省すれば良い。罰として掃除を言いつけられたとしても、終わればまた遊びにゆく」


 そう。戒めの宝冠に設定された“集音転送機能”は、レイスよりその宝冠が精霊王に渡された後、実に3時間でスイッチをオフにされた。

 それ以来、1度たりともそのスイッチが入れられた事はない。


「いつまで甘えておるつもりじゃ? 妾から見れば“いつか自分を見て欲しい”などと胸を弾ませ、期待しながらそれを着けているようにか見えんわ。なのに“ルシファーのせい”だ? 何処までガキなのかと呆れるわ」


 外見6歳児の美少女は、かつての幼い姿に戻った少年のような精霊王にそう言い放った。


「……」


 精霊王はもう反論も、戦意も見せようとはしない。

 ただじっと壊れた宝冠を見つめ続ける。


 いつの間にか、辺りに雪が深々と降りしきっていた。

 熱気の収まった大地では、雪は溶けることなく辺りの色を白く染め上げていく。

 夜も更け、闇の中で静かに雪が降り続く荒野でポツリとエルが言った。



「……帰るかの」




「え?」


 そう言って大鎌を肩に掲げ直して踵を返したエルに、ルシファーが思わず声を上げた。


「帰るって、戦争を止めるために来てくれたんじゃないのか!?」

「ふん、妾は夜の覇王じゃ。間もなく日が昇るしの。光の世界で妾は生きれん。寝てる間に世界が滅びると言われても、それは妾にはどうすることも出来ん。まぁその時は、無様に足掻くことなく誇り高く散るとするわ」


 エルは宵闇の彼方を真っ直ぐ見つめながら力強く言った後、少し肩の力を抜いて続けた。


「そもそも、世界を救う戦いなど妾の性分に合わんのじゃ。―――……だから、勘違いするな。今回妾は、戦争にちょっかいを出しに来たわけではない。妾はただ“友”を助けに来ただけじゃ」

「……」


 ルシファーはその言葉を嬉しく思うと同時に、あまりの淡白さに一言物を申したくなって押し黙る。

 だけど言い方はどうあれ“戦いたくない”と言う者を、戦場に引っ張り出すだけの押しは、ルシファーには無かった。


「のう、ルシファー」


 ふと、思い出したようにエルがルシファーを振り返った。


「?」

「……今件が終わったら、また妾の城に遊びに来ても良いぞ。歓迎してやろう。ただし絶対に手土産は忘れるなよ? 忘れたら追い出すからの!?」


 そう語尾を強く言うエルに、ルシファーは突っ込む。


「いやいや、それ絶対オレに来て欲しいわけじゃなく、手土産の為のお誘いだよな?」

「遊んでやると言っておるのだから、グダグダ言うな」

「ハイ」


 ルシファーがグダグダ言うのをやめ、引き攣った笑みを浮かべながら頷くと、エルは鼻を鳴らし頷いた。

 そしてその背中に血を集めコウモリのような羽根を伸ばすと、夜空に飛び上がった。


 ルシファーは、その背を見送りながらポツリと呟き、その背に声をかけた。


「―――……あーぁ。それって結局、世界を守れってことかよ。……っわーったよ! 意地でも遊びにいってやるからブラックコーヒー準備して待っとけよ!?」

「ブラックコーヒーじゃな?」


 途端、空中で静止して振り返って聞き直すエルに、ルシファーは頭を下げた。


「……すみません。嘘です。ほうじ茶でお願いします」


 ルシファーは、実はブラックコーヒーが飲めない。


「フン始めからそう言え。……まあ、ついでだ。精霊王も共に来ていいぞ」

「……は?」


 エルの口から出た予想外の“ついで”に、俯いていた精霊王が顔を上げた。


「なんじゃその顔は。精霊(ヴォイス)は精霊王の一部なのじゃろう? ヴォイスはそのアホと同等に語らっておった。ならば貴様にもルシファーに匹敵する“ダークサイド”があるという事に相違ない」

「……」

「……」


 その慧眼に閉口する二名。


「妾の城に来たルシファーは、毎回“発病”してウザイからの、そうなった時は貴様が相手をするがいい」

「……」

「……」


 その提案に閉口する二名。


 ―――エルはそう二人に爆弾を落とすと、雪の降りしきる夜の空へと消えていった。



 ◆



 エルの背中が見えなくなった頃、ルシファーがポツリと呟く。


「……精霊王様、……言いますか? オレの嫁に」

「……言うわけ無いだろっ! 共倒れさせる気か!?」


 少年のような精霊王がキッとルシファーを睨んだ。

 手を上げるルシファーに、精霊王は座ったまま足を投げ出し、見たままの子供のような姿勢になって溜息を吐いた。


「……はぁ、もういい。誰にも言わないであげるから、()()気をつけるように」


 そう言って黙り込みじっと聖域の方角を見つめる精霊王に、ルシファーは頷いた。

 そして休むことなく天空の楽園(エデン)へと飛び上がる。



 “また遊んでやる”


 “以後気をつける様に”


 その何気ない言葉を実現させる為の“未来”を掴み取るために。

 そしてふと気づくルシファー。


「……て、やべ。ガンジスネ申の奔流で、オレの荷物袋流された……」


 先の戦いで、ルシファーの収納空間を開く為の陣を刻み込んだ魔石が流され消えていた。


「……オレの翼が……いや、今はそれより、亡者共の魔核のスペア……。チッ、滅ぼされてんじゃねぇぞ、ハデス、セブンス!」


 ルシファーは頬を打つ雪粒を気にも止めず、高速で空に向かって進んだ。









今回の戦い、ルシファーの良いところがなさすぎて……!



〜脱落者メモ〜

ポヨポヨマスター(消滅)

ガンガー(死亡)

ラクシュミ(死亡)

精霊王(退場)

エル(退場)



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